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気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


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「待て!」


 男の声がし、複数の足音が追いかけてくる。


 西馬は無我夢中で走った。


 前方からは、けたたましいサイレンの音。アスファルトを切りつけるタイヤのきしむ音。交差点を大きく膨らみながらパトカーが突っ込んできた。そのヘッドライトに、目がくらみそうになる。


「止りなさい!」

 スピーカーから怒鳴り声が聞こえた。


 西馬は、とっさに、細い路地裏に逃げ込んだ。いきなり大きな水たまりができていて、激しくしぶきを上げた。気にしている暇はない。


 西馬の足に空き缶が当たり、高い音をたてて吹っ飛んで行った。あちこちに水溜りができていて、西馬は何度も足を踏み入れてしまった。


 自分の足音と、苦しい息遣いの音、追いかけてくる複数の足音、それらの全てを覆いつくす雨音。絶対的な存在。


「撃ったのはお前……」


 耳にこびりついて離れない声。この先、一生この声が付きまとうのだろう。水たまりに広がって行った赤い血。西馬の胸の奥が冷えていく。


 もうダメだ。もう終わりだ。クソみたいだ。このまま走るのか。逃げ切れないだろう。

 あの時死んだのは見ず知らずの警官ではなくて自分だったのだ。死んだ?死んでないかもしれない。そんなこと、今はどうでも良い。


 その時、いきなり目の前が明るくなった。路地に向かって設置された防犯用のセンサーライトがついたらしい。強烈な光に、またも、西馬は目がくらみそうになった。


 しかし、目が慣れると、その光の中で何かがきらめいているのに気がついた。キラキラと無数の輝きが浮かび上がる不思議な光景だった。


 知らないうちに、西馬は走るのを止めていた。その不思議なきらめきに吸い寄せられるように、近づいていく。


 それは蜘蛛の巣だった。細くしなやかな糸に雨粒が絡みつき、灯りを受け、キラキラと輝いているのだった。


 こんなに美しいものを見たことがあっただろうか……。


 西馬は完全に立ち止まった。蜘蛛の巣など払いのけて、そのまま走り続けるという選択肢は、なぜか彼の中には浮かばなかった。

 ただ、心の中が急にしんと静まり返ったような、そんな不思議な感覚があった。


「動くな!」


 背後から警官が怒鳴る声がした。


 そんなことを言われなくても、西馬はもう動く気などなくなっていた。


 背後から警官がものすごい力で羽交い絞めにしてきた。そんなことをされなくても、抵抗する気など全くないのに……。


 西馬を乗せたパトカーは、ワイパーを激しく動かしながら走り出した。見ると、西の空が赤く染まっていた。雲の切れ間から光が射している。もう少しで雨が止むのだろう。


 そんなこと、ほんと、どうでもいい。


 西馬はもう、生きていることを止めたいと、それだけを願うようになった。


 拳銃で撃たれた警官は亡くなったらしい。撃たれどころがピンポイントに悪く、頸動脈を損傷してしまったのだ。だからあれほどの血が流れたのだった。


 それ以外に、あの屋敷の主人が遺体となって見つかった。西馬が聞いた「パン」という音は、その時の発砲音だったらしい。


 さらに大きな水槽が床に落ちて割れ、大量の熱帯魚が死んでいたらしい。あのガラスの砕ける音は、それだったのだ。


 色とりどりの美しい小さな魚たちが、豪奢な絨毯の上で悶えながら飛び跳ね、やがて息絶えていく様を思い浮かべると、死刑で構わないという気持ちになった。


 西馬についた国選弁護人が、なんとか彼の刑を軽くしようと働きかけてくれた。しかし、西馬はもう生きていることを止めたかった。

 そのためには全ての罪を一身に背負うことだと思った。


 屋敷の間取りやなんかについても尋問された。話に聞いていたので、なんとなく答えられた。どうして屋敷の主人を殺したのかと問われ、「見つかったから」とだけ答えた。


 死刑になりたい死刑になりたいと、ずっと願っていた。


 それからしばらく経って、彼の願いは叶えられたのだった。

西馬、現世とさよなら。

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