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気力をなくした元バーテンダーが地獄あたりでバーをやるハメになりました  作者: 高山シオン


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生前のこと・暗い部屋で

 西馬は異様に鮮やかな緑の中を歩いていた。道は細く、道のすぐ横からは青い海が広がっていた。砂浜はなくて、いきなり深い海になっていた。

 波はなくて怖いぐらいに澄んでいた。実際、吸い込まれてしまいそうで怖かった。


(これ落ちたらヤバいやつだ)


 そんな感じがして、西馬は慎重に歩いた。


 ピンポン。


 どこからともなく異質な音がして、西馬は立ち止まった。


 ピンポン。


 また鳴った。周囲の鮮やかな景色が急速に薄れていく。やがて真っ暗になった。


 ピンポンピンポン。


 西馬は目を開けた。カーテンの隙間が明るい。


 ピンポンピンポン。


(こんな時間に誰だよ……)


 舌打ちをしたい気分でベッドから起き上がる。

 こんな時間、とか思っているけど、そんな非常識な時間ではない。普通に昼間だ。夜の商売をしている人からしたら「早朝」なのかもしれないが。

 下着だけを身につけていた西馬は、とりあえず床に落ちていたズボンをはいた。頭をバリバリと掻きむしりながら玄関に向かう。


 そして気がついた。

 女がいない。バスルームのドアが細く空いていたが、電気が消えていた。よく見ると、女が着ていた服も、バッグもなくなっている。


(意味わかんねぇし……)


 ひどい男に傷つけられて泣かされて、部屋に帰れないからっていうから自宅に連れてきたのに。まぁ、それなりにそれなりな時間の使い方はしたけど。なぐさめてやる、的な方向性で。

 でも女なんて、たいがい気まぐれで勝手な生き物なのだ。


 西馬がドアに顔を近づけて覗き窓の外を見ると、数人の見慣れない男たちが立っていた。尋常ならざる雰囲気がドア越しにも、伝わってくる。ひしひしと。


 再び「ピンポン」とチャイムが押されたので、西馬はドアを開けざるを得なかった。


「失礼します」


 ちっともそんなことは思っていませんが、みたいな言い方をして、男が西馬の前に進み出た。胸のポケットに手をやり、取り出したのは警察手帳だった。


「通報があったんで調べさせてもらいますよ」


(何それっ……)


 西馬は頭の中が真っ白になった。つうほう、という言葉がすぐに漢字変換できなかった。昔に流通していたお金かしら。丸くて四角い穴が開いていた……。いやそんな場合ではない。


「は?通報って何の……」


「ま、調べたら分かるでしょう」


 なかば西馬を押しのけるようにして、男たちは部屋に入ってきた。無遠慮に家探しをしている。西馬はドアの前で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 現実?いや、夢の続きとしか思えない。あの深く透明でやたら怖い海。異様に鮮やかだった緑。どこか狂っていた。


 いや、でも見つけられてヤバいようなものは、ここにはない。合法的なものしか持っていない、と胸を張って言えた。

 それなのに、胸の奥がざわつく。警察の存在がそうさせているのかもしれない。嵐が起きる前に、冷たい湿った風が吹いているみたいな、そんなイヤな感じだった。


「ありました!」


 はっきりとした男の声が飛び込んできた。勝ち誇った感じにも聞こえた。


(何が……?)


 油の切れたロボットみたいに、西馬はぎこちなく声のした方を振り向いた。他の男たちも、みんな一様にそちらを見た。

 彼らの視線を一身に受けながら、まだ若そうな、ひとりの男が立っていた。手柄をとって誇らしいけど、場所が場所なだけに深刻な顔をしなくちゃいけないし、みたいなムズムズした顔をしている。

 彼は白い手袋をはめていた。片方の手には数時間前に西馬が脱ぎ捨てたシャツを、もう片方の手には、小さなビニールの、ジップ式の袋が握られていた。


 袋の中には、いかにも、いかがわしそうな、白い粉が入っていた。


「詳しくは署のほうで、お話を伺いましょうか」


 びっくりするぐらい近くから、太い男の声がした。少し遅れて煙草の匂いがついてきた。西馬は、すっかり口の中が乾いてしまい、まともに声を出すことができなかった。

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