表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/47

開店準備ヒゲそり編

(死んでもヒゲは伸びるものなのか……)

 あばら屋のかたすみ、壁にかけた鏡を覗き込みながらヒゲを剃る。西馬はふと手を止め、剃刀をまじまじと見つめた。


 この剃刀は、黒猫がくわえて運んできたものだ。


 そのとき、西馬は藁のベッドですやすやと眠っていた。胸の上に重みを感じたので、眠気と戦いながら薄目を開け……るつもりが、ばっちり目が開いた。

 西馬の鼻先にギラリと光る殺意めいたもの。

(こ、殺される!?)

 硬直する西馬。自分がすでに死んでいることを、このときもすっかり忘れていた。


 したっ。


 西馬の頬に冷たい肉球。したした。黒猫がわざわざ西馬の顔の上を歩いていく。黒猫が口にくわえている剃刀が見え、いつその小さな口からぽろりするんだと西馬は気が気ではない。

 そんなのおかまいなしに、黒猫は西馬の頬を踏みつけ、眉毛を乗り越えて額にたどり着くと、そこで勢いよく飛び降りた。

 一瞬、西馬の額に猫の全体重がかかり、その衝撃に「んぎゃ」と変な声が出た。


 とっ。


 黒猫が着地したらしい音を聞いて、西馬はほっと一安心――して、いられなかった。

 剃刀をくわえたまま黒猫が振り返ったのだ。西馬の前髪が数本、さっと切れた。鳥肌。

 そんなことお構いなしに、黒猫は剃刀を西馬の頭の側に置き、

「これで毎日ヒゲを剃れと、閻魔大王様からのお達しだ。ちょっとでもサボってみろ」

と言ってにやりと笑った。怖。何がなくてもヒゲ剃るし。西馬はそう思った。


 それから、西馬は必ずヒゲを剃っている。剃刀をまじまじと見つめる。それにしてもよく剃れる剃刀だ。何でできているんだろう。黒猫に聞いてみたいが、聞くのが怖い気もする。


 かつて信頼していたオーナーのもとでバーテンダーとして働いていたとき、毎日きちんとヒゲを剃ったし、髪もばっちり整えていた。身だしなみを整えるもの仕事のうちだと思って、そのルーティーンを欠かしたことは一回もなかった。

 

 ヒゲを剃る手がふと止まる。


 そんな昔のこと思い出したってしょうがない。もうあのときの自分に戻ることはできないのだ。

 なんたって死んじゃったし。

 次に生まれ変わるとしても人間になるか分からないし。


「お前みたいなやつが次に行くのは餓鬼道か畜生道だ」

黒猫が不敵に言い放つのを思い出す。

 西馬はまたヒゲを剃り始める。それにしてもよく剃れる。世の中には知らない方がいいことがたくさんあるって、大人になるとどうして理解できてしまうんだろう。どうでもいいんだけどね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ