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光のもとでⅠ 第九章 化学反応  作者: 葉野りるは
本編
20/53

20話

 検査室を出ると、先ほどはずされたバングルを左腕にはめられた。

「先生これ……」

「次の検査まで時間がないの。その話はあとでするから」

 と、今はそれ以上訊かせてはもらえなかった。

 来たとき同様、カーテンレールに点滴を吊るしてルームウェアへ着替える。と、最後にロッカーに備え付けられている鏡に自分が映った。

「……え?」

 ルームウェアの首元に黒い染みがついている。

 もしかして、血っ!? 点滴が漏れてるっ!?

「湊先生っ」

「何?」

 すぐにカーテンが開き、「これっ」と首元を指差す。湊先生は点滴が刺さっているあたりをチェックしたものの、取り立てて慌てた様子ではない。

「漏れてない……?」

「大丈夫よ。翠葉が倒れたときに一度外れたの。だから血液と輸液が付いてる。あとひとつ検査を済ませたら病室に戻るから、そしたら着替えるといいわ」

「……はい」

 よくよく考えてみれば、血液が黒いということは、すでに血液が乾いていて今どうこう、というわけではない。それに、輸液が漏れていたら検査着にも付いていただろうし、検査技師さんだって気づいたはずだ。

 何をこんなに慌てる必要があったのか……。

「私、観察力足りなすぎ……」

 それにしても、しっかりと固定されている点滴が抜けるなど、私はいったいどんな倒れ方をしたのだろう。


 次は脳波の検査。この検査は去年受けたことがある。

 頭に小さな吸盤をたくさん付けられ、暗い室内で横になる。そして、息を吸ったり吐いたり、検査技師さんの声に合わせて繰り返す。ほかには強い光が点いたり消えたりするのを何度も繰り返したり。前置きの説明が長くて準備にも時間がかかる検査。

 検査時間は十五分、二十分くらいだったと思う。でも、終わったあとには吸盤とクリームを拭き取る作業があるため、相応に時間がかかる。

 前の検査と同じように、検査室に入ると湊先生は外に出た。

 検査はやっぱり長い説明から始まるようだ。

 私がクスリと笑うと、「どうかした?」と検査技師さんに顔を覗き込まれる。

「いえ、去年も同じ検査をしたんです。そのときの説明と同じだな、と思って」

「あら、マニュアルそのまま読んでるのバレバレね?」

 検査技師さんもクスクスと笑い、「それなら話は早いわ」と簡易的な説明に変更された。

「吸って吐いての呼吸も光のフラッシュも大丈夫ね?」

「はい、大丈夫です。それから暗所恐怖所でもないです」

「そうそう、それも訊かなくちゃいけないのよね」

 そんな会話をしてから検査が始まった。


 最初に電気が消え、吸って吐いてののんびりバージョンと少し早いバージョン。少し早いバージョンは、気をつけていないと過呼吸になってしまうから要注意。

 光のフラッシュは眩しくて少し苦手。そう思っているうちに光のフラッシュが始まった。

 最初はゆっくりと、徐々に点いたり消えたりが早くなる。まるで連写のようになったそのとき――。

 脳裏に楓先生と湊先生の顔が交互に映し出された。

 何――!?

 途端に息苦しさを覚える。

「っ……」

 苦しいと思って数秒でバン、とドアが開く音がした。

 それは検査室の奥へ続く扉ではなく、検査室の外に通じる廊下から。

「検査中止っ、翠葉っ?」

「せん、せ……」

「きちんと呼吸しなさい」

 先生は脈を取りながら、乱れた呼吸をもとに戻そうとしてくれる。

 呼吸が落ち着くと聴診器を取り出し、すぐに胸の音を聞かれた。

「大丈夫よ」

 その言葉にほっとするものの、不安は拭えない。

「ICUには戻らなくても大丈夫だから、まずはきちんと呼吸しなさい」

 私は頷き、呼吸することに専念した。

「湊先生、これよかったら使ってください」

「あぁ、ありがとう」

 湊先生は検査技師さんに渡されたタオルで額を拭いてくれた。

「すごい汗よ。気分は悪くない?」

 汗……?

 不思議に思いながら、「大丈夫です」と答える。

 検査は中止になり、頭に取り付けられた吸盤もクリームも拭き取ってもらい、どこにも寄らずに病室へ戻った。

 病室に戻り着替えを済ませると、藤原さんがトレイを片手にやってきた。

「これを食べたら薬を飲んで少し休みなさい」

 目の前に置かれたのは桃。

「朝食べたものと同じものよ。ご飯は次に起きたときにしましょう」

 口にした桃はとても甘かった。

「美味しい……」

 自然と口元が綻ぶ。

 三切れも食べるとお腹はいっぱいになり、薬を飲んで横になった。

「あと少ししたらご家族がいらっしゃるわ。安心して休みなさい」

「はい」

 色々と考えて眠れないかもしれない。そう思ったのに、身体を横にするだけで睡魔は訪れた。

 検査まわりをして、少し疲れていたのかもしれない。

 中断した検査はまた後日やらなくてはいけないのだろうか。

 どうしてだめだったのかな……。前に検査したときはなんともなかったのに……。

 どうして楓先生と湊先生が交互に頭に浮かんだのだろう。

 ……でも、湊先生に似ていたけれど、どこかもう少し尖った印象だった。

 楓先生も、いつもの楓先生とは少し違う印象だったように思う。

 何が違ったのかな……。あれは湊先生と楓先生だったのかな。

 そんなことを考えながら意識が徐々に薄れていった。

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