Episode5
闇の中で、火花が散る。
銃の火花と、電撃の火花。そして、硬い物が強い力で、高速でぶつかった時に生まれる火花。
月明かりが差し込み、双方の姿が露わになる。
片方は剣を持つ男。もう片方は、全身を銀色の鎧で武装した、とてつもない大男だ。
「思っていたより頑丈だな」
剣を持つ男、レイドは鎧の頑強さを褒める。
「当然だ! 高い金を払って手に入れた、対能力者用のボディーアーマーだぞ! そう簡単に壊されてたまるか!」
鎧の男の名は、アマレス。シャインシティで顔を利かせるならず者の一人だ。今回レイドはこの男を殺すよう指令を受け、襲撃に来たのである。
レイドは剣から電撃を飛ばす。しかし、電撃は鎧に弾かれた。
「何度やっても無駄だ! お前にこのボディーアーマーは壊せない!」
レイドの剣も、電撃も防ぐ対能力者用ボディーアーマー。アマレスのそれは、さらに頑丈に作ってある特注品だ。それ故に、絶対に壊されない自信があった。
レイドは、無言でアマレスを見ている。
「ムカつくんだよ、その態度!」
頑丈である事を評価した以外、一切の反応を見せないレイドに、アマレスは怒って殴りかかる。
刹那、アマレスの背中に、一人の少女が組み付いた。
「うお!? 何だ!?」
後ろにいるので、アマレスは少女の顔を見る事が出来ない。だから、気付けなかった。
少女が口に、手榴弾を二つくわえている事に。
当然、手榴弾自体は二つもくわえられない。くわえているのは、手榴弾のピンだ。少女、ライナはアマレスに組み付いたまま、手を回して手榴弾を掴み、ピンを二本とも同時に引き抜いた。
直後に起こる、閃光と爆発。それらがあまりにも激しく、二人の姿が見えなくなった。
いや、ライナの姿だけ見えた。首だけになって、レイドの足元まで飛んできたのだ。
「ああ? ああああああ」
彼女が生首になるのは初めてではない。しかし今回は、下顎がなくなっていた。声帯が無事なら首だけでも喋れるライナだが、下顎なしでは流石に喋れない。
「無理に喋ろうとするな。再生してから話さないと、何を言っているかわからん」
ライナは、『どう? すごいでしょ』と言っているつもりだが、案の定レイドには伝わっていなかった。
「き、貴様ら……正気じゃねぇ……」
アマレスは、まだ生きていた。とはいえ、今の爆発でボディーアーマーに覆われていない箇所もダメージを受けたので、余裕はなくなっている。
「ああ? ああああ?(あれ? 生きてた?)」
「だから無理に喋ろうとするな」
弾け飛んだ身体が集まってきており、ライナの再生は始まっている。しかし、依然として下顎の修復が終わっておらず、喋れないままだ。それでも無理に喋ろうとするので、やっぱり何と言っているかレイドに伝わっていない。
「もう終わらせる。終わってからゆっくり話そう」
「な、何だと!?」
レイドの言葉の意味は、すぐにわかった。全身を炭に変えられ、無惨にも崩れ落ちるという形で。
「今までは遊んでいただけだ。すぐに終わってしまっては、つまらないからな。だが、頑丈なだけで全く楽しめなかったから終わらせてもらった。まぁ、もう聞こえていないだろうがな」
頑丈な鎧を身に纏うだけで、Aランクの傭兵であるレイドに勝てると思ったら大間違いだ。こんなもの、少し電力を強めてやればすぐ終わる。
「私、あんまり役に立てなかった」
ようやく再生を終えて喋れるようになったライナが、残念そうに言った。
「治すしか能がないお前には荷が重い相手だった。まぁ、躊躇なく自爆戦法を取れるというのは、評価するがな」
銃など効かない相手だし、攻撃手段に乏しいライナでは、これぐらいしか打開策を思い付かなかった。もっとも、レイドが遊んでいた事がわかったので、その身を賭したライナの特攻作戦は、徒労に終わったわけだが。
「せめて遊んでるなら遊んでるって言って欲しかった。私死に損」
「そんな事をしたら相手にまで伝わるだろうが」
「……あ、そっか」
「気にするな。どうせお前は死なないんだ」
「死ななくても、痛いものは痛い」
「なら死なないように努力するんだな」
ライナからすれば、出来る限り死ぬ事は避けたいのだろうが、レイドにとってはどうでもいい事だった。死なない人間の気持ちなんて、死ぬ人間である自分にはわからないし、わかりたくもなかったからだ。
☆
任務を終えて帰還したレイドとライナは、ブラックスカイでくつろいでいた。
「で、どうだった? 私の特製手榴弾、バーニングマンの威力は」
チェリーは訊ねる。ライナが使ったあの手榴弾は、実はチェリーが作ったものだった。銃以外の攻撃手段が欲しいというライナの希望だ。通常の手榴弾よりずっと火力を強化していたのだが、手榴弾を作るのは初めてで、今後の課題にするから感想を聞かせて欲しいと、チェリーは頼んでいた。
「全然ダメ。もっともっと強力にして欲しい。せめて私の身体を完全に消滅させるくらい」
「……それ手榴弾の威力じゃないし。っていうかどんな使い方したの……」
「口に二つともくわえて特攻した。私の身体は粉々になったけど、相手はまだまだ平気そうだった」
「……レイド!!」
「俺の責任じゃない。こいつが勝手にやったんだ」
「というわけで、もっと威力を上げて。大丈夫。例え消滅しても、私は再生する」
「心配してるのそこじゃないから! っていうか特攻を前提に使わないでよ!」
常識外れな会話に、ぎゃあぎゃあと騒ぐチェリー。そんな彼女を見ながら、ドリズは笑っていた。
「課題が一つ増えたな。それと、この子が我が身を犠牲にしなきゃいけないような任務に連れて行ったお前にも責任はあるぞ、レイド」
「俺がどんな任務を選ぼうと俺の勝手だ」
「その通り。私は勝手についてきただけ」
「ライナちゃんは優しい子だな。レイド、お前はもう少し相手を思いやる精神を持つべきだぜ。何にしたって、その子はお前のパートナーなんだからな」
「……ちっ。帰るぞ、ライナ」
「うん」
ドリズの言葉が癪に触ったレイドは、勘定を済ませ、ブラックスカイをあとにした。
「やれやれ。あいつはいつまであのままなんだろうな」
「そういう性分なんじゃない?」
酒を飲みながら、ドリズはぼやく。付き合い始めた頃から、レイドはあんな感じだった。誰かと一緒に任務に就いた時は、コンビネーションやチームワークなどまったく気にせず、勝手に動き回ってパートナーをいつも危険にさらしている。どんな危険な目に遭っても死なないライナを連れているので、その協調性のなさは今までに増して顕著になっていた。
「もしあいつと同じ任務に就いたやつがいたら、そいつとライナちゃんに同情するぜ。あ、もう一杯」
「今夜はそれぐらいにしといたら?」
「いいだろ? 俺はお前の店の売り上げに、貢献したいんだ。馴染みの店が経営不振で潰れる事ほど悲しい事はないぜ」
「……私はあんたの身体のほうが心配なんだけどね……」
「ん? 何か言ったか?」
「何も。飲み過ぎて幻聴でも聞こえたんじゃない?」
「んー……まだそこまで飲んでないはずなんだがな」
「マジでそれくらいにしときなさいよ? 売り上げなら心配いらないから」
「……じゃあもう一杯もらってから帰るわ」
「はぁ……はいはい。じゃあ本当に、これで最後にしなさいね?」
意地でも飲もうとするドリズに、チェリーは仕方なく酒を出し、グラスの注ぐ。
「……あー、美味い! やっぱり最高だな、この店の酒は。いろんな所で飲んできたが、ここが一番だ」
ドリズは酒を飲んで、一息ついた。
「ありがと」
チェリーは一番の常連であるドリズに礼を言った。
☆
炎が、煙が見える。
血が、死体が見える。
辺り一面、廃墟と化したこの世の地獄を、レイドは一組の男性と女性に連れられ、走っていた。
やがて、レイドは円形のカプセルに入れられた。
「父さん! 母さん!」
「これに乗れば、お前は別の世界に転送される。そこならきっと、あいつは手を出せない」
「どんな世界に行くかわからないけど、あなたが幸せに生きられる世界である事を、私達は願ってる」
今地球は、ある存在に襲撃されていた。この男女は、レイドをその襲撃から逃がそうとしているのである。
「父さんと母さんがいない世界なんてやだよ! 一緒に逃げようよ!」
しかし、自分一人別世界に脱出するなど、レイドは嫌だった。
「それは出来ない。友達がまだ戦ってるんだ」
「恩人であるあの人達を戦わせて逃げるなんて、私達には出来ないよ」
「だったら俺も戦う! まだ弱いけど、俺も二人と同じ、雷の力が……!」
勝てる見込みなどない。だが、このまま別の世界で、ひとりぼっちで生きるくらいなら、二人と一緒に襲撃者と戦って死にたかった。
「お前は生きろ。僕達が生きられなかった分まで」
「あなたは私達に残された、最後の希望。あなたが生きてくれる事が、私達の最大の願い。だから、この世界で起きた事は、全部忘れて。生まれ変わった気分で生きるの」
「あっちの世界がどんな世界でも、お前は生きるんだ。勝手に死んだりしたら、絶対に許さないよ?」
だが、二人はレイドを戦わせるつもりなどなかった。嫌がるレイドをカプセルに押し込め、カプセルは宇宙へと飛び立つ。
「父さん! 母さん!」
そして、レイドの目の前で、地球は宇宙もろとも消滅した。
「!!」
レイドは目覚めた。もう朝だ。
「……っ!」
身体を起こして、一瞬だけ痛みに顔を歪ませる。
見ると、シャツの上に、血が滲んでいた。いつもそうだ。あの夢を見る度に、レイドは身体中を掻きむしる。爪がシャツの上から肌を引っ掻き、傷を付けるのだ。
「…………」
だから、レイドはいつも寝室に、止血剤を用意している。引っ掻き傷に止血剤を塗る為、レイドはシャツを脱ぐ。
「!?」
と、レイドは唐突に、サイキックエナジーを感じた。エナジー源は、非常に近い。というか、真後ろだ。驚いたレイドは、背後を振り向きながら、電撃を放つ。
そこにいたのは、ライナだった。レイドの一撃を受け、全身が一瞬で炭化し、崩れる。気付いた時には、もうライナだった消し炭の塊が出来た後だった。
「そうそう。あの手榴弾にもそれぐらいの破壊力が欲しい」
頭だけを急いで再生させたライナは、レイドの電撃の感想を言う。
「……何をしているんだお前は」
「私の目の前でレイドが脱ぎ出して、見てみたら引っ掻き傷だらけだったから、治そうと思って」
「……質問を変えよう。いつからこの部屋にいた?」
「……たぶん夜中」
夜遅く。人恋しさで目を覚ましたライナは、自分の寝室を抜け出してこの部屋に入り、レイドのベッドに潜り込んだのだ。レイドが起きると同時に目を覚まし、引っ掻き傷に気付いて治そうとしたら、この通りである。
ちなみに、ライナは寝る時は脱ぐ派であるらしい。再生を終えたライナの姿が、パジャマではなく下着姿だったからだ。
「傷をよく見せて。あなたの怪我を治すのが、私の役目だから」
「…………」
そう言われて、レイドは無言のまま、しぶしぶといった様子で背中をライナに向けた。ライナはレイドの背中に両手を向けると、サイキックエナジーを解放し、治癒の力を発動する。ライナの手から放たれた癒やしの光は、背中の傷のみならず、胸や腹の傷も、昔付けたまま残っている傷痕も、綺麗さっぱり消失させた。
「はい、おしまい。シャツの血は、洗わなきゃダメだけど」
「充分だ」
レイドは新しいシャツを取りに、寝室を出る。礼は言わなかった。
レイドが服を着て戻ってくると、ライナはダイニングにいて、朝食を用意したあとだった。
「私、役に立った?」
「少なくとも、止血剤を節約する役には立ったな」
傷を治してもらったというのに、辛辣な言葉だ。だがそれでも、レイドの口から役に立ったという言葉が聞けて、嬉しくなったライナは笑顔になった。それが不愉快で、レイドは苛立ちながら朝食を口に運ぶ。
「ねぇレイド。何の夢を見てたの?」
ライナは訊ねた。レイドの手が、動揺で一瞬止まる。
「……何も見ていない」
だが、顔色は一切変えず、シラを切って食事を続けた。
「寝言で、父さん、母さんって言ってた」
ライナの言葉で、また手が止まる。
「レイドのお父さんとお母さんは、どこにいるの?」
「……死んだ」
「……そう。私と同じだね」
「ああ。目の前で殺されたところも、もう帰る場所がないところまでな」
レイドとライナには、いくつか共通点がある。天涯孤独というわけではなく、両親がいたが、殺されたという事。帰るべき場所がないというところも。
「だから、この街に住んでるの?」
「ああ。この街は気楽でいい。金と力さえあれば、どんな過去の持ち主だろうと、元々どんな場所に住んでいた人間だろうと、人並みに生きられる。俺の場合、金はなかったが力はあった。そのおかげで今、俺は満たされている」
「それは嘘」
再び食事を始めたが、ライナの言葉で止められてしまう。
「何?」
「レイドは満たされてなんてない。どんなに力やお金があっても、満たされてるって感じない。気楽に生きてるように見えるけど、本当は苦しいまま。レイドは自分の本当の欲求を、求めていないふりをしてるだけ」
「黙れ!!」
コップをテーブルに叩き付けながら、怒号を飛ばした。ライナが一瞬、びくりと肩を弾ませる。レイドに殺される事はないとわかっていても、怖いものは怖い。
「……お前に何がわかる」
「話してくれないと、レイドが本当に欲しいもの、わからない。だから、私に教えて?」
「ほう……まるで自分なら、俺の欲求を満たせるとでも言っているようだな?」
「……満たせるかどうかは、聞いてみないとわからない」
ライナの力は、身体の傷ならいくらでも治せるが、心の傷はどうあがいても治せない。だから、話を聞きたいのだ。話を聞いて、心の中に溜め込んでいる負の感情を吐き出させれば、レイドの負担を少しでも軽減出来るかもしれないと思ったのである。
「余計な世話だ。そんな事を考えている暇があるなら、さっさと支度を済ませろ。今日も仕事があるんだからな」
「……うん」
ライナは頷いた。
今回のところは、これでいい。話をするのは、今でなくてもいいのだ。きっとレイドにとって、とても心の準備が必要になる事だから。ゆっくり落ち着いてからでも、全く構わない。いつか話してくれれば、それでいい。
これから、長く付き合っていくつもりでいるのだから。
☆
今回、レイドとライナが任された仕事は、会場の警備だった。
「ねぇレイド。あのボルティナって、どんな人なの?」
ライナは訊ねる。警備といっても、実質守る相手は一人だ。今日会見を開く、ボルティナという人物を、会見終了まで守り抜く。それだけだった。
「この街の警視総監だ」
世間に疎いライナの為に、レイドが簡潔にボルティナについて説明した。
この街にも警察が存在するのは周知の事実。彼はこの街の警視総監であり、この街が能力者達に占拠された際、先頭に立って戦った。その時に立てた功績で、警視総監になったのだ。
「そんな人がどうして傭兵を雇ったの?」
ライナの疑問はもっともだ。能力者によって起こった暴動なのだから、それと戦ったボルティナは、能力者の存在を嫌いそうである。
「能力者に対して否定的というわけじゃない。むしろ、能力者の人権を獲得しようと努力している。これはその一環だ」
能力者が暴動を起こしたのは、彼らに不満があるからだとボルティナは考えており、弾圧するのではなく、受け入れていくべきだと唱えている。レイドも何度か彼を護衛した事があり、嫌な人間という感じではなかった。
「会見が始まりそうだ」
レイドは時計を見て、ライナに言う。二人は会場の外の警備を任されているが、会場の様子はモニターで見る事が出来る。二人は周囲に怪しい人物がいないか注意しながら、モニターで会見を見ていた。
「能力者による犯罪は、年々増加していく傾向にあります。しかし、彼らの存在をどうか否定しないで下さい。彼らも元々は、我々と同じ人間です」
聞こえてくるのは、能力者を認めて欲しいという訴えだ。
「おめでたいやつだ。人間が能力者より優位に立たない限り、この関係が変わる事はない。問題児には管理する親が必要なんだよ」
「……ちょっと言いすぎじゃない? せっかく雇ってもらったのに」
「事実を言っただけだ」
辛辣な言葉だが、真理を射ている。言ってみれば今のアナザーテラの状態は、しつけてもらえなかった悪ガキ達が好き勝手暴れ回っている状態なのだ。だから、その悪ガキ達を叱りつけ、正しい方向へと導く、厳正な法が新たに必要になる。
ところが、今暴れているのはただの悪ガキではなく、大人以上の力を持った悪ガキなのだ。理性も常識も持ち合わせていない、力だけが肥大化した連中を、言葉だけで従わせるなど、どだい無理な話である。だから、人間が能力者より強大な存在となり、法に従わなければならないとわからせてやらなければならない。殴りつけ、蹴り飛ばし、誰に従うべきかをわからせねばならないのだ。
あまりにも暴力的で、品性に欠ける行い。しかし、仕方ない事なのだ。問題を起こしている能力者達は、そうされる存在となる事を選んだのだから。
「だが、そうなるまでは時間が掛かる。なぜなら人間がそこまで力を付ける事自体、時間が掛かる事だし……」
もう一つ理由がある。
「そもそも、能力者を受け入れない人間だっているわけだからな」
その受け入れない人間が、拳銃を持って壇上に躍り上がるのを、レイドはモニター越しに見ていた。
「何が否定するなだ!! あんなならず者同然な連中なんて、認められるはずがないだろう!!」
銃をボルティナに突きつけているのは、反能力者派の男である。
以前シャインシティで起きた、サイキックインパクト事件。それが良くも悪くも、人々の記憶に能力者の存在を刻みつけた。能力者の存在を認め、同じ人間として受け入れようとする者。逆に存在を否定し、この世から消し去ろうとする者。様々な存在を生み出したのだ。この会見を能力者の傭兵に守らせたのは、後者の存在からボルティナを守る為である。
「レイド、どうするの?」
「騒ぎが起きているのは会場の中だ。中で起きている事は、中を守ってる連中に任せればいい」
だというのに、レイドときたら呑気なものだった。今自分がいる場所を離れるつもりなど毛頭なく、中で起きている暴動を解決しようという気配が欠片も感じられない。
「それでいいの? もし警視総監さんが死んだりしたら、レイドの信用に関わると思うけど」
普段言われっぱなしなライナだが、今回は少し痛いところを突いてみた。傭兵にとって、信用は命だ。それをなくすような真似をすれば、レイドの今後の仕事に支障が出る。
「そういう事が起きた時の為に、俺はお前を連れてきたんだ。もし中の連中がしくじったとしても、お前が生き返らせれば全て解決するんだからな」
「……あ」
ライナは自分の能力の事を思い出した。彼女の力があれば、ボルティナが死んでもすぐ生き返らせる事が出来る。24時間という制約がある蘇生能力だが、ここから会場に駆けつけるのに24時間も掛かりはしない。
「それより、俺達がここを離れたせいで、別ルートから来てる反能力者派が入り込む事の方が問題だ。よって、ここを動く必要はない」
「なるほど、ちゃんと考えてたんだね。怠ける為の口実だと思ってた」
ライナがそう言った瞬間、レイドは剣を抜き、ライナの首を切り落とした。周囲に動揺が走り、悲鳴を上げる者も現れる。
「仕事はきっちりこなすタイプの人間でな。また同じような事を言ったら、今度は頭から両断するぞ」
「……ごめん。失言だった」
レイドの怒りを体感したライナは詫びを入れ、転がっていた首を回収して接着する。
「中の騒動は片付いたらしい」
モニターに視線を戻すレイド。見ると、男は銃を取り上げられ、全身を太い金属製のワイヤーに縛られて連行されていた。当然だろう。反能力者派の人間は、武器を持っているだけの常人なのだ。見た感じ軽装だし、あんな貧弱な武器で能力者達の巣窟に飛び込んで、勝てるはずがない。
「楽な仕事だったな」
自分は突っ立っているだけ。特に戦う事もない、楽な仕事だった。レイドはこのまま今日の仕事が終わる。そう思っていた。
「面白いものを見せてくれたな」
黒衣の男が現れるまでは。
「何だお前は? お前も、反能力者派か?」
レイドの問い掛けに、男は答えない。ただ、ライナの顔をじっと見ている。
「?」
ライナも同じく、男の顔を見た。やがて、男はフードを脱ぐ。
「この魂の高鳴り、間違いない。ようやく見つけたぞ、命のオリジンソウルを持つ者よ!」
「オリジン、ソウル……?」
何やら、男は興奮している。ライナは男が告げた不思議な言葉を、反芻した。
一方、レイドは露わになった男の素顔を見て、戦慄していた。知っている人間だったのだ。もっとも、レイドが知っているというだけで、彼はレイドの事など知らないだろうが。
そして、畏怖の念とともにその名を呟く。
「Sランク傭兵……アレックス・オブリビオン……!!」