西馬と地獄のゆかいな仲間たち
「おぅい」
店の外から呼ぶ声がする。
「おぅい!おいらも仲間に入れてくれよぉ」
寂しそうに言ってきたのは、トラパンだった。彼は体が大きすぎて、狭いバーの入り口から入れず、店の外から指をくわえて覗きこんでいたのだった。
「ムリだよっ!」
デコ目が意地悪く言う。
「仲間に入りたかったら、そのデカい腹を引っ込めろよ!」
「そんなぁ……」
トラパンが情けない声を出した。今にも泣きそうだ。獄卒なのに。鬼、みたいなものなのに。
そもそも、腹がどうのいう次元ではない。もちろん、腹も出ているのだが、それ以前に、全体的に体がデカすぎて、バーの入り口を通過することができないのだ。自力ではどうにかできる話ではない。猫型ロボットか何かに、スモールライトを出してもらうとかしないとムリ。
そんなトラパンを見て、西馬は子供の頃に読んだ「泣いた赤鬼」を思い出した。でも、どんなストーリーかは思い出せない。赤鬼と青鬼がいました、という冒頭の部分と、赤鬼が泣きました、というシーンだけが、ふわっと浮かんできたのだった。
「つまんないの……」
トラパンは、ひとり、しょんぼりと店の入り口から離れようとした。そして、ドン!と誰かを突き飛ばした。
ドン!ではなく、ボウン!だったかもしれない。トラパンの出っ張ったお腹に、誰かがぶつかって、吹っ飛んだのだ。
「キャッ!」
女の悲鳴が上がった。ハズキルーペののコマーシャルのごとく。
「わぁ!」
と、トラパンも悲鳴を上げたが、おっとりした口ぶりのせいで、ちっとも驚いているふうには聞こえない。
「あれれ?」
トラパンが周囲を見回す。自分のお腹にぶつかった奴がいたはずなのに、姿が見えない。
「消えちゃったのかなぁ……」
と、その時だった。ガサガサ!と、怪しい林の入り口の草むらが動いた。トラパンが立っている位置から2メートル以上は離れている。
何者かと眺めるトラパン。
ガサガサ……の後、ガバッと勢いよく立ち上がったのは、長い髪でほぼ顔が見えなくなった細い女だった。某・ホラー映画の主人公(?)のような姿だ。「きっと来る」やつだ。
「ちょっと!」
髪を振り乱して、女が怒鳴った。その目が怒りに燃えまくっている。彼女は、衆合地獄の女だった。
つまり、普通の人間の女ではなく、地獄で罪人を痛めつけるのが仕事の「獄卒」のひとりだった。トラパンや一本角などの獄卒との大きな違いは、「容姿に優れた女」という点だ。
つかつかつかつか……。
ただでさえ怖い獄卒の女が、肩を怒らせて、鬼のような形相でトラパンに詰め寄ってきた。
「何すんのよ!いきなり女を突き飛ばすなんてサイテー!」
「お、おいら、突き飛ばしてないよう……」
トラパンが、女の鋭い視線に耐えられず、目を泳がせながら答える。
「そ……そっちが、す、すぐ後ろに立ってたから……」
だんだんと語尾が小さくなっていく。
「はぁ?」
女が声を荒げる。その声たるや、鋭いムチの一振りのような勢いだったので、トラパンがギュッと肩をすくめた。
「こっちはね!あの林の中までぶっ飛んだのよ!?あんたのせいで!あんなところまで!死んだらどうすんのよ!」
女が林を指さして怒りまくる。いや、あなたが倒れていたのは、あなたが指さしているより、もっと手前ですよ、とはトラパンには言えない。ただ、情けなさそうな顔で突っ立っていることしかできなかった。
そんなやり取りを、バーの店内から、一本角、デコ目、そして西馬が見ている。
「獄卒って死ぬのか?」
一本角がデコ目に聞いたが、デコ目は何か考え事でもしているのか、答えなかった。
しばらく鼻息を荒くして怒っていた女だったが、ふと視線を感じて我に返った。一本角やデコ目に対して、凄みを効かせると、
「ちょっと、何見てるのよ!」
と、鋭く言い放った。言葉のひとつひとつが、矢のようにビュンビュンと飛んでくる感じだ。
「うへ!こわっ!」
一本角が肩をすくめた。その頭の上を、女が放った言葉の矢がかすめていった。
「女って怖いだけだな!あんなの、どこが良いんだ?なあ」
そう言ってデコ目の肩をポンと叩く。
「え?」
デコ目は何故かぼんやりしていて、一本角の言葉を聞いていなかった。それどころか、顔が赤くなっている。
そんなデコ目の様子を見て、西馬は(まさか?)と思った。
デコ目の前で、手のひらをひらひらさせてみるが、デコ目の大きな瞳は、西馬の手のひらを透視して、その先に立っている人物(?)……というか獄卒に注がれていた。ややこしい。
(いや、まさかの、まさかだ!これは……)
かつてバーテンダーとして夜の仕事をしていた彼は、男女のいろいろを、それはそれは、たくさん見てきた。
だから気がついてしまった。
デコ目の胸に、矢が刺さっていることに。それは女が放った言葉の矢ではなく、いたずらなキューピッドちゃんが放った恋の矢らしい。
(こんな場所にもあるんだ……恋なんてものが……)
しみじみと頷く西馬なのだった……。
物語が新たな局面を迎えるっぽい(キャラクター任せ)。ゆっくり、ゆ~っくりと、進みます。




