表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/47

君の名は

 ゆるゆると静かな時が流れて行く。気がついた時には、太っちょのトラパンがカウンターにつっぷして居眠りを始めていた。その鼻から、鼻ちょうちんがふくらんで、はじけそうになって、縮んで、またふくらんで、縮んでというのを、さっきから繰り返していた。


 したしたと黒猫がカウンターの上を歩いてきた。かと思ったら、居眠りをしているトラパンの耳にかみついた。


「ぎゃっ!」


 トラパンが止まり木から落っこちる。黒猫は軽く身をかわしたあと、にやっと笑ってお気に入りのクッションの上に戻って行った。


(別に、わざわざ起こす必要もないのに……)


 西馬はグラスを磨きながら心の中だけで呟いた。


 尻をさすりながらトラパンが立ちあがる。その横で、一本角とデコ目が楽しそうに笑っている。女は黙ってうつむいていた。


 この時、西馬はあるひとつの問題について考えていた。それ解決するためには、まず問うてみよう。意を決した彼が口を開いた。


「ところで、みなさん。お名前はなんて仰るんですか?」


 しーん。


 回答はなぜか静けさだった。しかし、そんな沈黙は一瞬で消え去った。獄卒たちが口ぐちに言いたい放題に言い始めるからだ。


「お名前って……なんだ?」

「いや、聞いたこともない」

「それって、美味しいものなのかなぁ」


 最後の言葉は太っちょのトラパンだった。


「こいつらに名前なんか、あるはずないだろう」

 あっさりと言ってのけたのは黒猫だった。

「お前ら、そのへんに生えている雑草に名前をいちいちつけるのか?」


 西馬には、返す言葉がなかった。地獄で働いている数多の獄卒たちは、そのへんに生えている雑草と同じという黒猫の言葉が刺さった。とたんに、目の前にいる連中が可哀想に思えてくる。


「名前って何だ?おい、俺たちに教えてくれよ」


 好奇心旺盛な少年のような目で、地獄の獄卒が聞いてくる。黒猫が「雑草」と言ってのけた彼ら。きっと「雑草」の意味すらも分かっていないに違いなかった。


「名前というのは、ひとりひとりに与えられる記号みたいなもので……つまり、その、世の中にはたくさんの人がいるので、名前をつけないと何かと不便なんです。例えば、お三方」


 西馬がデコ目、一本角、トラパンを手で示す。


「お三方が並んで歩いている時、そのうちの1人を、後ろから呼ばなくてはいけなくなったとします」


「ふむふむ」


「もしも、名前があれば、呼びたい人だけを呼ぶことができるじゃないですか」


「へぇ~、そういうこと」


「……というか、みなさんは名前がなくて、どうやってお互いを呼び合っているんですか?」


 すると、再びの沈黙。獄卒はそろいもそろって、きょっとーんとしている。そんなこと、考えたこともなかった、という風情だ。


「お前が付けてやればいいだろ?」

 クッションの上で丸くなっていた黒猫が口をはさんできた。

「名前がないと呼びにくいと思っているのはお前なんだから、適当につけてやれば良いのだ」


「え?良いんですか?」

 西馬が目の前の獄卒たちにたずねる。


「いいぜ」

 一本角がすぐに答えた。

「よく分からないけど、名前ってのがあるほうが便利なんだろ?なんか、良いのつけてくれよ!」

 デコ目もトラパンも頷いている。

 その隣に座っている女も、頬を赤く染めながら、小さく頷いた。


「分かりました」

 そうは言ったものの、これまでの人生で名前なんか考えたこともなかった。もしも、結婚したり子供をもうけたりしたなら、命名するという経験をすることもあっただろう。あるいは、ペットを飼うというシチュエーションがあったなら。

 つまり、彼の人生において、「名前をつける」という経験値はゼロだった。


 なのに、唐突に、目の前にいる獄卒たちに名前をつけろと言われても困る。アイデアなんか全く沸いてこない。


 太郎、二郎、三郎、花子……。


 くわたけいすけ、はらゆうこ、……ほかのメンバーの名前が思い出せない。


 西馬は悩む。グラスを磨く手が止まってしまうほどに悩んだ。名前をつけることを「命名」という。つまり、命を宿す的な重大なミッションなのだ。

 そんな、とんでもなく重要なことをやれと言われても。


「名前は単なる記号なのだろう?」

 黒猫があくび混じりに言った。

「お前、さっき自分でそう言ったの忘れたのか?記号なら、なんだって適当につければよかろう。バカなのか、お前は」


 西馬が黒猫を見ると、黒猫は半目になってシラッとした顔をしていた。


(ひとこと多いな……)

 西馬がため息をついたが、黒猫は気にもとめない。


 たしかに名前のことを記号といった。でも、まさに記号をつけるというのも、あまりに味気ないと思った。どうしよう。

 マンガのキャラクターにウォッカとかジンとかテキーラとか付けてる漫画家がいたっけ。でも、あれって、そこそこ子供向けのマンガじゃなかったのだろうか。


 悩む西馬をよそに、獄卒たちは勝手にお喋りをしている。


「決めました!」


 西馬が宣言する。獄卒たちのお喋りがぴたりと止まった。


「あなたは目が三つついてるから三目さん」と、デコ目に言った。

「あなたは角がはえてるから角田さん」と、1本角に言った。

「あなたは太っているからブーさん」と、トラパンに言った。

「あなたは……」衆合地獄の女と目が合いそうになって、緊張が走る。「……トウ子さんです」


 トウ子の「とう」は「刀剣」の「とう」だった。彼女と関わり合うと、全身を刀剣で刻まれるような責め苦にあうというのを、死んでも忘れないために。


 いや、死んだから、ここにいるんですけどもね……。

登場人物に、やっと名前がつきました。ゆっくりのんびりと進みます。なんせ地獄は時間の経つのが遅いのですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ