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光のもとでⅠ 第九章 化学反応  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
39/53

08~09 Side Tsukasa 01話

「はい、終了。今日はここまで」

「あのっ、答え合わせくらいっ――」

「静かにしてくれないか。ここ、図書館なんだけど」

 目の前に座るは柏木桜かしわぎさくら。家庭教師という名目で教えてはいるが、覚えは悪い、宿題はやってこない、集中力は皆無――揃いに揃って最悪だ。

「答え合わせをする必要はない。全問不正解。これ、正しい答えと途中式。家で復習してわからないところを次のときに訊いて」

「このあと、うちでお夕飯をご一緒しませんかっ!?」

「……何度言えばわかる? 場をわきまえろ」

「ごめんなさいっ、だから一緒にお夕飯――」

「申し訳ないけど、このあと先約があるから」

 席を立ち図書館を出ようとしたとき、後ろから腕を掴まれ引きとめられた。

「次から自宅で教えてくださいっ。自宅でしたら私語も大丈夫ですよっ?」

 掴まれた腕をぞんざいに払い、

「それになんの意味が? 俺が見るのは勉強であって私語をするためじゃないんだけど」

「それは――」

「だいたいにして、出した宿題もやってこないのに家庭教師を付けることに何か意味があるとでも? 俺には茶番にしか思えない」

「だって、夏休みだものっ。別荘へも出かけるし、お友達のパーティーにも呼ばれるわっ」

「それが何か? 別荘に宿題を持っていけないわけじゃないし、パーティーだって連日朝から晩までやっているわけじゃないだろ? 詰まるところ、やる気があるのかないのかの問題だと思うけど」

 そこまで言うと、女は口を噤んだ。

「契約した以上、途中で投げ出すつもりはない。でも、二度と頼まれるつもりも契約を更新するつもりもないから」

 夏休みとはいえ、大学敷地内にある図書館には大勢の人がいる。その人ごみに紛れるのはひどく簡単なことだった。


 部室棟の脇に停めてある自転車に乗り、家路を急ぐ。

 家の前までくると、ミートソースの匂いが漂ってきた。

 一緒に出されるのは、もやしとザーサイ、きゅうり、鶏のささみのサラダだろうか。それは母さんが最近はまっているサラダだ。

 自転車を停めて玄関のドアを開けると、

「おかえりなさい」

 母さんがキッチンから顔を出した。

「ただいま」

「先にシャワーでそのあとにご飯よね?」

「そう。夕飯食べたらちょっと病院へ行ってくる」

「あら、何かあったかしら?」

「姉さんの患者から頼まれごとしてる」

「湊の患者……? あの子、今は校医よね?」

「患者がうちの生徒なんだ」

「もしかして、楓が麻酔科医になるきっかけになった女の子のこと? 確か、御園生――」

 母さんは首を傾げ、名前を思い出そうとしているらしい。

「珍しくてきれいな名前の子」

 どうやら名前を思い出すのは諦めたらしい。

「翡翠の翠に葉っぱの葉で――」

「翠葉ちゃん!」

 母さんは嬉しそうに口にしてキッチンへ引っ込んだ。

「翠の名前って何かご利益でもあるのか?」

 今度は自分が首を捻る番だった。


 かばんに入っている洗濯物を洗濯機へ入れ、自室がある二階へと上がる。

 一階はLDKに加えて夫婦の寝室と父さんの書斎、書斎の間続きに書庫がある。ほかは洗面所やバスルーム、トイレ。じーさんの家とは違い、これといって大きな家でも変わった家でもない。

 二階には三人分の私室と客間がひとつ。それから、洗面所とトイレ、バスルーム。

 二階のバスルームには湯船はないが、起き抜けにシャワーを浴びたいときには便利。

 姉さんと兄さんがひとり暮らしを始めてから、二階は俺ひとりのスペースとなった。

 着替えを持ってシャワールームへ行くと、シャワーを出しながらシャンプーに手を伸ばす。この時期はシャンプーからボディーソープまでメンソール入り。

 シャワーを浴びているときより、上がったあとの爽快感が強くてなんとなく好きなアイテム。とくに勉強前、気持ちをリセットする際に役に立つ。

 風呂が好きというわけではないが、意外と好きなのかもしれない。嫌な気分を払拭したいときや、気分転換をはかりたいとき、そんなときに有効なアイテム。

 気持ちを切り替えるためのアイテムはいくつかあるに越したことはない。翠はそういうものがひとつもなかったのだろうか……。

 以前、数を数える方法を教えたけれど、あれは意識的にするものであり、物理作用がない分難しい。

 ほかにも何かあったほうがいいんだけど……。


 シャワールームを出て一階へ下りると、ちょうどパスタが茹で上がったところだった。

 ふと、隣接する海斗の家が目に入った。が、人がいる気配はない。

「隣は?」

「紅子は斎さんのところ。海斗くんは友達とファストフードを食べてくるって連絡があったわ」

 またか……。

「海斗、最近外食増えたんじゃない?」

「そうなのよね……。しかも、ファストフードばかり」

 と困ったように話す。

「そんなもの食べてばかりいたら身体を壊す」

「そうよね? だから――」

 母さんは俺に視線を向けてにこりと笑んだ。

「それを誰が伝えたら一番効果的かしら?」

「……わかった、俺から言っておく」

 母さんはおっとりとしているが、こういうところでは人使いが荒い気がする。


 キッチンカウンターから渡された料理は、ミートスパゲティと予想していたサラダ。それから、玉ねぎとワカメ、豆腐のスープだった。

 このスープやサラダは翠も好きそうなメニューだな……。

 そんなことを思いながら、テーブルに並べていく。

「母さん、ハナは?」

 食べ物の気配がするとすぐに現れるハナがいない。

「たぶん、書庫で寝ているのだと思うわ」

「ふーん……」

 我が家の愛犬、真っ白チワワのハナは書庫が好きだ。一階で一番涼しい場所、それが書庫なのだ。

「ハナのご飯は?」

「これからよ」

 母さんは秤の上に器を乗せ、少し高い位置からドライフードを落とし始める。

 カランカラン、と音が鳴りだした途端、カツカツカツカツと音が聞こえ、ハナがリビングに現れた。

「この音にだけは逆らえないのよね?」

 母さんはクスクスと笑いながらハナに夕飯を与える。


 夕飯を済ませると、約束の時間までにはまだ少し時間があった。

 仕方なく、足にじゃれつくハナの相手をする。と、ハナは遊ぶことよりも撫でられることを所望してきた。

 手入れの行き届いたハナの毛並みは気持ちがよく、触っているのは苦ではない。そして、撫でられているハナは気持ち良さそうに身を委ねてくれる。この幸せそうな顔を見られるのなら、撫でてやってもいいかな、などと思う。

 しばらくそうしていると、時計が六時半を知らせた。

「ハナ、終わり」

 不服そうな顔をするハナをラグへ下ろすと、すぐに母さんがハナを抱きかかえた。

 ハナはそれだけで機嫌を直してしまう。

 なんてげんきんな犬……。

 そんなことを思いながら家を出た。

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