どんぐりは空き缶の中から
生まれ出たもの全てに運命的なものがあるのではないかなと思います。それは道端に落ちている小さなどんぐりの一つ一つにも。幼い頃にたまたま見つけた空き缶の中にあったどんぐりはどんな運命をたどったのだろう?と想像しながら童話的に書いてみました。
空き缶の中のどんぐりは毎日、空と雲と木の葉っぱだけをながめて過ごしていました
「今日の空は昨日の空より明るいなあ」
「わあ大きな雲!あんな大きな雲は初めて見たなあ」
「今日の葉っぱは昨日の葉っぱよりたくさんゆらゆらしているなあ」
どんぐりは来る日も来る日も空と雲と木の葉っぱのことだけを見つめていましたが、空き缶の外からは毎日いろんな声が聞こえていました
今日は来なかったね
さっき僕らにきていたよ
また道のどんぐりが大変だったね
「なんのお話しをしているのかなあ」
どんぐりには全く想像もできませんでした
「きっと空と雲と木の葉っぱだけじゃない、そうじゃない何かがあるんだろうな」
「いつか僕も何かを見てみたいなあ」
そんなことを考えるようになって間もないある昼下がりのことでした
カランカランカラン
空き缶はコンクリートの階段のすみっこにありましたが、そこをたまたま通った三毛猫が空き缶を倒していったのです
そしてどんぐりは生まれてはじめて外の世界に放り出たのでした
空き缶からころげ出たどんぐりの目には一面に広がった大きな大きな青空が飛び込んできました
「すごい、空はこんなに広かったったんだ、外はこんなにも美しかったんだ」
どんぐりは泣き出してしまうほどの世界の広さと美しさに胸を躍らせました
「やあ、こんにちは」
近くにいたどんぐりが話しかけてきました
「は、はじめまして、僕はさっきまで空き缶の中いました」
「ああ、あの階段のすみっこの、みんな空き缶のどんぐり君だよ」
「こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは」
あいさつをされて地面に目をやると、まわりにはどんぐりがたくさんたくさんおりました
「こんにちは」
空き缶のどんぐりは自分とおんなじどんぐりがたくさんいるのを知りとっても驚きました
「みんなあの木から生まれ落ちたんだよ」
近くにいたどんぐりが教えてくれました
「だから僕たちは家族なんだよ」
ずっと空き缶の中に独りぼっちでいたどんぐりは、たくさんの家族を目の前にして嬉しくて嬉しくてたまりませんでした
「こんなにもたくさんの家族がいたんだ、僕は独りぼっちじゃなかったんだ」
どんぐりは新しい家族の皆んなを毎日毎日にこにこしながら見ておりました
そんなある日の夕焼けが西の空を染めはじめた時のことでした
滅多に人も通らない向こうのどんぐりたちのいる道に一台の車がやってきました
そしてなんと車は道のどんぐりたちを次々に踏み潰して行ったのです
空き缶のどんぐりはびっくりして声も出ませんでした
「ま、まただ…」
となりにいたどんぐりが悲しげな声でつぶやきました
「えっまた?」
空き缶のどんぐりは驚きながらたずねました
「うん、僕らは自分では動けないから、ああやって道にいるどんぐりは潰されてしまう時があるんだ」
「そうなんだ…」
空き缶のどんぐりは素晴らしいことばかりだと思っていたこの世界に、こんなにも悲しいことがあるのだとなげきました
「道にいるどんぐりばかりが大変なわけじゃないよ、ほら空を見上げてごらん」
空き缶のどんぐりは言われるままに空を見上げました
見上げた空には夕焼けに混じって数羽の鳥が飛んでいました
「見えるかい?彼らは僕らを食べにくるんだよ」
「え!?」
どこか人ごとと思っていた空き缶のどんぐりは悲しい気持ちから一変して恐怖をおぼえました
「危ないのは向こうの道のどんぐりだけじゃないんだ、いつ自分が食べられても不思議じゃないんだ、それは今すぐかもしれない」
どんぐりは空き缶から出てしまったことを初めて後悔しました
それからどんぐりは毎日毎日空を見上げていました
やつらが僕を食べにきたらどうしよう、そんなことばかり心配しておりました
いつものように空き缶のどんぐりが空を見上げていると人間の女の子の顔が、いきなりどんぐりの真上にあらわれました
「わっ!!」
と空き缶のどんぐりが驚くやいなや女の子はどんぐりをむんずと掴みポケットに入れてしまいました
女の子は走ります
どんぐりは女の子のポケットの中で右に左にコロンココロンコと転がるばかりです
「め、目が回るよ」
空き缶のどんぐりはもうわけがわかりません
ただただ転がらずに済むことを願うばかりです
女の子はまだ走ります
どんぐりもコロンココロンコと転がります
どんぐりは完全に目を回してしまいました
「お願い、もうやめて、助けて」
どんぐりは叫びはじめました
どんぐりの声が女の子に聞こえたわけでもないのでしょうが、女の子は走るのをやめてくれました
「おばあちゃん何しおるのー?」
「ありゃ里ちゃん来たとねえ、1人で来たと?えらかねー」
どうも女の子はおばあちゃんの家に遊びに行く途中でどんぐりを拾ったようです
「ねえ、何しおるとー?」
「お漬け物ば漬けおると」
「お味噌に野菜ば入れると?」
「うん、里ちゃんも漬けるね?」
「うーん!このどんぐり漬けるー!」
どんぐりはやっとポケットから出られたのに次はぬかみそに漬けられそうです
「わ、わ、わ、やめて、お願いー!」
どんぐりは泣いて叫びました
びちゃっ
願いもむなしくどんぐりはぬかみその中に漬け込まれてしまいました
「あーもうだめだあ」
お漬け物になったどんぐりはどんな味がするのでしょうか…
「ありゃー里ちゃん、どんぐりは味噌に埋めずに土に埋めんといかんよー」
「なしてー?」
「どんぐりはね、土に埋めたら芽を出して大きなどんぐりの木になるんよ」
「えーそうなん!?サトどんぐり埋めるー」
「うん、ならシャベルば持って来ちゃるけん待っとき」
「はよーしてーおばあちゃん」
「はいはい、これで庭のすみに埋めたらよかよ」
女の子は庭のすみに穴を掘りどんぐりをその中に投げ入れました
「わっわっわっなんだ?なんだ?」
次から次へといろんなことが起こりどんぐりはもう何がなんだかわからなくなってしまいました
「ん?ん?ここはどこだ?」
そう考えているどんぐりの上に土がバッサバッサとおちてきました
どんぐりはまったく何も見えなくなりました
そしてどんぐりはふかいふかい眠りにつきました
「あっ空だ!!」
目をさましたどんぐりの目に春色にかがやく空が飛び込んできました
そしてどんぐりが瞬きをすると目の前に女の子がいました
「わー大きくなっとるー」
女の子は嬉しそうにほほえんでいます
そしてどんぐりがまた瞬きをすると今度は女の子が下の方からどんぐりを見上げていました
「あれ?なんで女の子があんなに下の方にいるんだろう」
空を見上げてみると相変わらず青くかがやいていました
どんぐりはふしぎに思いながらまた瞬きをしました
すると今度は庭が小さくなり屋根の向こうの景色が見えました
いつのまにかどんぐりは緑の葉っぱがたくさんしげった木になっていたのです
なんで瞬きをするたびにどんぐりの見る景色は変わるのでしょうか
それは木になったどんぐりはとってもとってものんびりとしており、瞬きのつもりが実は長いあいだ眠ってしまっているのです
そしてまた何回も瞬きをするうちに空き缶のどんぐりは大きく立派などんぐりの木になりました
大きく立派などんぐりの木になった空き缶のどんぐりは秋の空の下でかぞえきれないどんぐりをいっぱいいっぱい実らせたのでした
「僕はいま空き缶の中から見上げていた、あの葉っぱとおなじ葉っぱをしげらせてたくさんのどんぐりの家族を実らせているんだ、僕はあのどんぐりの木と同じどんぐりの木になれたんだ!!」
どんぐりのからだは喜びに満ち満ちていました
「さて空き缶の中から今の僕を見ているどんぐりはいるのかしら?」
どんぐりの木の下には空き缶はなく古ぼけた赤い長靴が片っぽうだけありました
もしもどんぐりが空き缶の中から出ることがなかったら、きっと大きな木にはなれなかったでしょう。
一度は空き缶から出てしまったことを後悔したどんぐりですが、いろんな事象に翻弄されながらも親木になり喜びに満ち満ちた気持ちになれた一つの小さな運命を書いてみました。お読み頂きありがとうございました。