三途の川あたりの記憶
死んでしまってから、いったい何日が経ったのだろう。よく分からないし、分かったところで何にもならないし。西馬は今日も藁の上で目覚め、あやしい剃刀で髭を剃り、井戸の水を汲み続ける。
死ぬ直前のことなんか覚えていない。数人の他人に囲まれ、何か話しかけられたような気がする。どんな表情で、どんな言葉だったか。まるで興味がなくて、1ミリも心を動かされなかった。
ただ、なんとなく思った。
(ここなのか……)と。
子供の頃、黒ずくめの人たちに囲まれて、ただじっと座っていた経験。変な匂いのする煙が立ち込め、空気がいやに湿っぽかった。
みんな黙り込んで、俯いている。鼻をすするのが聞こえる。理解のできないそれらの感情がいやで、退屈で、腹が立って、どうしようもなかった。
ずっと前のほうに坊さんの頭が光って見えた。眠たくなるようなお経がずっと聞こえていた。そんなことを急に思い出したりした。
ふわっと宙に浮いたと思ったら、暗転。気がつくと霧の中みたいに真っ白な世界にいた。自分の前にもたくさんの人がいて、かと思ったら、すぐ後ろにも知らない人がやって来て並んだ。
みんな、黙り込んで歩いている。西馬もよく分からないまま流れに逆らわずに歩いた。
どこまで歩くのか分からない。小学校の遠足と同じだ。先生ってやつは必ず嘘をつく。
「もうちょっとで着くからね」
着いたためしがない。
山を越えた。川も越えた。
(あれ?どっちが先だったっけな)
なんとなく、ここへ来る前に渡ってきた川の光景を思い出す。
川のほとりに、びっくりするような、でかくて強欲そうな醜い婆と、同じようにでかくてニヤついた変態じみた爺と、やっぱりでかくて体は人間なのに頭が牛、というのがいた。体型から察するにマッチョな男らしい。
西馬は思わずつぶやいた。
「あ……ホルスタインだ……」
「誰だ!」
雷みたいな怒鳴り声がし、そのへんの空気がびりびりと震えた。人々は一斉に肩をすくめたり、頭を抱えたりして、行列が乱れた。
「今、俺のことをホルスタインだって言った奴は誰だ!」
白黒柄の入った牛頭が、ふんふんと鼻息も荒く怒りながらやって来た。みんな必死になって自分じゃありませんアピール。すると数人、お決まりの行動に出るやつら。彼らは申し合わせたみたいに同じことをした。一斉に、西馬のことを、指さしたのだ。
生け贄を差し出すがごとく。




