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気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


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ミラクルは起きる~奇跡のシャンパン~

 深くて大きなため息をひとつ。西馬はがっくりと肩を落とした。

 バックバーには、粉々に割れたガラスの欠片が、大量に散乱している。それらは、西馬が毎日、ぴかぴかになるまで磨き上げてきたシャンパングラスやカクテルグラスだった。細い棒状の破片や、カーブを描いた破片が、もともとの美しかった時代を彷彿とさせて物悲しい。


 こうなった原因は何か。

 おでこに目のついた獄卒と、頭に角が一本にょっきりと生えた獄卒に、店の中の掃除を頼んだことだ。そもそも、彼らは、ホウキや雑巾、ちり取りを何に使うものか知らなかった。

 彼らは手に持ったそれで、本来やるべきことと全く違うことをやり出した。その姿たるや、掃除の時間にふざけてチャンバラをやり出す小学生男子の如しだった。


「ちょっと男子!ちゃんとやってよ!」

と、しっかり者の女の子に言われて、ふざけてベロを出すタイプだ。


 では、そんな彼らに手伝わせたのは誰か。


(自分だ……。手伝うって言ってくれたから、てっきり、普通にやれるものなんだって、思い込んでしまった……。相手は人間じゃなかったんだ……)


 そんな自分に、ため息をもうひとつ。


(やれやれ……)


 西馬は、ちり取りを手に取る。この「ちり取り」こそが、先ほどシャンパングラスを割る原因となったものだ。そんな因縁のあるもので、西馬はガラス片を集めることにした。「因果応報」感が半端ない。

 そんな彼の肩に、ポンと置かれる手。


(なんだよ!)

 西馬が振り返ると、すぐ後ろに立っていたのはデコ目だった。


「なあなあ、それ、どうするんだ?」

 と、デコ目が目をぎょろりと見開いて聞いた。

「どうって……捨てるに決まってるじゃないですか」

 デコ目の能天気な物言いにムッとして、西馬は投げやりに答え……終わるか、終わらないかぐらいのタイミングで、

「え!?捨てるのか?捨てるってことは、いらないってことだな?」

とデコ目が、かなり食い気味に聞いてきた。


(誰のせいで、こうなったと思ってるんだよっ!)

 西馬は、だんだんイライラしてくる。まともに答える気も起きないから黙っている。目も合わさない。


(たしかに。自分にも落ち度があったってことは認める……けどさ!)

 やり場のない憤りがふつふつと、いくらでも沸いてくる。それはまるで地獄の釜の如く。


「いらないんだろ?だから、捨てるんだろ?」

 デコ目が言い募る。それどころか、ぐっと顔を寄せて、西馬の顔を覗き込んできた。無邪気か。

 西馬は、また大きなため息をついた。


「そうです、いらないから捨てるんですよ」


 意味が通じないとは感じつつ、言葉のひとつひとつにアクセントをつけて言う。相手が人間だったら、その言い方の意味を察してくれたかもしれない。


「じゃ、くれ」

 デコ目がいかにも簡単に言った。

「はっ!?」

 思わず聞き返す西馬。デコ目が何を言っているのか分からなかった。


「じゃあ、くれよ」

 デコ目が、ひとつひとつの言葉にアクセントをつけて言った。

「聞こえた?」


「いや、聞こえてますよっ!」

 西馬が声を上げる。

「あなたの発言は、最初から全部、聞こえてますよ!そうじゃなくて、こんなゴミ、もらってどうするんですか」

「地面に撒くんだよ」

 デコ目がまた食い気味に答えた。デコ目が何故か興奮気味だ。それがなお、意味不明。


「は?」

 またもや聞き返す西馬。他に言葉が出てこなかった。


「だからぁ、地面に撒くの!地面に!」

 デコ目の声が大きくなる。

「どこの?」

 西馬の問いに、今度はデコ目がイライラしてきたらしい。

「地獄に決まってるだろ?」

「何のために?」

 西馬が聞くと、デコ目が心底から驚きの表情になった。

「なんだよっ!そんなことも分かんないのかよ!」


(えー!?)

 西馬も心底から驚いた。だって地面にガラス片を撒くなんて意味がない。雪道に塩カルを撒くんならまだしも。


「あー、いい考えだね」

 急に横から入ってきたのは一本角だった。まるで、洋服屋の試着室から出てきた友達に言うみたいに、顎に手を当てて頷いている。

「だろ?」

 デコ目が得意げだ。

「それなのに、こいつさ。何のために撒くんだとか言うんだぜ?頭、悪いんじゃないか?」


 さすがの西馬も、獄卒から頭が悪いと言われてカチンときた。頭に来すぎて言葉も出ない。

 黙ったまま、ガラス片をちり取りにかき集めると、その辺にあった空き缶にざらっと入れて、デコ目に押し付けた。かなり、ぞんざいな態度だったはずだ。

 それなのに、デコ目と一本角は、空き缶の中を交互に覗き合っては、キャッキャキャッキャと盛り上がっている。


(だいたい、地面にガラス片なんか撒いて、踏んづけて怪我でもしたらどうするんだ……)

と、ここまで考えて、西馬はハッとした。


(いや、それが目的なんだ!踏んづけさせて怪我をさせるのが目的……!だって、ここ、地獄だからぁっ!)


 すると、目の前にいる獄卒ふたりが、急に不気味でおぞましい存在に見えて……こない。だって、なんだか背も低いし、とにかく楽しそうだし。間違って鬼に生まれ変わっちゃった感すらある。

 西馬が落とされた地獄が、彼らの仕事場だった。

改めて、自分は死んだんだし、一遍は地獄に落ちた身だったんだ……と思った。


 ガラスの片付いたバックバーを、西馬は丁寧に拭きあげた。バーカウンターの中が整ってくると、自然と気持ちも片付いてくるのだった。


(もともと、あんな場違いなグラスがあったことのほうがおかしかったんだ……)

 そんな気持ちにすら、なってきた。もはや悟りだ。

(シェークして提供するカクテルなんて作ることもないし、そもそもこんなところにスパークリングワインなんてあるはずもないし……)


 とは言え、ここに自分の店を構えている(客は、ほぼ来ないが)奇跡に、準じるような出来事が起こらないとも限らない。


(いやいや、そんな訳はない。根拠のない期待は抱くだけムダさ……)

 ニヒルな笑みを口元に漂わせ、ちょっとだけドキドキしながら、西馬は冷蔵庫のドアを開けた。


(ふふ、やっぱりな……)

なんてことを思いながら、ドアを閉めた。そして、もう一度開けた。二度見ならぬ、二度開けだった。


(……)

 西馬はしばしばと瞬きをした。そこには見慣れないボトルが入っていた。シャンパン通なら誰もが知っている、高級品の中の高級品がそこにあった。


(えー!?何これいつの間に?夢じゃないかしら?い、痛い……)


 自らの頬を思い切りつねって夢じゃないことを確認した後、西馬は冷蔵庫からシャンパンのボトルを取り出すとラベルを見た。原産国フランス。そりゃそうだ。シャンパンだもの。みつを。じゃなくて。


 軽薄な男に限って、女の子に良いカッコしてみせたくなって、

「シャンパンてさ、シャンパーニュ地方で造られるからシャンパンって言うんだよ?」

とか何とか、得意げにニヤつきたい気持ちを必死で押さえて、クールっぽく言ったりして。

 女の子も(えー?何それ普通に知ってますけど?)とは言わず、

「へぇ~!そうなんだ、すごぉ~い!」

とかなんとか。だって気持ちよく奢ってもらわなくちゃいけないから(てへぺろ)。


 なんてことが、あったな……思い出に浸り遠い目になる。


 そうじゃなくて!そもそも、ここって地獄あたりですよね。フランスからどのようにして運んだんでしょうか!?空輸!?え!?空輸!?あっちの空とこっちの空がつながって?時空のゆがみ?いやいや、いやいや、いやいや……。


 考えても仕方がないので、とりあえず自分が置かれている状況を「現実」として受け入れる西馬。

 せっかくなんで、今日の労をねぎらって飲んでしまうのもアリだな……と、ラベルをしげしげと見つめながら、思うのだった。

 気がついたら冷蔵庫に入っていたシャンパンなんで、次に気がついた時には、なくなってしまっているかもしれないしね……。

久しぶりの投稿です。シャンパンはドンペリ、モエシャン、くらいしか知りませんでした。昔、居酒屋でガチに「シャンパンてさ~」と、つれの女の子にうんちくを垂れているメンズがいました。

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