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光のもとでⅠ 第九章 化学反応  作者: 葉野りるは
本編
25/53

25話

 トリートメントを終えて病室に戻ると、新聞紙も切り終えた髪の毛も、すべてがきれいに片付けられていた。

 鏡だけがまだ壁に立てかけられている。

 再度クロスをして、ドライヤーで髪の毛を乾かしてもらうと、

「うん、だいぶ手触り良くなったよ。毛先も三十センチ近く切ったから、櫛の通りもいいね」

 宮川さんの手は男の人の手なのに、とても繊細な手に思える。指が長くてシルエットがきれい。

 美容師さんの手とは思えないほどきれい。この手を少し小さくすると唯兄の手と似ている。

 そんなことを考えながら宮川さんの手を見ていた。

「じゃ、髪の毛アップにしようね」

 軽くコームで髪の毛を掬い上げ、頭のてっぺんでルーズなポニーテールを作る。と、くるくると器用にお団子を作った。

 前髪も右側から左に流れるように落として、普段と違う髪形に新鮮さを感じる。

「タマキ、シュシュ持ってない?」

「もちろん持ってるっ!」

 小宮さんはバッグの中からポーチを取り出し、チャックを開けると色とりどりのシュシュが出てきた。

「翠葉ちゃん、どれがいい?」

「え……?」

「一個プレゼント!」

「でも……」

「翠葉ちゃん、もらってやって? こうやって誰かにあげたりしないと、そのポーチの中にシュシュがおさまりきらなくなるんだ」

 宮川さんが苦笑する。

「そうなの。こういうの、見てるとどうしても欲しくなって買っちゃうんだ。気づいたらこんなにたくさん。でも、大っ変残念なことに頭はひとつしかないのよ」

 困ったように口にする小宮さんがおかしかった。

「だから、お好きなのをどうぞ」

 ずい、と目の前にポーチを出され、

「じゃ、お言葉に甘えます」

 たくさんのシュシュを見ながら吟味する。

 ゴールドのシュシュや黒地にビビッドなピンクのシュシュ、優しいピンクが主体のものもある。

「あ、これ……」

 私が手に取ったのはリネン素材のシュシュで、かわいいレース付き。

「いいね、今日の服装にも合う」

 宮川さんがそれを手に取ると、お団子の周りにシュシュを付けてくれた。

 そして、お団子から少しずつ指でつまんで髪の毛を引き出す。

「こうすることで、よりルーズ感が生まれるんだよ」

 宮川さんは丁寧に教えてくれるけれど、自分でできるかは謎だ。

「襟足の髪の毛を左右両方一筋ずつ残しておいて、コテで巻いてもかわいいよ」

 小宮さんも教えてくれるけど、私は「うーん」と唸ってしまう。

「今度教えようか?」

「え……?」

「興味はある。でも、できるかどうかは別。そんな顔してる」

 小宮さんに顔を覗きこまれ「当たりです」と白状する。と、

「大丈夫、誰でも練習すればできるようになるから!」

「……いつか、お時間があるときに」

「よっし! 翠葉ちゃんに似合いそうなのいろんなの考えておくね!」

「タマキ、そろそろ撤退」

 宮川さんが辺りを片付け始めた。

「あのっ、オープン前の忙しい時間にすみませんっ。ありがとうございました」

「気にしなくていいよ。お代はちゃんといただいているし、思わぬ収穫もあったし」

「え……?」

 思わぬ収穫って何……?

 宮川さんをじっと見ていたけれど、それが何かまでは教えてもらえなかった。

 ふたりがバタバタと病室を出ていったあと、

「お母さん、思わぬ収穫って何……?」

「蓮くんとタマキちゃん、結婚が決まっているのよ。式をウィステリアパレスで挙げたいって言っていたから、静に口利きする約束をしたの。ほかにも新居のデザインを無料で請け負うって話」

 ふたり、ご結婚されるんだ……。

「静への口利きは翠葉の仕事よ?」

「え?」

「静が発行したフリーパスを持っているのは、私ではなく翠葉だもの」

「あ……」

 そういえば、最近は全然仕事に関する連絡は来ないけれど、私は何もしなくていいのかな……。

「翠葉、疲れたでしょ? ベッドに移りましょう」

 ゆっくりベッドへ移ると、

「静がね、しばらくは治療に専念しなさい、って。写真を飾るのは一番最後の作業だから、十一月までは余裕があるって言ってたわ」

「……良かった」

 でも、私はその頃に退院しているのだろうか……。

 不安は消えない。

 早く症状が治まればいいのに……。

 早く、いつもの自分に戻ってほしい――。


 十一時になると、蒼兄と一緒に桃華さんと佐野くんがやってきた。

「翠葉っ!」

「桃華さん」

「ちょっとこれっ! まだ聴いてないでしょっ!?」

 桃華さんに差し出されたのは二枚のディスク。

 ……なんだろう。

「えぇと……」

 私が困っていると、

「やっぱ忘れてるのかな」

 佐野くんが首を傾げた。

「六月に学校で翠葉のお誕生会やったの覚えてる?」

 桃華さんがうかがうように私の顔を覗き込む。

 私は少しずつ記憶を手繰り寄せていた。

 どうしてこんなに思い出すことが難しいのだろう……。

「……ドレスを着た気はするの」

 でも、それ以上のことが思い出せない。

「もしかしたら、と思って久先輩から写真借りてきたわ」

 桃華さんに差し出されたアルバムを受け取ると、

「アップスタイルも似合うわね? 前髪があるの、なんだか新鮮だわ」

 桃華さんにまじまじと見られて少し恥ずかしい。

「今朝ね、美容師さんが来てくれて、髪の毛を切ったあとにこの髪型にしてくれたの」

「「切ったのっ!?」」

 桃華さんと佐野くんがびっくりした顔で訊いてくる。

「うん、三十センチくらい。今は腰よりも上くらいの長さ」

「焦った~……」

 佐野くんがへなへな、とその場に座り込む。

「私も……後ろの席から翠葉の長い髪を見ているの結構好きなの」

 そんな会話をしたあと、お母さんと桃華さんたちの挨拶があった。

「蒼樹、私、少し早いけどお昼を食べてきちゃうわ」

「それなら一緒に行こう。このあと、桃華と一緒にランチに行くんだ。囲炉裏へ行くつもりなんだけど」

「でも……」

 お母さんは私のことを気にしたあと、桃華さんに視線を移した。

「お母さん、私、お昼ご飯を食べたら寝ちゃうと思うの。だから、外で美味しいものを食べてきて?」

 私に乗じるように桃華さんも口を開く。

「ご一緒できたら嬉しいです」

「……そう?」

 遠慮気味のお母さんに、「何、遠慮してるんだか」と蒼兄が笑った。

 この場には話についていかれない人がひとりだけいて、佐野くんがひとり目を白黒とさせていた。

「え? え? えええええ!? 何? そういうことなの!?」

「そういうことなんだ。だから、学校で桃華に悪いムシが付かないように見張っててね」

 蒼兄は嬉しそうに笑って口にした。

「……っつか、簾条なら心配しなくても自分で害虫駆除くらいしますよ」

「ふふふ、そのとおり。蒼樹さん、心配ご無用です」

 桃華さんはきれいに微笑んだ。

 年の差は私以上にあるのに、桃華さんと蒼兄が並んでも違和感がない。お似合いだな、と改めて思った。

 話が一段落すると、

「アルバムを見ましょう?」

 桃華さんが持ってきたアルバムを開いた。

「悪巧みはここから始まってたんだ」

 と、佐野くんがおかしそうに話す。

 写真には私とツカサが写っていた。ふたり並んで歩いているところを後ろから撮られているらしい。

「……下校、かな?」

 そんな印象の写真。

「これは誕生会前日なんだ」

「そう、この日に誕生会に参加できる人間の抽選会をしたの。翠葉には知られたくなかったから、藤宮司に連れ出してもらったのよ。確か、市街に行くって言っていた気がするわ」

 思わず桃華さんの顔を見てしまう。

「どうかした?」

「……桃華さん、ツカサのこと、いつも藤宮司ってフルネームで呼んでいるの?」

「っていうか、いつから呼び捨てにするようになったのっ!?」

「御園生、いつから先輩のこと呼び捨てするようになったのっ!?」

 ふたりが食って掛かる勢いで迫ってくる。

「……あの、ツカサの話だと一昨日友達になったみたいだったよ? それまでは先輩だったって……」

 ツカサに教えてもらったとおりに答えると、ふたりは顔を見合わせた。

「何か着々と進んでいるわね」

「そうだな、何かがな……」

 私はそんなふたりをよそに、アルバムに視線を戻した。

「……写真を見てみると、本当に知り合いだったんだなぁ……って思うね?」

 次のページをめくると、佐野くんが気まずそうに口を開いた。

「なぁ、マジで記憶なくなっちゃったのか?」

「……ここで冗談でした、とか言えたらいいのだけど、どうも本当らしいのよね。自分でもまだ信じられなくて」

「バカね、佐野。翠葉がこんな性質の悪い冗談を言えるわけがないでしょ」

「ま、それはそうなんだけどさ……」

 佐野くんはなんとも言えない顔をしていた。

 再度アルバムに視線を戻す。

 抽選会をしているところや衣装の準備をしているところ。桜香苑手前の芝生広場にガーデンテーブルが運ばれるところ。そして、図書棟から出てきた私をエスコートしてくれていたのはツカサだった。

「わぁ……王子様っ」

 私の一言にふたりが笑う。

「確かに、マントつきだしな」

 と、アルバムを覗き込んだ蒼兄も笑う。

「翠葉もピンクのドレス似合ってるわね」

 お母さんに言われてなんて答えようか迷った。

「このドレスだけはなんとなく覚えている気がするの。それから、ピアノを弾いた気はするけれど、何を弾いたのかまでは思い出せなくて……。でも、茜先輩と星に願いをとエーデルワイスを協演したのは覚えてる」

「……藤宮司に関する記憶がないのなら、それで当然だわ。このときはずっと藤宮司が翠葉についていたのよ」

 桃華さんの言葉を裏付けるように、写真がそれらを物語っていた。

「翠葉も私と海斗も、このときに生徒会メンバーに就任したのよ」

 ステージの上にずら、と生徒会メンバーが並んでいる写真を見て言われる。

 生徒会メンバーの顔はみんな覚えていたし、名前だってきちんと覚えている。なのに、どうしてツカサのことだけ忘れちゃったのかな……。

 桃華さんに手帳を開くように言われ、サイドテーブルの引き出しにしまってあった手帳を見る。と、その中には写真が四枚挟まっていた。

 クラスメイトと写っている写真のほかに三枚――。

「ツカサ……?」

 一枚はツカサがバスケでシュートを決めている写真だった。

 それから――。

「ツカサと……藤宮秋斗さん?」

 今よりも少し幼い感じのするツカサと、楓先生のそっくりさん。

 ツカサは嫌そうにしているけれど、そっくりさんは嬉しそうにツカサの肩へ腕を回していた。

 最後の一枚はそっくりさんが藤宮の制服を着ている写真だった。

「これは……?」

「秋斗先輩が高校生のときの写真」

「どうして……?」

「翠葉……全部を一気に人に訊くのではなくて、少しずつにしたらどうかしら?」

 桃華さんは私のことを心配そうな目で見ていた。そして、今の言葉は気遣いのほかに、何かを危惧しているような響きを持っていたように思う。

 この写真を持っていることに何か意味があるのかもしれない。でも、桃華さんがこんな顔をする程度には躊躇するものなのだろう。

 ほかの質問なら答えてもらえるだろうか……。

「ツカサはこの人と仲がいいの?」

 従兄とは聞いているけれど、仲がいいのかは知らない。

 写真を見ながら訊くと、蒼兄が教えてくれた。

「そうだな、すごく仲がいいと思うよ」

 このふたりは私にとってどんな人たちだったのかな……。わざわざ手帳に挟んで持ち歩くほどに大切な人たちだったのだろうか……。

「なんで……なんで忘れてしまったのはこのふたりだけだったんだろう」

「翠葉、焦っても仕方ないわ。あまり考え込むのはやめましょう。先生も仰っていたでしょう? 思い出せるときには思い出せるって」

 お母さんの言葉に口を噤む。

 ツカサは訊いたらなんでも答えると言ってくれたし、訊いたことにはその場でサクサクと話してくれた。でも、蒼兄や唯兄、お母さん、桃華さんは逆な気がする。

 それはどうしてなのかな……。

 なくした記憶に見えない影を感じながら、私はアルバムをめくった。

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