Episode3
夜。
ライナとドリズは、今回依頼のあった仕事場の、廃墟に来ていた。
「で、何でお前もいるんだよ?」
ついでにレイドも。
「お前が俺の盾を傷物にしないかどうか心配で来たんだ」
「私はどんな傷もすぐ治るよ?」
「お前は黙っていろ。そういう意味で言ったんじゃない」
ライナは自身の不死性を指摘したが、レイドに言われた為、仕方なく黙った。
「ったく、お前とつるませてたら可哀想だから、こういう時ぐらいお前から引き離してやろうと思って、わざわざライナちゃんだけ連れてきたってのに……」
「そんな事だろうと思った。そいつは俺の所有物だぞ? お前に好き勝手する権利はない」
レイドはドリズの意図を見抜いており、その為についてきたのである。
物扱いされた事に少し傷付いたのか、ライナが「所有物……」と呟いていた。
「心配しなくても、俺はただの監督役だ。お前の仕事を取るような真似はしない」
レイドは今回、ドリズの仕事ぶりと教育力、そしてライナの将来性を見に来たのであって、積極的に戦う事はしない。
「とはいっても、流石に自衛はさせてもらうがな。お前達の仕事ぶりが悪いと、自衛の為に先に連中を全滅させるかもしれないぞ?」
「言ってろクズ野郎。俺がお前が思ってる以上に有能だってところを見せてやる」
悪態を吐き合うレイドとドリズ。だが、ドリズの方はどこか嬉しそうであり、本心からレイドを嫌っているわけではない事が伺えた。一方でレイドは、本気でドリズを嘲笑っているようだったが。
「今回のお仕事は、何をすればいいの?」
ライナは聞いた。ここに来ればいいという事と、銃を使う事から、誰かと戦うという事はわかっているのだが、仕事の内容については聞かされていない。
「ここを根城にしてる、ビクロームファミリーっつーマフィア共の掃討さ。新しい発電所を作る為に取り壊したいんだが、もう十回退避勧告してんのに出て行かねぇから、ぶっ殺してでも追い出して欲しいんだとよ」
「マフィア……」
ライナは暗い顔をして呟いた。マフィアにいい思い出がないからなのもあるが、自分達の住処を追い出される事にも同情していたのだ。
「ビクローム……最近勢力を伸ばしてきたマフィアだな。だが、お前を借り出すような仕事だ。ただの掃討作戦じゃないんだろう?」
「当たり。最近こいつらのボスが、罠を作る能力に目覚めたみたいでな。今まで何人か依頼したんだが、全員返り討ちにされたらしい」
「作成系の能力だな。しかも罠か……確かに面倒そうだ」
レイドは剣や銃などの武器を作る能力者と戦った事はあるが、罠などという複雑な物を作る相手は聞いた事がない。
「そんなに強い相手なの?」
ライナは自分以外の能力者に会った経験が少ないので、相手の危険度がわかっていない。仕方なく、レイドとドリズは説明した。
「ああ。能力者の力量や技量にもよるが、見つけづらくて強力な即死系のトラップをいくつも作れるとしたら、厄介だ」
「加えて、こういう拠点防衛系の戦闘と、めちゃくちゃ相性がいい。自分が直接戦わなくても、待っているだけで向こうから勝手にどんどん死んでくれるわけだからな」
確実に待ち伏せされていると、予想する二人。ライナは二人がみなぎらせる緊張感に、自然と同調して緊張した。
「さて、それじゃあ銃の使い方をおさらいするぞ」
「うん」
ライナに武器の使い方を教えるドリズ。リボルバーとグロッグでは構造が違うが、ドリズは昔自動式拳銃を使っていた事があるので、使い方は頭に叩き込んである。
「戦い方は、物陰に隠れながら撃つ。残弾には注意しろ。グロッグの装弾数は?」
「17発」
「よし。予備弾倉は?」
「マガジン三つで51発」
「よろしい。じゃあ、安全装置を外せ」
銃を使った戦い方の基本を教えられて、ライナはいつでも撃てるよう、安全装置を外した。ドリズもリボルバーを抜き、レイドも一応剣を抜いた。
そこでライナは、おかしい事に気付く。
「そういえば、レイドの武器って剣なんだ? どうして?」
この時代は、銃撃戦の方が主流だ。それはライナも知っている。それなのに剣を使って近接戦闘を挑むレイドの戦い方は、どう考えても非効率である。
「お。面白い所に気が付いたな。実はよ……」
「ドリズ。無駄口を叩くな」
どうやらドリズはその理由を知っているようだが、恥ずかしい過去なようで、レイドに黙らされた。
「へいへい。じゃあ、三つ数えたら突入だ。入ったらすぐ敵の姿を確認して、撃ちながら物陰に身を隠せ。撃つ時は、落ち着いてよく狙え、だ。目は閉じないようにな」
「わかった」
入ったらどうするか、ライナは頭の中でイメージを固め、素早く反復する。
「一、二、三!」
三つ数えたドリズは、ドアに体当たりしてこじ開け、リボルバーを向ける。ライナもまたグロッグを向け、レイドはどんな弾が飛んできても避けられるよう、集中した。
だが、中には誰もいなかった。ライナは中にひしめくマフィアの軍勢を予想していたのだが、拍子抜けして、グロッグを下ろす。
「ここにはいないか。なら、あちこちに隠れながら、ボスを守っている、といったところだろうな。そして恐らく……」
レイドはそう言いながら、ライナに歩み寄って襟首を掴むと、
「わっ」
前方に向かって放り投げた。気が抜けたような声を上げるライナ。
その直後、ライナの首がちょん切れた。宙を舞う首が、ひび割れた床にゴトリと落ちる。
「ライナ!!」
驚いて駆けつけようとするドリズだったが、レイドがその間に剣を差し入れて、前進を制す。
「よく見ろ。レーザートラップだ」
言われてよく見ると、ちょうど胸に掛かる部分に、何かがある。とてつもなく細い、横に伸びる赤い線だ。
レーザートラップ。気付かずに通った者を焼き切る、レーザーの罠だ。ライナは前のめりになってしまったので、首を焼き切られてしまったのだ。
レイドはレーザートラップの位置を把握すると、目を閉じて集中し、部屋全体に電気を流した。能力でトラップに干渉し、解除して停止させる。ついでに、この部屋のあちこちに仕掛けられていた、監視カメラも破壊した。これで、こちらの状況を向こうに知られる事はない。
「ライナ。もういいぞ」
レイドが言うと、床に落ちていた首が飛び上がり、ライナの胴体にくっついて、再生する。
「す、すげぇな……あんな事になっても死なねぇのか……」
ドリズはライナの不死性に畏怖の念を抱いた。首を落とされても死なないというのは確かにすごいが、ここまで死なないと逆に怖い。
「ひどいよレイド」
「ひどくないさ。怪しい場所は自分以外で調べるという基本を、お前に教えてやったんだ。身を挺して俺達を守ってくれてありがとう」
「……なんか馬鹿にしてない?」
「してないしてない。お前が罠に引っ掛かってくれなかったら、俺達は死んでいた。それは事実なんだからな」
ライナは釈然としない顔をしていたが、不死性を持たないレイド達が引っ掛かれば間違いなく死んでいた罠である事は間違いではない為、無理矢理納得する事にした。
「さて、じゃあ進もうか」
「待てよレイド。これは俺の仕事で、お前はただの監督役だろ? 何仕切ってんだよ」
「ああ、そうだったな。頼むぞ、リーダー」
レイドはドリズの後ろに下がり、彼と復活したライナを先行させた。
☆
「まさか、あのサンダーブレードがいたとは……」
アジトの最奥。監視カメラから状況を見ていたビクロームファミリーのボス、マザマ・ビクロームは戦々恐々としていた。
侵入者が現れる事など日常茶飯事だし、ドリズははっきり言って脅威ではない。だが、レイドが来たとなると話は別だ。
「全員迎撃に出ろ! レイド・クリスティンを集中して狙え!」
マザマは慌てて、部下達に指示を出した。
☆
「あっ」
レイドに突き飛ばされたライナが、ベアトラップに左足を食いちぎられた。
「ぶっ」
レイドがライナを突き飛ばすと、ライナが何かのスイッチを踏み、直後に落ちてきた柱に頭を潰された。
「んっ」
レイドが突き飛ばしたライナが、何かのレバーを倒し、両脇から伸びてきた二本の剣山に腹を串刺しにされた。
「本当に罠だらけだな。こんな廃墟をよくここまで改造出来たものだ」
「いやひどすぎだろお前!!」
さっきからずっとライナで罠を外しているレイドに、流石のドリズもドン引きだった。いくらライナが不死身とはいえ、扱いがあまりにも外道である。
「というかお前、服も直せるのか」
「一応」
そんなドリズを華麗に無視して、レイドはライナが服ごと再生している事に気付いた。
「それならあんなに服の事を気にしなくてもいいだろう?」
「それでも、破れたら、やっぱりへこむ」
いくら能力で直せても、壊されたり破かれたりすると、ライナは嫌らしい。
「まったく……それにしても、敵の雑魚が一向に来ないな」
レイドは通路の先を見る。さっきから罠だけは大量にあるのだが、ビクロームファミリー自体は全然仕掛けてこない。ここにはライナの銃の腕を上げる為に来たというのに、これでは何の意味もない。
「お?」
と思っていると、ドリズが多数の黒服が向かってきたのに気付いた。
「おいでなすったぜか。じゃあライナちゃん、教えた通りにな!」
「うん」
ドリズに言われた通り、ライナは近くの柱に身を隠す。それから、銃撃戦が始まった。
☆
「降伏勧告はもうさんざんしてる。だから、いらないよな!」
ドリズは能力者ではない。だが、このシャインシティで最も高い射撃技術と、早撃ちの達人だ。レイドほど飛び抜けてはいないが、高い反射神経の持ち主で、敵が能力者でも、能力を使う前に仕留めてしまう。
だが、相手は多い。早撃ちを上回る数で攻められては、反撃される。
「俺を狙っているな。俺はただの付き添いなんだが」
レイドはそう言いながら、弾丸を普通にかわしていた。
(目は閉じない。よく狙って!)
人を殺すのは初めての事だ。怖くて仕方ない。だが、ライナは決めたのだ。レイドのそばにいる為に、戦う力を身に付けると。
ライナは一瞬だけ身を乗り出し、黒服の一人を狙って、引き金を引いた。
弾は銃口から飛び出し、黒服の眉間を撃ち抜いた。
「!!」
即死。
この光景を見て、ドリズやレイドのような傭兵ならどう思うだろうか。当たった。一発で倒せた。弾が無駄にならなかった。やった。そう思うだろう。
だがライナはショックを受けた。
人を殺した。戻れなくなるからそれだけは絶対にやめようと思っていた事を、やってしまった。その事が、ライナの心を打ちのめす。
仕方ない。多少のズレはあるが、彼女は本来、一般人と何も変わらない存在なのだから。あまりのショックに放心状態になり、動きが止まった。
その隙に他の黒服が撃った弾が、ライナの右の頬をかすめる。肌が切り裂かれ、血が出た。
「ライナちゃん!!」
それに気付いたドリズが、即座に発砲し、ライナを撃った黒服を倒す。ライナの頬の傷は、すぐに治った。
その直後、レイドがライナの前に立ち、右の頬に平手打ちを喰らわせた。
「一人潰した程度で何を呆けている!? こんな事で俺のそばにいられると思うのか!」
頬を叩かれた衝撃と、レイドからの叱責で、ライナは自分を取り戻す。
その勢いでレイドの脇から顔を出し、こちらを狙っていた黒服の一人の頭を、撃ち抜いた。
「それでいい」
そう言ってから、レイドはまたライナの後ろに戻った。
少しして、黒服の襲撃はやんだ。勝てないとわかって引き上げたのか、はたまた全滅したのかは定かではないが、やっと一息つける。
「初めてにしてはいい感じだぜ。大丈夫だったかい?」
「うん」
気遣ってくれるドリズに、ライナは頷く。
「心配するな。すぐ慣れる。俺もそうだった」
「……慣れる……」
レイドの言葉が、ライナの心に突き刺さった。
人殺し。恐ろしくてたまらないのに、レイド達にとっては普通の事だ。そして、初めての人でも、いつか慣れてしまうもの、らしい。
いずれ自分が、人を何人殺しても、何も感じなくなってしまうのかと、ライナは恐れた。
だが、ライナは決めたのだ。そんな世界に留まると。だから自分がどんな人間になってしまっても、絶対に逃げ出さない。全てを受け止め、そこで生きていこうと。
「じゃ、そろそろ出発するか」
ドリズが仕事を再開するよう促す。今までは、ライナ為に休憩していた。彼女の不死性を考えれば、体力的な休憩は必要ないだろうが、精神的な休憩は必要だ。身体の傷は瞬時に治っても、心の憔悴はそうはいかない。
といっても、敵のアジトの奥でそこまで長い休憩は出来ないし、あくまでも一息だが。
「うん、もう大丈夫。少し落ち着いたから」
「意外に芯が強いんだな。もう少し休ませて欲しいと言うかと思ったが、見直した」
ここでレイドは、初めてライナを評価した。少しは認めてもらえた気がして、ライナの顔が笑みを浮かべる。
「ありがとう。でもだからって、私で罠を確かめるのは、ちょっとやめて欲しい――」
そう言いながら先立って歩いたライナが、床を踏んだ。すると踏んだ部分が陥没し、天井から斧のような刃が付いた振り子が出現。ちょうど顔の高さに設定されており、気付いて前を向いたライナは、顔面を真っ二つにされた。
振り子は戻ってこようとしたが、レイドが剣で破壊する。戻ってこない事がわかったライナは、真っ二つになった顔を両手で左右から合わせてくっ付け、再生した。
「――ごめん。今のは私が悪い」
「平然と治しながら言うなよ!! 怖いよ!!」
ドリズはツッコミを入れた。いくら死なないといっても、見ているこちらには心臓に悪い。
☆
一行は、ボスを探して進む。よほど慎重になっているのか、もう雑魚は襲ってこなかった。
やがて、一番大きなドアの前にたどり着く。いかにも、マフィアのボスが好きそうな、大きなドアだ。マザマはこの中にいるに違いない。
「俺が開ける」
流石にライナばかりに危険な役をやらせるわけにはいかないと思ったのか、ドリズが突入の先陣を切る。ライナは頷き、グロッグを持つ手に力を入れた。レイドは、あくびをしている。この男のみ、緊張感がない。さっさとやれとでも思っているのだろう。
「……っ!!」
ドリズはドアに体当たりしてこじ開けた。
と同時に、ドアの向こうから巨大な鉄球が飛んできた。
「うおっ!!」
驚くドリズ。だがその時、鉄球とドリズの間に、レイドが割って入った。
レイドが片手を鉄球に向けると、手から一瞬だけ紫電が迸り、鉄球の動きが完全に止まる。次にレイドが片手を右に向かって動かすと、鉄球もそれに従って動き、右側の壁に突っ込んだ。
「レ、レイド……何をしたの……?」
驚くライナの問いかけに、レイドは淡々と答える。
「材質が鉄だったから、電気を流し込んで電磁石化した」
鉄球が大きすぎる為、ライナを盾にしても防ぎきれないと思ったレイドは、鉄球を電磁石に変えたのだ。
電磁力使いのレイドなら、電磁石を自在に操れる。あれぐらいの質量なら一瞬で電磁石化して、払い除けるくらい簡単だ。
「俺が来てよかったな」
「へっ。あれくらいならかわせたよ」
「そうか、なら次は自分で何とかするんだな。本番はここからだ」
「勝手に割り込んできておいて、よく言うぜ。言われなくてもやってやるよ」
減らず口を叩き合うレイドとドリズ。だがレイドの言う通り、この仕事のメインイベントはここからだ。気を引き締め直す。
「初めて会うが、やはりその能力は厄介だな。レイド・クリスティン」
マザマは部屋の一番奥にあるソファーに座りながら、憎々しげに言った。
事実、彼にとって最も厄介な相手は、レイドのような電磁力使いである。
今の時代どこの施設も、トラップは電子式。だが電磁力使いは電気を操り、トラップを解除してしまう。マザマが造ったトラップのほとんどは電子式であり、今まで作動したのは全て仕掛けを動かす事で作動する、連動式のトラップだ。
「安心しろ。俺はただの付き添いだから、お前と戦うつもりはない」
「信用出来るか!」
「本当だ。今回はこの二人の仕事なんでな」
そう言って、レイドは二人の姿をよく見せた。
「ん? お、お前は、最初のレーザートラップに引っ掛かって死んだはずだ!」
「私、死なないから。再生出来るの」
「な、なんという事だ……よくわからんが、もう一人厄介なやつがいるとは……!!」
予想通り、ライナが生きている事に驚いているマザマ。ドリズが最後の勧告をする。
「マザマ・ビクローム。今回俺達の仕事は、お前達をここから立ち退かせる事だ。大人しく引き下がってくれれば、これ以上痛い目に遭わずに済むぜ」
「馬鹿を言うな。俺の部下を皆殺しにしておいて、引き下がれるわけがないだろう! お前達もこれまで押しかけてきた連中と同じように、死んでもらうぞ!」
ドリズは最後の降伏勧告をするが、これまで無視し続けてきた男が従うはずもなく、マザマは抵抗の意思を示した。
「従う気なんて最初からなかったくせに。じゃあやっぱ、実力行使しかないな!」
ドリズはマザマの顔面を狙って、発砲する。だが、弾丸はマザマから二メートルくらい離れた地点で、何かに阻まれてマザマに当たらなかった。
「強化ガラスか!」
ドリズがよく目を凝らして見てみると、ちょうど弾丸が阻まれた場所に、強化ガラスが設置してある。この強化ガラスを突破しない限り、マザマに攻撃は通らない。
「この強化ガラスは絶縁性だ! ガラスの縁にも絶縁性のガードがしてある! レイド・クリスティン、お前の能力は通らないぞ!」
「だから何で俺なんだ。何もしないと言っているだろう」
「信用出来ないと言ったはずだ!」
「……もういい。それで? 俺に対する防御が完璧なのはわかった。だがそれだと、そちらからの攻撃手段がないと思うんだがな?」
強化ガラスは端から端まで塞いでおり、隙間もゴムで補強してあるから、電気を通す事は出来ない。だが、逆にマザマ側からもレイド側へ攻撃出来ない。
「心配無用だ!!」
だがその時、マザマがソファーのスイッチを押した。すると、マザマの後ろの壁が開き、大量の銃口が姿を現す。
いや、ただの銃ではない。それを本能的に悟ったレイドは、自分の周囲に電磁シールドを展開する。その直後、銃口が一斉に発光し、シールドにレーザーが命中した。
「レーザーガンか」
実際に命中して、レイドは察した。レーザーはガラスを透過する為、これなら強化ガラスを心配せずにレイド達を攻撃出来る。
「大丈夫ですか?」
「お、おう!」
レイドの隣では、この前レイドからもらった電磁シールド発生装置でレーザーを防御するライナと、その後ろに隠れているドリズがいた。
「ふん、ようやく学習したか」
シールドを使うという行動を選択したライナを、厳しくも評価するレイド。それが聞こえて、ライナは嬉しそうだった。
「お前達能力者には、能力の行使にサイキックエナジーを必要とするという絶対の制約がある! このままエナジー切れまで撃ち続けてやる!!」
どうやらマザマは、レイド達に対して消耗戦を仕掛けるつもりらしい。マザマがソファーを再び操作すると、レーザーガンの出力が強化された。
「ちっ……ライナ。装置にツマミが付いているのがわかるか? それは出力の調整装置だ。上げておけ」
「わかった」
それに合わせて、レイドとライナはシールドの強度を上げる。
確かに能力者の弱点は、サイキックエナジーの枯渇だ。エナジーが尽きるまでシールドを張り続ける事になれば、確かにまずい。
レイドは今までエナジー切れを起こした事が、鍛練中の一度しかなく、エナジーの総量には自信があるのだが、このまま受け続ければ、どうなるかわからない。
だから仕方なく、戦う事にした。
「ドリズ。突破口だけ開いてやるから、とどめはお前が刺せ。それまで防いでろ」
「お、おう!」
レイドはレーザーを防ぎながら、剣に電気を流す。それを見て、マザマは鼻を鳴らした。
「ふん、やはり手を出す気じゃないか」
「お前が先に手を出してきたからだ。何もしなければ、俺も何もしなかった」
「何でもいいさ。お前の弱点は絶縁体だ!」
「その弱点を補う為に、俺が剣を使っている事を知らないのか?」
レイドの弱点は、ゴムやガラスなどの絶縁体。せっかくの高出力の電撃も、電気を通さない絶縁体の前では無意味だ。その弱点を補う為に、レイドは武器として剣を選択した。
「だから何だ!? そんな細くて切れ味も悪そうな剣で、銃弾すら防ぐ強化ガラスを破れるわけがない!」
確かに、普通に考えればそうだ。が、レイドは普通ではない。
「知っているか? ガラスはな、熱に弱いんだ」
電気を流された剣の刀身が、赤く光り始める。電熱による刀身の赤熱化。これが、対絶縁体戦におけるレイドの切り札だ。
ガラスは熱されると、途端に電気をよく通すようになり、破壊も簡単になる。
「ま、まだだ! その剣で斬りつける瞬間に、お前のシールドは解けるぞ!」
マザマは少し焦ったが、強気な姿勢を崩さない。
「ならその分、シールドを狭めればいいだけの話だ!」
レイドはシールドがガラスに当たって消えないように、展開範囲を狭めながら、駆け出す。そして、身体がレーザーを喰らわない、剣が出せるギリギリの穴をシールドに空けながら、強化ガラスを斬った。
一撃、二撃、三撃と、強化ガラスは溶断されていく。
「仕上げだ」
最後に、レイドは剣を電磁力で浮かべ、さらに射出。剣は高速で飛び、強化ガラスの溶断された部分に直撃し、破壊すると、マザマのすぐ右側のレーザーガンに刺さった。
「はっ!!」
さらに、シールド越しに電撃を放ち、剣に命中させ、そのまま電気を拡散。全てのレーザーガンを、仕掛けられたトラップを、破壊した。
「ドリズ!!」
「おう!!」
これで、マザマをほぼ無力化した。とどめを刺す為に、ドリズがライナの陰から飛び出て、リボルバーでマザマの顔面を狙う。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
マザマも懐からレーザーガンを出し、最後の抵抗を試みる。
だが、撃ち合いならドリズに分がある。マザマがレーザーガンを撃つ前に、ドリズがマザマの眉間を撃ち抜いた。
☆
翌日。
ライナ達はブラックスカイに、昨晩の任務の結果を報告しに行った。
「そう。ライナちゃん、初めての任務はどうだった?」
「すごく怖かったけど、二人のおかげで、いろんな事を勉強出来た」
この戦いで、ライナは戦場の空気と戦い方を学んだ。これで少しレイドのそばに近くなったと、控えめにではあるが、喜んでいる。
「せっかくいてくれるんだ。単なる盾としてだけじゃなく、俺の露払い程度は出来るようになってもらわないとな」
その物言いに少しムカついたライナは、仕返しのつもりで、チェリーに訊ねた。
「ねぇ。レイドが何で剣を使ってるのか、知ってる?」
「……ああ、あの事ね」
「チェリー」
「黙って。レイドも昔は銃を使ってたんだけど、ちょっとした実験をしてね」
「実験?」
チェリーはレイドを黙らせ、ライナに話した。
「レールガンって知ってる?」
「うん。電磁力で物を飛ばすやつでしょ?」
「あいつ、銃でそれの真似事をしようとしたのよ」
「そしたら電気が弾の火薬に引火して、銃が暴発したのさ。右手がもうズタズタでな、薬指と小指が吹き飛んでた」
レイドは片手で顔を隠し、その時近くにいたドリズが語った。
銃身の弾だけでなく、マガジンの弾まで暴発し、レイドの右手は使用不可能になるまで破壊された。その時は電撃で切り抜け、右手も闇医者で修復し、後遺症も奇跡的に残らなかったが、それ以来銃を使うのがトラウマになってしまい、剣を使っているのだという。剣なら弾切れも起こさないし、遠距離攻撃なら電撃で事足りる。
「レイドもそんな失敗するんだ」
「うるさい」
レイドは反論し、グラスの中の酒を飲み干した。