○○○年 六月 十八日
今日は午後までお仕事がない日。
街の中を散歩しようと玄関を出ると、犬に絡まれている体格の良いおっさんを見かけた。
「こっ、こら、よさないか。お前に食わす物など入っていないぞ」
おっさんは、犬から大きな背負い鞄を守ろうとしている。あの白い大きな犬は、カファーテスさんのところの飼い犬だ。昔は良く撫でさせてもらったものだ。
カファーテスさんの家から、慌てて出て来たアニエス婦人。犬(なんて名前だったかしら……)の首輪を引っ掴むと、縄を金具に取り付ける。
遠くで聞こえないが、何やら親しげに話していた。婦人は何かを受け取ると、お代を払って頭を下げる。
しきりに犬に追っかけられそうなおっさんは、礼儀正しくお辞儀するとその場を後にする。
私がカファーテスさんの家の前を通ろうとすると、白い犬(……思い出した、ベイロン。だったわ)が私を見つけて尻尾を振る。覚えていたのかしら。
さっきの「おじさまは」と──犬を撫でながら尋ねると、アニエス婦人が話してくれた。
「あの人は行商人のローエンデインさん。私の夫のための薬を持って来てくれたの、とても良く利く薬を譲ってくださるのよ」
あら、その名前……私は婦人との挨拶もそこそこに、行商人の後を追ったけれど、彼の姿を見つけることはできなかった。
名前も知らぬエルフのことを話しても──仕方ないかもしれないけれど、あなたを捜していたエルフがいたと、伝えてあげたかった。