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気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


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静かな夜に

あれからどれほどの歳月が経ったのだろうか。こちらにはカレンダーというものがない。季節もない。天気の変化もほぼ、ない。


 西馬は毎日カウンターを拭きあげ、グラスを磨き上げ、氷を丸く削ったりしながら過ごした。いつ誰が在庫を確認しにきているのか分からないが、材料が在庫切れを起こしたことがないのが不思議でならない。

 フルーツ類もいつまでも新鮮なのだが、どういうことなのだろうか。


(ま、考えたところで、分からないものは分かりません……)

 グラスを磨きながら、西馬は思う。


だって、ここ、地獄的なところなんだもん。


 神崎はいつも控えめにピアノを弾く。たまに調子が上がってきて鍵盤を激しめに叩くと黒猫が飛びついてきて引っ掻くのだ。


「うるさい!バカなのかお前は!」とか喚きながら。


 猫は元来、ものすごく耳が良い生き物なのだ。そのため、大きな音があまり好きではない。


 ただ、神崎もピアニストというよりは、「ピアノバカ」なので、テンションが上がってくると、やはり演奏に出てしまう。それで猫に引っ掻かれる。そんなことを、わりと頻繁に繰り返していた。


「学習能力がないのかお前は。バカの見本だな」

 黒猫に言われている。


 神崎は、とにかく、ピアノを弾けることが嬉しくてたまらないらしい。


「死んでからというもの、生きている時よりも体力の衰えを感じない気がするんですよね」

なんてことを、笑いながら言っていた。


(気のせいだと思う)

 西馬はそんなことを思いながらも笑顔で応じていた。


 西馬の名もなきバーを訪れるのは、閻魔大王、そして地獄で働いている獄卒たちだった。鬼や、牛頭、馬頭などといった連中だ。見た目は、頭が牛だったり馬だったりするし、うわばみみたいによく飲む。


 彼らの仕事の内容は、武器をもって人間を追いかけまわして鉄でできた山の間に追い込むといったものから、人間を鉤で引っ掻けて河の中に放り込むといったアクロバティックなものまで様々だった。

 ただ、基本的にシンプルな業務ばかりのようだ。


 獄卒たちは基本、自分のやっていることに疑問を抱いていないようだった。


 ある日、閻魔大王がやってきて、いつもの蒟蒻焼酎を飲みながらぽつりと言った。


「このままだと黒縄地獄がパンクするかもしれん……」


「それだったら、等活地獄のまわりにある小地獄を黒縄地獄のエリアに組み込めば良いんじゃないかなぁ?」

 たまたま居合わせた、太り気味の獄卒が言った。トラ模様のパンツをはいている。

闇冥処あんみょうしょとか、不喜処ふきしょとか、いらないよなぁ」


「まぁ……闇冥処なんてのは、羊の口や鼻をふさいで殺したり、亀をかわらに挟んで殺したやつが落ちてくるだけだし、不喜処は、ほら貝を吹いて太鼓を叩いて殺生したやつが来るんだけど……今どき、そんなやついないし」

 額に目のついた獄卒が賛同している。


「簡単に言ってくれるな」

 閻魔大王が厳かに言った。軽いことを言った獄卒が縮み上がる。


「どうして人間は自ら命を絶つようになったのだろうな……」

 そう呟いた閻魔大王が悲しそうなのを、西馬は見逃さなかった。


 やがて閻魔大王は席をたった。出て行く後ろ姿を、西馬は黙って見送った。


「閻魔大王様は人間の祖先なのだ」

と黒猫が言った。

「お前らはみんな、閻魔大王様の子孫ということだ」


「だから、人間が自殺するのが悲しいのですか」

 西馬がグラスを磨きながら聞いた。


「それだけではない」と、黒猫が重々しく言った


 西馬はグラスを片付けながら、黒猫の次の言葉を待っていた。しかし黒猫は口を開かなかった。そのまましたしたと歩いてクッションにのぼると、くるりと背中を向けて、そのまま丸くなってしまった。


 神崎のピアノの音色は、ひときわ静かに、バーの中を満たすのだった。


 今夜も長い夜になりそうだ。


ありがとうございました。

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