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気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


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バーで始まる危険な恋

 やっと名前が決まった4人を前に、西馬はまた考えていた。

 店の掃除などを手伝ってもらった彼らに、いったい、どんな飲み物を出したら良いものか。


 たしかに、手伝ってもらった以上に、片付けの仕事を増やしてくれたことは事実だ。高価なグラスを木っ端微塵にしてくれたし。

 でも、それは彼らが「掃除」というものを全く経験したことがなかったことが原因なのだから、仕方がない。シャンパングラスが高価なのだって彼らは知るよしもない。仕方がない。以上。


 トウ子さんと名付けた、衆合地獄の女の酒癖が悪いことは分かった。いくらでも飲むのだが、最後のほうで落ちた。

 というより、自分のアルコールの限界を知らなくてガブガブいった結果、落ちたという状態だろうか。アルコールに慣れていない人にありがちなことだった。


 そして、デコに目の付いた三目さん、角の生えた角田さん、トラ柄のパンツをはいた太っちょのブーさん。彼らもアルコールに慣れているとは思えなかった。

 いや、きっと地獄で働いているばかりの日々だったので、飲んだり遊んだりすることなんか知らなかったに違いない。

 黒猫は、地獄の連中に何を飲ませたって全然大丈夫みたいなことを言っていたが、トウ子さんの例を見る限りに、あの言葉をまるっとすっかり信じる気にはなれない。


 だったら、何を飲ませるべきだろうか。


「おいら、腹へったよ……」

 いきなりブーさんが言った。

「お前は、いつだって腹が減ってるんじゃないの?」

 角田さんが、ブーさんの腹を撫でながら言った。ブーさんが口をとがらせている。


 西馬がカウンターの中をごそごそやると、どこから仕入れたのか分からないフルーツやら、ナッツやら、そういったものが出てきた。


(どこで作ってるんだ?)


 不思議に思いながら、ナイフでフルーツをカットして出してやった。獄卒たちは目を輝かせると、争うようにして食べだした。

 トウ子さんだけは、うつむいたまま手を出さない。まるで恋煩いをしている乙女のようだ。


 彼らの様子を、黒猫が薄目をあけて見つめていた。かと思うと、欠伸をして丸くなってしまう。黒猫の耳だけが、単独の生き物のように動いていた。


 この時、トウ子さんは自分の中にふつふつと沸きあがる、得体の知れないものに困惑していた。胸の奥がざわつくような、そわそわと落ち着かないような。

 ふと顔を上げると、カウンターの向こうに西馬が立っている。その姿を見ただけで、体じゅうが爆発してしまいそうな、訳の分からない衝撃のようなものを感じるのだった。

 感じたことのないような熱を感じる。


 いや、トウ子さんは西馬に惚れてしまっていた。しかし、衆合地獄に生まれ、地獄に落ちてきた男どもに無限の苦しみを与えるためだけに存在していた彼女にとって、「恋」だの「愛」だのといったもの分からない。

 だから、体の中に得体のしれない何かが生まれて、それをどうしたら良いのかも分からず、ただ苦悶するしかなかった。 


「何か召し上がりますか?」

 西馬が、なるべく顔を見ないようにして、トウ子さんに聞いた。トウ子さんと目が合うと地獄に落ちるのだから仕方がない。

 トウ子さんは何も答えず、ただ顔を真っ赤にして俯いてしまった。そうかと思ったら、蚊の鳴くような声で、

「あの赤いヤツ……」

と、言った。


「かしこまりました」

 西馬は答えると、ブラッディ・マリーを作るための準備にとりかかった。タンブラーに氷をからりと入れ、ウォッカを注ぐ。冷蔵庫から取り出したトマトジュースを注いでいく。

 彼の手元に興味を惹かれたのか、獄卒トリオがカウンターに身を乗り出してきた。すごい視線を感じる。こんなふうにガン見してくる客は初めてだ。苦笑いが浮かぶ。


「おいらも、それがいい」

 ブーさんが言った。それを聞いた角田さんと三目さんも口をそろえて、「オレも」と言ってくる。三人が三人とも、これを何だか分からずに言っていることだけは明らかだった。


「かしこまりました」

 西馬は横目で黒猫を見る。


 だいたい、トウ子さんにブラッディ・マリーを出した時だって、

「ここの連中にはいくら酒を飲ませても大丈夫」

という、黒猫の言葉を信じていた。

 そしたら、あんなことになった。カウンターで眠ってしまい始発電車で帰っていく客のようだ。


 はたして、この3人組は大丈夫なのだろうか?様子を見ながら、こっちで加減するしかないのか?彼らが自分のアルコールの限界を分かって調節できるようには思えない。


 黒猫は丸くなったまま動かない。


 やがて、できあがった最初のブラッディ・マリーをトウ子さんの前に置いてやった。トウ子さんの肩がびくんと動く。緊張しているらしい。タンブラーに伸ばしたトウ子さんの手が震えている。その結果、彼女の手がタンブラーをつかみ損ね、タンブラーは満タンのブラッディ・マリーを湛えたままに、バタンと倒れた。

 真っ赤な液体がカウンターにあっという間に広がった。まるで血だ。


「大丈夫ですかっ!?」

 西馬がタンブラーに手を伸ばす。すると運命のいたずらか、彼の手の下にトウ子さんの手が重なってしまった。その瞬間。


 世界が爆発した。


 いや、トウ子さんの後ろから、怒涛の勢いで木が生え始め、あっという間に巨木になった。その木に、西馬は見覚えがあった。木の葉っぱという葉っぱが全て刀の刃になっている「刀葉の木」というやつだった。

 トウ子さんと目が合っていないのに何故。呆然と立ち尽くす西馬。その彼に向かって、刀のような鋭い葉を生やした木の枝が迫ってくる。一斉に。


(何故!?)


 西馬は後ずさる。その背中がバックバーにぶつかった。グラスが倒れる音がする。


(もうダメだ!死ぬ!)


 そう、西馬が覚悟を決めた時、世界が圧倒的な光に制圧された。眩しい。ヤバいくらいに眩しい。目がやられる。


 しかし、西馬がおそるおそる目をあけた時には、刀葉の木はなくなっており、元のバーに戻っていた。ただ、カウンターの上に倒れたタンブラーと、広がり続けて、今はポタポタと床に滴り落ちるブラッディ・マリーがあるだけだった。


「完全なバグを起こしている」


 黒猫の声がした。いつの間にか、西馬の目の前にやって来て、まっすぐに見上げている。


「お前がトウ子さんと名付けた、この衆合地獄の女なんだが、どうやら回路がどこか破たんしたらしい。自分の存在に疑問を抱き出した。それにな、お前に惚れている」


「は!?」


「今、お前がトウ子さんの手を握っただろ」


「いや握ってません」


 黒猫が半目になって西馬のことを睨んだ。疑わしい目だ。


「絶対に握りません」


「ふうん」


「そんなことより、さっきの現象はなんですか」


「お前がトウ子さんの手を握ったせいで、こいつの中の感情が爆発したのだ」


「だから握ってませんて……はいっ!?」


「こいつはもう、恋しちゃってる乙女と同じで、キャーってなっちゃったら自分のことが制御できなくなっているのだ」


「え!?」


 ということは、つまり。とっさに想像をめぐらした西馬。彼のの全身に鳥肌が立った。

 トウ子さんがトキメクたびに西馬の身に危険が迫ることになるということだった。

 これを地獄と呼ばずに何と呼ぶのだろうか……。

危険極まりない恋はどこに行くのか。のんびりゆっくりと進みます……。

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