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光のもとでⅠ 第九章 化学反応  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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32 Side Soju 01話

 二十メートルほど離れたところに見える翠葉の後ろ姿――とはいっても、車椅子の背もたれに隠れて見えるのは肩から上のみ。

 俺の手には缶コーヒー。そのコーヒーを飲みながら、感慨深げに翠葉の後ろ姿を見ていた。

「驚いた……」

 それが正直な感想。

 少し前までは秋斗先輩を好きな自分自身にうろたえていた。が、今は「ツカサのことが好きだったのかな」と頬を赤らめて話すものの、普通に口にした。

 翠葉の中では、まだ初恋もしていないことになっているのだろう。けれど、実際のところはもう初恋は経験済みだ。

 覚えてはいないけど、感覚的に心や身体が覚えているのだろうか。だから、あんなにも自然と「好き」という言葉を口にできたのだろうか。

 今後、翠葉が記憶を取り戻せるのかはわからない。俺自身、記憶が戻ったほうがいいのか戻らないほうがいいのかすらわからない。けど、秋斗先輩にとっては酷な話だ。

 俺も唯も、自分から連絡を取る気にはなれず、結果として先輩とは連絡を取っていない。先輩が今どうしているのかも全く知ずにいた。

 今の翠葉はとてもニュートラルに見える。ストレスというストレスは痛みくらいなもので、それ以外の負担はとくにないんじゃないだろうか。

 心の負担になるようなことを考えていない翠葉を見るのは久しぶりで、このままでもいいんじゃないか、と思ってしまう。

 翠葉にとって何が良くて何が悪いことなのか……。もう、俺にもよくわからなくなってきていた。

 守りすぎて今の翠葉を作り上げてしまったのは俺たち家族だ。でも、高校に入ったら環境が変わった。

 翠葉からしてみたら、裸足で外を歩け、と言われたも同然だっただろう。さらに、茨の道へ、と歩みを進めてしまった節がある。それは翠葉の選択だったけれど――。

 少しは打たれ強くなってほしい。けれども、必要以上に傷ついてはほしくはない。……相対する感情。

「これが過保護って言われるゆえんかな……」

 自嘲する顔がエレベーターの扉に薄っすらと映る。

 翠葉はというと、電話がつながったらしく、頭をあちこちに傾けては前のめりになったりして話をしている。

「くっ……見てて飽きないな」

 普段から電話というツールをあまり率先して使わない妹だ。きっと、何を話したらいいのか、今さらになって必死に考えているのだろう。しかも、

「相手はあの司だからな」

 きっと、淡々とした答えが返ってきては慌てるんだ。

 司、か……。

 司にはものすごく気の毒なことをした。インターハイ前ともなれば、メンタルに影響を受けるようなことは避けたかっただろう。それなのに、これだ――。

 司の記憶も先輩の記憶もなくした翠葉。そのうえ、先輩にはまだ会ってすらいない状態で司に惹かれ始めている。

 こんな状況を司はどう思うのだろうか……。

「本意じゃない、かな」

 司は頭がいいし、頭の回転だって悪くない。でも、もう少しずるくなっていいようなところで妙に律儀だったりする。

 だからきっと、今翠葉が司に想いを打ち明けたところで司は喜ばないだろう。せめて、先輩と翠葉が出逢ったあとじゃなければ、その想いは受け取らない。

 そう考えると、そんなことは知る由もない翠葉は、記憶があってもなくても、結局のところは一筋縄ではいかない恋愛を目の当たりにするんだと思う。

「なんだかな……」

 どうやって手を差し伸べたらいいものか。はたまた、手を差し伸べる場所じゃないのか……。

 唯、俺たちにも課題がてんこ盛りだ。

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