ファーストキス
予定を裏切る連続投稿!
「今から向かう先におるのは、魔の者と呼ばれる者じゃ。魔の者どもはじゃの、汚染されたマテリアルから生まれでた者の事じゃ。汚染されたマテリアルを、わかりやすく言うとじゃな、負の感情を抱いた人間や動物から漏れ出たマテリアルが凝り固まったものなのじゃ。人間は悲しい事や辛い事があれば時間が解決するなどと言っておるじゃろ?あれは真っ赤な嘘なのじゃ。時間が解決しているのではなく、汚染されたマテリアルを切り離して、自分たちの精神状態を正常に保っておるのじゃよ。」
「ようするに、生き物の自己防衛の為に発散される物から生まれてくる魔の者とかいう奴が、今から行く場所にいるんだな?」
「端的に言うとそういう事になるな。ただしあやつらは生まれてきて、はい、おしまい。ではないのじゃよ。魔の者達は生れ落ちた際に自らのフィールドを形成するのじゃが、それは通常の人間どもには不可視な異空間になっておる。その異空間に人間を誘い取り込み食らうのじゃ。人間どもでよく語り継がれている神隠しと思えばわかりよいかの。」
「とりあえず、そいつを放置しているとやばいって事だけはわかった。後、魔の者って言いにくいから、魔物って呼んでもいいか?」
「ふむ、この者たちの呼び方もマテリアルと同様で様々な呼び名がある。ユウトが魔物と呼ぶのであれば、妾もそれに合わせて、これからは魔物と呼ぶようにするのじゃ」
走りながら聞いていた事もあり、所々不足しているかもしれないが、ある程度の内容は把握した。放置しているとやばいって事はわかった。そして、その魔物の方向に進んでいる事も分かったんだが……
「もしかしなくて、今からそれを倒しに行くって事だよな?」
「もしかせんでもその通りじゃ。近くで生まれ出た魔物を感知した故、それを駆除する為に向かっておる」
「いやいや、ちょっと待てよ!なんの冗談だよ!冗談は起きてる時にいうもんじゃないぞ!寝ている時でもそんな冗談は、僕は断じて受付しない!拒否だ拒否!僕はそんなへんな奴と戦えねーから!」
「にゃっはっは!わかっておるわい。ユウトが駆除できるなんぞ、塵程も思っておらんわ。妾が魔物を駆除しているのを見ておるだけでよいよい。ユウトが魔法を使えるようになれば、こうやって人々を影ながら助ける事が出来るという事を教える事が今回の目的じゃ」
つまり、魔法を使えるようになったらそういう魔物と戦う必要があるって事か? いや、あくまで助ける事が出来るだけで別に無理して戦わなくてもいいのか……
「ほれ、話をしている間に着いたぞ」
シャルルが急に立ち止まり、僕の方に向き直した。目の前にあるのは、チカチカと点滅する切れかけた街灯がある。夜という点を除けば、見慣れた通学路だ。夜にここにくるのは初めてだが、日中と夜ではこうも趣きが違うものなのかと思った。だが……
「着いたって……僕の目の錯覚じゃなければ、特に何も変わったところはないんだけど?」
「にゃはっは! 先ほども言った通り、ユウトはまだ普通の人間じゃ。じゃから、魔物が作り出す不可視の異空間はまだ見えぬから仕方なかろう。どれ手を貸して見せよ」
シャルルはそう言いながら僕に近づいてきた。僕は言われるまま手を差し伸べると、シャルルは僕の手と自分の手を重ねてきた。シャルルの手はひんやりとして少し冷たかった。ふと目の前を見てみるが、見える光景に変化はなかった。
「まだ、不可視の異空間を目視は出来ぬじゃろうが、こうやって手を繋ぎながら行けば、ユウトも一緒に異空間に踏み入れる事が出来るじゃろう。異空間に入れば魔物の姿も見る事が出来るじゃろうて」
「ん~よくわかんねーけど、ここまで来たんだ。腹くくって付き合ってやるよ!」
僕がそう言うとシャルルは「頼もしい限りじゃ」と言い、にっこりと笑った。そして、シャルルと手を繋ぎ少し進むと、突然目の前の光景が一辺した……いや、厳密に言うと色が変わったのだ。周囲にある物の色がとたんぬ抜け落ち、モノクロの世界にでも足を踏み入れたような、まるでそんな光景が目の前に広がった。
「な、なんだよこれ……これが異空間ってやつか?」
「そうじゃ、ここが異空間じゃよ。人間達の住んでおる街の裏の顔……のようなものじゃのぉ」
シャルルがそう言いながら前に歩き始めた。俺は慌ててそれについて行く。
☆☆☆☆☆
その後、暫く歩くもシャルルがいう魔物の姿は見えなかった。一直線に歩いているのではなく、シャルルがあっちこっちに歩き回るのをついて回っている状態なのだが、体感時間で既に30分位はこのモノクロの世界で彷徨っている。……なんか、魔物がいるというのが疑わしくなってきた。
「なぁ、本当にいるのか? ずっと歩きっぱなしで、特に何も出てこないんだけど……」
「慌てるでない。今回ユウトに魔物を見せる事が目的であった故、極々小さな存在を感知してきたわけなのじゃが……小さすぎて正確な位置が掴みづらいだけなのじゃ」
僕がため息をついてからシャルルに話しかけようとした直後、辺りが急に夏にでもなったかのような熱気の襲われ薄暗かったモノクロの世界に突然色が入った。周りの光景全てが真っ赤に染まったのだ。
「え!?なんだこれ!突然真っ赤になったぞ!」
「にゃっはっは!ようやく見つけたぞ。ほれユウト、あれが見えるか?」
僕は息を飲んでシャルルが指さす方に目をやると、そこに炎に包まれた物があった。全身を炎で包まれ、燃え盛る犬のような形状。しかし、犬が炎で焼かれているのではなく、炎が犬の形をしていた。
「な、なんだよあれ!ただの化け物じゃねーか!」
「ふむ、あれは炎狗の子供じゃの」
「名前なんてどうでもいいんだよ!子供だろうかなんだろうが、あんなのとどうやって戦うんだよ」
「にゃっはっは!どう戦うかを見せる為にきたのじゃろうが。さて、そろそろこちらに気付くはずじゃ。……少し下がっておれ」
シャルルの言葉に従い俺は後退すると、炎狗がこちらに気が付いたのか、振り向き激しく燃え始めた。そして、耳をつんざくような、この世のものとは思えない遠吠えをあげた。
「くっ!な、なんだよこれ!!」
僕は耳を抑えて屈みこんだ……と、同時にすぐそばで爆発音が聞こえた。その方向を見てみると……
――シャルルがいた場所が黒焦げになり炎が残っていた。そして、そこにシャルルの姿がなかった……
「……は? シャルル? おい!嘘だろ!? どこに行ったんだよ!!」
「ユウト、お主は何を慌てておる……こっちじゃこっち」
「ぶ、無事なのか!?」
僕は慌てて、声がする方に目を向けた。するとそこには、街灯の上にシャルルが平然と立っていた。体に怪我はないようで、服も燃えていなかった。
「このような輩に、妾が遅れをとる訳がなかろうが。ユウトは安心して、物陰にでも隠れて見ておるが良い。」
そう言うとシャルルは轟々と燃えさかる炎狗を睨みつけながら「ふーっ」と息を吐いた。するとシャルルの身体が仄かに光ったように感じた。そして、シャルルは街灯を蹴り、炎狗に向かって飛び出した。
次の瞬間、シャルルは炎狗を蹴り飛ばした。ように思えた。早すぎて見えなかったのだ。僕の目には、シャルルの姿が消えて、突然街灯が折れて、次の瞬間に炎狗が宙に舞ったように見えたのだ。
「ふむ、流石に一撃では倒せぬか……」
シャルルは炎狗が居た場所にスタッと降り立った。
炎狗は体勢を立て直し、着地の瞬間を狙っていたかのように、口を大きく開いて、火の球を連続でシャルルに向かって吐き出した。……さっきの爆発音の正体は、この火の球の様だ。
シャルルは着地した足でバク転をして避けた。バク転で避けた先に、読んでいたかの様に迫りくる火の球を次々に横に縦にと避け続けた。そして、連続で吐き出された最後の火の球を避けると同時にシャルルが地を蹴る。次の瞬間に、炎狗の傍にシャルルがいた。
「良い攻撃じゃが、まだまだじゃ。残念じゃったの」
とシャルルが呟くと同時に、シャルルは右手の爪伸ばし炎狗を切り裂いた。炎狗が纏っていた炎がボボボッと音を立てて、そして暫くすると炎は消えさった。何一つとして残さず消え去ったのだ。
シャルルはふぅとため息を吐きながら、体の埃などを落としている、僕はと言うと、シャルルが言うように物陰で隠れて見ていた。炎狗が吐き出す火の球がこちらに飛んでこないかと緊張してた事もあり、特に動いていた訳でもないが、肩で息をし、額に汗を流しながらその場に尻餅をついてしまっていた。っていうか、魔法いつ使ったんだよ!
「ふむ、まぁあまり濃厚なマテリアルではなさそうじゃが、ないよりはましじゃろう」
そう言いながらシャルルは魔物を切り裂いた右手を開く。すると。そこにはビー玉程度の大きさの濁った赤色の球があった。その赤色の球を、シャルルは口に含みガリガリと音を立てながら食べ始めた。
……え?
「お前……何を食ってるんだ?」
シャルルは僕に振り向いてからごくんと呑み込み「何ってマテリアルじゃが?」と答えた
「え? 今のがマテリアルなのか?」
「ふむ。厳密に言えば、マテリアルの結晶じゃ。魔物にとっては核みたいなものじゃ。負のマテリアルが凝り固まった際に出来る、マテリアルの塊と思えばよいかの」
「……なんでそんなもん食ってんだよ」
「何故かと言われてものぉ……生きる為、じゃな」
……生きる為?
「前にも言うたがのぉ、妾が存在し続ける為にはマテリアルが必要なのじゃ。その方法としては、こやつら魔物を倒しマテリアルを食らうか、人間と取引をしてマテリアルを貰うかのどちらかじゃの。妾は人間と取引をあまりしとうなかった故に、こうやって魔物を食らって生きてきたのじゃ。ちなみに、魔物の主食は人間や動物などの生き物じゃ。妾には出来ぬが、こやつら魔物は、人間や動物の血肉を食らう事で、体内でマテリアルに変換する事が出来るそうじゃ」
つまり精霊もしくは妖精なんかが魔物を食べて、魔物は人間を食べる。人間は……
「人間はただ食べられるだけの存在なのか?」
「いやいや、そうではない。自ら魔法を駆使して魔物を退けたり、妾と同類の者達と手を組んだりする者もいる。つまりは妾がユウトに持ちかけた取引見たいな事じゃの」
つまり、魔法の力を与える代わりに、共に魔物と戦いマテリアルの結晶集めを手伝う……持ちつ持たれつの関係という感じか。
「……僕はシャルルから持ち掛けられた取引の内容で、魔物と戦うなんて聞いてないぞ!」
「にゃはっは! そりゃ言うてないものな。それに強制的に戦わせるつもりもないぞ」
「そうだ! こんな奴らと戦うなんて僕は聞いていない! なのになんで勝手に戦わせようと……って、え? 戦わなくていいの?」
「そうじゃ。ユウトに戦えなんて妾は一言も言っておらん。戦う事に対して無理強いも強制もせぬよ」
それじゃ、本当に僕のマテリアルを分け与えるだけで、魔法の力をくれるつもりって事なのか? シャルルにとっては、僕のマテリアルを分け与えてもらえるだけで、十分なメリットという事になるのか…それだと、本当に僕にとってのデメリットはあまりないじゃないか。
「それにの、ユウト程のマテリアルの持ち主は、真っ先に魔物に狙われておるはずなのじゃ。マテリアルが多い生き物の血肉を食らう方が、魔物は良いマテリアルに変換できるのじゃからの」
……え?
「なのに、こうやって今日まで無事に生きておる。先ほどの反応からして、魔物を見る事自体が初めてだったようじゃしの。妾も初めは不思議に思うて観察してただけじゃが……このまま放置しても、いずれは魔物に襲われるじゃろうと思い、気まぐれで手を差し伸べたくなっただけなのじゃ」
つまり、僕を助ける為に近づいてきたって事か?
「妾はユウトに魔法を使える術を与える。代わりにユウトは妾が死なぬ程度のマテリアルを分け与え、妾を近くに居させてもらえるだけで良い。ユウト程のマテリアルじゃ、近寄る魔物も数え切れぬ程おるじゃろう。そやつらを食らう事で、妾の腹は満たされるでのぉ」
マテリアルっていうのがまだピンと来ていないが、それを少し分け与え、ただこいつを傍に置いておく。それだけで良いという事か。
「妾と取引をせんでも、今後も魔物に狙われず、平穏無事に生涯を終えるやもしれぬ。じゃが、妾の予想ではそう遠くない未来に、ユウトを襲う魔物はやってくると思うのじゃ。その時が来たとしても、今のユウトには退けるだけの力がない」
確かにあんな奴に急に襲われたりでもしたら、僕はすぐに黒焦げだろうな。でも今回は、襲われたじゃなくて襲いに行ったと言った方がいい状況なのだが……
しかし、あんな奴がこの世に存在して、人間を襲っているなんて知ってしまったら……
「はぁ……わかったよ。取引ってやつに応じる。で、どうすりゃいいんだ?」
「おぉ! やっとその気になりおったか。……こほんっ。では、力を抜いて目を瞑るが良い」
僕はシャルルに言われた通り、力を抜いて目を瞑った。すると突然ふわっと甘い香りがした。と、同時に唇に何かが触れた。僕は咄嗟に目を開けると、すぐ傍にシャルルが居た。
状況を端的に伝えると、僕の唇とシャルルの唇が重なっていた。つまり……
――何故か僕はファーストキスを奪わていた――
次は本当に来週の月曜日に投稿します……。