保健室
一時間目の授業中。僕は有り得ない程の腹痛に苛まれた。
耐え切れず机に突っ伏しながら手を上げ先生の許可を得た上で、僕はトイレに向かった。
これはもしかして、ここ数日の間に尻に受けたダメージの影響かと思ったがそうではないらしい。
単純に今日の朝食べたなんちゃってメロンパンがあたったようだ。
僕はこのままではダメだと思い、教室に帰る前に保健室へ立ち寄る事にした。
このまま教室に戻っても、授業なんて聞いてる余裕なんてできないからね。
保健室の扉を開けると、椅子に座りながら本を読んでいる人がいた。
この学校の養護教諭の箕面先生だ。
養護教諭、つまり保健室の先生と聞いてイメージがわくのは、優しくて大らかな先生だが……
「先生……下痢止めか、痛み止めある?」
「おやおや、御幣島君じゃないか。こんな朝早くからサボりなんてご機嫌だねぇ」
「サボりじゃねぇよ!! 本当に腹が痛いから、なんか薬くれよ」
「なになに? またお尻でもぶつけたのかな?」
「人の話聞いてた!? 腹いてぇんだよ! 下痢止めくれよ!」
「いいねぇ〜。それくらい元気なら薬も要らないんじゃないかな? なんてね。クスリクスリっと。あ、ちょっとそこで座っててくれるかな? 立たれてると目障りなんだよね」
今のやり取りを聞いただけでわかると思うが、優しさのかけらすらこいつにはないのだ。
なぜ養護教諭になろうとしたのか聞きたいくらいだ。
しかし、こいつはこのように毒を吐くのは、ごく一部の男子生徒に限る。
他の先生や女子生徒には優しく、そして愛想がいい。
しかも見た目は、メガネがよく似合う仕事の出来そうなイケメンときた。
こいつの容姿と表の顔にみんな騙され、こいつはゲス野郎と知っているのは、保健室を利用した事のある男子生徒だけなのだ……
「あったあった。ん~……ま、多分いけるか。ほら、これ飲んでみて」
「なんだよ多分って! 怖いんだけど!」
「いやぁ……それ僕の私物なんだけどさ、三年前の奴なんだよね。使用期限過ぎてるけど大丈夫だと思うよ」
「お前、なんてもんを生徒に飲まそうとしてんだよ!」
「大丈夫だって、死にはしないんだからさ。それに、それ以外に下痢止めも、痛み止めも今ないんだよね。まぁ、御幣島君だから飲ませるんだよ。特別って奴だね」
「そんな特別いらねぇ! もう勘弁してくれよ……」
僕は仕方なく渡された薬を飲もうとした。
しかし、渡された薬は錠剤。飲む為には他に必要な物がある。そう、つまりは飲み物だ。
「先生、水かなにか頂戴。このままじゃ飲めねーよ」
「何を言ってるんだ御幣島君。錠剤くらいそのまま飲みこみなよ。それと、薬渡したんだから、とっとと出て行ってくれないかな?」
「いや、もう水はいいから、せめてベットくらい貸してくれよ!」
箕面先生は「なんで貸さなきゃいけないかねぇ……これ使った後に直すの僕なんだよ?」と言いながらもベットを貸してくれた。
本当になんでこんな奴が養護教諭になれたんだよ。
☆☆☆
チャイムの音で僕は目を覚ました。
薬を飲みこんでベットに入った後、すぐに眠ってしまったようだ。
先ほどのチャイムが一時間目の終わりを告げるチャイムなのか、お昼休みのチャイムなのか、寝起きで時間の感覚がない為、分からない。
とりあえず体を起こしてみると、箕面先生が来た時と変わらず椅子に座りながら本を読んでいた。
ちらっと時計を見ると十二時十分を少し過ぎたところだ。丁度お昼休憩時間だな。
僕が状況整理をしていると、保健室の扉がガラガラという音と共に開いた。
「箕面先生、ここにゆうくんはいますか?」
「おぉ、名古君か。ゆうくんって言うのが御幣島君の事なら、そこのベットで眠っているよ」
カーテンから見えるシルエットと声で大体誰が来たかわかった。
そいつは箕面先生に会釈をした後、僕のいるベットのカーテンを開けた。
「あれ? ゆうくん起きてるじゃん」
やっぱり来たのは音海だった。
何故か僕のカバンと自分のカバンの両方を持ってきている。
って言うか誰から僕がここにいると聞いたんだ?
「友江君から授業中に倒れて保健室に運ばれたって聞いたけど、もう起きて大丈夫なの? 無理そうなら家に帰ったほうがいいと思ってカバン持ってきたんだけど」
「ユウダイかよ! しかも話盛りすぎだろ!」
僕は音海に事の顛末を話した。
音海は呆れて「だから無理して食べない方がいいって言ったじゃん」と言っていたが、そこだけはベーカリーさくさく通としては譲れなかった。
むしろ、ただ食べただけで腹が痛くなるなんて普通思わないだろ。
「二人ともご機嫌だねぇ。そんなご機嫌な二人に先生、ちょっとお願いしたい事あるんだけどいいかな?」
「なんですか先生?」
「いや、僕今からちょっと保健室を離れなくちゃいけないんだよね。だから、起きたばかりの御幣島君には悪いんだけど、ちょっとだけお留守番を頼まれてくれないかな?」
箕面先生がカーテンを押し上げながらそう言ってきた。
こいつ俺だけの時と、音海がいる時じゃ声色からして違う。
多分こいつは俺だけだった場合、無理やり任せるか俺を追い出して保健室に鍵をかけるつもりだったんだろう。
うん、あくまでも想像だがこいつならしかねない。
「はい、わかりました。とりあえず、ゆうくんはもうちょっとだけ休んでなよ」
「仲良き事は良き事かな。それじゃ僕は行ってくるね。あ、それと……御幣島君は変な気を行いようにね」
箕面先生は保健室の扉を閉める前にとんでもない事を言いながら出ていきやがった。マジで最低だ!!
「箕面先生ってあんな冗談も言えるんだねぇ……あ、ゆうくんはお昼ご飯どうするの?」
「そうだな……あんまりお腹空いてないしいらないかな」
「そっか、それじゃ私はここで食べるね」
音海は自分のカバンから小さな弁当を出した。
こいつ運動をする割にそこまで量は食べないんだよな……
そして、音海は弁当の蓋を取ると良い匂い部屋に充満した。
弁当の中身はタコサンウインナーに卵焼き、プチトマトとブロッコリー。
そして花の形にカットした人参が綺麗に並べられていた。
そして白米の上には焼いた鮭が乗っていた。
「音海さ、もじかしてこれって自分で作ったのか?」
「ん? そうだよ? うちってお母さんいないじゃん。だからお父さんの分も私が作ってるんだよ?」
そういえばそうだった。
僕たちが中学生一年生の時に、音海のお母さんが亡くなったんだった。
家事をしている最中に虚血性心疾患でおばさんは亡くなったと僕の母さんから聞いた。
それからこいつはお父さんと二人で生活をしているんだったな。
そういえば、あの当時たまにこいつが家で晩飯を食べたり泊まったりしていたのは、音海のお父さんが夜勤で帰れない時、亡くなったおばさんと仲が良かったうちの母さんが連れてきたんだったな。
我ながら迂闊な質問をしてしまったな……
「ん? 深刻な顔なんかしてどうしたのゆうくん? あ、もしかしてお腹痛いの!? と、トイレまで歩ける!?」
「ちげぇよ! ま、それにしても音海はいつの間にか料理上手になってたんだな」
「あれ? もしかして料理できない子と思われたのかな? 心外だなほんと」
音海はお箸を僕に突き付けながらそう言った。
てか人にお箸を向けんじゃねぇよ。
音海はふんっ! と華を鳴らした後、またパクパクと弁当を食べた。
「あ、そういえば怜奈ちゃんから聞いたけど、ゆうくん誰かから黒い猫を預かってるんだって?」
「あ、あぁ。うん、そうそう。預かっているって言うかなんていうか……」
紹介はしていなかったが、怜奈と言うのは僕の妹の名前だ。
音海が家に泊まる時、怜奈の部屋で寝ていた事もあり、二人は姉妹のように仲良しになっていた。
実際に僕の妹は今でも音海の事をお姉ちゃんと呼んでいたりもする……
「それって誰から預かっているの? 学校の人?」
「まぁ、誰でもいいじゃん。音海には関係ないだろ?」
「ふ~ん……ゆうくん、何か隠してるね? 私、ゆうくんが嘘ついたり隠しているのすぐわかっちゃうんだけど?」
「な、なにも隠してないけど?」
やばいな。僕は音海に秘密事を隠し通せた記憶がない。
だから、ここ数日は合わないように避けていたのに、怜奈のやつ本当に余計な事をしてくれたよ。
別にシャルルの事がバレてもいいのかもしれないが、それによって怜奈も音海も巻き込んでしまう事になるのは避けたい所である。
この数日で魔物がいかに危険な存在であるか身に染みてわかったからだ。
初めはなんとなく隠したが、今はそういう理由もあり、本気で隠し通そうと思っている。
音海が「本当かなぁ?」と言いながら僕を覗きこんできた時、突然辺りの雰囲気が変わった。
周りの風景がモノクロに変わったのだ。つまりこれは……異空間に巻き込まれたのだ。
なんてタイミングだよ、まじで。
「え? え? なにこれ?」
「落ち着け音海。大丈夫だ。……ってちょっと待てよ!なんで音海が動けるの!?ここにいるの!?」
「な、何意味分かんない事を言ってるの!?」
前回は、周りの奴らは動かなくなったのに、何故今回は音海がいるんだ?
まずい、ちょっと状況的に非常にまずい。
現状シャルルが近くにいるか分からない。
だが、流石に起きているだろうし、この近くまでは来ていると信じたい。
前回と違うのは魔導書があり、そして……音海が巻き込まれた事だ。
だが、出来るだけ音海に魔導書やら魔法やらには関与させたくない。
最悪バレてしまっても仕方ないとは思うんだけど、あくまで出来るだけ隠し通したい。
っとなると、今僕がすべき事は……
――音海と魔物を接触させずに、シャルルが来るまで待つ事だ――
来週は忙しくてお休みします。。。