ベーサクの新商品
涎まみれのまくら様に黙祷を唱えつつ、シャルルを起こそうと試みた、が。
シャルルはどれだけ体を揺さぶっても起きる気配がなかった。
うん。僕は最大限の努力をしただろう。一分間は揺さぶり続けたのだ。頑張った。
起きないのはシャルルが悪い、という事した。書き置きをして僕は家を出る事にした。
☆☆☆☆
……なんとなく、本当になんとなくだけど、自転車ではなく歩いて学校に向かおうと思った。
理由は特にない。しいていうなら、空がこんなにも綺麗だからだ。
こんな晴れ渡った日には、やっぱり散歩するのが一番だよね。
実際に、自転車で慌てて行っても、開店より先についてしまうのがおちた。
別段行列が並ぶって程のパン屋でもないし、特に問題はない。ね。
こうやって歩いていると、普段通いなれた道でも、また違った景色に見える。
だから僕はたまにこうやって歩いて学校に行くんだよね。
やっぱり、散歩っていいよなー。
なんとなくとか言ってたけど、本当はただ単に歩くのが好きなだけかもしれないな。
「ゆぅぅぅうくぅぅぅん!!」
突然後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
……恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはショートカット女の子が走っていた。
あまり女の子と言いたくないのだが……
そいつがニコニコしながら、僕に方に向かって走っていた。
――そして、僕は咄嗟に走りだした。
「え? あっ! ちょっとゆうくん! なんで逃げるのさ!」
「そこに道があるからだっ!更に言うなら、お前が追いかけてきてるからだっ!」
「意味がわからないよっ!なら、私が止まったら止まるのかぁ?」
「いや、そのまま僕はお前から逃げ切るっ!」
「理不尽だぁぁぁ!!」
この僕を執拗に追いかけてくるこいつの名前は名古 音海。
家が近所で、幼稚園から同じ学校を通い続けている。
……所謂、幼馴染というやつだ。
昔から男勝りな性格だった音海は、小学校一年生の時から近くにある空手道場に通っていた。
母親同士が仲良く、何故か僕も一緒に通わされた事があるが一年と持たずに僕が根を上げてしまった。
ちなみに、今でも音海は空手をやっていて、今は黒帯だ。
格闘技以外においても、運動と名のつくものが得意で、陸上部顔負けの脚力ももっている。
まぁ、何を言いたいかと言うと……
この追いかけっこにおいて、僕に勝ち目はないって事だな。
「よっしゃ! 捕まえたぁ!」
「ぐぇぇっ!」
僕は音海に襟首を掴まれ、変な声を漏らしてしまった。
追いつかれるまでに五分くらいしか持たなかった。
以前はあれくらいのハンデがあれば、十分は逃げれたのに。
……僕の体力も衰えたもんだな。
「はっはっはぁ! もう逃げられないぞ、ゆうくん? で、なんでこんなに早く学校に言っているの?」
音海は笑いながら問いかけてきた。
でもね、音海さん、目が笑っていないんですけど……?
僕は渋々その問いに対して答えた。
本当に簡単に「ベーサク行って新作パン購入予定。」とだけ答えた。
すると、音海はふむふむと頷きながら、僕の服から手を離した。
「それじゃ、私もそれ食べてみよっかな?」
「はぁ? なんで音海まで来るんだよ。ていうか、音海はなんでこんなに朝早く学校に向かってるんだ?」
「あぁ、私はいつもジョギングしながら学校に行ってるから、この時間には家を出ているんだよな。いつもはこの後に隣町まで行ってから学校に向かってるんだよ。」
音海は頭を描きながらそう答えた。
一分しか持たなかったのは、僕の体力が落ちたんじゃなくて音海が更にパワーアップしていただけかよ。
っていうか、本当に体力バカだなこいつ。
「それなら、今日もこのままジョギングしたらどうだ?ほら、僕の事は風景の一つだったと考えて、このままジョギングを続行するべきだ。うん、そうするべきだ」
「いんや。ゆうくんが居たという珍しい出来事は、単なる風景にしておけないよ。折角だし、今日はこのまま、ゆうくんと歩いて登校する事に私は決めた!」
「それに対して僕に拒否権はあるのか?」
「ないに決まってるじゃんか」
音海はそう言いながら、八重歯を覗かせニカっと笑った。
別にこいつと一緒に学校に行く事自体は嫌ではないんだけどさ……。
なんていうか……疲れるんだよな。まぁ今日だけだし、別にいいんだけどさ。
そうして、音海と二人で学校……いや、ベーサクへと向かった。
☆☆☆☆
結果から言うと、新作のパンを購入する事は出来た。
そして、音海は新作パンを買わずに別のパンを購入していた。
なぜ音海が新作のパンを購入しなかったかと言うと、それは理由であった。
まず新作のパンは、メロンパンじゃなかった。
どういう事かと言うと、ホットドック用のパンに、キュウリを挟み、そこに蜂蜜を塗った『なんちゃってメロンパン』という名の商品だった。
キュウリが嫌いだった音野は、商品説明を受けた時点で購入を断念したのだ。
もちろん僕は、たとえメロンパンではなくとも、ベーサクの新商品を購入するという目的自体は変わらないが故に購入をした。
そして、いち早くその味を知りたい一心で、店を出てすぐに、なんちゃってメロンパンに噛り付いた。
なんちゃってメロンパンは、口に入れると青臭く甘ったるい。
正直メロンというより、キュウリと蜂蜜から何も変化していなかった。
そして、パンがその青臭さや甘みを包み込むのだが、それが逆に不味さを際立たせる結果になっている。
更にはシャキシャキと言う触感と、もちもちっとした、パンの絶妙なアンバランス感が、吐き気を促す。
つまり、非常に不味い。
しかし、ここで食べるのを諦めてしまうのは、自称ベーサク通の僕としては許されない事だった。
僕は涙目になりながらなんちゃってメロンパンを一気に口に詰め込み、一緒に買ったミルクティーでそれを流し込んだ。
「え?ゆ、ゆうくん……大丈夫か?」
「お、おう。大丈夫だ」
「涙目になるほど、不味いなら食べなきゃいいのに……」
「誰が不味くて涙目になってるって言ったっ!……これは、美味すぎて感動の余り涙目になっているだけだ」
「あぁ、はいはい。そうですね。心配して損したよ」
心配そうに覗き込んできた音海の手にはベーサクの看板商品『さくさくラスク』があった。
驚く事にこのラスク、四枚で百円という破格の値段で販売しているのだ。
しかも、この価格にしては非常に美味しいのだ。
飛ぶように売れる為、稀に品切れになる事もある程の人気商品だ。
……また話が脱線してしまったな。
ま、簡単に言えば、音海はなんちゃってメロンパンを避けて一番無難な所に落ち着いたわけだ。
新作パンがあるというのにまったくもってけしからん。
「ん? 何見てるの? 食べたいのか?」
「ちげーよ。まぁいいや。学校行こうぜ」
音海は「おう!」と答えながらサクサクとさくさくラスクを食べながら僕の後ろを着いてきた。
ニコニコとして本当にいい笑顔だ。なんだか知らないけど、敗北感がすごいんだけど……。
☆☆☆☆
「おやおや? 今日は一緒に登校ですか? あつあつですなぁ」
僕が靴を直していくと、ユウダイがニヤニヤしながら近寄ってきた。
こいつは僕と音海が一緒にいると、いつもこうやってからかってくるんだ。
正直、非常にうざったい。
音海と一緒に登校したくない最大の理由は、こいつにからかわれるからなんだけどさ。
「勘弁してくれ、そういう関係じゃないんだからさ。たまたま来る途中にあったから一緒に来ただけだ」
「ほんっと勿体ねぇよな。音海ちゃん、かなり美人だし、人気あるんだぞ?」
「知らねぇし関係ねぇよ。俺と音海は単なる幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもねーよ」
どこぞの恋愛シミュレーションゲームみたいな、フラグを立てるのはマジで勘弁してくれ。
本当にそういう関係じゃないんだからさ。
「ところで、ユウダイ君。なんだ、あのメロンパン」
「お、どうだった? 美味しかったか?」
「美味しかった? じゃねぇよ! いくらなんでも、あれはひどすぎる!!」
僕は拳を握りながら、いかにあのなんちゃってメロンパンが不味かったかを、ユウダイに説いて聞かせた。
ちなみに、まだあの青臭さと甘さが混ざり合った、カオスな風味が頭から離れない。
おかげで力説しながら、えづいてしまった。
「あ、友江君おはよう! なんの話ししてたの?」
突然後ろから音海の声が聞こえた。
もう上履きに履き替えたのかよ。
僕なんてまだ靴を脱いだばっかりだ。
まぁ、ユウダイと話してたからなんだけどな。僕は音海になんちゃってメロンパンの事を話した。
「うん。そんなに不味かったなら、あんなに無理してまで食べなきゃよかったじゃん?」
「そこはベーサク通としては許されない事なんだ」
「なに、その変な拘り……昔から変な所を拘るよね……」
「あらあら、イチャイチャしちゃって。そんじゃ、邪魔者さんは退散しますかねっと」
「そんなんじゃねーってば」「そんなじゃないからね!?」
ユウダイは踵を返し「へーへー」と言いながら、そのまま何処かに行ってしまった。
まったくもってウザったい奴だ。
ちなみに音海のクラスは二年三組。二階に教室があるので、二階まで一緒にいき、そこで分かれた。
今日の帰り一緒に帰ろうと誘われたが、それとなく断っておいた。
……帰りはきっとシャルルがいるしな。音海に説明するのも面倒だしな。
教室に入るとユウダイがニヤニヤとこちらを見ていた。
本当、何がそんなに楽しいんだこいつは
……その後は他愛無い世間話をしながら授業が始まるのを待った。
新しいキャラ登場!
毎週月曜日投稿予定!