開店準備お掃除編その2
振り返ると、ふかふかのクッションの上で猫が香箱座りをしている。目をとろとろさせて眠気と戦っているようだが一体なんのためだ。西馬と目が合うとキッと睨み付けてきた。
眠いと機嫌が悪くなるタイプか。
西馬は今、カウンターの中に入ってバックバーの掃除をしていた。バックバーとは洋酒のボトルなどを並べておく棚のことでバーの顔とも言える。
まだ生きてバーテンダ―をやっていた頃には、他のメンバーが呆れるぐらい、バックバーの掃除をきちんとやっていた。
毎日の開店準備の一環として、ボトルを1本ずつ棚からおろして、きちんと拭いていた。そして間違いなく元の場所に戻した。
酒の種類ごと分けた上、ラベルがきちんと前を向くように並べておくと実に見事だったから。
ほんと、思い出したってしょうがない。もう死んじゃったんだから。
(いや昨日もきちんと拭いたのにな……)
ボトルにはうっすらと埃がつもっている。黒猫に言わせると、地獄とつながっているせい、らしい。そう言われると、この埃の主成分はいったい何なのだろうって気になる。
でも、知らない方が精神衛生上とてもよろしいだろうな、って思う。
閻魔大王が好きなこんにゃく焼酎は絶対に切らすわけにはいかない。しかし、切れそうってタイミングになると獄卒たちがどこからともなく運んでくる。
獄卒とは、地獄絵なんかによく出てくる、「地獄におちた人たちを痛めつけたりしている鬼みたいなやつ」のことだ。一本角が生えたやつ、二本角のやつ、トラ柄パンツのやつ、着物を着てるやつ、いろんなやつがいる。
こんにゃく焼酎以外の洋酒類なんかも、獄卒たちが持って来てくれるのだが、いったいどういうルートで仕入れているのだろう。
それだけじゃない。
また1本ボトルを棚に収めながら、西馬は不思議な感覚におちいる。
(どうしてこんな見事なまでに……)
かつて働いていたバーで、自分が選びに選んだウィスキーやブランデー、スピリッツやリキュール類が完全にそろっている。
バーカウンターの下には冷蔵庫まで設置されている。そして冷えている。
(電気がないのに……)
この冷気はいったいどこから?これも「地獄とつながっている」恩恵(?)なのだろうか。くわばらくわばら。
最後の1瓶を拭き終わり、棚に戻す。西馬のバックバーが今日も完成した。
黒猫を見ると、西馬が掃除を終えるや否や、眠気に負けたらしい。長い、長い夜がまた始まる。