とある喫茶店店員とマスターと暴漢の話
俺が買い出しから戻ってきたら、店の屋根が吹き飛んでいた。
片田舎の片隅にある喫茶店【綺羅星】には、いろんな客がやってくる。
しかし、いまのいままで質の悪いクレーマー以外変な客と言うのはいなかった。
屋根もそうだが、ところどころ焦げている。
その、言っては何だがマスターはたしかに体つきは、俺の知っている四十代の男性達に比べるとがっしりしているが、しかし冒険者とか強盗とかそういった職業や鍛えている人間と比べてしまうと劣ってしまう。
そう言ったトラブルにこの店が巻き込まれると言うことも、少なくとも俺が雇われてからは皆無だった。
「あ、リオちゃん。お帰り」
店の状態にドン引きしていた俺に、おそらく店を襲ったと思われる者達を、一人一人丁寧に亀甲縛りを施しているマスター。
と、何故かちょっと気持ち良さそうなキモい顔の襲撃者。
「あ、はい、ただいま、です」
「あぁ、ちょっと押し込み強盗?
みたいだよ。魔法使ったから捜査局に連絡いれたところ」
「はぁ。えっと、どうして動画とってるんですか?
それと、その財布や金貨とかが山になってるのは」
武器は武器で別の山になっている。
「んーと、昔見たテレビドラマ《時代劇》で、口を割らせるには男には拷問、女には辱しめが有効ってのを見たことがあったんだけど、男にも辱しめって有効だったりするんだよ」
言いつつ、キツくキツく縛り上げると、俺とそう年の変わらないだいたい十代半ばくらいの少年達は艶っぽい声を出した。
「財布とかは、証拠になるし。あとこの店の弁償させるつもりだから金が無いとは言わせないようにね」
「でも、ちょっとやり過ぎなような」
俺がやんわりと言えば、マスターはにこやかに笑って返してきた。
「悪人に人権はないっていう名言が、俺の故郷にはあるんだよ。
この子達は、自由に使える力を使ってこの店に対して不利益が被ることをした。営業妨害だね。それに対して俺は正当防衛をして、悪いことをした罰ゲームもかねてこの動画をライブ配信してるってわけ」
命は取らずとも社会的に殺す気満々なマスターである。
というか、ライブ配信してたのか。
あとで叩かれなきゃ良いけど。
「でも、まだ店開けたばかりなのに、売り上げもそんなにないですよね?」
釣り銭目的の強盗だろうか?
「目的はお金じゃないみたい」
「この店で金目のものって、あと調理器具とかですよね?
お金目的じゃない泥棒なんているんですか?
お腹が減ってるなら、裏口のごみ箱漁ればまだゴミの回収きてないから昨日の残飯はあるし」
「いやいや、リオちゃん。この子達、けっこう肌ツヤは良いし着ているものもそれなりの冒険者パーティだよ。食うに困ってるとかじゃないよ」
マスターは言葉の途中で、携帯の着信音に気づいた。
「あ、イルリスさんだ。知り合いの捜査局の局員さんだよ」
説明しつつ、マスターは電話に出て話始める。
話しながら、辱しめの手はゆるめない。
完璧なながら作業である。
そうしてもたらされた情報によると、この子達はスキル強盗をしている強盗団の一味で、別グループの犯行では死者も出ているのだとか。
怖い。
スキル、というのはこの世界に暮らす人の中に、主に冒険者と呼ばれる人達に備わり見えるとされている異能のことである。
そのスキルの名称と数値が視覚化されているらしいが、見えないわからない俺からすれば理解の範疇をこえる。
「怖いですね」
「まぁ、この子達はイルリスさんが回収しにきてくれるらしいし。少なくとも店の敷地内で好き勝手はさせないけど」
強盗の内容もそうだが、人を殺しているとは。
電話を切ったマスターが難しい顔をしながら頷く。
それから、しばし無言。
「よぉ、ハニー?
生きてるか?」
ギリギリとやはり締め上げる手はゆるめないマスターに、軽薄そうな声がかかった。
それは二十代半ばほどの灰色の男のものだ。
「あぁ、エドお帰り」
「久しぶりに暴れたみたいだなぁ」
「明日の筋肉痛が怖い。あぁ、そういえば辱しめだったらお前に任せれば良かった」
「俺は本命以外興味ない」
この二人の関係はいまだに謎である。
マスターのところの居候なのはわかるが、ハルの教育に大変ヨロシクない言動が多いのである。
ハルというのは、マスターの末娘だ。離婚したのかマスターに奥さんはいない。
「というか、手慣れてきたなお前?」
「エドのせいだろ」
亀甲縛りがどうしてエドさんのせいになるのか、とても疑問である。
と、また電話が鳴った。
「はい、もしもし、はい、はい、あぁ、はい。
その島の一つは俺の土地ですよ。え?
管理外の島のことなんて知らないですよ。まぁ自由に行き来はできますけど。
......ちゃんと働いた分の賃金出るんですよね?」
やがて、電話のやり取りが終わり、マスターが盛大に息を吐き出した。
「俺だって最近体キツくなってきてるのに」
オッサンみたいなこと言わないでほしい。