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ロボ勇者。  作者: 椿堂 もぐら
第一章
8/21

モルス

 双子を無事に保護して帰ったオメガとラピスを、大きな歓声が出迎えた。


 神子であるオメガが、左腕を失い、ところどころ身体を抉られながらも子供を守り抜き、凱旋したのだ。オメガの端正な容姿と相まって、それはさながら伝説の一幕のような絵面となっていた。


 これを見た外壁付近で警戒をしていた兵士が、直ちにオメガ達から事情を聞き取り、オメガ達が町に入る手続きをしている間に吹聴して回ったのだ。

 そう。オメガが勇者として認められたことを含めて。


 そのおかげで、今までオメガが神子であることに半信半疑だった町人たちは、気持ちいいくらいに掌を返し、まるで自分のことのように勇者の誕生を喜んだ。


 その結果が、あの大きな歓声だ。

 

「なんだか。晒し者になってるね」


 驚き8割、嬉しさ2割といった表情でオメガが呟く、


「なんか。凄いことになってるね。ていうか、私、服ボロボロで、けっこう肌も露出してるから恥ずかしいんだけど!」


 耳をぺたんと萎れさせ、尻尾を腰に巻いたラピスは、はにかみながらそう叫んだ。


 そんな二人の前に、人ごみを潜り抜けてきたマーサが駆け寄ってくる。

 遠目にも、泣いているのが分かった。


「ああ。クル! ナル! 無事だったのね。よかった……。オメガさん、ラピスさん、ありがとうございます。そんな姿になってまで二人を守ってくれたのですね。……感謝してもしきれません」


 二人を助けた記憶が全くないラピスは苦笑いしながら、


「当然のことをしただけですから」


 と、歯切れ悪く答えた。

 それを見たオメガは、


「二人が助かったのはラピスのおかげだよ。ラピスが居なかったら、僕が勇者として認められることなんてなかった。勇者にならなかったら、あの場で全員殺されていた。だから、ラピスのおがげなんだ。もっと胸を張っていいんだよ」


 それを聞いて、顔を赤らめるラピス。

 そんな二人の様子を見ていたマーサは、合点がいったという顔で、


「以前お会いした時は、二人は喧嘩されていたんですね。あのときのオメガさんはブスっとした表情で、一言も喋らなくて、正直怖かったです。これがロボットというモノなんだと思っていました。けど、違ったんですね。ロボットが何かはよくわかりませんが、人間と全く変わらないじゃありませんか。勇者様だというのも納得ですね。これからも、仲睦まじいお二人でいてくださいね」


 うふふ。といいながらニヤニヤとした顔で話すマーサ。壮大な勘違いをしていることはオメガやラピスにもすぐにわかった。


 しかし、ラピスはただはにかみ、オメガはなぜか否定する気に慣れなかったため、二人とも押し黙ってしまう。

 会話に聞き耳を立てていた町人によって、噂が一人歩きをし始めることは、このときの二人はまだ知らなかった。


「さあ、ナル、クル。みんなが心配しているわ。元気な顔を見せてあげなきゃ」


 そういって双子を促すマーサ。


「お姉ちゃん。助けてくれてありがとう! 今度孤児院に遊びにきてね」

「お兄ちゃん。助けてくれてありがとう! お姉ちゃんと一緒に遊びにきてね」


 その言葉に、優しい目で微笑んだオメガは、


「今度、一緒に遊ぼうね。もちろん、ラピスも連れて行くから」


 双子を撫でてそう告げた。その手は、まるで宝物を撫でるように慎重に動いていた。


(やっぱり、香奈に似ているな……。香奈、お前の分まで兄ちゃんは幸せになるからな)


 亡き妹を思い出し、目頭が熱くなり、それが零れないよう天を仰いだ。



 マーサ、ナル、クルと分かれた二人は、兵士の誘導により、そのまま謁見の間に向かうこととなった。

その途中、『剣神』ガラードとマーテルがほぼ単独でダンジョンの暴走を納めたことが早馬で知らされた。


「すごいな。ガラードさんは。僕なんか、あの熊のような魔物一体でこんなにボロボロになったのに。『剣神』の称号は伊達じゃないね」


 ラピスに笑いながら話しかけ、感嘆の声を漏らすオメガ。

 なぜかオメガからの視線を避けるように、顔を背けたラピスが、


「そうね、さっき、兵士さんに聞いたけど、オメガが倒した魔物はたぶんナイトメアベアーだろうって。Dランクのハンターなら単独で倒せるような相手。ガラード達が戦っている魔物はナイトメアベアー程度なら一撃で倒してしまうものもいるらしいわ。比べ物にならないわね。私の攻撃魔法も通じなかったし、私達はまだまだ修行不足ね。それとさ――」


 いいよどむラピスの顔を、まるでこどものように覗き込みながら、「それとさ、なに?」と聞いてくるオメガ。


「いや、あのね。オメガが急に人間っぽくなったからさ、なんだか戸惑っちゃって。今までは、やっぱりロボットなんだろうなー。人間じゃないんだろうなーって思ってたからさ。私も油断してたっていうか……」

「油断? どういうこと?」


 心底不思議そうにラピスを見つめるオメガ。

 ラピスは「いや、気にしないでいいよ」とハエを振り払うかのように手を振った。


 他愛無い会話を通じて、お互いのことを改めて知り合いながら、二人は兵士に連れられて、謁見の間へ向かっていった。


◆◆◆


 謁見の間に入るには、二人の身体はあまりにもボロボロだった。

 オメガの損傷はすぐに修復できない。しかし、せめて服だけは着替えないと王の前に立つことは許されなかった。

 オメガは白と緑を基調とした革製の鎧とローブがあわさったような服を着させられ、一見したところ、左腕が無いことも分からない。

 ラピスは、青を基調としたドレスのようなひらひらとした服を着せられる。


 準備が整った二人が謁見の間に招かれた。


 ユスト王の前に、跪くオメガとラピス。


「オメガ。孤児を救ったそうだな?」


 その問いに、顔を下げたままオメガが答える。


「はい。王様。ギリギリの所でしたが、なんとか守ることができました。二人とも大きな外傷はなく、ほっと致しました」


 ユストは、我が耳を疑う。オメガの声に温かみがある。これでは、まるで本物の人間ではないか。ユストは玉座から急に立ち上がり、眼を見開いてオメガに問いかける。


「いったい、何があったのだ? 昨日とはまるで様子が違う。昨日のそなたは、全くの無感情に見えた。はっきり言って、魂を持っているとは信じておらなかったよ。それが、今はどうだ。顔を見ずとも、心を、魂をもつことがすぐにわかったではないか」


 オメガは、顔をあげ、嬉しそうに笑いながら、ユストの眼を見る。「上手く言えないのですが――救ってもらったのです」と答え、ラピスに視線を向ける。


「どういうことだ? ラピス・ラズリー。そなたが何かしたのか?」


 問いかけに慌てるラピス。記憶がないのだから無理もない。


「いえ。あの。オメガが言うには、私が彼の心に潜んでいた闇を取り払ったらしいのですが、すみません。全く覚えておらず、正直、私もなぜオメガがこうなったのかがわからないのです……」


 耳をぺたんと萎れさせ申し訳なさそうにするラピス。


「覚えていない? どういうことだ。そなたはオメガと共に魔物と対峙したと聞いておるぞ」


 それにオメガが答えた。


「その通りです。魔物とは二人で戦いました。しかし、僕が――いえ、私が油断してしまったために、ラピスが重傷を負ってしまいました。治療のために時空魔法「回帰」――対象の時間を巻き戻す魔法を使用した副作用で、傷と一緒に記憶まで巻き戻ってしまったのです。だから、彼女には魔物と戦った記憶もありませんし、私が心を取り戻した場面も見ておりません」

「時空魔法か。勇者のみが使える魔法。詳細が書かれた書物はないが、英雄譚を読む限りでは、特殊なモノばかりらしいな。勇者となったことの証明に、ここで見せてもらえぬか?」

「はい。なにか、時間を巻き戻したほうがよいモノがありますか」


 ユストは兵士に命じ、適当な花瓶を持ってこさせた。オメガとユストの目の前で砕かれる花瓶。これに、オメガが手をかざし、魔法をかけようとするが、


(あれ? そういえば、魔法ってどうやって使えばいいんだ?)

 

 魔法の使い方がわからない。オメガ自身が魔法を使ったことは一度もない。詠唱が必要なのか。触媒は要るのか。神に請うのか。全く分からない。


 すると、戸惑うオメガの頭に声が響く


『時空魔法「回帰」を使用しますか?』

(おお、助かったな。このまま魔法を使えなかったら、勇者と認められなかったところだ。お願いだ。使ってくれないか)

『了解しました。時空魔法「回帰」を使用します』


 花瓶が宙に浮き、時計の様な魔法陣が現れる。時計の針が反時計回りにくるくると動き、花瓶は割れる前の状態に戻る。


 この光景に、ユストは目を見張った。


「…………時空魔法というものは無詠唱で使えるものなのか? いや、すまん。順序を間違えたな。花瓶が元に戻ったのは確かに時空魔法によるものだろう。あとは、改めて勇者の剣を見せてもらえば十分だ。して、全ての時空魔法が無詠唱で使えるのか? 通常の魔法は全て詠唱が必要なのだが」

「ええっと……」


 狼狽するオメガ。


(えーっと。あの、謎の音声さん。魔法って、全部無詠唱で使えるの?)


『はい。時空魔法は全て無詠唱で使用できます。勇者装備が増えれば、機能制限が段階的に解除され、他の魔法も無詠唱で使用できるようになります。それと、私を呼びつける場合は、モルスとお呼びください』


(わかった。ありがとう、モルス)


「一体どうした? 急に押し黙って」


 不思議なそうにユストが訊ねる。それに対し、どぎまぎしながらオメガが応える。


「申し訳ありません。考え事をしておりました。時空魔法なら無詠唱で使えるようです。勇者装備を整えていけば、他の属性の魔法もいずれは無詠唱で使えるはずです」

「な……に? 他の属性も無詠唱で使えるようになるのか。それは……末恐ろしいな。勇者が規格外の存在であるのは、それが理由なのかも知れんな。英雄譚では、勇者も詠唱をしているように描かれているが、所詮は作られた物語ということか」


(うん? 勇者だから無詠唱で魔法が使えるわけじゃないのか? どうなの、モルス?)


『歴代の勇者に、無詠唱で魔法を行使した者はいません。無詠唱での使用が可能なのは、あくまでも機人の機能によるものです』


 それを聞いたオメガはためらいながら、


「あの。意見を否定するようで恐縮ですが、勇者だから無詠唱が使えるわけではないようです。あくまでも、機人の機能の一部だと、申しております」


 正確な情報をユストに告げる。


「なるほど、機人の機能か。頼もしい限りだな。それと、申しております、とはどういうことだ?」

「ご報告していませんでしたが、勇者として目覚めたときから、頭の中で音声が聞こえるようになりました。どうやら、魔法や戦闘に関する補助をしてくれる機能のようです。疑問に思ったことに対する回答を得ることができます」


 ユストは「ほう」という感嘆の声をあげ、真に迫った目で、オメガに疑問を投げかける。


「機人にはそのような機能があるのか……。それは、どんなことにも答えられるのか? 例えば、今度の大侵攻はいつ始まるかは分かるか?」

「少々お待ちください」


 心の内でオメガは呼びかける。


(モルス。大侵攻の時期は分かるのかい?)

『わかりません。私が今現在できることは、魔法・戦闘に関する補助のみとなっております。私自身の機能にも制限が掛けられているのです。新たな勇者装備を手に入れれば、予測できるようになる可能性はゼロではありません』


 この言葉を聞いたオメガは、先ほどから考えていた予想に確信をもった。


「王様。申し訳ありません。現時点では、大侵攻の時期はわからないとのことです。回答が得られるのはあくまでも魔法や戦闘にかんすることのみのようです。しかし、新たな勇者装備を手に入れれば、可能性はあるとのことです」

「勇者装備を手に入れれば、新たな機能に目覚めるというのか? 勇者装備が機人の機能を解放する……それではまるで――」

 

 自分の考えがあまりにも荒唐無稽だと感じたユストは思わず口ごもる。

 

「まるで、機人は勇者になることを前提として造られた。でしょうか?」


 オメガは確信を持って、まっすぐにユストを見つめてそう告げた。それにユストは「うむ」と応え、真摯な面持ちでオメガを凝視する。


「本当に、そうなのか?」


 それに対して、オメガは正直に述べることにした。


「わかりません。ただ、私はその可能性が高いと思っています。思えば、勇者の剣に認められたのと、戦闘補助の機能が解除されたタイミングは同じでした。また、勇者装備が増えるにつれ、機能が解放されるという条件は、勇者であることを前提とした仕様としか判断できません」


 そう述べるオメガに対し、不思議そうな顔をしたユストが、


「オメガよ。お主自身が機人であろう。それなのに、なぜ自分のことが分からないのだ。先ほどから話を聞いておると、そなたはまるで他人のことのように自らのことを話すな。……まあよい。改めて、勇者の剣を見せてくれるか? 確かめたいことがあるのでな」


 ユストは、剣の形状が変わったことを確かめたかったが、それを口に出すわけにはいかない。

 一方のオメガは、すっかり形が変わってしまった勇者の剣を見せてよいものか迷う。オメガがためらっていると、謁見の間の扉が勢いよく開けられた。










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