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勇気を君に  作者: 手嶋 兄
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無理だよ

僕は一文字を打ち始める。


  お父さんが僕に「引っ越すことになった」と言った。その後「ごめんな」と付け加えて、僕の頭をくしゃっと撫でてくれた。お父さんの手は僕よりも大きくて、お母さんよりも太くて硬かった。申し訳なさそうに言うお父さんに「大丈夫!」と言って、笑った。実際僕は本当に大丈夫だったから。眼鏡のレンズ越しに覗くお父さんは、ちょっとだけ笑ってくれた。

 自分の部屋から、外の景色を眺めていた。僕は、マンションの25階に住んでいる。夜九時を回っているのに、横浜の街はキラキラと光っている。僕は九時過ぎには眠くなってしまうので、この時間でも起きていられる人は凄いと思う。

 外灯の一つ一つが、星みたいに輝いている。白いのもいれば、オレンジ色のもいる。ふと空を見上げると、雲一つないのにあまり星は見えなかった。田舎の方に行けば、満点の星空が見えるらしい。お父さんがそう言っていた。

 お父さんは、引っ越し先の愛知県西尾市で生まれ育った。横浜と正反対でその町には、ビルがなくあるのは田んぼと山だけらしい。本屋もあまりないらしい。それは本好きの僕にとって、一番重要視するべき点だ。

 お父さんに子供の頃何で遊んでいたのかと尋ねると、「山で鬼ごっこ」と答えた。僕がそれに対し「ありえない」と言うと、お父さんは笑って僕の髪をクシャクシャにした。


 次の日、朝のHRの時間に先生が言った。

 「森陸君が、明日で転校してしまいす」

 教室はちょっとだけざわめいた。皆が一瞬僕を見た。僕は恥ずかしくて俯いていた。先生が「皆さん最後まで、仲良くしましょうね」と言いうと、皆は口を揃えて「はーい」と言った。きっと思っても否だろうけど。

 後ろの席の田中君だけは言っていなかった。

 一時間目の授業は終わると、十分休憩がある。僕が二時間目の授業の準備をしていると、後ろから肩を叩かれた。少しだけ痛かった。振り向くと田中君がニヤニヤしている。僕は田中君が苦手だ。うるさいし、すぐに暴力を振るうし、なにより僕の秘密を知られているから。

 「な、なに?」僕が尋ねると、田中君は僕に日直仕事を頼んだ。本来それは田中君がやらなきゃいけなくて、僕には何の関係もないことだ。

 「え、でも僕日直じゃ……」

 「いいじゃんかよ~俺昼休みサッカーしたいんだよ」

 「だったら、それやってから、いけば……」

 「俺に逆らうのかよ?」

 「でも……」

 田中君が僕の胸倉を掴んで、引き寄せた。急だったので首が、ギュンってなって痛かった。田中君は低めの声で僕に言った。

 「あのこと言っちゃおうかな~」

 それを聞いただけで、僕の顔はみるみる赤くなった。自分自身を客観的に見られないからわからないけど、きっとそうだろう。ついでに涙も出そうになる。

 「わかったよ……僕がやっておくから」

 「ありがとう! 陸! お前がいなくなるの俺本当はめっちゃ悲しいんだぞ!」

 田中君は嘘を隠さずに、僕に言った。

 僕は何も言えずにただ服の袖を引っ張った。

 日直の仕事は、皆の宿題を集めて先生の元へ持っていくこと。僕は皆から集めた宿題の束を見て、唖然とした。漢字ノートに算数ノート、英語ノート、実験ノート、日記帳。それが各三十冊程あるのだ。とても一人で持てる量ではないので、誰かに手伝ってもらおうと思ったが、声をかける相手もいない。しかたなく僕はそれを小分けにして、先生の所へ何回も往復しながら運んだ。

 しかし、実験ノートを運んでいる最中にそれを落としてぶちまけてしまった。慌てて拾おうとしたが、腕が震えて上手く持てない。僕は元々運動が苦手だし、筋力だってない。

 あんな量はなから無理なんだ。

 「無理だよ……」言葉は涙と一緒に、僕の口からこぼれた。

 その後たまたま通りかかった先生に手伝ってもらって、何とか仕事を終わらせた。

 帰りのHRで皆とお別れをした。悲しんでいる人は誰もいなかった。実際僕も全く悲しくなかった。六年生になって二か月しか過ごしていないそのクラスに、僕の友達は一人もいなかったから。

 くそみたいな場所だった。最後皆に挨拶しながら、僕はそう思った。


 車の中から外を眺めていると、「西尾市」と書かれた標識を見つけた。お父さんが言っていた通り、田んぼと山の多い所だ。家に着くまでにコンビニは、二か所しかなくてLawsonの青と白がやけに目立っていた。

 僕のおばあちゃんとおじいちゃんは、僕がまだ赤ちゃんだった頃に死んじゃったらしい。僕には全く記憶がないのが残念だ。その二人が住んでいた所が、僕の新しい家だ。木造二階建てで、横に長くて部屋が多い。戦後まもなくに建てたそうだ。しばらく中を探索していると、一つの部屋を見つけた。

 周りが本で埋め尽くされたそこは、おばあちゃんの書斎らしかった。本の数に僕が圧倒されていると、おとうさんが入ってきて教えてくれた。

 「おばあちゃん昔は、本書いてたんだぞ」

 「小説家?」

 「んーーーまぁそんな感じかな」

 「凄いね~」

 お腹いっぱいに空気を吸い込むと、古い本独特の匂いで僕の身体が満たされた。僕はその匂いが好きで、いつまでも嗅いでいられる気がした。何か面白い本がないか探していると、一冊の分厚いのを見つけた。取り出すには両手を使って、めいっぱい力を使った。抱えて読むことはできないので、机の上に広げてみた。

 「西尾歴伝」それが本の名前だった。多分この土地の歴史について、書かれたものだろう。そう思って、中を読もうとしたが文字が読めない。どれもこれもぐにょぐにょしている。ミミズみたいだ。

 ペラペラとめくってみても、やはり全く読めない。僕は諦めて本を棚に戻そうとした、その時何かが本から抜け落ちた。それは空中でくるりと回って、僕の足を小突いた。本を棚に戻して拾ってみると、どうやらどこかのページのようだった。先ほど同様文字は読めない。これを書いた人は、本当に字が汚い。そのかわりに、下に絵が描かれていた。

 それは保健の授業で習った、悪玉菌みたいだった。トゲトゲしていて黒くて不気味だ。じっと見ていると、今にも飛び出してきそうだ。

 「うにょうにょだ」そう呟いたら、後ろからお母さんに驚かされて僕は本棚に頭をぶつけてしまった。

 お母さんは慌てて、僕のでこを撫ででくれたが危うく眼鏡が割れるところだった。

 「ごめん、ごめん」そう言いながらすこし笑っている。

 「死んじゃうかと思ったよ!」

 「あまりにも真剣だったからついね」

 僕はお母さんと仲がいい。僕もお母さんを驚かす時がある。その時お母さんは、決まって肩を何センチも上にあげる。僕はそれがたまらなく面白い。でもこのことを、三年生の時に皆に言ったら「マザコン」と言われた。当時意味のわからなかった僕は、それでもその言葉が悪い意味を含んでいることはなんとなくわかったので帰り道泣いて歩いた。それから僕は皆の前では、お母さんと仲がいいとは言わなくなった。きっと恥ずかしいことだから。でも家では誰も見ていないので、僕はこうやってお母さんと遊んだりする。

 「陸、そろそろ晩御飯にするからこっち来なさい」

 「うん。わかった」

 そう言って、僕は先ほどの紙がないことに気づいた。さっきの拍子にどこかに落としてしまったのかもしれない。何にせよ少し怖かったから、結果オーライだ。

 その日の晩御飯は、お寿司だった。


 朝からドキドキが止まらない。何度深呼吸してみても、やっぱり変わらない。新しい学校は「三和小学校」という名前だ。僕が前にいた所に比べると、校舎も人の数も小さい。でもグラウンドがある。

今日が僕の初登校日。職員室で担任の先生に、お母さんと挨拶をした。少し喋ったらお母さんは帰ってしまった。先生の名前は、緊張していて覚えていない。チャイムが鳴って、先生が立ち上がった。

 「じゃあ、いこっか」そう言った先生の胸に名前が刺繍されている。けど難しくて、僕には読めない。とにかく先生は女の人だ。

 先生の後ろについて、僕は教室へ歩いて行く。視界に入る全部が新しいものだったけど、緊張でそれどころではない僕はずっと俯いたままだったので急に止まった先生にぶつかってしまった。

 「ここだよ」先生が笑って言った。「6-1」と書かれた表札。その向こうでは、喋り声が聞こえる。それを認識した途端、僕の心臓の鼓動は更に加速してこのまま破裂してしまうのではないかと思われた。

 先生が扉を開けて、教室に入るとそれまで賑やかだった話し声がピタッと止んだ。先生は教壇に立つと僕に手招きをした。

 震えが止まらない。これが武者震いだったらどれだけいいだろうか。僕は先生を見ながら、教室へ一歩入った。最初に左一番前に座る色黒の男の子と目が合った。彼は腕を頭の後ろに組んで、僕を見ている。頬に傷がある。何かでひっかいたような跡だ。

 数秒のことなのに、世界がゆっくりになった気がした。先生の横に立って、教室を見渡した。皆が僕を見ている。僕を見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。

 先生が横で僕を紹介した。そして僕に自己紹介するよう言った。

 しかし僕は、声の出し方を忘れてしまったみたいに黙ったままでいる。自分のことなのになんだが他人事みたいでおかしい。教室がざわつき始めた。先生も困った表所をしている。

 無理だ。無理だ。無理だ。無理だ。無理だ。無理だ。無理だ。

 僕には無理だ!

 心の中でそう叫んだ瞬間、先ほど僕が入ってきた扉が勢いよく開いて誰かが入ってきた。あまりにも強く開けたので、扉は跳ね返って自動で締まった。そのままそいつは僕につっこんできた。僕はそれをただ見ることしかできなくて、避けることはできなかった。

 あ、でもそいつがつまずいたのは確認できたんだ。

 それでそのまま僕とおでこをぶつけたのも覚えている。

 でもそっからの記憶はなくて、僕は気づくと保健室で寝ていた。

 

 それが僕と彼女と彼らの出会いだ。




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