Episode6
アレックス・オブリビオン。Sランク傭兵の中でも、最強と名高い男。それが今、レイドの前に立っていた。
「なぜお前がここにいる? 警備のリストにはいなかったはずだ」
レイドが問い掛けると、アレックスは視線をライナからレイドへと移す。
「私がどこにいようと、私の勝手だろう?」
それはそうだ。仕事を受けていようといなかろうと、ここにいてはいけない理由にはならない。
「……誰かと思えばAランクのMr.サンダーブレードか。すまないが、今緊急の案件が出来てね、君の相手をしている暇はない」
意外な事に、アレックスはレイドを知っていた。しかし、歯牙にも掛けていない感じだ。これがSランクの余裕というものだろうか。
「お前が用があるのはライナだろう? この女は俺の所有物だ。手を出したいなら、俺に話を通せ」
相手がSランクであっても、レイドはいつもの態度を崩さない。ライナの所有権を握っている以上、利は自分にあるとそう思っているからだ。
それを見て、アレックスは溜め息を吐いた。
「所有物、か……」
「そうだ。元々は引き渡す相手がいたんだが、どこかの誰かが皆殺しにしてくれたものでな。なら俺がもらってもいいだろうと、そういうわけだ」
あんまりな物言いだが、実際ライナの存在はそれなりに役に立つ。いざという時の保険としても、最適の女だ。今となっては、ムロズファミリーを滅ぼしてくれた何者かに感謝している。
「知っているよ。ムロズファミリーを滅ぼしたのは私だ」
「お前が!?」
レイドは驚く。Sランクで要人からの信頼も厚い彼が、ムロズファミリーなどという中小マフィアを壊滅させる為に動くとは思わなかった。本来なら、もっといい依頼を選ぶはずである。
「なぜそんな事をした? 誰かから依頼でもされたのか?」
「そんなところだ。彼女がマフィアに囚われている為、奪還し我らの陣営にスカウトするよう指令を受けた」
「陣営だと? お前はどこかの組織にでも所属しているのか?」
Sランクの傭兵には謎が多く、アレックスも名前以外の情報はほとんどない。他にわかっている事は、依頼の達成率が100パーセントである事くらいか。
「君が知る必要はない」
「そんな事はないぞ。報酬分の稼ぎは得たが、お前には俺に詳しい事情を説明する義務がある」
「話したところで理解は出来んさ。君のような、低レベルな人間には」
「……何だと?」
レイドは顔をしかめた。自分は正当な情報を要求しているだけなのに、いつの間にかレイドは低レベルな人間、という話になったからだ。
「本来なら彼女は、君のような下賤な輩のそばに置いてはいけない高貴なお方なんだ。それを所有物などと……思い上がるのも大概にしろ」
それから、なぜかライナの事で怒りだした。
「……話にならんな。もういい、お前と議論をしても無意味だ。行くぞ、ライナ」
アレックスから離れる事にするレイド。もう報酬分の働きはしたし、帰ってもいいだろう。
「おいライナ!」
だが、ライナはその場を動こうとしない。じっとアレックスを注視したままだ。
「わからない。わからないけど、私、この人から目が離せない……」
「何だと?」
レイドは訝しむが、ライナの様子を見て、アレックスは満足そうだ。
「やはり本物だな。君の中のオリジンソウルは、私のオリジンソウルと感応している」
「……さっきもそんな事を言っていたな。そのオリジンソウルとは何だ?」
アレックスの談では、ライナは命のオリジンソウルなるものを持っているらしい。そして、それと似たようなものをアレックスも持っているようだ。
「知らないで連れ回していたのか。まぁオリジンソウルの情報は、裏社会にすらそうそう出回ってはいないから、無理もない。私もあの方から説明を受けるまでは、自分がそうだと気付かなかった」
「だから、そのオリジンソウルとは何なのかと訊いている」
「それも、知る必要はない。君は黙って、彼女を解放すればいいんだ」
「貴様……」
「タダでは不満か? 金ならいくらでもやろう。口座を教えてくれれば、そこに振り込む。その代わり、この件からはきっぱりと手を切れ」
どうあっても、詳細を語るつもりはなさそうだ。
「ふざけるなよ貴様」
普通なら、レイドは金さえもらえば全て納得する。しかし、今回ばかりは違った。ロクな話し合いもせず、こちらを勝手に見下し、所有物さえも持って行こうとする、その態度が気に入らない。
「貴様にだけはいくら金を積まれても従わない」
「つまり、解放するつもりはないと?」
「ああ。どうしても欲しいなら傭兵らしく、力で奪っていくんだな」
レイドの返答を聞いて、アレックスは目を閉じ、深い溜め息を吐く。それから、レイドを睨み付けた。
「さっさと手を切っていれば、痛い目を見ないで済んだものを……」
アレックスが言い放った直後、レイドの全身を衝撃が襲った。
(こ、これは!?)
こうして見ていても、何が起きているのかわからない。とにかく、目に見えない巨大な何かがぶつかってきたとしか、表現出来なかった。
「くっ!」
だがレイドは持ち前の反射神経を利用して、衝撃が全身に行き渡る前に離脱し、難を逃れる。
背後にあった壁が大きく陥没し、周囲の人々が逃げ惑う。
「噂には聞いていたが、良い反射神経だな。確実に殺すつもりで撃ったのだが、避けられてしまった」
そんな騒動を見て、元凶たるアレックスは我関せずといった顔をしていた。
「今のは、空気か!?」
レイドは自分にぶつかった物の正体を考える。
アレックスと対峙した者は、触れる事も、何が起きたのかを理解する事も出来ぬまま死ぬと聞いた事がある。恐らく今の攻撃が、その噂の原因だろう。
レイドの分析では、今アレックスがぶつけてきたのは巨大な空気の塊。以前似たような能力者と対峙し、同じ方法で攻撃を回避したので、間違いはないと思っている。アレックスは空気で作った不可視の砲弾をノーモーションで撃ち出し、真正面から堂々と不意討ちしてきたのだ。
「お前は空気を操る能力者だったのか」
「少し違う。確かに空気を操る事も出来るが、それは私の能力のほんの一部でしかない」
「何!?」
アレックスの口ぶりだと、まるで他にも能力があるかのような言い草だ。しかし、能力者というのは基本的に一人につき一つの能力しかない。人為的に能力を植え付けでもされない限り、二つ以上の能力というのはあり得ないのだ。アレックスがその手の措置を受けたという情報はない。
「理解出来るかは疑問だが、彼女をならず者の集団から救ってくれた礼として、最低限の情報の開示はするべきだろう。彼女と私はオリジンソウルという力の持ち主であり、オリジンソウルとはこの宇宙を構成する力の事だ」
ようやく、アレックスがオリジンソウルについて教えてくれた。
「宇宙を構成する力だと?」
「全部で九つ存在し、それぞれが九つの要素を司っている。普段は次元の狭間に存在しているが、適正のある能力者を見つけるとそれに宿るという性質があってな、君がライナと呼んでいた彼女が持っているのは、命を司るオリジンソウル、オリジンライフだ」
宇宙を構成する力とは、また突拍子もない話が出て来た。だが、それを馬鹿にする事は、レイドには出来ない。
回復や自己再生の能力者なら、今までにも何回か見てきた。だが、いずれも不老不死になるだの、条件付きだが死者蘇生を行うだの、そんな出鱈目な力はなかった。もしライナの持つ力が宇宙を構成する力の一部だというのなら、納得出来るのだ。
「そして私が持つのは、自然環境を司るオリジンソウル、オリジンナチュラルだ」
アレックスは片手を向ける。何も見えないが、とてつもなく嫌な予感を覚えたレイドは、剣を振るった。何かが刃に当たって弾かれ、一部がレイドをかすめて壁に裂傷を刻む。
「鎌鼬……ギミアをバラバラ死体に変えたのはこれか」
ギミアは五体をズタズタに引き裂かれて死んでいた。アレックスはオリジンナチュラルで空気を操り、真空の刃を発生させて飛ばしたのだ。
「こんな事も出来るぞ」
今度は両手を広げるアレックス。すると、彼を中心にして猛吹雪が発生し、レイドに向かってきた。
「ぐおおおお……!!」
吹雪の中には細かく鋭利な氷の破片が混ざっており、文字通り身を切るような寒さだ。剣では防げない。レイドはたまらず、電磁シールドを展開して防ぐ。
「器用だな。ではこういうのは、どうだ?」
吹雪ではレイドを倒せないと判断したアレックスは、両手を向ける。右手からは火炎放射を、左手からは太陽光線を集束したレーザーを、放ってきた。
「ぐぅっ!」
凄まじい出力の攻撃に、シールドが破られそうだ。レイドはシールドを解除しながら右に回避し、全力の電撃で反撃した。回避しながらだったので、アレックスの頭は狙えなかったが、左腕の肩口に命中して破壊した。
「並みの電磁力使いにしては高い出力だが、まぁそれが限界だろうな」
左腕がなくなったというのに、アレックスは苦痛に顔を歪めるでもなく、悠然と佇んでいる。
よく見てみると、アレックスの肩が、土に変わっていた。そこからさらなる土が生まれ、元通りの左腕へと再生する。
「自己再生!?」
「私自身を自然現象に変換する事で、この程度の損傷はいくらでも回復出来る」
ライナの回復も出鱈目だが、この男の自然操作も出鱈目だ。一度に複数の能力を使えるだけでなく、再生まで完備。こんな相手とは戦った事がない。いや、ここまで強大な能力者、世界中を捜しても他にいるか怪しかった。
「……凄まじいな……」
これにはレイドも、素直に評価するしかない。勝ち目が全く見えなかった。
「オリジンソウルと融合した能力者を、我々はオリジンロードと呼んでいる。オリジンロードとそうでない能力者の間には、絶対的な壁が横たわっているのだ。オリジンソウルは、全ての能力の元となった力でもあるからな」
説明しながら、アレックスは右手に力を集中した。右手に、雷光が生まれる。今度は電撃を放つつもりだ。
「この意味が理解出来るか?」
問い掛けるアレックス。対するレイドは剣を前に向けて、ありったけのサイキックエナジーを集中した。彼もまた、電撃を放つつもりでいる。サンダーブレードの通り名を持つ者として、電撃の扱いで負けるわけにはいかない。
二人が電撃を放ったのは、同時だった。レイドの電撃は紫で、アレックスの電撃は赤である。
互いの電撃は同威力に見えたが、徐々にアレックスが上回り始め、遂にレイドに命中した。
「ぐああああああああああああああ!!!」
絶叫を上げるレイド。電撃に耐性を持っているのに、それが働かない。アレックスの電撃はあくまでも彼の力の一部でしかないというのに、本場の電気使いであるレイドのそれを、遥かに上回っていた。
「君の電磁力操作は、私のオリジンナチュラルの完全下位互換でしかないのだ。下位能力者の君が、全能力者の頂点に立つオリジンロードの一人であるこの私に、勝てるはずがない」
攻撃を続けながら説明するアレックス。レイドは電気を操る事にかけては、一流。しかしアレックスは自然現象全般を操る事にかけて超一流であり、その自然現象の中には電気も入っているのだ。
レイドがアレックスに勝てる要素は、最初からなかった。
「もっとも君が、電磁力を司るオリジンソウル、オリジンサンダーの持ち主だというのなら、話は違ったがね」
オリジンナチュラルとは別に、オリジンサンダーという電磁力を操る専用のオリジンソウルが存在している。宇宙を構成する力である為、ある程度は特性が被るのだ。
だが、そんな希望的観測を期待しても仕方ない。レイドを消し去り、主の元へライナを連れ帰る。それだけだ。
「レイド……」
と、これまでアレックスだけをじっと見ていたライナが、レイドを見た。
レイドが危機に陥っている。このままでは、レイドが殺されてしまう。
助けないと、治さないと。そんな気持ちが、ライナの中で渦巻く。
「レイド!!」
ライナが叫び、その身体が光る。
その時だった。レイドの絶叫が、止まった。
「む!?」
アレックスが異変に気付く。放出していた電撃が、レイドに吸収され始めたのだ。急いで電撃の放出を止める。
「!?」
レイドは電撃を吸収した。受けたダメージも、消費したサイキックエナジーも回復している。レイド自身にも、なぜこんな事が出来たのかわかっていない。気が付いたら、出来ていた。
アレックスも戸惑っている。電磁力使いは、電気を吸収する事で回復出来ると聞いた事がある。しかし、オリジンナチュラルで放たれた電気に対してそんな事は出来ない。電気に込められたオリジンナチュラルの力が、電磁力使いの耐性や吸収を阻害するのだ。
(もしそれが出来るとすれば……)
そんな存在は一人しかいない。そう思った時、アレックスの胸が高鳴った。見ると、レイドも荒い息継ぎをしながら、片手で自分の胸を押さえている。
この現象が何なのか、アレックスは知っていた。
「オリジンソウルは、元々一つの力だった。近くに別のオリジンソウルがあると、感応して元通り一つのオリジンソウルに戻ろうとする。それを利用して、オリジンロードは他のオリジンロードを見つける事が出来る」
オリジンソウルの感応性質は、能力者と融合してからも消えない。だから、オリジンロードだけがオリジンロードの存在に気付ける。それによって、アレックスはライナがオリジンロードだと確信した。
その感応を、レイドからも感じた。そして、オリジンナチュラルの電撃を無効に出来るという事は……
「君はオリジンサンダーのオリジンロードだったのか……!!」
しかし、そんな気配は今の今まで感じなかった。何が原因なのかと周囲を観察してみると、ライナの身体が光っている。ただの光ではなく、オリジンソウルの力だ。
レイドの劣勢を見てライナの感情が爆発し、オリジンライフが強く活性化した。レイドの中のオリジンサンダーが、それに感応して覚醒したのだ。オリジンサンダーを宿していたのなら、あのやけに強い電撃も頷ける。
「だが、まだ充分ではない」
アレックスから見れば、レイドの今の状態は火事場の馬鹿力のようなものだ。完全な覚醒を迎えたとは言い難い。
「非礼をお詫びする。まさかオリジンロードだったとは……その力、私達ならば確実に完全覚醒させられる。サンダーブレード……いや、レイド・クリスティン。そして、ライナ。来てくれ。我々とともに、新しい世界を創ろう」
先程までの態度とは打って変わって、二人を勧誘しようとするアレックス。
「言ったはずだ」
だが、レイドが許すはずがなかった。
「俺は貴様の思い通りにはならんと。理由はわからんが、今ならやれそうだ。ライナ!」
「う、うん!」
ライナは全身を包む光を、レイドに向かって飛ばす。光はすぐに吸い込まれ、レイドの消耗が完治する。
「さぁ、仕切り直しだ」
これで、状況はふりだしに戻った。根拠はないが、今なら攻撃がアレックスに通じそうな気がすると、レイドは思っている。
「……手荒な真似をしてでもお連れしろとの我が主からの命だ。それでは仕方ないな」
レイドはどうしてもライナを明け渡しそうにないし、自分自身も来る気はなさそうだ。となれば、もう実力行使しかない。
(オリジンロードの攻撃は、オリジンロードにダメージを与えられる。とはいえ、今程度の力の彼なら、さしたる脅威にはならないな)
レイドはオリジンロードとして覚醒はした。だが、覚醒の度合いならアレックスの方がずっと上だ。もう少し気合いを入れて攻撃してやれば、あっさり落とせるだろう。せっかく見つけた自分の同胞を傷付けたくないと思っていたが、やるしかない。
「動くな!」
そう思っていた時、アレックスは傭兵と警官に包囲された。警備に就いていた者達が、ようやく異常に気付いてレイドを助けに来たのだ。
「よ、よせ! お前達の敵う相手じゃない!」
しかし、相手はもはや能力者という括りに加えて良いかすら怪しい、規格外の存在だ。せっかくの増援も、アレックスに対してはほぼ意味がないだろう。
「今日は多くの血が流れそうだ」
実際、アレックスにとっては物の数ではない。自分と同格のオリジンロードでもない限り、何人集めようと無意味だ。力を解放し、レイドとライナ以外の人間を皆殺しにしようとする。
(待ちなさい、アレックス)
だがその時、アレックスの頭の中に女性の声が響いた。
(カリン)
アレックスは声を出さず、頭の中で思う事で応対する。
(あなたは傭兵として名前が知られすぎている。これ以上目立っては駄目)
(だが、オリジンロードを二人発見した。連れ帰るようにとのご命令だ)
(深入りしすぎるなとも命じられているはずよ。今なら私のオリジンマインドの力で、全てを揉み消せる。今回はこれで引き上げなさい)
(……やむを得んか)
目的の人物二人を連れ帰れないのは残念だが、撤退命令が出ては従わねばならない。
「今回は君達二人の顔を覚えた事で、収穫とするか」
アレックスが力を解放し、周囲に霧が発生する。
「撃て!!」
警官や傭兵達が、霧の発生源であるアレックスに向かって、銃や能力を一斉に発射する。
「近い内にまた会おう」
それらを一切気にする事なく、霧の中に消えていくアレックス。無効化と再生をどうにかしない限り、当たったところで意味などない。
霧が消えた時、アレックスの姿はどこにもなかった。
「レイド」
レイドに寄り添うライナ。戦いが終わったと判断したレイドは、剣を収める。
「見逃されたというのか……」
アレックスとはこれから、悪い意味で長い付き合いになる。対策を立てる必要があると、レイドは感じた。