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ロボ勇者。  作者: 椿堂 もぐら
第一章
4/21

勇者の証

「おはよう。オメガ。目覚めはどう?」

 

 オメガが夢から目覚めると、ラピスが彼の顔を覗き込んでいた。


(だいぶ長い間眠っていた気がする。それにしても、あの日の夢……か。久しぶりだ。機械のように過ごしていた私が、ロボットになった。お似合いなのかも知れない)


 返事をしないオメガの様子を見て、あわてた様子のラピスが両手をオメガの目の前で振りながら、


「あれ? 聞こえない? 調整……失敗しちゃった?」


 どうしよう……。と、表情を強張らせ、冷や汗をかいていた。オメガはそんなことはお構い無しに、自分のペースで身体を起こして、無表情かつ無感情な声で、


「ちがいますよ。おはようござ――」


 と、語りかける。途中で言葉がつまったのは、声が目覚める前のものとはまるで異なっていたからであろう。以前のザ・ロボットという声ではなく、人間と遜色ない声になっていた。最も、元々が無感情のオメガの声は、どこか人間らしさに欠けている。


「声が、片言じゃない」

「えへへー。オメガが寝ている間に色々と調整したからね」


(調整したとはいえ、眠る前と違いすぎる。ちょうどいいか。この世界で生きるためには、身体に早く慣れなきゃいけない。まずは、どれくらい話せるか試そう)


「あー。あー」


 おもむろに声を出し始めたオメガを見て、呆気にとられるラピス。思わず、クスッと笑いながら話しかけた。


「なにをやってるの?」

「低音や高温がどの程度出せるか確認しています」

「ロボットが発声練習? なにそれ」


 クスクスと笑うラピス。その笑い方はバカにする風ではなく、子供の可愛い行動を見た親のそれであった。そんなラピスをよそに、淡々と確認作業を続けるオメガ。


(声はまるで人間だ。身体はどうだ?)


 自分の身体を確認する。手始めに腕や脚を見る。目に映ったのは銀色の骨と白黒のケーブル繊維ではなく、人間の皮膚――としか思えないほど精巧に造られた外皮。


(これが外皮というものか。まるで人間にしか見えない。それにしても、ここまで仕上げるのは相当時間がかかるはず。一体どれくらいの時間眠っていたんだろう)

 

「調整はどのくらいかかったんですか? 簡単な作業とは思えませんが……」


 ラピスは頭を両手で抱え、しゃがみこみながら小さな声でボソッとつぶやいた。


「うう……。まる3日」

「まる3日? そうですか」

「……ごめんね。寝る前は明後日に訓練に行こうとか言っていたくせに。もう、あのときの明後日は昨日になっちゃったよ」


 ラピスはオメガから視線を外し、その長い白髪を指でくるくると巻き始めた。彼女が、恥ずかしいときにする癖だ。


「時間なんていくらでもあります。謝らなくていいですよ。それにしても、この身体はだいぶ流暢に話せますね。他のロボットもこんな感じで話せるのですか?」

「えへへー。褒めてくれての? ありがとう。他のロボットね――そもそも、ロボット自体オメガしかいないのよ。三大迷宮から発掘されたものを私が起動させただけだから」


(迷宮? いや、それも気になるけど、発掘されたものを起動させただけってことは)


「ということは、アナタが私を造ったのではないのですね?」

「そうなっちゃうね。あくまでも、私がしたのは解析と修復だけなの。だから、生みの親というの……ちょっとおこがましかったかな」


 申し訳なさそうな顔をして上目遣いにオメガを見つめるラピス。ふつうの男ならこの美少女に上目遣いで見つめられただけで、なんでもしてしまうだろう。

 しかしながら、相手はオメガ。彼は淡々と、


「そうですね。母親……と言うのはやめていただきたいです」


 自分の意見を述べる。母親が関わってくると、殺したはずの感情が心の底から呼び起こされてしまう。彼にとって唯一譲れない点であった。


「そうね。わかった! じゃあ、今度はこっちの鏡で身体も見てみて!」


 軽いな。ラピスの返事にオメガは思わずそう感じてしまう。当たり前のことだ。オメガの内心などラピスにとっては知る由もないのだから。


 ラピスにうながされ、手術台の上から降りて鏡の前に立ったオメガ。歩行にぎこちなさはなく、むしろ人間より滑らかだ。地球のロボットにありがちなギコギコという歩行音は欠片もなかった。


 鏡を見たオメガは、目の前に映る光景を理解できないでいた。


「これが……私ですか?」


 鏡の中で知らない男がオメガを見つめていた。

 黒髪で、引き締まった身体。背は地球の平均より、少し高い程度。まるで俳優のように整った顔立ち。そして、一際目立つ紅い眼。


(まるで自分ではないみたいだ。いや、作り物の顔だから、自分の顔とはいえないか)


「どう? なかなかの良い男でしょ? これで、魂まであるんだから、誰もロボットだなんて思わないわよ」


 ロボットはオメガ一人しか存在しない。これはつまり、世間一般ではそもそもロボットという言葉すら認知されていないことを指す。この状態でオメガが町を歩いたとしても、多少人間味を欠いているくらいで、ロボットだと疑うものがいるはずもない。

 ラピスは自身満々に自らの仕事を誇り、胸を張りながら、


「ふふ。喜んでくれた?」


 と、自慢気な顔で問いかける。


「ええ、ありがとうございます」


 そう返すオメガの表情からは全く感謝の色はうかがえない。なにしろ、一貫して無表情なのだ。


「うーん。表情筋にあたる部分もちゃんとあるんだけどなあ。全く表情が変わらないね。喋り方も淡々としているし、会話はできているんだから、魂はあるはずなのに。なんでだろうな」


 ラピスの言葉を受けたオメガは、新たに性能を確認することにした。表情筋が動くかどうかのテストだ。必要ないものだが、一度くらいは確認しておいたほうがいいだろう。そんな軽い気持ちだった。


 鏡を見てみる。

 そこには、貼り付けたような不自然な笑顔をした紅い眼の男がいた。


 見事に表情が出来ている。不自然さは拭えないが。不自然さの原因。それは、ロボットの性能――ではなく、長年表情などを作らなかったオメガのほうの問題だった。


 オメガは、その不自然な笑顔をすぐにやめ、鏡越しに、自分の身体を改めてしっかり見ていた。


(手も足も体も全部ロボットには見えない。人間。人間だ。人間そのものじゃないか)


 オメガは動作確認の意味を込めて、おもむろに右の頬を引っ張る。伸びた。左の頬も引っ張る。伸びた。質感まで本物の人間と区別ができない。


「なにをしているの? ほっぺたを引っ張るなんて、仕草まで人間そっくりね」


 右手をあごに添えながら、微笑ましいものを見るように笑うラピス。そして、両手を軽くパンと音を立てながら合わせて、


「さてと、じゃあ、城下町に行きましょう。」

「城下町? 王様への謁見ではないのですか?」

 

 そのオメガの発言に、少し不満そうな顔をして、


「王様も忙しいらしいのよ。謁見は、1週間も先になっちゃったの。せっかく、迷宮の機人(きじん)が起動したんだから、すぐに取り合ってくれてもいいのにね。まったく……。そのせいで時間ができちゃったから、早めにハンター登録を済ませましょう」

「迷宮の機人って、私のことですか? それにハンター登録というのは?」


 腰に左手をあてて、得意げな顔になるラピス。尻尾がピンと立っている。右手の人差し指も尻尾とおなじようにピンと立てた。彼女が説明するときの「よく聞いててくださいね」というポーズだ。


「そうよ。オメガは三大迷宮の一つ、フィニス迷宮で発見されたのよ。もう200年も前の話だから、記録にしか残っていないけどね。その迷宮には、オメガのようなロボットがちょうど7体あったらしいの。4体は魔物に壊されていたらしいけど、3体は無事でね。発見者である白銀(しろがね)の勇者達が、3つの国に届けて、起動して使えるようにしてほしいと依頼してきたのよ。私たちの住むヘリオス国、隣国のルナ国、海を渡った先のマルス国にね。

 オメガ達を発見した部屋に残されていた古文書に、オメガ達は迷宮の機人と呼ばれる機械で動く人形――ロボットであることが書かれていたの」


 目をキラキラと輝かせながら、ドヤッという吹き出しが出そうな表情。ハンター登録についての話はすっかり忘れてしまっているらしい。

 そんな表情豊かなラピスとは対照的に、オメガは無表情のまま、


「なるほど。白銀の勇者も気になりますが、それを聞くと長そうなので今はいいです。ハンター登録について教えていただけますか」


 聞きたい情報だけを求める。

 ラピスは自分の髪を手櫛でとかしながら、少しいじけた様子で、


「魔物の領域へ入れるのは、兵士かハンターだけなの。何の資格も無しに入ったら罰金よ。だからハンター登録が必要なの。

 それに、魔物は手強いからね。実際に戦う前に訓練が必要なのよ。ハンター登録すれば、付属の訓練所で引退した熟練ハンターに戦闘指南を受けることができるわ。

 オメガは戦闘用の機人のはずだけど、私がまだ修復しきれていない――というか、解析できていない部分が多すぎて、戦闘用の機能が一つもないから、普通の人と同じように訓練しないとね」


 オメガの機能は、いまだ多くが謎に包まれている。古文書に残っていた記述が正しければ、オメガの剣の一振りで地は割れ、オメガが命じれば天が裂けるという。しかし、いまだその兆しはまるで見えないでいた。


(魔物は手強いのか。前世と同じように、自分を苛めぬく――すなわち、魔物にひたすら挑み続ければ、そのうち死ぬことができるかもしれないな)


 特に、期待はしていない。しかし、条件反射のように、自分が死ぬ可能性に思考がたどり着く。

 そのせいで黙りこんでいたオメガに向かって、怪訝な顔をしたラピスが「大丈夫?」と声をかけながら、


「さあて、オメガ。城下町にいきましょう。この研究所は王宮の端っこだから、城下町はすぐそこよ」


 次の行動に移ろうとする。

 自分がいる場所が王宮だと初めて知ったオメガはその事実に驚く――ことはなく、


(この部屋は、王宮の中にあったのか。部屋の雰囲気からは全く想像がつかなかったな)


 などとたわいないことを考えていた。


◆◆◆


 二人の男女が城下町を歩いている。男の方は、黒髪で引き締まった体。深い緑色を基調とした防具で身を固め、腰にはロングソード。周りをキョロキョロと見回しながら歩いているため、前方にある物や人に何回もぶつかりそうになっている。彼は……オメガだ。

 女の方は、白髪の猫耳美少女。青色を基調としたローブのような防具。杖を手に持ち、腰には銃のようなものがぶら下がっている。隣にいるオメガに色々と説明しながら歩いており、説明に夢中なせいか、こちらの彼女も前方不注意である。もちろんラピスである。


 オメガにとっては、初めて見る異世界の城下町。まず、目に付くのは地球では考えられない人種。ラピスのように、普通の人間に動物の耳や尻尾がついた種族が多い。猫耳・犬耳・兎耳。それとは別に、アヌビス神のような種族もいる。動物が2足歩行になった種族だ。

 そんな光景を不思議に思いながら、特に感情もこもらず淡々と、


「本当に、異世界ですね」


 と、オメガがつぶやく。

 ラピスは説明に夢中でその呟きを聞き取れなかったらしい。ラピスが色々なことを余計な肉付けをしながら説明するので、オメガも右から左に聞き流している。

 しかし、このことはちゃんと聞きたいとばかりにラピスのほうに顔と身体を向けて、


「人間だけじゃない。獣人。しかも、人寄りの獣人と、獣寄りの獣人がいるんですね?」


 と、問いかける。

 ラピスが聞いてくれたことを喜び。嬉しそうな表情で、尻尾をピンとたてながら、左手を腰に当て、右手の人差し指を尻尾と同じくピンと立てた。


「そうね。種族によって人と獣、どちらの血が強く出るかは異なるわ。人よりの種族は人族の中の獣人族。獣よりの種族は亜人族の中の人獣族。として、区別しているわ」

「なるほど。見た目が人間なのは人族、見た目が獣っぽいのは亜人族ですか」

「そうなるわね。亜人族の中には見た目がドラゴンっぽい人竜とか、色々な種族がいるのよ」

「ドラゴンなんているんですね。それにしても人竜ですか。一度くらいは見てみたいものですね」

「これから色々な町に行く機会もあるから、いつか会えるよ」


 オメガは社交辞令的に返事をしただけ。本当に見てみたいと思っているわけではない。声に全く感情が乗らないので、ラピスは字面をそのまま本音だと思うことにしたようだ。

 

「それにしても、私が想像していた城下町とはだいぶ違いますね」

「そうなの? どんな町を想像していたの?」

「私のようなロボットがいるのだから、もっと機械であふれているのかと思っていました。けど、機械を使っているところなんてまるでないですね」


 地球でいえば、中世ヨーロッパの雰囲気。機械文明が発達している様子は微塵も感じられない。自動車どころか、自転車すらない。人や荷物を運ぶものは馬車くらいしかないようだ。いや、荷車を牽くのは馬ではない。狼のような四足歩行の動物だ。


「あー。そうね。確かに自分が基準だとそう思っちゃうわよね。いい、オメガ。そもそも、機械という言葉自体が一般的なものでないのよ。オメガ達が発見されるまで、『機械』なんて言葉は存在しなかったからね。いうなれば、オメガが機械の原点なのよ。

 もちろん、オメガ達をモデルにして、いくつかの機械が発明されたわ。当時は、機械が広く研究され、普及していという説もあったくらいよ。

 けれどね~。機械で出来ることって、魔法や闘気を使えば済むことがほとんどなのよね。だから、機械の研究自体はすぐ廃れちゃったわ。魔道具として使えそうな物の研究はいまでもやっているけど、それも機械とは呼ばないかな。

 だから、他の2体の機人が目覚めてない以上、機械=オメガのことになるわね」


 毎度のように、余計な肉付けがされるラピスの説明。魔法や闘気など初見の語句は気にかかったが、それを聞いてしまうとドつぼに嵌る。そのことはこれまでの短い経験からでも十分に分かっていた。それに、ロボットの身体にインプットされている知識から、ある程度のことは分かる。

 例えば、魔法。インプットされている情報は、次のようなものだった。


 魔法とは――


 大気中に存在する精霊にイメージを伝達することで発動される現象。

 魔法は約五千年前にはすでに存在していた。これは、記録に残る最古の時代であり。それ以前の時代については魔法どころか文明に関する資料が一切残されていない。痕跡すらない。まるで、急に魔法と人類が生まれたかのようであり、学者が興味を注ぐ部分である。

 魔法の属性は8つ。火・水・土・風の基本4属性。希少属性の光・闇。そして、専用属性の時・空。専用属性は勇者のみが使える。

 魔法は生まれつきの資質に作用される。使えない者も多い。使える者も、ふつうは、1種類の属性魔法しか使えない。2属性以上使えるものはごく少数。

 ただし、誰にでも魔法が使えるように開発された道具がある。魔道具だ。

 魔道具は魔技師と呼ばれる特別な資格を持った者だけが造れる。魔道具には古代文字で書かれた魔法陣が記されている。詳細は企業秘密。ちなみに私はこの魔法陣の権威なのです。


――


 ラピスがインプットした知識なので、偏りがあることは否めない。しかし、必要なことは十分にわかるだろう。ラピス本人に尋ねるとなるとこの2倍以上の情報が次から次に口から出てくる。相手をするだけで大変だ。


 だから、オメガは短く「なるほど」とだけ応える。そして、ラピスがさらに説明し始める前に、


「ハンター登録する場所って近いんですかね?」


 と、話題を変える。


「ここから歩いて10分くらいね。急ぐ必要もないけど、早めに登録は済ませちゃいましょう」


 二人はハンターズギルドへと向かった。

 

◆◆◆


 ハンターズギルドの外観は大理石の神殿様である。

 立派な彫像がついており、それがどことなくラピスに似ているのが印象的だった。

 そんなことを考えていたオメガに、


「なにしてるの? 中に入ろうよ」


 と、首を傾げながら窘めるようにラピスがいう。


「ええ。わかっています。入りましょう」


 

 ギルドの中は閑散としていた。全く人がいないわけではないが、この部屋にいるのはギルド員を覗けばせいぜい2,3人。

 朝早くもなく、昼飯には早すぎる。そんな時間にギルドに来るものはいない。みな、仕事にでかけているのだ。

 受付にいたのは、羊の角を生やした羊人族の少女アイシャ。テキパキとした仕事ぶりと、その愛くるしい容姿で、このギルドの看板娘となっている。


「こんにちは! 王都ハンターズギルドのアイシャです。今日はハンター登録ですか?」


 にっこりと微笑みながら、はきはきとオメガ達に話しかける。営業スマイルではなく、自然と作られる笑み。これが、彼女が好かれる理由の一つ。ちなみに、羊人族は種族としても人懐っこいのが特徴だ。


「ええ。私と彼を登録したいんです」

「わかりました! それでは、こちらの紙に種族・性別・名前・年齢をお書きください。それをもとに、ハンターカードを発行しますね」

「ありがとうございます。オメガは、字書けないよね? 私が代わりに書いておくね。オメガの種族は……猿人かな。見た目的に」


 オメガは、話すことは不自由なくできる。町に出ている看板の文字も理解できた。しかし、字を書くことは出来なかった。空中に指文字を書いても、日本語のままだ。さすがに、書く文字が勝手に変換されることはなかった。


「では、これでお願いします」


 ラピスの出した紙にはこう書いてあった。


 猫人族・女・ラピス・15歳。

 猿人族・男・オメガ・20歳。


 猫人族は話好きなのが特徴だ。


「はい。承りました」

「では、ハンターカードの発行までしばらくお待ちください」


 そういって、アイシャは店の奥に行った。


「それにしても、ハンター登録は簡単なんですね。なにも確認されませんでしたが?」

「確認って……どうやってするの? そんなの無理でしょ。まあ、種族は見た目でわかるから、そこは確認されているよ。それに、嘘をつかれた所で困らないからね」

「困らないんですか?」

「ええ。ハンターカードでできることは、依頼の受付と報告。それと、魔物の素材を売ることだけ。偽名を使われたとしても困らないでしょう?」

「でも、犯罪者が偽名で登録することもあるんじゃないですか?」

「そうね。ただ、犯罪者の名前って、そもそも偽名であることが多いの。それに、手配書に似顔絵が描かれている人物ならギルドに近づかないわ。だって、必ず手配書を持った兵士さんが常駐しているからね」


 そう言ったラピスの視線の先に手配書をもった兵士が立っている。ギルド内の人物を観察しているらしい。最も、今は閑古鳥が鳴いているためか、暇そうであくびをしていた。

 

「ちなみに、猿人というのは、猿の獣人のことですか?」

「そうよ? オメガの見た目は、まさに猿人って感じでしょ」


 この世界においては、全種族が、何らかの生き物をベースとして、人間のように進化している。地球では猿が進化した動物を『人間』と呼ぶが、この世界では猿人となる。この世界で『人間』という場合、人族・亜人族をひっくるめた人類の総称を指すことになる。


 オメガ達が雑談をしている間に、アイシャが受付に戻ってきた。にっこりと笑んで、


「これがハンターカードです。ヘリオス国の印が入っているので、この国でしか使えません。他国に行かれる場合は、出発前にその旨を伝えてください。他国のカードに切り替えられるように処理しますので」


 切り替えという言葉にオメガが反応する。


「どうして、切り替える必要があるんですか? 他国で再発行すればいいのでは?」

「そうですね。それでも構いませんが、ランクが一番下のFから再スタートすることになります」


 アイシャの話をまとめるとこうなる。

 ハンターにはランクがある。

 Fランクが最低で、Aランクが最高。

 ただし、国から指定されるSランクのハンターもいる。

 ランクは、単純に強さの目安だ。

 ランクが高くなるにつれ、危険度の大きい討伐依頼が受けられるようになっていく。

 当然、報酬も高くなる。

 ちなみに、依頼は3種類しかない。討伐依頼・護衛依頼・素材収集依頼。

 字面どおりのものだ。

 ランクの指定がされるものがほとんどだが、緊急の依頼などはランクの指定がない。

 

 また、訓練所は、ハンターカードを持っていれば自由に使える。

 ただし、引退した熟練ハンターに指南してもらえるのは初心者のうちだけだ。


「さて、以上で説明は終わりです。何か質問はありますか?」


 さすがに、ギルドの看板娘であるアイシャの説明は簡潔でわかりやすい。オメガもラピスも特に質問は無く、


「いいえ。ありません」


 と、答える。そして、それに応じたアイシャが、


「わかりました。では、最後に、勇者の剣の引き抜きに挑戦してもらいます」


 不思議なことを言い出した。状況のよくわからないオメガは、


(ん? 勇者の剣? なんのことだろう)


 そう思っていたら、ラピスがそっと耳打ちしてきた。


「ハンターズギルドに登録するときの恒例行事なのよ。データにあるはずだから、調べてみて」


 素直に、自分の中の知識を探るオメガ。


 勇者とは――


 勇者は200年に一度あらわれる。それは、『大災害』の時期と一致している。勇者を筆頭として、魔物の侵攻を防いできたのだ。

 歴代勇者は全員同じ装備をしていたといわれる。ただし、歴史書に残る勇者の絵を見比べると、全く違う装備であることが多く、真偽は定かではない。

 勇者装備は、国家間のバランスを保つため、部位を分けて各国のギルドに保管されている。ここ、ヘリオス国には勇者の剣が保管されている。

 勇者装備は、資格の無いものでは持ちあげることすらできない。扱えるのは、資格ある者。彼らは神子と呼ばれる。言うなれば、勇者の候補生だ。

 勇者候補生の中から、いずれ勇者が選ばれる。選ばれる基準はわかっていない。

 勇者を探す手段として、ハンター登録時には、勇者装備への挑戦が義務付けられている。なお、魔物の侵攻は来年に迫っており、早期の勇者発見が望まれている。他国では、すでに神子があらわれた国もあるとのこと。


 ――


 目を瞑りながら知識を思いしていたオメガ。端から見たら、ぼうっと突っ立っているだけにしか見えない。その様子を訝しげな顔をしながら、見ていたアイシャが不思議そうな顔をしながら、


「えーっと。あの、よろしいですか?」


 次の行動を促す。それに対して、オメガは焦ることもなく淡々と、


「ええ、すみません。勇者の剣の引き抜きに挑戦すればいいんですね。案内してください」


 と、返すのであった。


◆◆◆


 そこはまるで、牢屋の中だった。

 入り口には鎧を着た門番が立っている。

 部屋の中央に台座があり、ぽつんと剣が刺さっていた。


 

「どちらが先に挑戦されますか」


 案内してくれたアイシャが二人に問う。するとラピスが、


「私からやってみるね。まあ、どうせ関係ないから、ちゃちゃっと済ませちゃおう」


 言葉とは裏腹に、目が真剣だ。なんとか剣を抜いてやろうという意気込みが態度に現れている。勇者になりたいのか? とオメガが疑ってしまうほどに。


 ラピスが剣の柄をつかむ。

 ふんっと息を出しながら必死に引き抜こうとするが、


「ふむむむむ。ぐぐぐぅ……。ぷはぁ、ダメかあ。勇者の剣……。研究してみたかったなあ」


 案の定、剣はピクリとも動かない。


「じゃあ、次はオメガね。……まあ、ロボットだから万が一にもないだろうけど」


 後半のほうはオメガにだけ聞こえるように声を潜めていた。王様に謁見もしていない状態で、オメガがロボットであることを誰かに教えるわけにはいかないのだ。と言っても、ロボットという言葉の意味自体が分からないはずなので、声を潜める必要はあまりないのだが。


 オメガは、軽くあごを引いてラピスに応え、さっさと終わらせようと、剣の柄を握る。一瞬、剣から光のもやが噴き出す。それは、オメガにしか見ることができなかった。


 そのことを疑問に思いながらも、力いっぱい引き抜くと、


「ふんっ!」

「え?」

「ほえ?」


 何の抵抗もなく剣が抜ける。アイシャ、ラピスがそれぞれ素っ頓狂な声をあげた。

 束の間の沈黙。

 

 そして、その静寂を打ち破る絶叫が、


「えええええええええ。オメガ!? なんで抜けるの? なんで。なんで、なんで!?」


 ラピスの口から飛び出す。


「そんなことを言われても。ただ引っ張っただけです……」

「そんな。じゃあ、オメガが勇者になっちゃうわけ!? うそでしょ! これで勇者装備が研究できるわ!」


 本音が駄々漏れである。

 そこに、アイシャが口を挟んできた。

 努めて冷静に振舞おうとしているのがよくわかる。

 目はせわしなく動くし、汗も凄い。


「驚きました。まさか抜いてしまうなんて……。勇者になるかは、わかりませんが、わが国の神子はオメガさんですね。これは、すぐに国王に報告しなくては。ひとまず、ギルドマスターの部屋に来てくれますか」

 

 促され、ギルドマスターの部屋に向かった。


◆◆◆

 

 とんとん……と。アイシャが部屋の扉をノックする。


「アイシャです。勇者の剣を引き抜いた者を連れて参りました」

「入れ」


 中から聞こえた野太い声。ギルド長のサンダースだ。

 部屋の中には、サンタクロースのような髭をたくわえた筋骨隆々の壮年の男が難しそうな顔をして待ち構えていた。

 机に腕を乗せ、手を組みながら、値踏みするような目で、オメガの足から頭へと視線が動く。


「わしがヘリオス国のギルドマスター、サンダースだ。早速で悪いが、剣を目の前に持ってきてくれないか」


 オメガが剣を差し出す。


「なるほど、確かに本物のようだ。……そうか。ついに、あらわれたのか。これから王に報告をしにいく。おそらく、すぐに呼び出しがかかるだろう。この部屋でアイシャと共に待っていろ」


 そういって、サンダースはすぐに部屋を出て行った。

 碌に話もしていない。それほどの大事件だということだ。


 にもかかわらず、

 ラピスは勇者の剣を研究することを妄想し、顔がにやけていた。

 オメガは相変わらずの無表情。


 ギルド員のアイシャが一番緊張していた。



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