剣神ガラード
謁見の翌朝、ラピスの元に王からの使いがやってきた。
午後になれば『剣神』がギルドの訓練場で待っているらしい。
昨日の今日だというのに手配が早い。
◆◆◆
オメガ達が町を歩いていると、至る所から無遠慮な視線が注がれる。町全体がそわそわして、妙な雰囲気を醸し出していた。
オメガは、無表情に疑問を口にする。
「なんだか、町の様子が昨日と違う気がするのですが……アナタはどう思いますか?」
「私もそう思うわ。何か、見られているような気がするわね……」
ラピスも違和感を感じ取っているようだ。オメガは、ふと、道に紙が落ちているのを見かけた。号外と書いてある。その紙を拾って読むと、違和感の理由が判明する。
<号外! ヘリオス国から勇者が誕生か!?>
【神子は人ではなかった! 王宮魔技師ラピス・ラズリーが起動させた古代の機械人形。魂を持つロボット――オメガ。彼らは人類の希望となるのだろうか!?】
ご丁寧に二人の似顔絵まで載っている。瓜二つとまではいかないが、特徴は十分に捉えられている。
これでは注目されるのもしかたない。
ラピスはオメガの手から号外を奪うと、何回も繰り返し確認した。その手がワナワナと震えている。街中でジロジロと注目されるのだから気分はよくない。その原因がわかったのだから、この号外を作った者への怒りが収まらない、
「やった! 私が号外に載るなんて。これで、研究が認められることになるわ。オメガの未知の機能や勇者装備の研究に出資してくれる人が続々と現れるはずよ。自由に研究できる。なんて、素晴らしいのかしら!」
訳ではないようだ。それどころか、拳をグッと握り締め、耳と尻尾をピンと立てて、口元はだらしなくにやけていた。よほど嬉しいのだろう。
そこにオメガが疑問をはさむ。
「研究費は国が出してくれるんじゃないですか? よくわからないですけど、機人の起動だけでもすごい成果なんですよね?」
「はっ。確かに! 昨日、王様に研究費のことを確認するのを忘れていたわ……」
あからさまにうなだれるラピス。
猫耳もぺたんとたたまれ、尻尾が力なく揺れている。
すると、こちらに視線を向けていた町人の集団の中から歩み寄ってくる2つの影がある。
全く同じ顔の小学生くらいの二人の少女だ。双子だろうか。
その姿はどことなく、オメガの転生前の妹――香奈と似ていた。
オメガの、無いはずの心臓が、ドクンッと鼓動する。
そんなことを知らない無邪気な少女は、不安な顔をしながら、けれどそこに期待を込めて、
「あの。ラピスさんとオメガさんですよね?」
と、尋ねてくる。この子がお姉ちゃんだろう。妹は姉にぴったりとくっつきながら、ラピスの返答を邪魔しないように、口を真一文字に結んでいる。
「ええ。そうよ。あなた達も号外を見たの?」
「はい。そうなんです。それで……。あの……。オメガさんが神子様だというのは本当なんでしょうか?」
ラピスが少女に向かって、にっこりと微笑みながら「うん」とうなずく。
「本当なんだ! すごいね、お姉ちゃん!」
今まで黙っていた妹の表情が急に明るくなった。
それに応えるように姉の表情も明るくなり、
「本当だったんだね! やったね。ナル。やっと私たちの国にも神子様が現れた。これで、パパとママの敵をとってもらえるね」
嬉しそうに話す少女達。それにしても、敵とは穏やかではない。
ラピスはそのことが気がかりで、小さな声でつぶやいた。
「パパとママの敵……?」
その声をすかさず拾う双子。
「うん……。パパとママは魔物に殺されたの……」
姉の少女は、目を潤ませながら懸命に言葉を搾り出した。
妹は、耐え切れずに涙を流し、ヒックヒクと声を漏らす。
姉は涙を堪えながら話を、訴えるように話を続け、
「ラピスさん、オメガさんは神子様なんだから、強いんでしょ? 魔物やっつけてくれるよね?」
懇願するような眼差しでオメガ達を見つめる少女。
オメガは少女達に同情することも無く、淡々と「戦ったことが無いからわからないよ」と言いかけるが、その言葉は小走りで駆け寄ってきた老齢の女性の声で遮られた。
「はあはあ。……すみません。この子達が、孤児院から、急に飛び出していってしまって。相手をしてくださったんですね。ありがとうございます」
急いで少女達を追いかけてきたのだろう。息を切らしながらなんとか話す修道女のような格好をした老齢の女性。この町の孤児院の院長マーサである。
ラピスが「いいえ」と言いかけると、双子の少女が声を被せて、
「シスター。この人達がラピスさんとオメガさんなんだよ」
「そうだよ。オメガさんは神子様なんだよ。とっても強いんだよ。魔物をやっつけてくれるんだよ」
早口言葉のように、まくしたてる。
「この方達が……?」
双子に返事をしながらもオメガ達の顔を確認するマーサ。
さらに双子が話を続ける。
「うん。今お願いしてたの」
「そうだよ。お願いしてたの。パパとママの敵をとってって!」
それを聞いたシスターは、「そうなの」と双子に哀しみを含んだ穏やかな笑顔を向けた後、オメガ達にはわずかな謝罪を込めた笑みを向けた。
「失礼ですが、ラピスさんとオメガさんで間違いありませんか?」
「ええ。そうです。私がラピスです。隣の彼がオメガ。私自慢のロボットですよ」
えっへん。と、自慢げに、嬉しそうに話すラピス。尻尾がピンと立っている。
「ロボット……。よくわかりませんが、自分で動く人形のことですよね? ……その方が人形とはとても思えません。」
「そうですね。魂を持っているので、人間と言っても過言ではないですよ」
「そういえば、号外にも書いてありましたね。魂がおありとのこと。それでしたら、神は等しく祝福をされるでしょう」
「あの……?」
「ああ、すみません。つい、いつもの癖で」
あわてて頭を下げた後に、シスターが少し沈痛な面持ちになり、話を続けた。
「この子達の両親は、ハンターをしておりました。半年ほど前、仕事中に魔物に不意をつかれて天に召されたのです。両親を殺した魔物は別のハンターによって倒されました。だから、敵となる魔物はいないのです。ご迷惑をおかけしてごめんなさい」
その言葉に双子が敏感に反応する。
何とか自分の思いを分かってもらおうと必死に訴えかけて、
「そんなのわかってるもん」
「そうだよ。そんなのわかってるもん」
「パパ言ってたもん。魔物を全部倒してやるって」
「そうだよ。ママ言ってたもん。魔物のいない平和な世界を作るために頑張っているって」
「魔物がいなければパパもママも死ななかったもん」
「そうだよ。だから、魔物は全部、パパとママの敵だもん」
「オメガさんは神子様なんだよ。勇者様かもしれないんだよ」
「そうだよ。勇者様だったら、魔物を全部やっつけてくれるよ。そうしたら、天国のパパとママが喜ぶもん。パパとママに笑顔になって欲しいもん」
矢継ぎ早に話してくる双子。
優しく微笑むラピスが双子に穏やかに語りかけた。
「二人はパパとママが大好きなんだね」
双子は、その言葉に今までで一番の笑顔を見せ、
「うん! 大好き」
「そうだよ。大好きなの!」
元気に答える。
ラピスは少し涙ぐみ、若干声を震わせながら、
「二人の名前はなんていうの?」
「私はクルっていうの!」
「私はナルっていうの!」
双子をそっと抱き寄せる。
「クルちゃんとナルちゃんみたいな優しい子供が生まれて、パパとママは幸せだったと思う。きっと、天国でにっこりと笑ってくれているよ」
ラピスの目から流れる一筋の涙。柔らかく包み込むような温かい声。
その声を聞いた双子が安心した表情で穏やかな顔になる。
「わかった。クルちゃんとナルちゃんの想いは受け取ったよ。私もオメガもまだまだ弱いけど、頑張って強くなる。そして、魔物なんか全部やっつけちゃうんだから!」
そう言ったラピスの目には強い意思が宿っていた。
◆◆◆
ギルドの中は多くの人で賑わっていた。
どうやらオメガ達が彼の『剣神』に師事しにきたことが伝わっているようだ。オメガを見にきたのか、『剣神』を見にきたのか。半々といったところだ。
「あれが神子か……」
「強そうには見えないな」
「神子になるだけなら強さは関係ないんじゃないか?」
「そうだよな。今はハンター登録時に神子の確認が行われるんだから、強かったらおかしいよな」
「登録時の挑戦が義務づけられたのは50年くらい前からだったか」
「そうそう。だから、今回の勇者は、今の段階ではまだまだひよっこのはずだ。でもたしか、歴代の勇者の中にも最初はめちゃくちゃ弱かった勇者もいたって話だよな」
「おお、知っているぞ。<勇者の歴史>とかいう本に載っていたな。たしか、『赤金』の勇者だったか」
「そういえばよ。最初の挑戦では装備を持てなかったけど、強くなった後で再挑戦して装備できた勇者もいたよな。やっぱり、強さも関係あるんじゃねえのか?」
「あ~。誰だっけ。たしか『黄金』の勇者だったな」
気になる単語が飛び交う中、オメガは無表情に目的地である訓練所へ向かおうとする。
すると、アイシャがオメガを覗き込みながら、
「おはようございます。オメガさん。ラピスさん。昨日は大変でしたね」
挨拶をしてきた。そう言った後に、周りを見回して、少しげんなりした表情で、
「……今日はもっと大変そうですね。気まずいでしょうけど、それだけ期待されているってことです。さあ、訓練所で『剣神』様がお待ちです。びしびしと鍛えてもらいましょう!」
『剣神』様。アイシャは『剣神』を崇拝しているようだ。
アイシャの案内で訓練所に向かった。
◆◆◆
オメガとラピスが視界に二人の男女を捕らえる。
その瞬間、ラピスは戦慄した。
張り詰めた空気。
口を開くことが許されない。
動けば、死ぬ。そう思わされた。
これが『剣神』。獅子の獣人。若干25歳にして、最強と謳われる男。
身の丈を超える大きな大剣。
体つきは一切の無駄がない。
荒々しい鬣のような、黒と白の髪。
金色の眼が鋭くオメガを射抜いている。
沈黙がこの場を支配する。
この沈黙を破れるのは、
「お前がオメガ……か?」
『剣神』ガラードだけであった。
ガラードの気迫に圧倒されていたラピスとは違い、オメガは淡々と返事をする。
「そうです。私がオメガです」
「そうか……ロボットだというのは本当か? そして、勇者の剣を引き抜いたことも?」
「ええ。私はロボットですね。一応、魂はありますが、身体は完全に機械です。それと、勇者の剣を引き抜いたことも本当ですよ。これが引き抜いた剣です」
そう言って、オメガは疑うガラードに鞘付きの剣を差しだす。この鞘は謁見の後に研究室に届けられたものだ。
「鞘から出してくれ。俺では剣を持つことができない」
眉をひそめて少し困った顔でそう話すガラード。
ユスト王は、自分で剣を持てるかを確かめていた。だから、オメガは、
「持てるかどうかで、本物かを判断するのではないのですか?」
と、口にする。すると、ガラードが少し考え込むように口元に手をやった。
「……いや、国宝でもある勇者の剣をこの場で落とすわけにもいかん。抜いて見せてくれればそれでいい。俺も勇者の剣はよく知っているからな」
剣を持てないのだから落としようもないだろう。オメガは内心でそう思いつつも、「まあ、そういうのなら構いませんが……」と言って、鞘から抜いた剣をガラードに見せる。
じっくりと剣を確認するガラード。しばらくすると、納得したのだろう。オメガに剣をしまわせ、鋭い眼差しでオメガを射抜く。その目には、喜びと怒りが混ざっていた。
「お前が神子であることは間違いないか。神子となって俺の前に現れるものは……子供かもしれない。あるいは女かもしれないと思っていたが……まさか、ロボットとはな」
だんだんと口調を強める。少し肩を震わせて、あからさまな怒気を含んでいる。それを見たオメガは、
(ガラードは、神子や勇者になりたかったのかもな)
と、内心つぶやく。
ラピスは怒気に当てられ、大量の冷や汗を掻いていた。
それを見かねたのか、ガラードの隣で今まで黙っていた女性が彼の肩にそっと手をおいた。ガラードの顔を見て、軽くうなずく。「わかっている……」そう呟いたガラードから、怒気が消えていく。
ガラードの怒気を、手を添えるだけで沈めた女性。まさに聖女という風格。マーテルである。
清楚な白いワンピース。大人しめのフリルが可愛らしさを引き立てる。柔らかい雰囲気の中にもキリッとした印象を受ける美少女。
眼の色はガラードと同じ金色。
腰まで伸びる金色の髪。その間からもこもことした狐の尻尾が覗いていた。
狐人族の特徴だ。
マーテルは、少し目を潤わせ、慈しむような眼差しでオメガを見つめていた。
それを遮るように、ガラードが口を開く、
「王からの依頼だからな。お前達を鍛えてやる。オメガは俺が、王宮魔技師のラピスはマーテルが担当する。死にたくないのなら本気で訓練するんだな」
すると、いままで雰囲気に飲み込まれていたラピスが、
「お、王宮魔技師のラピス・ラズリーです。マーテル様に教えていただけるなんて最高です! 一生懸命がんばります! よろしくお願いします!」
なんとか声を振り絞る。マーテルは、優しく微笑みながら、
「よろしくね。ラピスさん。私達は魔法の特訓よ。少し離れた場所でやりましょう」
初めて口を開く。
その声を聞くだけで、優しく包み込まれ夢見心地になってしまう。聖女というのは伊達ではない。
こうして、『剣神』と『聖女』による地獄の特訓が始まった。
……
「はあ、はあ、はあ。す、少し、休ませてください……」
二時間ほどの訓練で、ラピスは気力・体力の限界を迎えていた。
一方、オメガはガラードとの掛かり稽古中だ。
がむしゃらに剣を振りかざすオメガ。ガラードは涼しい顔でそれを避け続け、時折、鞘に入ったままの剣でオメガを叩く。
「遅い。剣をまともに使えない奴が下手なフェイントを入れようとするな。」
ゴンッ! また、オメガの足が打たれる。
「脇を締めろ。相手の剣を見るのではなく、目を見ろ。そこから全体の動きを予測するんだ」
ギィン! 勇者の剣が撃ち落される。
ガラードの剣がオメガの首筋に当てられる。
冷たい眼差しで、オメガを睨む。
「何をしている。闘気を纏えと言っただろう?」
「すみません。先ほど教えていただいたばかりで、まだ、慣れないんですよ」
「まったく。闘気もまともに扱えないとは……。そこら辺の犬でさえ扱えるというのに」
その声には、失望が混じっている。
闘気。
この世界の生き物は、闘気と呼ばれるエネルギーを扱える。馬や犬のような動物はもちろん、虫のような小さな生き物でさえ。闘気を身に纏うことであらゆる身体能力や五感が飛躍的に向上する。また、熟練者の中には闘気を武器や防具として形成したり、撃ち出したりできる者もいる。
ただし、魔物は闘気を纏うことはない。だが、異常に高い身体能力で他のどの生き物よりもしぶとい。確実に倒すには、魔核と呼ばれる心臓に当たる部分を壊すか、抜き取るかしなければならない。
ふつうは、生きていれば自然と闘気の扱いを覚える。
しかし、オメガは初め、闘気を感じることすらできなかった。
この二時間のほとんどを費やして、やっとわずかな闘気を纏うことに成功していた。
「身体の中の魂のエネルギーを感じることには慣れましたが、大気の自然エネルギーと混ぜ合わせるというのが、どうにも難しいですね」
無表情に返答するオメガ。その顔を見たガラードは怒る気も失せ、あきれ顔だ。
「とにかく、闘気を纏いながら動けないようでは訓練にならん。慣れるまで繰り返すぞ。さあ、剣を拾ってもう一度掛かって来い。剣術と闘気を同時に学ぶんだ。ロボットなんだから単調作業は得意だろう」
口の端をわずかに吊り上げ、ニヤッとした顔でオメガに言い放つ。
わざとオメガを挑発しようとしているのがありありとわかる。
けれども、オメガはそのことを意に介さず無表情で剣を拾い、ぎこちなく構える。
稽古が再開されようとしたまさにそのとき、厳つい顔をした男――ギルド長のサンダースが訓練場に現れ、肩で息をしながらも大声で叫んだ。
「ガラード! 助けてくれ! ダンジョンの暴走が起きた! ウヌスのダンジョンだ! あと1時間もすれば町に着いちまう! 他のハンターにはもう強制依頼を出した!」
ガラードが即座に反応し、
「なんだと! こんなタイミングで暴走か。わかった。すぐに討伐に向かう! オメガ。お前はまだ闘気も碌に扱えない。戦闘に出るのは早い。ここに残っていろ。マーテル!」
「聞こえています。ラピスさん。あなたもオメガと一緒に残ってください。いまの彼はあなたよりも弱いはず。戦闘はさせないでくださいね」
「はい。わかりました! あの……無事、討伐が完了したら、またご教授願えますでしょうか?」
「もちろんよ」
すぐに対応が決まる。
ガラードとマーテルが目を合わせ頷きあい、戦場に向かおうとしたとき、
「待ってくれ!」
ギルド長が呼び止めた。
「オメガを前線に出さないのはいい。ただ、神子だということは知れ渡っているんだ。せめて、町で警戒に当たらせてもいいだろう? その方がみんな安心する」
一瞬ガラードの表情が曇る。よほど、オメガを戦わせたくないらしい。その姿に、サンダースは微かな違和感を覚えた。
(町中での戦闘なんて殆ど無いことはわかりきっているはず。それに、町なら他のハンターも居る。どうして、ここまで警戒するんだ?)
そんなサンダースの内心をよそに、ガラードは決意したように、
「ああ。それくらいなら大丈夫だろう。前線に出ないハンターと共に町の警戒をやらせておいてくれ」
「助かる!」
「では、我々はウヌスに向かう! 町は頼むぞ」
そう言い放ったあと、ガラードとマーテルは大地を強く踏み切り、文字通り一瞬でいなくなる。オメガの目には、まるで突然消えたように映った。
(……これが闘気の力か。それにしても、話が急でよくわからないな。ダンジョンが暴走と言っていたが……)
「ギルド長、暴走ってなんですか?」
「あー。暴走ってのはな、ダンジョンから魔物が溢れ出てくることだ。溢れ出た魔物は近い位置にある人間の都市に向かってくる。今回で言えば、俺達の城下町だ。というか、ダンジョンが暴走しても対応できるように大都市の位置は決められているんだよ。それらの都市は大抵が堅牢な壁で覆われている。とはいえ、被害は相当なものになる。本来なら、ハンターや兵士は大勢討ち死に。都市部も一角を廃棄するくらいの甚大な被害を覚悟するのが普通だ。けど、今回は『剣神』がいるからな。死者も少なくて済むはずだ」
この王都ソレイユの近くには2つのダンジョンがある。1つが『ウヌス』、もう1つ『デュオ』。2年前にデュオダンジョンが暴走した。そのときは、千人を超える戦死者を出し、都市部の一角は城壁を崩されるほどの大打撃を負っていた。
ダンジョンの暴走は十数年に一度の割合でしか起きないことを考えると、デュオに続けてウヌスが暴走したこの状況は、不運としか言いようがなかった。
甚大な被害をもたらす暴走。
にもかかわらず、ギルド長のサンダースに焦りは見られない。ガラード達の強さに全幅の信頼を置いていることがわかる。
だが、いくらガラードが強くても、必ず討ち漏らしが出る。それを他の兵士やハンターが倒す。それでも討ち漏らしがあれば町に魔物が来る。その場合は町に残ったハンターや兵士が討伐する。こんな計画だ。
オメガ達は町に魔物が来た場合にだけ戦えばよい。そして、今回『剣神』がいることで、その可能性は限りなく低かった。
そう。本来ならば、この暴走において、オメガの出番はないはずだったのだ……。