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Episode1

 人通りの少ない路地裏を、黒いコートを着た一人の男が歩いていた。

 ついさっきまで、行き着けのバーで飲んでいたのだが、今はある理由からこんな所を歩いている。

 男はやがて、一件の工場にたどり着いた。工場といっても、もう誰にも使われていない、取り壊されてもいない廃工場だったが。

 廃工場の一番広い、作業場。ここの中心で、男は立ち止まった。

「人目を気にしない場所に来てやったぞ。これでもまだ不満か?」

 それから、なるべく作業場全体に響くように、大きな声で尋ねる。

 すると、どこに隠れていたのか、黒いスーツと黒いサングラスを着用した男達が、十人ばかり飛び出して、彼を包囲した。その手には、黒光りする拳銃を構えている。

 彼らは男がバーにいた時から、ずっと尾行してきた。それに気付いたから、男はこんな人が寄り付かないような場所まで、わざわざ誘きだしたのだ。

「ここなら大抵の事は出来るぞ。公には出来ない話も、派手な戦いもな」

 四方八方から拳銃を突き付けられてなお、男は平然としていた。そんなもの、いくら持ってこようが、何の意味もないとでも言うかのように。

「撃て!!」

 やがて黒服の一人が合図し、黒服達が一斉に引き金を引いた。

 飛び出した鉛弾の嵐が、男の身体を穴だらけにしようと殺到する。

 対して男が取った行動は、コートの中に隠していた細身の剣を抜き放ち、銃弾を全て弾き返すというものだった。

 人間がこれだけの数の銃弾を打ち返した。そんな常識外れな行動を目の当たりにした事で、黒服達の反応が遅れた。

 その間に男は接近し、まず正面の黒服を剣の柄で殴り倒した。

 そこでようやく、黒服達は反応し、再び銃口を男に向ける。

 だが、銃口を向け終わった時には、既に四人目が倒された後だった。すかさず発砲するも、男は全ての銃弾をかわし、弾き、残りの黒服を倒した。

「これで満足か?」

 その言葉は、倒れている黒服達に向けられたものではない。戦いに参加してこなかった、十一人目に向けられたものだ。

「ブラボーブラボー! 流石は、音に聞こえたMr.サンダーブレード。レイド・クリスティン殿ですな」

 そこへ、白髭の老人が拍手しながら現れる。同時に新たな黒服達が現れたが、彼らはレイドと呼ばれた男には目もくれず、倒れている黒服達の救助に入った。

「一人も死んでいないところを見ると、私があなたを試す為に放った刺客だと気付かれていたようですな?」

「俺を殺しに来たにしては、殺気が弱かった。それに――」

 レイドは剣で、弾き返した弾丸を指し示す。

「ゴム弾だ。だから、最低限俺を殺すつもりじゃないとわかった」

 最低限と言ったのは、ゴム弾だったから。ゴム弾とはいえ、当たり所が悪ければ死ぬ。本当に殺すつもりがなかったら、麻酔弾やスタンガンを使う。だが、それではテストにならないだろう。

「それで、俺はお前の依頼を受けるに足る男か?」

 試すと言ったのだから、依頼をしに来たのだろう。レイドは自分が依頼を任せてもらえるかどうか、老人に訊いた。

「充分です。さて、それでは私の家に来て頂きましょう。ここから先は、ビジネスのお話になるので。もちろん、応じて頂けますな?」

 どうやら、老人は満足したらしい。その答えを聞いて、レイドもまた満足し、

「ああ。応じよう」

 笑って老人に同行した。




 ☆




 ここは、治安の代わりに科学技術が発達した街、シャインシティ。光の街とは名ばかりの、闇が支配する弱肉強食の街。弱き者がひとたび踏み込めば、二度と生きては出られない。

 レイドはその街で、傭兵として暮らしていた。今彼が招かれたのは、この街にいくつも存在するマフィアの一つ、ムロズファミリーのアジト。そして、老人はムロズファミリーのリーダー、ギミア・ムロズ。

「これを見てください」

 ギミアはレイドに、一枚の写真を見せる。写真にはギミアと、無表情な少女が映っていた。ギミアが満面の笑みを浮かべているのに対して、この少女が無表情なのが気になったが、それについては何も訊かず、少女が何者かだけ、レイドは問う。

「このガキは何だ?」

「私の娘です。といっても、孤児院から引き取った養女ですがね。名前はライナです」

 どうやら、娘らしい。それにしては、このライナというらしい少女の外見は18歳前後のものにしか見えず、ギミアは70以上で、年齢が釣り合わないと思っていたが、養女ならば納得だ。

「ほう……で、このガキがどうした?」

「拉致されたのです」

 ムロズファミリーはマフィアなので、当然他のマフィアとも敵対している。ライナを誘拐したのは、その内の一つ、ジュラードファミリーだそうだ。

「当然何度も取り返そうと試みたのですが、相手は腕利きの傭兵を雇っていて、犠牲者が増える一方です」

「それで俺を雇ったという訳か」

「はい。あなたはこの街でも、Aランクに相当する実力者です。あなたほどの腕の持ち主なら、必ず娘を取り返せると信じています」

 シャインシティの傭兵達は、実力の高さで、DからSまでのランクに分けられている。

 一番強いのはSで、本当ならギミアはSランクの傭兵を雇いたかったのだろうが、そういう連中はほとんど他の金持ち連中に雇われてしまっている。だから仕方なく、Aランクの自分を雇ったのだろうと、レイドは思った。

「事情はわかった。相手の傭兵について、何かわかっている事はあるか?」

 もし相手がSランクの傭兵なら危険だ。試験までしてもらって申し訳ないが、レイドも必要以上に危ない橋は渡らないようにしている。理由は単純に、長生きしたいから。

 敵が強すぎるようなら、断る。だから相手の実力を把握する為、レイドは敵についての詳細を訊く。

「それが、わからないのです。気が付けば、派遣した仲間は全員死んでいましたから」

 ギミアは、味方を倒されたのがあまりに早すぎて、何をされたのかわからなかったらしい。

「しかし、ジュラードファミリーのアジト周辺から、以前は検出されなかったサイキックエナジーが検出されました。能力者である事は確かです」

 この世界には超能力を操る、能力者と呼ばれる者達が存在する。能力者達は力を行使する際、体内に蓄積している、サイキックエナジーというエネルギーを放出する為、専用の機械を使って測定すれば、見分けられる。

「能力者か……」

 とはいえ、それだけでは相手の実力はわからない。レイドを逃がさないようにする為にわざと情報を制限しているのか、それとも本当に知らないのかは定かではないが、これ以上の情報を得るには、直接戦ってみるしかなさそうだ。

「受けて頂けますか? それとも、彼のMr.サンダーブレードが、尻尾を巻いて逃げ出すと?」

「まだ肝心な話をしていないぞ。金はいくら出す?」

「おお、そうでした」

 受けないとは言っていない。ただ今のままだと、まだやる気が不充分だ。受けるかどうかは、ギミアがこの仕事にいくらの代金を払うかで決める。

 今自分たちがビジネスの話をしていた事を思い出したギミアは、机の横に用意していたアタッシュケースを取り出し、机の上に置いて、中身を見せた。

「一千万あります。当然、これは前金です。任務達成の暁には、もう一千万差し上げましょう」

「……いいだろう。乗った」

 正体不明の敵と戦うというリスクはあるが、金額を見て満足したレイドは、この仕事を引き受ける事にした。




  ☆




 ジュラードファミリーのアジトは、ムロズファミリーのある場所から、真反対の郊外にあった。

「研究はどうだ?」

 ファミリーのリーダー、ベンジャミン・ジュラードは、自分の部屋に部下の一人を呼び出し、訊ねた。

「あまり順調ではありませんね」

「急げと言ったはずだ」

 部下の返答に、ベンジャミンは苛立った。

 今彼は、部下に命じてある研究をさせている。

「どんな手を使ってでも、奴の力を奪い取れ! こっちは時間がないんだ。いつ連中の標的にされるか……」

「こちらとしても、全力で研究を続けております。しかし、これ以上強い刺激を与えると、被検体が死んでしまいます」

 部下の言葉を聞いたベンジャミンは、鼻を鳴らす。

「構わん。どうせ奴は死なんのだから、打てる手全てを打ち尽くせ!」

「ずいぶんと機嫌が悪そうだな」

「これが上機嫌でいられるか!!」

 激怒するベンジャミン。

 と、彼は今の声が、部下の声ではない事に気付いた。

 驚いて隣を見ると、そこにはレイドがいて、ソファーに座りながらくつろいでいる。自分が飲もうとしていたコーヒーも、いつの間にかレイドが飲んでいた。

「な、何だ貴様は!?」

 ベンジャミンは立ち上がってレイドから離れ、部下もベンジャミンの前に立ちながら、銃を構える。

「レイド・クリスティン。これでも少しは名前が知られている方なんだがな」

 レイドはとても落ち着いており、カップを受け皿に置いてから答えた。

「貴様……一体いつからそこにいた!?」

「20秒ほど前からだ。その部下の背中に、ピッタリ張り付いて入ってきたぞ」

 それを聞いて、部下はさらに驚く。そんな気配、全く感じなかったからだ。いや、視界に入ってきたはずだが、全くわからなかった。

「さて、お前達に訊きたい事がある。少し前にムロズファミリーから、娘を一人拐ってきたはずだな? そいつを取り返してくるよう言われてきたんだが、返してくれるか?」

 レイドはベンジャミンに、ライナを返すよう言う。

「お前達を壊滅させるようには言われていない。ただ、娘を取り返すように言われただけだ。言う通りにすれば、何もしない」

 確かに、ギミアはライナを取り戻して欲しいと言っただけで、ジュラードファミリー自体をどうこうするようには言っていない。

「信用できるか!! それに、誰に何を言われようと、あの娘を返すつもりはない!!」

 だが、そんな事を信用してもらえるはずがなく、ベンジャミンもまた獣を抜いた。

「こんな社会で生きているだ。人間不信にもなるか」

 これ以上何を言っても信用してもらえそうにない。そう思ったレイドは立ち上がり、

「お前達は愚かな選択をしたぞ」

 剣を抜いた。

「死ね!!」

 激怒した部下が発砲するが、レイドは銃弾を弾き、一刀のもと、切り捨てた。

「ボス!!」

「どうしました!?」

 銃声を聞いた他の部下達が、一斉になだれ込んでくる。

「遅すぎるぞ」

 だが、もうレイドはベンジャミンの心臓を、剣で貫いた後だった。

「お前達のボスは、たった今俺が殺した。お前達はどうする?」

 もうこのマフィアのボスはいない。それでも戦うのかと、レイドは問い掛ける。今すぐ背を向けて逃げるなら、見逃してやるつもりでいた。

「よくもボスを!!」

「ぶち殺せ!!」

 訊くまでもなかった。部下達はレイドに発砲する。

「ふん、思ったより人望があったようだな。だが、お前達も愚かだ」

 レイドは鼻を鳴らした。今度はゴム弾ではない、正真正銘の鉛弾だ。当たれば死ぬ。

 だというのに、レイドは試験を受けた時と同じように、落ち着いて全弾かわし、部下達を血の海に沈めた。

「さっさと逃げていれば死なずに済んだものを……甘い考えを捨てられない者はこの街では生きられないと、学ばなかったのか?」

 ここは弱肉強食の世界。力が及ばないなら、頭を磨くしかない。そのどちらも足りないというのなら、死ぬしかない。そして甘さを捨てられない者も、ここで生きる事を許されないのだ。

「さて、どこにいるのか」

 誰も教えてくれそうにないので、ライナがどこにいるのか、しらみ潰しに探すしかない。レイドは剣を弄ぶように振り回しながら、部屋から出て行った。




 ☆




「……どこにいるんだ一体……」

 あれからどれだけ時間が経ったかわからないが、ライナの姿は見つからない。適当にそれらしい部屋に、ドアを蹴破って入ってみているが、大抵誰もいなかったり、マフィアの部下が待ち伏せしていたりと、同じ結果が繰り返されている。

(それに、気がかりな事もある)

 気がかりとは、ここに雇われている傭兵の事だ。ジュラードファミリーが壊滅しかけているというのに、一向にレイドを倒しに現れる気配がない。

 逃げたのだろうか? それなら別に追い掛けたりはしないが、せっかく心の準備を整えてきたというのに、拍子抜けだ。

「ん?」

 レイドは、ある扉の前で立ち止まった。その扉は、エレベーターだ。よく見てみると、このエレベーターには地下が表示されている。

「こんな屋敷に地下があったのか」

 怪しい。それに、目ぼしい部屋は全て調べ終えたところだ。レイドはエレベーターを起動し、地下へと降りた。

 エレベーターから降りてみると、すぐ目と鼻の先に、広大な空間が存在していた。

 空間にはコンピューターやケーブルなどが多数配備されており、何かの研究を行っていたのがわかる。

 そして、その空間の中心に、それはあった。

 人間一人が入れる大きさの、ガラス製の円筒形ポッド。その中は培養液で満たされていて、全裸の少女が眠るように目を閉じて浮いていた。写真に映っていた少女に瓜二つだ。彼女がライナで間違いない。

「被検体がどうのこうのと言っていたが、あいつのことだったのか」

 とにかく、彼女を連れ出さなければならない。培養ポッドへと、足を進めるレイド。


 その時、レイドの前に一人の男が現れた。


 どこに潜んでいたのか、突然現れたこの男は、レイドに問う。

「このガキが欲しいか? という事は、あのジジイの回し者だな?」

「そういう事になる。お前は、ここの馬鹿どもに雇われた傭兵だな?」

「そうだ。俺の名は、ベリタス。ソニック・ベリタスだ」

「知らない名前だな」

「へッ! Aランク傭兵のMr.サンダーブレード様にとっちゃ、眼中にねぇってか?」

「お前のランクなんぞどうでもいい。それより、お前の雇い主は死んだぞ。もうお前がここに残る理由も、俺と戦う理由もない。さっさとそこのガキを渡して帰ったらどうだ?」

 ジュラ―ドファミリーがマフィアとして立ち直るのは、もう無理だ。戦闘員はほぼ全員殺したし、ここにベリタスしかいないところを見ると、研究員も逃げ出してしまったらしい。

 雇われただけの身分が、沈む船にいつまでも乗っていても仕方ないだろうと、レイドは言った。

「ここに残る理由は確かにないが、戦う理由ならあるぜ!」

 と、言うが早いか、ベリタスはナイフを二本抜くと、両手に持ってレイドに斬り掛かった。レイドはその攻撃を、剣で受け止める。

「俺は殺しが好きなんだ。相手が強けりゃ強いほど、余計に楽しくなる!!」

 ベリタスは、戦闘狂であり殺人狂だ。彼がここに残っていたのは、いちいち探すより待ち伏せしていた方が、手っ取り早くレイドと戦えると思ったからだ。

「お前を殺して、一気にAランクにランクアップだ!!」

 そして、野心家でもある。

 自分の目的を告げたベリタスは、凄まじい速さで、レイドに連続攻撃を仕掛ける。

「これが俺の能力、高速移動だ!!」

 ベリタスは、あらゆる動作を音速で行う事が出来る。彼がソニック・ベリタスと名乗っている由縁だ。ギミアがベリタスの能力を把握出来なかったのも、速過ぎて見えなかったからである。

 今まで誰にも破られた事のなかった能力だ。音速で動く自分を、捉えられる訳がない。

「いい反射神経してるじゃねぇか!! だがいつまで持ちこたえられるかな!?」

 勝ち誇りながら、ベリタスはさらに攻撃を続ける。



 1分ほどこの状態が続いて、ベリタスはおかしいと気付き始めた。

(こ、こいつ、何でこんなに持ちこたえられる!?)

 人間が、音速で攻撃してくる自分を相手に、1分も持ちこたえられるはずがない。恐怖したベリタスは、レイドから離れた。

「お前、何で俺の動きについてこれる!?」

「俺の通り名を知っているなら、俺が能力者である事も知っているだろう? 何の能力を持っているのかもな」

 逆に聞き返すレイド。ベリタスからの返答を待たず、そのまま自分の能力を教える。


「俺の能力は、電磁力操作だ」


 左手をかざし、その左手に紫電を発生させながら言うレイド。

 電磁力操作。その名の通り、電磁力を操る能力。サイキックエナジーを電気に変換する事も、近くにある電気を操る事も出来る。

「だが、それだけじゃこの状況を説明出来ねぇだろ!?」

 もちろんベリタスは知っている。しかし、それで音速で動ける自分に対応出来るとは、とても思えなかった。

 だがベリタスは、レイドの能力を知っていても、どう使っているかは知らなかった。

「お前は新参か。じゃあ仕方ないな。いい機会だから教えてやる。人間の身体にも、電気は流れているんだ」

 人間は脳から指令を受ける事で、思った事を行動に移している。その指令の伝達には、微量ながらも電気が使われているのだ。

 レイドの能力は、それすらも操る事が出来る。電気信号の神経伝達速度を上げる事で、レイドは常人には対応出来ないような速度の攻撃にも対応出来るのだ。

「俺はこの能力を使って、ガキの頃から反射神経を鍛えてきた。そのおかげで、俺の反射神経は平常時でも常人の1000倍だ」

「せ、1000倍!?」

 ベリタスは驚愕した。正気の沙汰ではない。そこまで速くなってしまえば、音速で動く相手も視認し、対応出来るだろう。

「お前が動ける速度は、音速程度か。強めに見積もっても、お前のランクはCがいいところだな」

「ぐっ……!!」

 ズバリ、言い当てられた。速さは力。だから能力に目覚めた時、自分は間違いなくSランクに認定されると思っていた。

 だが、ギルドで付けられたランクは、あろう事かC。

 Cといえば、中の下。普通の傭兵より、下。不当としか思えないランクを付けられ、以来ベリタスは、一刻も早いランクアップを狙っているのだ。

「いや、もっと下かもしれん。俺が余裕で対処出来る程度のスピードしか出せんようでは」

「俺をバカにするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ずっと気にしていた事を指摘され、激怒したベリタスは、レイドへと全速力で斬り掛かる。

 だが、レイドはそれをかわして、ベリタスを斬り付けた。

「そんな事だから、お前はCなんだ」

 袈裟懸けに斬られ、値を流しながら倒れるベリタス。敗因は、単純にレイドの方が速かったから。スピード能力者でありながら、スピード勝負で負けた。これが、Cランクの限界だ。レイドと戦うなら、最低でもAランク以上は連れて来なければ。

「これで邪魔者は消えた。さて、戦利品を受け取るとするか」

 レイドは剣を納めて近くの装置へと移動し、手をかざす。すると、装置のパネルが勝手に動き出し、ポッドの培養液を排出し始めた。

 もちろんこれは、勝手に動いているように見えるだけだ。実際には、能力で内部の電気信号を操作している。この能力があれば、どんな強固なセキュリティシステムも、電気を扱う機械である限り、破り放題だ。文字通りの意味で、煮るなり焼くなり好きに出来る。

 やがて、全ての培養液が排出され、ポッドが開いた。レイドは近くの台車に乗っていたタオルを使い、ライナを包む。

「……んぅ……」

 すると、ライナが目を覚ました。

「気が付いたか」

「……あなた……だれ……?」

 ライナは寝ぼけているかのように、レイドに訊ねる。起きてみれば明らかにここの研究員ではない男に抱き締められているので、当然の疑問ではあるだろう。

「お前の父親から、お前を助け出すように頼まれた男だ。すぐに連れて」

「あなたも」

 と、ライナは突然、レイドの言葉を遮った。

「私と同じ……」

「……何?」

 言っている事がわからなかった。突然何の脈絡もなく、自分と同じなどと言われても、わけがわからない。


「危ない!」


 その時だった。ライナが目を見開き、レイドを真横に突き飛ばした。

 勢いを利用してサイドロールしたレイドは、見た。殺したはずのベリタスが起き上がっていて、ナイフで十字状にライナを斬りつけたのだ。

 身体に大きな裂傷を刻み付けられたライナは、力を失って倒れる。

「!!」

 怒ったレイドは、右手をかざし、サイキックエナジーを雷に変換。ベリタスに向けて、紫に輝く強烈な電撃を放った。

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 落雷の五倍もの電力と電圧を受けて、ベリタスは断末魔を上げ、黒炭となって崩れる。今度こそ、確実に倒した。

「この俺が仕留めきれていなかったとは、少し舐めすぎたか……」

 その結果がこのざまだ。レイドはライナを見る。かなり深く斬られていたので、助からないだろう。

「全く……これはムロズファミリーも潰す必要があるか?」

 この事をギミアに伝えれば、間違いなくムロズファミリーは敵討ちをしようとするだろう。助かるには、ムロズファミリーも壊滅させるしかない。

 ちょっとした不注意のせいで、余計な手間が増えてしまった。自己嫌悪に陥るレイド。


 だがその時、ピクリとも動かなかったライナが、起き上がった。


「……!?」

 一瞬何が起きたのかわからなかったが、ライナの身体を見て、状況を把握する。

「ごめんなさい。思ったより傷が深かったから、すごく痛くて倒れちゃったの。でも、あなたが無事でよかった」

 十字状に斬られた傷が、瞬く間に修復されたのだ。

「驚いたな……お前も能力者だったのか。それも、自己再生とは……」

「ちょっと違う。私は他人の怪我も治せるし、制約はあるけど、死んだ人も生き返らせられる」

「……何だと?」

 ライナの口から信じられないワードが飛び出した。どうやら彼女の能力は自己再生ではなく、回復系の能力らしい。それも、死者蘇生が行えるレベルだ。しかも、即死のダメージを回復した事から、死んでも自動で発動するようだ。

「ある日突然この力が使えるようになった。それ以来、私はどんなにぐちゃぐちゃにされても死なないし、歳も取らない」

 つまり、ライナは不老不死だ。そんな強力という言葉では片付けられない能力、聞いた事もない。

「なるほど。お前がジュラードファミリーに誘拐された理由がわかったぞ」

 ジュラードファミリーがライナを誘拐したのは、彼女の能力を手に入れる為だ。死者蘇生も行えて、彼女自身も不死。欲しくないはずがない。

 あわよくば、彼女から能力だけを取り出して、自分で使えるようにしようとも思ったのだろう。研究とは、十中八九その事だ。

 ついでに、ギミアがライナを養女に引き取った事も思い出した。ギミアもまた、ライナの能力に目をつけて、養女にしたのだろう。曲がりなりにもマフィアのボスが、慈善事業や人恋しさなどで、子供を欲しがるはずがない。

「私を連れて帰るの?」

「ああ」

「……帰りたくない……」

 ライナは暗い顔をして、ムロズファミリーへの帰還を拒否した。確定だ。ライナはムロズファミリーでも、痛い思いをしていた。

「お前の意思は関係ない。俺は金で雇われた傭兵で、お前を連れ戻すよう依頼を受けて来た。それだけだ」

 金をもらった以上、料金分の仕事をしなければ、傭兵としての信用に関わる。レイドはマフィアに誘拐された娘を不憫に思って来たのではなく、仕事で来たのだ。

「諦めろ。まぁお前が、俺を雇えるだけの金を持っているというなら、話は別だがな。ギミアは1000万出したから、同じかそれ以上は欲しい」

 そんな金、持っているはずがない。ギミアとライナの関係は、家族などとは名ばかりだ。主人と奴隷と言った方が正しい。

 ギミアはライナが逃げられないよう、一日ごとにその日を過ごせる最低限の小遣いしか与えない。その少ない持ち金さえ、誘拐された時にジュラードファミリーに没収された。

 今のライナは無一文だ。金が欲しいと言っても、ギミアは聞かない。

「……どうしても、助けてくれないの?」

 ライナはレイドの良心に訴えかける。

「俺の良心を頼っても無駄だ。そんなものは傭兵になると決めた日から死んでいる」

 だが、レイドの答えは、あまりにも冷酷だった。




 ☆




 抵抗など出来るはずもなく、ライナはレイドに連れられ、ムロズファミリーのアジトに望まぬ帰還を果たした。

「恨むなら俺を頼った親父を恨むんだな」

 悲しそうな顔をしているライナにそう言うと、レイドは呼び鈴を鳴らす。

「……?」

 だが、アジトの中からギミアの部下は出てこない。

 もう一度呼び鈴を鳴らすが、まだ出てこない。妙に思ったレイドが、ドアノブに手を掛けると、鍵は掛かっていないのがわかった。

 レイドはドアを開ける。

 玄関には、血の海が広がっていた。

「なに、これ……」

 ライナは戦慄している。

 レイドはライナの手を引きながら、ギミアを探した。

 そして、彼の自室と思われる部屋で、ギミアを見つけた。他の部下達と同じように、彼もまた物言わぬ屍となって血の海に沈んでいた。五体がバラバラに弾け飛んでいるのだから、即死と見て間違いない。

「俺がお前を連れ戻しに行っている間に、誰か来たらしいな」

「誰かって?」

「お前の力を目当てに来た誰かだ」

 ところがその誰かさんは、ライナが誘拐されたという事を知らなかった。知らなかったので、ここの人間を殺しながら探し回り、結局見つからなかったから出ていったと、こんな感じだろう。

「どうする? お前の力なら、こいつを生き返らせられるんだろう?」

 ライナは死者蘇生が可能と言っていたので、ギミアの蘇生は可能だろう。

「……この人は、私のお父さんとお母さんを殺して、無理矢理私をここに連れてきた。ずっと殺したいって思ってたけど、勇気が出なかったから出来なかった。それをしたら後戻り出来なくなりそうな気がしたから」

 だから、誰かにこの男を殺して欲しい。そう思っていた。そして願いは叶い、ギミアは死んだ。だから、生き返らせない。

「孤児院育ちじゃなかったのか」

 ライナは頷く。やはりギミアは、彼女の能力を目当てに、養女に迎えたのだ。そして、嘘の情報をレイドに教えた。

「まぁどうでもいいがな。問題は、報酬をもらえなくなった事だ」

「えっ? さっきもらったって……」

「それは前金だ。依頼を達成すればもう1000万もらうはずだったんだが……仕方ない。この屋敷にある金目のもの、報酬代わりに全部頂いて帰るか」

 死んだ人間であるギミア達にとっては、もう必要ないものだ。なら生きている自分が使った方が、より価値的だろうと、レイドは勝手に結論付けた。

「予想外の臨時収入が手に入ったな」

「……あなたってお金にすごく汚い。さっきからお金の話ばっかり」

 ここで大勢の命が失われたというのに、それにはまったく頓着せず、金の心配をしているレイドに、ライナは白い目を向ける。

「この世で金と自分の力以上に信用出来るものはない。家族の情とか、仲間の絆とか、わけのわからん神話なんぞより、俺は金を取る」

 この男、清々しいほどに守銭奴だった。

「とはいえ、俺は今気分がいい。俺が報酬を集めてくる間に、お前は服を着替えてこい。金をまとめたら、俺の家に連れていってやる」

「どうして?」

「そこに前金の1000万があるからだ。くれてやる」

「えっ? いいの?」

 レイドはなんと、もらった金をライナにやると言ったのだ。守銭奴のはずなのに。

「言っただろう? 俺は今気分がいい。ここにあるもの全部手に入れたら、1000万なんてはした金になる。お前は俺の金を持って、この街から出ろ。それからどこへなりと行け」

 両親が殺され、ギミアも死んだ今、もうライナに行く所がない。しかし、生きてさえいれば、心の拠り所となる場所は必ず見つかる。1000万もあれば、当面の生活費として問題はないだろう。この街の外で暮らすには。

「さぁ、さっさとしろ」

「……わかった」

 その後、レイドとライナは、自分がすべき事をやり終え、ムロズファミリーのアジトから去った。




  ☆




 レイドの家。

 レイドはライナに、1000万円が入ったアタッシュケースを渡す。

「これを持って歩くの?」

 ライナはレイドに訊いた。今は夜だ。ただでさえ全域がスラム街のようになってるシャインシティは、もっと治安が悪くなる。夜にこのシャインシティを、しかも大金を持って出歩くのは、全身血まみれでピラニアが大量にいる川の中に入るのと、同じくらい危険だ。

「……待っていろ」

 レイドは一度家の中に引っ込むと、機械で出来たブレスレットの様な物を持ってきて、ライナの腕に着けさせた。

「これ、何?」

「俺の知り合いが興味本位で作って俺に押しつけた、電磁シールド発生装置だ。もう俺の電気を充電してある。バッテリーは三日保つ。ここが、起動スイッチだ。危なくなったら使え」

 大金に加えて、護身用のバリア。至れり尽くせりだ。

「もう強欲な野心家どもに捕まるなよ。死にはしないだろうが、痛い目に遭いたくなかったら二度とこの街には戻ってくるな。そして、この街で見た事、聞いた事、経験した事は全て忘れろ」

「忘れろって言われて、本当に忘れられる人は少ないと思う」

「確かにな。だがそうしないと、この街で植え付けられた記憶は、お前の人生の今後に、永遠に暗い影を落とす。苦しみたくなかったら、忘れろ。いいな?」

 レイドはライナを諭す。事実この街で、死なないだけの人間が真っ当に暮らすなど、不可能である。普通の暮らしを送りたいなら、山奥の小さな村にでも行った方が、遙かに現実的だ。

「あなたは逃げないの?」

 今度はライナがレイドに訊く。レイドには確かに力があるが、こんな街にずっと住んでいたら、絶対に早死にする。

「人の心配より自分の心配をしろ。あんな雑魚どもにあっさり捕まるほど弱いくせに」

 だがレイドは、冷たく突き放した。

「わかった」

 それなのに、

「私ここに住む」

 ライナはとんでもない事を言い出した。

「……はぁ!?」

 レイドは驚く。

「お前今の話聞いてたか!?」

「聞いてた。だから、自分の心配をしながらここに住む。あなたは恩人だから、そのあなたがこの街に住むって言うのに、私一人逃げるわけにはいかない」

 ムロズファミリーが生きていれば引き渡すつもりでいたというのに、何を言うのかと、レイドは思った。

「お前な、俺が何でその金を渡したと思ってる? お前を厄介払いする為だ」

「えっ、そうだったの?」

 ライナはてっきり、まだレイドの良心が生きていたのかと思っていたようだ。

「なぜかは知らんが、お前と一緒にいると猛烈にまずい気がするんだ。俺とお前は、たぶん同じ場所にいちゃいけない。だからどっか行け」

「嫌」

「行け」

「嫌」

「行け!」

「嫌!」

「行け!!」

「嫌!!」

 二人の押し問答が始まる。

 その状態が1時間ほど続き、

「あーもうわかった!! 好きにしろ!!」

 レイドが根負けした。レイドはどんどん疲れるのに、ライナは能力のおかげか、全然疲れないのだ。長期戦は不利と判断したレイドの方が、先に折れた。

「うん。好きにする」

 ライナは笑顔で答える。

 こうして、Mr.サンダーブレードを名乗る傭兵と、元マフィアの少女の、やがて世界の命運を左右する、奇妙な同居生活が始まった。




 ☆



 ジュラードファミリーのアジトで、死体の山を見つけた一人の男は呟く。

「一足遅かったか」

 ギミアからライナの居場所を聞き、ムロズファミリーを壊滅させてから探しに来た男は、また呟いた。


「早く我らの同志に加えなければ……オリジンソウルを我らの手に……」




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