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ロボ勇者。  作者: 椿堂 もぐら
第一章
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謁見

 絢爛豪華な装飾が施され、壁面は白で統一された部屋。王の間。

 玉座に座るヘリオス国王、ユスト・ヴァン・ヘリオス。齢70を超えながら、その身体はいまだに歴戦の猛者に勝るとも劣らない。


 午後には、隣国であるルナ国の大使との謁見が予定されていた。そこに、割り込むように緊急の謁見が申請された。

 ユストが、目の前に跪くハンターズギルドの長、サンダースを、鋭い眼差しで射抜く。他国の大使を押しのけてでも王に伝えなければいけない話。そのことに緊張しながらもユストが話を促し、


「王よ。単刀直入に申し上げます。勇者の剣が引き抜かれました」


 驚愕する。


「なにっ。勇者の剣が!?」

「はっ。引き抜いた者は、現在ギルドに留めております」

「間違いないのだな?」

「はい。如何いたしましょう」


 ユストの顔に驚きと期待が入り混じる。そして、そこには不安の色も。

 勇者の剣が引き抜かれた。つまり、神子が出現した。それ自体は喜ばしい。しかし、神子の出現は、魔物の大侵攻が近いことを示している。国民が多くの血を流すことになる。そう思うと、素直に神子の出現を喜べなかった。


「すぐにその者を呼べ。して、彼の者の名前はなんという」

「はっ。名をオメガと言います。ただ、残念ながら……」


 ユストは戸惑う。

 サンダースが言葉を濁すことなど今までにないことだった。彼をギルド長に据えたのは、ただ単に強いからではない。的確な判断を冷静に素早く下せるからだ。今までも、ユストに対し臆せずに進言をしてきた。だからこそ、この緊急の謁見を許可したのだ。

 その彼が言葉を濁す。よほど言い難いことなのか。


「……どうしたというのだ」


 すぐに返事が返ってこなかった。サンダースは、ユストに事前に進言しておくべきか迷っていた。目を泳がせた後、決意の眼差しで口を開いた。


「……彼からはまるで覇気を感じないのです。ハンター登録に来る者は、程度の差はあれどやる気に溢れています。当然でしょう。登録とは、家族や仲間のために魔物と戦う覚悟そのものですからね。オメガからはそのような気概が全く感じられません……」

「そうか……。長年、新人ハンターを育ててきたお主が言うのだから間違いないのだろう」


 案の定、ユストの顔は不安の割合が多くなった。そして、「我が国の神子はいったいどんな人物だというのだろうか」と、呟く。

 神子は国の希望だ。一刻も早く、自分の目で確かめたい衝動に駆られた。


「神子であっても勇者となる者ではないかも知れぬな……。とにかく一度会わねばならん。急ぎ、ギルドに戻り連れて参れ」

「はっ!」

 

 サンダースは足早に退席していった。


 その姿を見送ったユストは隣に立つ宰相に話しかけ、


「宰相よ。サンダースの申したことはどう受け止めればよいと思う」

「そうですな。サンダースは任務に忠実な男。不必要な情報をこちらに与えて混乱させるような者ではありません。だとすると、謁見前に話したのは、過度な期待をさせぬためかと……」


 彼の行動を理解する。


(なるほどな。何も聞かずに彼の者と相対したとき、サンダースと同じ印象を持ったらどうなる? その落胆は大きく。臣下の者にも伝わってしまうだろう。良くも悪くも我が影響は大きい。そのような失態は避けたい。これは、気を引き締めてかからねばならんな)


◆◆◆


 オメガが王宮に着いたという知らせがユストの元に届く。すぐに謁見の許可を出し、オメガを招き入れる。期待と不安で、その表情は硬くなっていた。


 謁見の間に入ってくるオメガとラピス。ラピスは慣れた手つきで跪き、オメガはそれに倣った。


 ユストは思いがけない事態に困惑する。


「ラピス・ラズリーよ。なぜ、そなたがここに居る?」

「はい。王様。それは、このオメガが勇者の剣を引き抜いたからにございます」


 答えになっていない。ユストは眉をひそめ、睨むようにラピスを見つめる。


 仮に、ラピスがオメガの知り合いだとしても、本来なら連れ立って謁見の間に入るような真似は許されない。


「どういうことだ。話が見えんぞ」

「畏れながら申し上げます。隣にいるオメガは、私が起動に成功した迷宮の機人――魂を持つロボットでございます」


「…………」


 王の間が静寂で包まれる。


 ユストは、呆然とした表情で、口を開けたまま固まっていた。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻し、頭を振って情報を整理する。


(落ち着け。確かに、ラピスが数日前に我への謁見を申請してきたことは聞いていた。また研究費の無心だろうと思っていたが……。まさか、機人の起動に成功していたとは。それならば、すぐにでも謁見をすべきであった。謁見内容を正確に伝えなかった者には厳しい処罰が必要だな)


 居住まいを正し、口を開く、


「その隣にいる彼が機人――ロボットだというのか? まるで人間にしか見えんが……」

「その通りです」

「……まったく、なんということだ。我が国の神子がロボット。人ではないというのか」


 右手を額に当て、天を仰ぐ。

 しかし、神子が人ではない、これは覆しようの無い事実。ならば、臣下の士気を下げるような態度を見せるべきではない。


「いかんな。前向きに捉えるべきだ。人ではないとはいえ、神子が現れたことを喜ぶべきだろう。それに、200年もの間、沈黙を守っていた機人が起動した。神子として我が前に現れた。これは偶然か……。それにしても、ロボットとはとても思えん。見た目は人そのものだ。オメガよ。そなたは本当にロボットなのか?」

「はい。王様。少なくとも身体は機械で出来ております」


 ユストの問いに答えるオメガ。

 平坦な声。まるで感情の揺らぎが無い。その無感情な声を聞いた瞬間。ユストはオメガがロボットである事実を突きつけられたかのような感覚に陥った。


 人間なら誰しも、王と話すときは声色に緊張を含む。オメガにはそれが全く無い。人間味がないのだ。


「……なるほど。確かにロボットのようだ。して、お主が勇者の剣を引き抜いたというのは本当か。剣を出してみよ」

「はい。これが引き抜いた剣になります」


 床に置かれていた剣から布が外され、前に差し出される。本物の剣か確かめるためにユストが椅子から立ち上がり、足を前に進める。すぐに、騎士が止めに入ってきた。

 剣の近くに行かせたくはないのだろう。あれは斬るためのものだ。

 それに対してユストは、


(案ずるでない。あの者からはまるで危険など感じぬわ。あれはただの木偶(でく)だ……)


 という意味を込め、視線と手振りで騎士を下がらせる。


 オメガが両手で差し出している剣をじっくりと観察する。


(勇者の剣ならば、我が持ち上げることすら叶わんはずだ)


 剣の柄を持ち、持ち上げようと試みる。だが、ぴくりとも動かない。


「確かに。これは勇者の剣。しかし……」


(剣の形状が、我が以前見たときと変わってはおらぬ。ということは……)


「この剣を持って、何か変わったことはあったか?」

「変わったこと……でしょうか? いえ、特にはありません。」


(やはり。真の意味で勇者の剣に認められたわけではなさそうだな)


「そうか……やはりお主は神子であっても勇者ではないな」


 思わず呟いたユストの言葉がオメガの耳に入る。当然、


「勇者が剣を持つと何かが起きるということでしょうか?」

「いや。気にするでない。忘れろ。独り言だ」


 オメガは疑問を口にするが、ユストはそれを流す。


(われ)が王となった時に受けた神託。勇者装備は、勇者と認めたものの意思に応じてその形状を変え、勇者としてなすべき道を示すという。おそらく、他国の王も就任と同時に神託を受けているのだろう。このことは誰に伝えることも許されておらぬ。危ういところであった)


 内心を悟られないために、あえてゆっくりと王座に戻り、話題を変えることにする。

 

「それにしてもラピスよ。人にしか見えんこのロボット。どうやって起動に成功したのだ? 200年もの間、様々な研究者達が成し得なかった偉業だ。何か特別なことをしたのであろう?」

「はい。()回路(ート)と呼ばれる心臓部分を分解・再構築いたしました。ただ……」

「ただ……なんだ?」

「分解・再構築はこの200年の間にも何回か行われているようでした。特別なことではありません。いちおう、動力源である魔晶石を純度の高い物に交換しましたが、それだけです」

「魔晶石の交換が行われたことは、過去にもあるのか?」

「はい。記録に残っております」

「ふむ。では、成功した理由はわからないと……?」

「申し訳ありません……」


 原因もなく、突如として起動した。

 迷宮の機人は、魔物の大侵攻に備えて造られたという説もある。

 何らかの大きな意思が働いているようにしか思えなかった。


 しかし、オメガに対する不安は拭えない。あの虚ろな瞳。無機質な声。とても、人々の希望となれそうにない。


「本当に、その機人は魂を持っているのか。確かに話は通じるようだが、正直なところ、まるで人間味を感じないぞ。魂を持つのであれば、身体の構造が我々とは異なるだけではないのか?」

「魂を持つ以上は、王の仰るとおりのはずです。身体の構造が異なるだけの人間と考えて構わないかと。しかし、やはり、普通の人間ではないので、違和感がありますが……」

「そちが感じている違和感は、(われ)が感じているものと同じであろう。これが無ければ手放しで喜ぶこともできたのだが」


「…………」


 再び、静寂が訪れる。


(どうする。このような者に国宝である勇者の剣を持たせてよいのか。しかし、少なくとも神子であることは間違いない。いずれ勇者と成り得るのかも知れぬ……)


 そこまで考えて、ユストは心の中で首を振る。


(いや、それは無いか。こんな木偶(でく)では人々の希望とはなれぬ。だが、勇者の剣を引き抜いたのは事実。どうせ今まで神子が出てこなかったのだ……賭けてみるか)


 ユストは決心したように、真剣な眼差しで問いかける。


「して、オメガよ。勇者の剣を持って、お主は何を為す?」

「はい。魔物と戦おうと思います」

「魔物と戦うのがそなたの使命なのか?」

「そうです」


(なるほど。魔物と戦うように造られているのか。それならば、大侵攻に備えて目覚めたことは間違いがないだろう)


「わかった。お主は神子だ。勇者と成り得るかもしれぬ。魔物を駆逐し、研鑽に励むが良い」


 その言葉に反応したオメガがユストの方に顔を向ける。眼を見ても、まるで感情は読み取れない。

 

「はい。死ぬまで魔物と闘い続けます」

「死ぬまで……。まるで死など恐れてないようだな」

「ええ。闘うことが私の運命のようですから」

「そうか……。しかし、死なぬように精進せよ。そなたが死ねば、そこに勇者の剣が放り出されることになる。それでは困るのだよ」


 そこまで言って、ユストはあることに気づく。


「そういえば、お主は魔物と戦ったことがあるのか? ラピスから謁見が申し込まれたのは数日前だったはずだが」

「いえ、全くありません」

「戦えるのか?」

「やってみないとわかりません」

「なんと曖昧な返事か。試してダメでは困るのだよ。ラピスよ。ロボットというものは、修練無しに戦闘が可能なのか?」


 ラピスに返答を求めた。ロボットではなく人の意見を聞きたかったのだろう。


「推測でしかありませんが、おそらく不可能かと。ふつうの人間よりは頑丈でしょうが、現段階で解明している機能には戦闘に特化しているものは見当たりません。しかし、戦闘に関する技術を習得するのは、人間よりもはるかに早いはずです」


 このまま魔物の討伐に向かわせるのは危険。ユストはそう判断する。


「ふむ。では、一度鍛えてもらうとしよう。ちょうどいい。いま我が国には『剣神』が逗留しておる。話は(われ)から通しておく。彼の者に戦闘指南を受けるが良い」


 これにラピスが素早く反応する。


「『剣神』!? あの『剣神』ガラード殿ですか。彼が今この国に……。彼から指南を受けられるなんて、願ってもないことです。是非お願いいたします!」

「うむ。ガラードの従者である聖女マーテルもおる。ラピスよ。そなたは彼女に師事するとよい」

「私もご教授いただけるのですか! それもマーテル様に! ありがたき幸せでございます」


 だらしなくにやけるラピス。耳がぴくぴくと動き、尻尾がピンと立っていた。


 一方のオメガは全くの無表情。このロボットも、ラピスくらい感情が豊かであればユストも希望が持てただろう。


「では、下がるがよい」

「はっ。失礼いたします」


 返事をするラピスと無言で頭を下げるオメガ。退出していくオメガの背中はひどく儚く、今にも消えてしまいそうに見えた。これが、人々の希望である神子の背中とは……。


 二人が謁見の間から立ち去ったあと、ユストは宰相に問う。


「そちは、あのオメガという者。どう映った?」

「はっ。感情が全く垣間見えませんでした。受け答えができると言っても、やはり人間ではないのでしょう。魂をもっているというのも怪しいものです」

「なるほどの。やはりそう見えたか。しかし、彼の者は200年の眠りから覚め、勇者の剣を手に持って我の前に現れた。これは偶然か?」

「私も気になっている所です。しばらくは様子を見るしかないかと……。ガラードに、神子としての資質を確かめさせるのが良いのではないでしょうか」


 『剣神』ガラード。実力は群を抜いている。彼さえいれば、勇者がいなくとも魔物の大侵攻を防げると言われるほどだ。オメガが神子として使い物になるか。その判断を下すのに、ガラード以上の適任者はいなかった。


「ふむ。彼の『剣神』ならそれも可能か。よし、すぐにガラードに使いの者をやれ」

「ははっ!」


(正直、あのオメガが勇者となるとは思えぬ……。だが、我が心のどこかでは、勇者の剣が引き抜かれたことが運命だと考えてしまう。願わくば、彼の者がただの木偶ではなく、真の勇者であってもらいたいものだ)



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