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ロボ勇者。  作者: 椿堂 もぐら
第一章
3/21

呪い

 小鳥遊 勇斗。


 転生前の彼の名前。

 

 家族。彼の一番大切だったもの。

 

 父がいた。

 母がいた。

 妹がいた。

 物心ついたときには、祖父や祖母は他界していた。

 だから、彼にとって家族とはこの3人だけだった。

 とても仲の良い家族だった。


 父の名は駿(しゅん)。母の名は桜。二人は大学生の頃に出会った。


 桜を初めて見たその瞬間。駿は確信を持った。「この娘だ」と。

 そして、緊張しながらも、真剣な眼差しで、自分の胸元をぎゅっと掴みながら、


「俺に君を守らせてくれないか」


 と、交際を申し込んだ。


「はい、ずっと守ってください」


 駿の告白に驚きながらも、目には涙を浮かべ、はにかみながら桜はすぐにそう答えた。


 桜が大学を卒業すると同時に二人は結婚した。

 結婚生活4年目に勇斗が生まれた。

 その2年後に妹の香奈が生まれた。


 駿は、勇斗の理想の父だった。

 荷物を持っているおばあさんが居たときは、


「荷物、持ちますよ。階段では手すりを使ってください」

 

 と、率先して動く。

 電車の中で泣き止まない子供の母親に文句を言っている男性に、


「まあまあ。こどもが元気なのは平和な証拠じゃないですか。こども達の未来のために、大人が温かい目で見守らないと。俺も、こどもが小さい頃は苦労しましたよ。みんながいずれ通る道ですから、持ちつ持たれつで協力してくれませんか」


 などと言って理解を求めた。 


 勇斗は父の背中から色々なことを学んだ。

 勇気を持って行動すること。弱いものを守ること。最後まであきらめないこと。

 そういえばなぜか、直々にサバイバル技術を叩き込まれたこともあった。

 自慢の父親だった。

 

 母の桜は、そんな父親である駿を世界の誰よりも愛していた。

 勇斗や妹の香奈にとっては、優しい最高の母親だった。

 

 落し物のハンカチを交番に届けたことを手放しで賞賛した。


「えらいね。勇斗が良いことをするとお母さんも気分が良くなるわ」


 勇斗が悪いことをしても、頭ごなしに叱ることはなかった。

 必ず、理由を聞くのだ。


「どうしたの? 最初から一つずつ教えてくれるかな?」

「……そう。なら、今度は優しく声をかけられるよね」


 桜は勇斗や香奈が何をしても受け入れた。

 そして、その度に、色々な言葉をかけていた。

 いつのまにか、桜の言葉は――勇斗の人生の指針になっていた。


 香奈は、生意気な妹だ。家の手伝いだろうと、かけっこだろうと、すぐに勇斗に張り合ってくる。そこがまた可愛いのだが。

 歌やダンスが上手で、勇斗は彼女の将来を密かに楽しみにしていた。こっそりと、「将来は僕が悪い虫から守ってやるんだ」と意気込んでいた。


 本当に幸せな家族だった。

 幸せな8年間だった。


 そう。幸せは8年間しか続かなかった。


 勇斗の8歳の誕生日。家族旅行中。

 山の中腹にある旅館に向かっていた。

 そこにいく道は2つ。

 1つは、山を迂回するために時間がかかる大きな道。

 もう1つが山をそのまま登る幅の狭い近道。

 昔からその道では崩落の可能性が指摘されていた。

 そのため、地元の人は安全な迂回路を通ることが多い。

 ただ、最近になって、崩落防止工事が行われた。

 そのため、観光客はこの道を使うことが多くなっていた。


「ねえねえ。父さん。このままじゃ到着が遅れちゃうよ。近道を行こうよ」

「遅れるのはしょうがないだろ。なにせ、勇斗がライオンをずっと見ているからこんな時間になったんだ」

「いいじゃん。ライオン。かっこいいからさ。それよりも、急ごうよ。近道は最近、補強?されたんでしょ」


 桜が勇斗のほうを向き、にっこりと微笑みながら、いつもの透き通るような声で、


「補強はされたみたいだけど、雨が降っているから念のため。ね。それに、遅れたって、ご飯がなくなるわけじゃないわ」

「でもでも、家族風呂の予約時間には間に合わないんでしょ?」

「それはそうだけど……。また、次があるじゃない」

「いやだ。いやだ。今日、みんなで家族風呂に入るのを楽しみにしていたんだよ。普段は1人で入っているから、こういうときはみんなで入りたいじゃん」

「もちろん、私もみんなで入りたいから予約したんだけど……」

「だよね! じゃあ、いいじゃん。近道行こうよ。それに今日は僕の誕生日だよ! 僕のお願い聞いてくれても罰は当たんないと思うよ。それに、香奈も一緒に入りたいよな?」


 勇斗は、香奈が必ず賛成すると分かっていた。だから、期待と確信に満ち溢れた声で香奈に話しかけた。


「うん。香奈も一緒にはいりたい!」

「ねえねえ。父さん、母さん。香奈もこう言っているしさ。お願い!」


 ……


 押し問答を20分以上続けた。すると、困り果てた桜は駿に向かって、


「あなた。どうする。そろそろ分かれ道が近いわ。確かに補強はされたみたいだし。近道を通ってみる?」

「そうだなあ。今日は勇斗の誕生日。このまま家族風呂に入れなかったら何言われるかわからないし。しょうがない。行ってみるか」


 勇斗の口撃にうんざりしたのだろう。

 渋々ながらも両親が了承した。


「やったー! 家族風呂! 家族風呂!」


 そうして、車は近道を通ることになった。

 勇斗のわがままのせいで。


 …………


 道を半ばまできたところで岩肌が崩落し、彼らの車は飲み込まれた。


 全長3メートルはあろう大岩が車の右側面に衝突した。

 ゴンッ! という音と共に衝撃が走り、車体の右半分がグシャっと潰れる。


 右側に座っていたのは運転手である駿と、妹の香奈だった。

 衝突の直前。駿が何かを叫んだ。何を叫んだのかはもうわからない。香奈は運悪く、窓越しに外を覗き込んでいるところに大岩がぶつかった。声を出す間もなかった。


 衝撃で揺られる勇斗の目の端に、血だらけの父と妹が映っていた。それが、勇斗が見た父と妹の最後の姿だった。


 車は土砂によって道から押し出され、崖を転がった。

 幸いにも木にひっかかってすぐに止まった。

 勇斗は止まったときの衝撃で外に投げ出されていた。


 一瞬。意識が奪われる。


 勇斗はすぐに覚醒した。時間など測っていないので、恐らくとしか言えなかったが。

 身体を見てみると、すり傷や切り傷はあるが、命に関わるほどではなかった。


 父や妹は多分もうだめだろう。それほどの光景を勇斗は見たのだ。

 母は、どうだ。

 左腕が助手席の割れた窓からだらりと出ていた。わずかだが動いていた。


(生きている!)


 そう思った勇斗は力を振り絞って駆け寄った。ドアを開けて母を助けようと、


「母さん!」


 近づいたとき、勇斗は理解してしまった。

 生きている。けど、助からない。

 頭から血がどくどくと流れていた。

 割れたガラスの破片が腹に突き刺さり、服を真っ赤に染め上げていた。

 自慢の白い肌にいくつもの赤い線が走っていた。


「母さん! いやだ! 死なないで!」


 桜のまぶたがわずかに持ち上がって、全身の弱々しさとは裏腹に、目に力強い意思を宿し、はっきりと彼を映した。


「……勇斗……」


 勇斗はすぐに言葉をかけようと思った。しかし、彼の目から零れ落ちる雫が邪魔をして、うまく口がまわらない。


「……ひくっ……かあ……さん。死な……ない……で」


 桜の左腕がゆっくりと動いて、彼の頬に触れた。

 降りしきる雨のせいで、勇斗の全身は冷え切っていた。しかし、その右頬だけは不思議な熱を帯びた。

 そして、息も絶え絶えに桜が最期の言葉を紡ぐ。

 苦痛に顔をゆがめながらも、出来る限りの笑顔を添えて。


 この言葉を胸に刻まなければいけない。


 勇斗はそう誓った。


「生き……てね……の分まで……」


 桜の言葉はあまりにも弱々しく、雨の音に大部分が掻き消されてしまった。

 そして、それを聞き返す間もなく、桜の手は勇斗の頬から離れた。


 瞬間。


 彼の全身を悪寒が走る。

 母が死んだ。

 そのことを直感的に理解し、


「母さん! 母さん! 母さん……」


 彼は母の手を握って雨に打たれ続け……いつの間にか気絶した。


◆◆◆


 勇斗が目を覚ましたのは、病院のベッドだった。

 身体のあちこちに包帯が巻かれ、入院着を着せられている。

 目覚めたばかりの勇斗の頭は混乱していた。何が起きたのか思い出せず、ぼーっとしていると、ベッドの脇のラジオから、あの事故についてのニュースが聞こえてくる。


「悲惨な事故でしたね。残された男の子は軽症ということですが、今後が心配です」

「それにしても、なぜ崩落したのでしょう。防止工事が施工されたばかりだったのに」

「いくら工事したと言っても、崩落の危険がゼロになるわけではないでしょう」

「しかし、施工会社は工事の不備では無いことを主張していますし、第三者機関もそれを認めています。地質学の専門家も、崩落の様子に疑問を持っているようでした」

「それでも現実に崩落は起きていますからね。雨だったのだから、危険性も考慮して迂回路を通るべきだったでしょう」

「親の考えが甘いと、子供が悲惨な目に遇ってしまいますな」

「われわれも気をつけなければいけないですね。みなさんも、運転の際には、時間に余裕をもって、安全な道を走るようにしてください」


 勇斗はラジオを聴いて、愕然とした。そして、見る間に表情は曇り、青ざめていく。



(あの道を走らせたのは……僕だ。工事が終わった道だから、安全だったんじゃないのか。崩落の危険性があるなんて知らなかったんだ。父さんも母さんも、その可能性を考えていたから、迂回した道で行く予定だったんだ。なのに、僕は……嫌がる父さんと母さんにわがままを言った。何回も何回も文句を言った。誕生日なんだから、言うことを聞いてと……)


 そんな考えが、一瞬で勇斗頭の中を駆け巡る。そして、自らの考えを確かめるかのように、


「僕が殺したんじゃないか!」


 と、叫び放つ。


 勇斗の顔は強張り、自分を抱きしめるような形でうずくまった。

 身体がぶるぶると小刻みに震え、歯はカチカチと音を鳴らす。

 力の込められた手は、間違いなく痣ができるだろう強さで二の腕を掴み、爪が皮膚に食い込んだ。血が滲んでいた。

 目は、カッと見開いたまま、視線は宙をさまよう。涙が頬を伝って零れ落ちる。何度も何度も。


 恐ろしくて目を閉じることができなかった。

 目を閉じたら、苦しむ家族の姿が浮かんでくるような気がしていた。


「苦しい。息ができない。助けてくれ」

「痛いよ。怖いよ。血が止まらないよ。死にたくない……」


 そんな声、耳元で囁いているようだった。


(死ぬべきは僕だったんだ。僕が死んで、その分みんなが生きてくれればよかったんだ。なんで僕は生きている? なんで僕は死んでいない? 死にたい。死んで家族に謝りたい。殺してしまってごめんなさいって。……殺した。僕が……殺した)


 強烈な吐き気を催した。胃からモノがこみあげてくる。口を押さえたが耐えられない。

 吐しゃ物がシーツに撒き散らされる。


 嗚咽を繰り返しながら、勇斗の視界はだんだんと霞んでいく。それに呼応するかのように、思考は真っ黒に染まっていく。


(……死ぬべきだ。死ななきゃいけない。死のう。今すぐに。)


 勇斗がそう考えるに至るまで、長くはかからなかった。

 すぐに行動に移した。ベッドから降りて、窓に向かう。窓から下を覗き込む。

 ここが何階かは分からなかった。だが、頭から落ちれば十分に死ねる高さだということだけは確信が持てた。


 いまの勇斗にとって、死ぬことは怖くない。むしろ、嬉しい。

 家族のもとへ行けるから。


 ためらいもなく窓を脚にかけた。しかし、眼下にある光景を見ると足がすくむ。


 目を開けたまま、落ちる勇気はなかった。だから、最期に一度だけ目を瞑る。


 そのとき、母の姿がまぶたに浮かんできた。


「生きてね。私たちの分まで」


 そう言った。


 だが、次の瞬間。


 母の顔が不自然なまでに恐ろしく歪な笑顔になった。


「生きてね。私たちの分まで。――あなたが殺したんだから」


 カッと目を見開く。


 再び激しい吐き気に襲われた。


 嗚咽を繰り返すが、胃からでるものはもはや何も無い。

 自らの胸を握り締め、冷や汗で身に纏う入院着をぐっしょりと濡らしながら立ちすくみ、


「……ひぃ。……ひっ。ひっ。……ひくぅ」


 と、奇妙な音と唾液を一緒に漏らす。


 いま目に映ったものは一体なんだったのか。あまりにも不自然な光景だった。


 しかし、勇斗がその不自然さに気づくことはなく、


(母さんが最期の言葉を伝えにきたんだ。常に、道を示し続けてくれた母さんが、最期にもう一度、道を示しにきたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 負の思考が彼を支配する。

 母の言葉は勇斗の人生の指針であった。だからこそ、この言葉が人生最後の指針だと確信してしまっていた。

 こうなってはもう誰も勇斗の思考を止めることはできない。


 彼の心は罪の意識で支配され、頭は混乱し、幼い身体でその強いストレスに耐えられるはずもなく……気絶した。


 …………


 気がついたときには、ベッドの上に戻っていた。


 勇斗は、窓際で気絶しており、それを発見した看護師がベッドに戻していた。もちろん、吐しゃ物と冷や汗で汚れていた入院着やシーツなどは真新しい物に交換されていた。


 目を覚ました勇斗の頭は次第に覚醒していく。そして、気がつけば彼の脳裏に母が浮かんでくる。妙に鮮明に。そして、母があの不自然で歪な笑顔で、


「罪を背負って生きて。苦しみながら生き続けて。あなたが殺したんだから」


 語りかけてくる。


 それを見た勇斗は再び嘔吐する。嗚咽を続ける。そして、気絶する。

 ほぼ丸一日これを繰り返した。


 母の言葉は、まるで呪いのように彼の心に染み込んでいた。


 ……


 深夜に目を覚ました勇斗は、再び呪いの言葉をかけられた。

 嗚咽しても、何もでない。


(つらい。苦しい。逃げたい。

逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。

このままじゃ、壊れる。)


 ――そして勇斗は思いつき、

 

(つらいのはなんでだ。感情があるからだ。感情など必要ない。もう、一緒に生きたいと思う人は誰もいない。そうだ。感情を殺してしまえばいいんだ。そうすれば、母の言葉――呪い――に耐えられる。僕は何も想わない、何も感じない……)


 実行に移す。


 ただ、生きるだけの存在になればいい。


 感情を殺し、何も考えずに。機械的に、ただこなせばいいのだ。

 ひたすらに、頭と身体を動かしつづけ、何かを考える暇などなくしてしまおうと。


 もちろん、そう簡単にいくものではない。

 初めの一週間は呪いによって気絶する日々が続いた。だが、次第に、順調に感情や表情を殺すことに成功していった。


◆◆◆


 退院後の彼は児童養護施設に引き取られた。

 積極的に誰かと関わろうとはしなかった。


 人と関われば、家族の話題からは逃げられない。家族というものに触れたら、せっかく殺した感情が呼び起こされるかもしれない。そうすれば、襲ってくる呪いに耐えられなくなる。


 生きるだけなら、友達なんて必要ない。

 かといって、引きこもったわけではない。


 気を紛らわし続けるために、勉強や施設の手伝いに励んだ。それこそ寝る間も惜しみ、周囲が心配になるほどに。自分をひたすらに虐めぬいた。友達といえる人物を一人も作らないまま。


 ちょうどよかった。人と関わらなければ、楽しい人生は送れない。苦しみを背負って生きることにつながる。それは、母が残した最後の指針に従うことでもあった。


 そのような生活を送り続け、中学生に上がる頃。脳裏にあの歪な笑顔の母親が映ることはなくなっていた。呪いの言葉が聞こえなくなったのだ。


 勇斗は、母が自分の生き方を認めてくれたと、そう確信していた。


 その後も、ひたすら勉強やバイトに打ち込み、大学を卒業して、なるべく人との関わりを避けるためプログラマーとなった。


 毎日。最低限のコミュニケーションだけを行い。飯を食い。勉強や仕事をして、自分を虐めぬく。限界まで追い込み続け、そして寝る。

 その繰り返し。まるでやることを決められた機械のように、無表情・無感情に生きてきた。


 実に、24年間。32歳のあの日まで。


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