その二
*2019/03/21 改稿
予想していた痛みは、いつまで経っても来なかった。
...もしかして、痛みを感じる間もなく死んじゃったのかな...
そんなことを考えながら薄目を開けてみると、そこには、まるで時が止まったかのように静止した乗用車があった。よく見てみると、運転手の驚愕に歪んだ顔も、先ほどまで上がっていたであろう砂煙も、身の回りの全ての物質が見事に止まっていた。
「止まれとは言ったけど...」
戸惑い、先程とは違う理由で硬直していると、聞きなれない女性の声が届いた。
「なんとか、間に合ったようですね。」
「はいっ?」
突然かけられた声に驚き振り返ったわたしの目には、奇抜な格好の女性の姿が。
「コスプレ...?」
思わずそう呟いてしまったのも無理はないと思う。というのも、目の前に突如現れた女性は、ブロンドの髪に豪華な着物、そしてなぜか猫耳(?)と狐の尻尾のようなものを何本も着けていたのだ。
「コスプレなどではありませんよ。信じられないかもしれませんが、私はこの社を守る神、人生の守り神です。」
正直、こんな変人は無視して逃げ去りたかった。しかし全ての物質が不自然に静止しているこの状況では、彼女の言葉を信じる他なかったのだ。
「わたしのこと、助けてくれたんですか?」
「はい、そのままで助かるのは困難だったでしょうからね...ただ、残念ながら無条件で救助することはできませんが。」
「条件?」
もしかして、無理難題を…
不安そうな表情をしてしまっていたのか、彼女は優しい声で、改めて説明を始めた。
「たとえ人の守り神でも、関係のない”人間”の運命を変えることはできないんです。今は私たちが運良く神社内にいたので咄嗟に時間を止めることができましたが、解術と同時に先程の状況に戻ってしまうでしょう。」
「...それで、条件とは?」
態々”人間”を強調した彼女に、嫌な予感を覚えた。
「難しいことではありません。私の後継になってもらいたいんです。」
「後継?」
時間がないと聞かされ怯えるわたしに、これまで以上に信じられない事実が伝えられた。
「あなたは数年前から、度々ここを訪れては私が宿っていた稲荷の像に語りかけてくれていました。私は徐々にあなたの話を楽しみにし、同調するようになったんです。そしてあなたの身体に通常以上の気が流れていることを知り、あなたを私、人生の守り神の後継にしようと決心したんです…このような事態にならなければ、あと数年は待っていたんですが…」
女性は静止した車の方を見ながら、呟くように話した。
「さきほど”人間の運命を変えることはできない”と言いましたが、あなたが”人間”ではなく、妖や神になれば問題なく助けることができるんです。」
話しながら真っ直ぐに目を見つめてくる彼女は、嘘を言っているようには思えなかった。
「それって、わたしを神の後継にしたい...ということなんですか?「
「はい、その通りです。」
女性は果たして、肯定の意を示したのだった。