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気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


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名もなきバーの名もなき客たち

 今、名もなきバーの、狭いカウンターには、風変わりな4人が肩を並べて座っている。

 ひとりは頭に角が1本はえている。ひとりは額に大きな目がついている。ひとりはパッと見は普通だが、トラ模様のパンツ以外は身につけていない。そして、丸々と太っている。

 最後のひとりは人一倍に美しい、むしろ整いすぎて特徴に乏しいタイプの女だった。ただし、これは見た目だけの話だ。彼女には人とは全く違う裏がある。

 目が合った男すべてを地獄の苦しみの中に突き落とす、という特殊能力を持っているのだ。その結果、男はみんなズタボロになる――文字通りに。


 この風変わりな4人は、等活地獄の獄卒トリオと、衆合地獄の女獄卒だった。

 地獄は8層構造になっていて、罪の思い人間ほど、下へ下へと落ちていくシステムになっていた。等活地獄は1番上にあり、衆合地獄は3番目に位置していた。

 地獄の下層へ進むほど、与えられる罰もえげつないことになってくる。罰を与える側の獄卒も、エリートぞろいになってくる。例えば、体が大きくなり、目から炎を出したり、異臭を放ったりする特殊能力が備わってきたりする。

 どんな異臭かというと、想像もできないレベルの、筆舌に尽くしがたいほどの、異臭なのだ。

 ちなみに、最も下層に位置するのが「阿鼻地獄」で、そこに到達するまでに、まず2000年もの間、落下し続けなくてはいけない。

 そこにいる獄卒もすさまじくて、牙の長さが28メートルあったり、目が64個ついていたり、もう訳が分からない。

 彼(?)の頭の上には牛頭が8人いて、それぞれ18本の角が生えている。その角の先からゴウゴウと猛烈な炎が出ているらしい。

 本人たちは熱くないのだろうか?などと考えてはいけない。そして頭の上に8人。なぜ頭の上なのか。狭くないのか。下の人は重くないのか。そういう部分に関しては理解しようとしても無意味だ。なんといっても、彼らは特殊能力をもったエリート集団なのだから。


 獄卒トリオが配属されている場所(部署)は等活地獄なので、地獄の中でも1番、罪の軽い人間が落とされるところだった。西馬が落とされたのも、ここだった。

 デコ目は等活地獄に落ちてきた人間をいたぶりながら、その活躍ぶりをアピールし、出世をしたいと思っていた。一方、彼と仲良くしている一本角やトラパンは、今のポジションになんの不満もない。


 というか……。

 トラパンの体は大きすぎて、バーの入り口を通過できなかったはずだ。だから、ずっとバーの入り口から、指をくわえて店の中を覗き込んでいたのだ。それはそれで、ものすごく、哀れを誘う佇まいだった……はずだ。


 それなのに今、バーカウンターに座っている。確かに、バーの止まり木から、尻肉がはみ出ているとは言え、なんとか収まっている。


 巨体のトラパンを、バーに入れるサイズに変身させたのは黒猫だった。閻魔大王の使い魔として、西馬の監視役をやっている、見た目は普通の黒猫。ただし、怒ると尋常じゃない鋭さの爪がニュッと飛び出てくるので怖い。

 そんな黒猫が、持ち前の特殊能力を使ったのだった。なんと都合が良いのだろう。


 実は、黒猫はイライラしていた。バーの入り口から、物欲しそうな顔で中を覗いてくるトラパンの存在に、だ。

 無視しようと思ったが、気になって気になって仕方がない。トラパンは獄卒のくせに、人間をいたぶる役割のくせに、なぜか瞳がピュアなのだ。その瞳から発せられる何かが、黒猫の尖ったハートにじわじわと染み入って、黒猫は葛藤していた。

 普通に店に入れるサイズにしてやることはできる。だからといって、「いい人(猫?)」とか思われるのは、それはそれで本意じゃないし。でも気になるし……。


「ちっ」


舌打ちをひとつした後、黒猫はトラパンの目の前までシタシタと歩いて行った。警戒するトラパン。なんたって、黒猫の鋭い鉤爪で引っ掻かれた経験があったからだ。


 そのわりに、バーの入り口からは離れようとしないトラパン。


 いきなり、黒猫がカッと目を見開いた。口も開いた。長く鋭い牙がむき出しになって、ものすごい形相になった。


 トラパンがギュッと目をつぶって肩をすくめる。ちょっとだけ、反射的に体を引いたものの、やっぱり入り口をしっかりとつかんでいる。


 黒猫の目がパァッと光った。

 直後、トラパンの体が光に包まれる。と思っているうちに、あっという間にトラパンの体が普通のサイズの太っちょになった。


 スリムにしてやろう、というような配慮は、黒猫にはない。


 女はというと、トラパンの後にくっついて入ってきた。トラパンの後ろから、チラチラと顔を見せては、恥ずかしそうに隠れてしまう。対応に困る。

 店の奥からデコ目、一本角、トラパンが座ったので、女は必然的に真ん中に近い席になってしまった。止まり木に座った女は、恥ずかしそうに俯いて顔を上げない。


(でも、いつ顔を上げるか分からないよね?)


 ハラハラドキドキしながら、とりあえず日課であるグラス磨きをする西馬。獄卒たちが割ってくれたおかげで、磨くべきグラスがだいぶ減ってしまっていたものの、タンブラーやらショットグラスやら、いつ使うんだか分からない美しいグラスがたくさん収納されたバックバーは、西馬のお気に入りになりつつあった。

 グラス越しに、女が顔を上げるのが見えた。

 西馬の心臓が凍りつく。警戒する気持ちと裏腹に、その視線が女に吸い寄せられる。西馬の心臓がバクバクする。やばい。まずいぞ。このままでは地獄にウェルカムだ。でも止められない。男の視線は彼女に釘付け。視線オートマティック。

 しかし、その時、異変があった。


 西馬と視線が合った瞬間。女が、ぱっと、自ら、視線を逸らしたのだ。長い髪が彼女の顔を隠す。しかし、その頬が真っ赤になっているのは見ることができた。


 一本角とトラパンは、もの珍しげにバーの中をキョロキョロと見回している。デコ目はトラパン越しに女のことばかり気にしている。


 黒猫はいつものクッションの上で大きな欠伸をして丸くなった。


 西馬はまたグラスを磨き始める。この客なのか客じゃないのか分からない連中に、何を出したらいいものか。今夜も長い夜になりそうだ。

何が始まるのか、何も始まらないのか。スローテンポな物語は、ゆっくりと地獄の時の流れのような速さですすむ……。

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