湖底の彼女
僕は彼女とカヌーに乗っていた。ピンク色のつやつやした輝きを放つカヌーで、僕らはそれに向かい合わせに座り、岸辺を離れていた。
頭上からはオレンジと黄色が混ざり合い、重なりながら降り注いでいて、それらは湖面に跳ね返ると白く瞬いていた。湖面に映るのは僕らの姿で、鏡の中の彼女と目が合った。
彼女は目を細めて笑っていて、僕がカヌーを漕ぐのを楽しそうに眺めていた。
「こうしてこの湖に来たのも、ちょうど一年前だね」
彼女はクリーム色のコートの、ボタンの付いたポケットに手を掛けながら、眩しそうに夕陽を見つめていた。僕はゆっくりと水面を撫でるように漕ぎながら、笑みを漏らした。
「一年と三日だね」
「うん。一年と三日」
彼女はうなずき返しながら、ポケットに手を入れてそこから都こんぶを取り出した。そして、それを抜き出し、僕の口の前に差し出してきた。
僕は身を乗り出し、彼女の指を舐めないようにそっとこんぶをくわえた。
「とにかくこの湖は人が少ないね」
彼女は自分でこんぶを口に含み、塩を払いながら言った。
岸辺には人の姿は見当たらない。
「私、こうしてたまに桜人と公園に出掛けるのが好きなんだ。次は三ヶ日でどこかに行こうか」
「いいよ。次は神社か何かに寄ろうか」
うん、と彼女はつぶやき、“そのまま跡形もなく消えた。”
湖面に映っているのは僕の姿だけだった。向かい側には誰もいない。ただ僕が水面を撫でるようにカヌーを漕いでいるだけだ。
「一年と三日、か」
僕は彼女の幻影を再び見ようとして、正面を見つめる。でも、もう彼女はいないのだから、そんな想いは全く冬の寒気に凍り付いて、僕の瞼から零れ落ちるばかりだった。
彼女に会いたい。まだ、どこかに彼女がいるはずだ。
この湖の底の、どこかに。
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