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夏のホラー2013『あいつのドッペルゲンガー』

作者: JFZ

ドッペルゲンガー、もう1人の自分が現れる現象を指すが、それが何故起こるかはまだ解明されていない。

もしかしたら、何かの弾みで現れて、恐怖を与える存在かも知れない。

夏のホラー2013


会社の休憩室で俺こと永田 久司は同僚達何人かと何時ものくだらない話をしていた。

最も、くだらない話をしてるのは殆どが俺だけで、ほかの奴は

『またか~。』

な感じで辟易してるのだが…。

そんな中でも、よく俺がいじくる対象にしてるのが、俺の4つ後輩の川崎 夏樹だ。

今はお互い違う課だが、昔は俺の居た部署に来て一緒に仕事をしていた。

そんなこともあり、俺は他の女子社員よりも彼女とよく話す、厳密に言うと彼女をよくからかっていた。

しかし、普通の他の女性なら怒ることでも、彼女は慣れっこだからか、

「はいはい。」

と言ってあっさりと流してしまう。

俺としては何か面白くないから、もっと何とかして怒らせるかしてからかってやろうと思ってた。

そんな何時もの会話を(俺1人だけが)楽しんでいた。


「夏樹は八○亜紀のそっくりさんだな!厚化粧が!」

「そんなこと無いっすよ~、失礼ですね!」

今日は夏樹の化粧をネタにおちょくっていた。

本人曰わく『ナチュラルメーク』らしいが、俺は意味も知らないし、そんな事どうでも良かった。

気の強い夏樹が

『もうっ!』

とでも言って怒ったり落ち込んだりする姿をみてからかいたかっただけだったから。

本人も俺の思惑を知ってか知らずか、なかなか怒らずにあっさりと

『はいはい。』

だけで流してしまう。

しかし、今日は何となく手応えがありそうだ。

だったらもっとおちょくってやる!


「あ、ごめんごめん、よく見るとバカ殿様より白い顔!」

「えーっ?」

「白ペンキ塗ったくってる?」

「え…?」

「もしかしてそれってお面?うわーっ、趣味悪っ!化粧の範疇越えとるわ!ブスが別の方向に更にブサイクにいっとるわ!」

「…。」


流石の夏樹も相当落ち込んだようだ。何時もはニコニコしてる彼女が俯き黙り込んだ。

それから休憩室を出る時に


「セクハラ~、課長に言いますよ!」

と、酷く落ち込みながら俺に背中を向けて小声でポツリと言った。

その時も俺は、


「構うもんか!既にお前んとこの課長には先に言ってOK貰ってる!」


と言ってやった。

俺の心の中では

(やったーっ!ざまー見ろ!今日こそは落ち込ませたった!)

と1人で勝手に勝ち誇った気分と、

(てっきり『もーっ!』と女らしく怒るかと思ったけど、ちょっとやりすぎたかな。)

と少し申し訳無いと言う後悔の念が入り交じっていた。


「久司さん、やばいっすよ!夏樹さん、相当落ち込んでましたよ!」


このやり取りを端から見ていたほかの同僚たちは酷く落ち込んだ夏樹を心配してた。

勿論だ!我が社のセクハラ防止マニュアルに抵触するような事を俺が平気で言ってたし、その前に世間一般常識からしても問題あるだろう。


「大丈夫大丈夫!俺より男らしいあれがあんな程度で落ち込む訳ない!」


俺も心の中では

(あ、やりすぎたかな?やべーな!)

くらいは思ってる。

でも、アイツがあんな程度で本気で

『セクハラ~!』

とは思わないだろうと思っていたから大して気には留めてなかった。


そうして俺は休憩室を出たが、自分の事務室に戻るときに女子便所の前に差し掛かり、女子便所から出て来た夏樹と鉢合わせした。


「あーっ、俺を追っかけてるストーカーだ!まぁ怖い怖い!」


と、また夏樹をからかった。


しかし、その時の夏樹はさっきとは全くの別人みたいだった。


俺を見るなり無言で、そして夏樹と出会ってから今までに見たことの無い、鬼の形相で俺を睨みつけていた。

元ヤンキーだろうとは思っていたが、それでも睨みつけ方が半端じゃなかった。


「目つきが怖いなー、更にブサイクになるで~!」


などと表面上はからかってる振りはしても、心の中では


(メチャクチャ睨んでる~!怖い、ほんまに怖い~!)


『この野郎!半殺しにしてやろうか!』

なオーラをビンビンに放ちまくる夏樹の凄みは北斗の拳のラオウやカイオウの比じゃないくらい恐ろしかった。

時間にすると1分くらいかも知れないが、俺には1時間以上にも感じられていた夏樹の恐怖の睨みつけからようやく開放され、夏樹は自分の事務室に戻った。

失禁するような恐怖体験をした俺は万が一の事を心配して男子便所に駆け込み、本当に漏らしてないか確認した。

本当に漏れてない事を確認して便所から出た時に、女子便所から出て来た夏樹とまた鉢合わせした。


「あ、あれ?お前、さっき便所から出なかったか?」


俺が男子便所に入ってから出るまで10秒とかからなかったのに、自分の事務室に戻った夏樹が再び女子便所から出て来た事が信じられなかった。


「はぁ、何言ってるんですか?私が便所に行ってるとか、セクハラでしょ!」


不愉快そうな夏樹は再び事務室に戻ったが、さっきの夏樹とは全くの別人みたいで、半殺しにしてやると言ったオーラもなければ、鬼の形相のような厳しい目つきも無かった。


「あれ?どないなってんの?」


全く別人の夏樹を見たようだが、現実的には有り得ない事に困惑したものの、このところ忙しくなって、単に疲れが出ただけだなと自分に言い聞かせ、俺はその場を後にした。


しかし、この奇妙な出来事がこの後、俺と夏樹に起こる恐怖体験に繋がる糸口だと言うことに、俺は気づいていなかった。


それから1週間位経った頃、たまたま夏樹と俺が同じ用件で車で10分位の所にある系列会社に行った時の事だった。

普段通りの明るい夏樹を運転手にして先方に到着し、用談相手の数名から夏樹が


「髪型変えた?」

「似合ってるよ。」


と言われ、夏樹は上機嫌になってたが、何故かアイツは2、3人分離れた席に座っている俺の所に来るなり、自分の顔を近付けながらニヤッとして、


「気付かなかった?気付かなかった?」


と、何回か俺に自分の髪型が変わった事をアピールして来た。

アイツからしたら…


(他の職場の人がすぐ気付いてるのに、何で何時も顔を合わせてる先輩が気付かないの?ちゃんと見てよ!)


とでも思ってるんだろう。

正直な所、夏樹が髪型を変えた日から気付いてはいた、単に、女が髪型を変えたとか言うのを誉めるとかが苦手だし、まさか俺がアイツに気があるなんて思われたくなかったから、知らん振りしてただけなのだが…。

それでも今更言っても一緒だろうから、


「ほんまやなぁ、気付かんかったわ。どうでも良いことだし、ハゲにでもしたら気ぃ付いとったかな?」


と、平気ではぐらかした。


そんな事があって用件を済ませてお互い帰るとき、何だか夏樹の運転も行きより雑で、さっきまでは機嫌が良かったのが、今では会話も苛ついてた。

もしかしたら俺の一言が…と思ったが、その時はすぐに機嫌を直すだろう!位しか考えていなかった。

車を降りても


「お疲れ様でした。」


とだけ言い残してさっさと自分の事務室に戻って行くのも、何時もサバサバしてるアイツの性格だからかとしか思っていなかった。


その後暫くしてから、俺は書類を持って事務所のある建物内を歩いていると、廊下の向こう側から夏樹が歩いて来た。

しかし、よく見ると、我が社の女子社員用の制服を着てる夏樹だが、髪型が前の髪型…今は肩まであった髪にふわっとしたパーマをかけているが、目の前にいる夏樹はパーマをかける前の髪型、肩まであった髪を後ろでゴム止めしてるだけの髪型だった。


「あれ、夏樹…?」


『髪型変えたのか?』と続ける俺の台詞を遮るかのように、夏樹はスッと女子便所に入って行った。

元々他人の髪型に興味のない俺からしても、何故パーマをすぐに落としてまで元に戻すのかが分からなかった。

因みに、先週、夏樹を大激怒させた時の髪型は今見たパーマをかけていない髪型だった。


その日の夕方だった。

俺と同じ部署の同僚達が夏樹の話で盛り上がってるのを聞いた。


「川崎さん、こないだの日曜日にメッチャ派手な服着て歩いているのを見たよ。」

「俺も見た。見た目は普通そうなのに、あんなとこで1人で歩いてるから、最初は気付かなかったよ。」


あれ、確かさっきの車の中では夏樹、こないだの土日に実家から両親が出て来てたって言ってなかったっけ?

他人の空似とも言うし、夏樹によく似た誰かをたまたま見たんだろう、と、思っていたが…、


「俺も…、その日に夏樹さんを見たんですけど…、知らずに肩がぶつかった時に物凄い剣幕で『痛てーんだよ!』って怒鳴られて、この人、こんなに怖かった?って思いましたよ。別人かな?と思ってましたけど、やっぱり本人なんですか?」


この一言で一同騒然となった。

会話に入ってない俺までびっくりした。

幾ら気が強すぎる夏樹でも、そこまで喧嘩っ早くない。

増してや、知ってる人にそんな事するはず無いからだ。


「永田さん、夏樹さんと付き合い長いから、夏樹さんの性格とか知ってるでしょ。」


若手から言われたが、別に付き合ってた訳じゃ無いから、そんなには詳しくない。


「さあな、確かに、そこまでキレやすい奴じゃないと思うけど…。」


俺にはそう言うしかなかった。


この1週間で起こった夏樹の事について…、

まさか、夏樹が2人以上いる?

然も、居たとしたら、もう1人はかなり気の短く狂暴そうな奴?



『ドッペルゲンカー』



ある人間と同一、と言うか分身で、本人と近い場所に現れ、ドッペルゲンカーが現れた人は数日以内に死んでしまう!

と、言われている。

本当だろうか?そんな妖怪みたいな存在があるなんて、その時は気付かなかった。


その後、退社する時、たまたま玄関先で夏樹と一緒になった。

夏樹はやはりパーマをかけていた。

俺は思い切って今までの謎を聞いてみた。


「なぁ、お前、今日髪の毛を後ろで縛ってなかったか?」

「いいえ、このままですよ。」

「先週の日曜日に○×町に1人で居た?」

「両親が来てたから、両親と一緒には行きましたけど、1人では居ませんでしたよ。」

「じゃあ、この前、俺とすれ違う時、俺のこと物凄く睨んでなかった?」

「何でそんな事を一々聞いてくるんですか?」

「もしかして、お前双子?」

「なんでそんな事ばっか聞くんですか?ただでさえ可笑しい人なのに、余計に可笑しいですよ!」


こんな質問ばかりして来る俺に嫌気がさしたのか、夏樹は怒って俺を後にして出て行った。

確かに、もし、夏樹以外の別人が存在しているなら、夏樹自身はその事を知る由もないから俺の質問に嫌気が指すのは当たり前だな。

何時しか、蝉時雨が消え、代わりに夏の夕立が轟音と共に俺の周りに降りかかった。



次の日曜日、俺と夏樹と職場の同僚の男女何人かで遊園地に来て、プールに入ってから遊園地で遊ぼうと言うような合コンデートみたいな事をした。

ちょうど男女44のペアになれる数だった。

この前、夏樹を怒らせてしまったから、何となく夏樹と目を合わせないようにしてたが、


「せんぱ~い、ちゃんと泳げますぅ?」


運動が苦手な俺を夏樹がからかって来た。

この前の事を気にしてなさそうな夏樹の態度にほっとし、一応は泳げる自分をからかった事にイラッと来た俺は、


「失礼な!一応泳げるし、仮にお前が溺れても助けないからな!」


と言ってやったら、


「うわーっ、大人気ない!ヤダヤダ!」


年下のクソアマからからかわれるのも頭に来るが、こんなやり取りが取り敢えずは何時もの光景だったから、誰も止めようとはしなかった。


しかしこの時、この遊園地が、俺と夏樹を恐怖のどん底に叩き込む罠になるなんて、俺も、誰も想像さえしなかった。


男女別れてそれぞれ水着に着替えた。

俺も着替えてからシャワーを浴びると、右隣から誰かがシャワーを浴びせかけてきた?

右を振り向くと、ワンピースの水着を着た夏樹がニヤッとしながら俺にシャワーをかけていた。


「お返しだ!」


俺は自分が使っていたシャワーを夏樹にかけ返した。

夏樹が身をくねらせて俺のシャワー攻撃から避けようとしていたが、面白いからそのまま攻撃していたら、


「仲良いな~!」


と、他の同僚達にはやし立てられた。


一気に恥ずかしくなった俺は夏樹へのシャワー攻撃を止めた。

夏樹もシャワーを止めるとプールサイドに向かって小走りし、途中でしゃがみ込んだ。


「何やってんだ?」


俺が夏樹に尋ねると、


「…恥ずかしい。」


夏樹が小さい声で呟いたが、よく聞き取れなかった俺は、


「はあ?」


と返すと、


「シーッ、声が大きい!水着姿が恥ずかしいんです!」


紺色のワンピースのの水着にひまわりのプリントが映えていたごく普通の水着にしか見えなかったし、ハイレグがかってたが、それならそうと恥ずかしくない水着姿にすればと思い、


「だったら他にも水着があんだろ!ビキニとかもあるし。」


とからかい半分で言ってやったら、


「女の子にはそれなりにあったのが要るんですぅ!先輩みたいなデリカシーの無い人には分からないでしょ!」


ああ、確かに分からんよ!

俺には女心が分からなかったが、それでも全員で楽しもうと言うことになった。


小さな異変は、男女ペアで2人乗りの浮き輪でスライダーで滑る事になった時だった。

他の3組はそれぞれカップル同士かそれなりに仲の良い者同士でくっついて、何だか俺と夏樹だけがあぶれた者同士で仕方なしにペアの中では最後に浮き輪に乗ろうとしたが、俺達の番になると、スタート地点のスタッフが…、


「すみません、これは2人乗り用で、お3人様では乗れないのですが…。」


スタッフの信じられない一言にびっくりした。


「えっ、あの…2人で来ましたが…。」

俺と夏樹は2人顔を合わせて驚いたが、スタッフも、


「あ、すみません。お2人様でしたか。申し訳ありません。」


よく分からなかったが、その時はスタッフの見間違いだと言うことにして、夏樹と2人でスライダーを滑った。


次に俺達はそれぞれのカップルの自由行動と言うことで、カップル同士で別れた。

自動的に俺と夏樹がカップルになったが、これと言ってすることがないから、2人して競泳にも使えそうなプールに来た。


「あーっ、気持ちいい!」


夏樹がプールサイドの側で仰向けになって浮かびながら1人で背伸びをしていた。


「先輩来ないんですか?」

「いいよ、後で入る。」


夏樹の誘いに、本当は俺も中に入って彼女をお姫様抱っことかしたかったが、やっぱり恥ずかしいから暫くプールサイドに上がってたら、


「分かった、本当は泳げないんでしょ!」


夏樹がニヤッとしながら俺をからかった。


「泳げるけど、お前の側に居るのを他人に見られたないだけや!」


俺は照れから心にも無いことを言ったが、夏樹はお構いなしに、


「本当は私と一緒に居るのが嬉しい癖に!」


「んな訳あるかぁ!」

「ふーん。」


年下の夏樹に馬鹿にされ、少し苛ついた俺は他の方を見た。暑い夏の日、カップルや家族連れで満員のプールの景色をただぼんやり見ていた時だった。


「きゃーっ!」


夏樹の悲鳴が聞こえ、すぐさま夏樹の方を見ると、さっきまで水の上に仰向けで寝ていた夏樹がバンザイの格好で顔を沈め、更に潜って行くのが見えた。


「嘘やろ!」


俺は夏樹の手を掴もうとしたが、夏樹の手は俺の手をすり抜けるようにして更に沈んで行った。

俺はプールの中に飛び込んで、沈みかけてた夏樹の身体をしっかり掴んで抱き上げた。


「ゲホッ、ゲホッ、こ、怖かったあ…!先輩、ありがとうございます!」


沈む恐怖から解放された夏樹がそのまま抱きついた。


「大丈夫か?大丈夫やな!上で休むか?」


恐怖で泣きじゃくる夏樹を俺は必死て慰めた。


「私…本当は泳げないんですぅ。」

「へ???」


この場では最早どうでも良い事だったが、夏樹の以外な一言に驚いた。


「だって、だって、恥ずかしいでしょ!」

「分かったから、もう大丈夫だからとにかく上で休もう。」


俺は夏樹を慰め、2人でプールサイドに上がった。

正直、俺もいち早く上がりたかった。


確かに見た!

夏樹の両足首を掴んで彼女をプールの底に引きずり込んだ誰かの手を!


周囲には大勢の人がいたが、誰も潜っていないようだったし、成人女性とは言え大人の女をプールの底に引きずり込むには普通に考えて大人 の男位しか出来ないと思うし、周囲は子供やその母親ばかりで、夏樹にイタズラして沈めようとするような大人や体力のありそうな中高生の男は誰もいなかった。

とにかく、もしかしたら俺の勘違いかも知れないから、この事は夏樹には黙っておいた。


暫くしてから他のみんなと合流したとき、その中の1人の女子が不思議そうな顔つきで俺達に一言言った。


「夏樹、あんたビキニ持ってきた?」

「えっ、持ってるけど、今日は持ってきてないけど…。」


その女子は不思議そうな顔つきで更に話を進めた。


「確かに見たのよ!あんたが赤い花柄のビキニを着てプールサイドを歩いてたのを!てっきり永田さんも一緒かと思ってたら1人だったからもしかしたら違う人かと思って…。」


話を聞くと、ビキニの柄は夏樹が持ってるビキニの柄と同じものだったらしい。


「たまたま同じような人が着てたんじゃないの?」


俺や他の男子は怖がる女子を宥めた。


そんな事もあってか、女子がプールに居るのを嫌がり、プールにまだ居たかった残念がる男子を従えて遊園地の方に出た。

暫くはジェットコースターとかで遊んでリラックスしたあと、みんなでお化け屋敷に行こうと言うことになった。

それぞれカップル同士に別れてから中に入ろうとするものだった。

当然ながら俺と夏樹がペアとなり、一番最後に入った。


「怖い…、先輩、置いていかないで。」


何時もは男勝りで気の強い夏樹もお化け屋敷に入るなりまるで普通の女の子のように怖がった。


「お前らしくないな!行くぞ!」

「もーっ、待って…キャーッ!」


いきなり最初のお化けでビビる夏樹を見て面白かったが、どうしてもさっきのプールの件があり、もしかしたら中で…、と不安になる俺だった。

しかし、今の俺には



『夏樹を守ってやる!』



と言う気概がいつの間にか芽生えていた。


「ヤダ…。」


半分くらいのところでも、夏樹は怖がったままだった。


「もうヤダ…、帰りたい!」

「あともうちょっとで出口だよ!」

「怖いよぅ…。」


夏樹にもこんなところがあるのかと、何だか可愛らしく思えた時だった。


バーーーン!

「ギャー!」


物凄く大きな音がしたと同時にビビりまくった夏樹は入り口目掛けて一目散に走り出した。


「川崎!そっちは反対だぞ。」


まだ夏樹の事を名前で呼べない俺は彼女を呼び止めようとしたが、とっくに見えなくなり追いかけるのを諦め、1人でお化け屋敷の出口なかに出た。

そこには、先に行った3組はいたが、恐らくは入り口から俺より先に出たであろう夏樹の姿はなかった。


「あれ、川崎は?」

「お前、一緒じゃなかったのか?」


誰も夏樹の姿を見ていない。


「途中のバーーーン!て音がするとこでアイツがビビってからダッシュで入り口に逆走したから、もうとっくに出て来たと思ったけど…。」

「バーーーン!って音なんてどこでもしてないわよ。」

「えっ?」


信じられなかった…。

あんなにはっきりした大音量が幻聴な訳がない!

間違いない!

大音量は鳴った!

そこに、次に入ったカップルが出て来た。


「すみません。お化け屋敷の中で1人で入り口に逆走した女の子は居ませんでしたか?」


その人達に夏樹の事を聞いたが…、


「逆走して来た女の子なんて居ませんでしたよ。」


信じられなかった!

夏樹が行方不明になった。

俺はお化け屋敷の出口から再び中に駆け込んだ。


当たり前だが、出口からもう一度中を探すが暗くてよく見えない。

ようやく中がぼんやりと見えだした頃、俺は夏樹と別れたあの大音量が聞こえた場所に戻って来た。


「確かこの辺りだよな…。」


俺は周囲を見渡しながら、


「川崎~、いるか~っ?」


と声をかけたが、返事はなかった。

すると、一組のカップルが入り口から進んで来た。


「誰あの人?」


こそこそ言われながらも俺は黙って夏樹を探した。

やがて、カップルは出口の方に進んでこの場を去った。

そこで俺は気付いた!


「…音がしない!」


そう、カップルが来た時にあの大音量がしなかった。


「まさか、本当に消えた?」


流石に焦ったその時!


『バーーーン!』


あの大音量が鳴り響いた!

すると、壁際から誰か女の姿をした人が立っていた。


「夏樹か?」


俺はその人が夏樹だと思い壁際に向かった。

すると、信じられない光景に出くわした。


いつの間にか、会社の休憩室に来ていたのだ!

正確には、会社の休憩室にそっくりな場所…、『窓や俺が入って来た入り口が消えた休憩室』になっていた。


よく見ると、休憩室のソファーには行方不明になっていた夏樹が横たわっていた。


「川崎!」


俺は夏樹の傍に行こうとしたが、同時に!


「待ちな!」


と、俺を引き止める声が背後からした。

聞き覚えのある声に驚きつつも後ろを振り返ると、そこに居たのは紛れもなく夏樹だった!


「夏樹?え?えっ?」


事態が分からない俺は何度も前と後ろを振り返った。

間違いなく、前には気を失ってソファーに横たわる夏樹が、

後ろには俺を睨み付けている夏樹が、


何故か相反する2人の夏樹がそこに居た。


「夏樹が2人も…?」


とりあえず俺は後ろにいる、俺を睨み付けている夏樹に話しかけた。


「私は私よ。2人とも私だから。因みに、双子じゃないわ!」


俺には、後ろの夏樹の言ってる意味が分からなかった。


「何言うてんねん?じゃあ、お前誰なんじゃあ?」


後ろの夏樹はフッと鼻で息をすると、淡々と話しかけた。


「言ったでしょ、私は私だって!最も、私の正体を知ったら驚くでしょうね。」


後ろの夏樹は更に話を続けた。


「あんた、私が入社してから何時も私の事をイジメてたでしょ!この間だって、私の事を厚化粧ババアだの、髪型が変わっても分からないだの、何時も私の事をブスとか言って、私が傷ついてないとでも思った?」


泣きながら、後ろの夏樹は話を止めることなく更に続けた。


「分かったでしょ!私はこの子の怒りや恨みの部分よ!あんたを許さない気持ちが私を産んだのよ!」

「そ、そんなん…?」

「いわゆる『ドッペルゲンガー』かしらね?」


信じられなかった。

ドッペルゲンガーが実在するなんて…?

しかし、現にいる!

双子じゃない夏樹のそっくりさんが目の前に!

それも怒りに満ちた憎悪の塊みたいな夏樹が…?

夏樹がそっくりさんを探して来て俺を懲らしめる為に仕掛けたドッキリかとも思ったが、まさかこんなに手の込んだことをしないだろうし、窓や入り口が消えた、今居るこの部屋自体が異常だ!

目の前に居て泣きながら俺を睨み付けている夏樹は間違いなく、夏樹のドッペルゲンガーなんだろう。


「俺をどうしたいんや?」


俺は後ろの夏樹に問い掛けた。


「あんたみたいな奴、死ねばいいのよ!」


後ろの夏樹は何時の間にか鉄パイプのような棒を握り締めていた。


「それより、こっちの夏樹はちゃんと元の世界に返すんだろうな?」

「あんたに言われなくてもやるよ。」

「…分かったよ。」


俺は力を抜き、その場に立ち尽くした。


「私の恨み!受けろ!」


後ろの夏樹は鉄パイプのような棒を大きく振りかぶった。


(俺も死ぬんか…、確かに夏樹をイジメ過ぎたからな。)


今迄の過去を悔い、全てを覚悟したその時だった。


「止めてーっ!」


何時の間にか意識を取り戻した、前に居た夏樹が俺を庇うために後ろの夏樹の振りかぶった手を必死で受け止めた!


「…夏樹?」


突然の出来事に、俺は立ち尽くしてしまった。


「止めろ!離せ!」

「何で殺そうとするの?この人は私の大事な人よ!」


俺はびっくりした!まさか夏樹の口から「大事な人!」と言う言葉が出て来るなんて?


「うぜーんだよ!てめぇ!」

「キャッ!」


その時、鉄パイプのような棒を持った夏樹が俺を庇った夏樹を蹴飛ばした。


「私はてめぇの為にやってんだろうが、邪魔するな!」

「ええ加減にせえ!」


俺は溜まらず、この乱暴な夏樹の態度にこの上ない怒りを持った。


「お前は夏樹ちゃう!この性悪女がぁ!覚悟せぇや!」


俺はすかさず鉄パイプのような棒を持った夏樹に飛びかかり、倒れ込んだ夏樹に馬乗りになってから棒を奪い、この乱暴な夏樹を一発殴った。


「ギャアアアーッ!」


顔を殴られた夏樹は顔を手で押さえながら消え失せてしまった。

その瞬間、会社の休憩室の景色が消え失せ、お化け屋敷の中の作業用の通路に俺達は居た。


「夏樹!大丈夫か?」

「久司せんぱぁい!」


俺はその場で、恐怖から解放されて泣きじゃくる夏樹を暫くの間抱き締めていた。

何故あんな事になったのかは全く理解出来ないが、お化け屋敷の通路か仕掛けの壁を支える鉄パイプが一本、俺達の近くに転がっていた。


とりあえず、お化け屋敷で怖くなった夏樹が逃げ込んだ通路の外に迷い込んでしまって、俺が探し当てた事にして、夏樹のドッペルゲンガーの事は誰にも言わなかった。

言っても誰も信じないし、それより、2人だけの秘密にしたかったのもあった。



次の日の仕事帰りの道で、俺と夏樹が2人して歩きながら、昨日の事とかを話し合ってた。


「あの時、私が助けに入らなかったら先輩、死んでましたよ!」

「はいはい!」


昨日の出来事をまるで自分の手柄にして、夏樹が得意気に喋った。


「私が先輩の命の恩人ですから!」

「はいはい。」

「もう、先輩!さっきからはいはいばっかり言って!ちゃんと私の話聞いてます?」

「はいはい。」

「また『はいはい』って言う!ちゃんと聞いて下さいね!」


流石に夏樹も膨れたみたいだ。


「でも…、先輩、昨日はありがとうございました。」


突然、夏樹がしおらしくして、俺に語りかけた。


「何だかんだ言って、先輩、私の事を助けてくれて…、ありがとうございます。」


夏樹は目に涙を浮かべていた。


「ほれ見ろ!俺がホンマの恩人じゃ!」

「またそんな風に言う!そんな高飛車な事言って私をイジメたら…、また出てきますよ!」


夏樹は両手で幽霊の格好をして、俺の方を見てニヤッと笑った。


「わ、お、驚かすなよ!」

「フフフ、脅しじゃありませんよ!先輩の態度次第ですぅ。」

「コイツ、カワイくないなぁ。川崎、もう少し女の子らしくしろよ!」

「先輩もちゃんとして下さいね!」


本当にああ言えばこう言う、典型的なイラッと来る奴!

しかし、夏樹は話を続けた。

それも、意外な話を。


「先輩、あの時…私を助けてくれた後、私の事を『夏樹』って、名前で呼んでくれましたよね?これからは私の事、苗字じゃなくて名前で呼んで下さい!」

「な、名前って…、あの時は咄嗟に言うたから…。」


夏樹の一言に俺は恥ずかしくなり、言葉に詰まってしまった。


「先輩、照れてます?やだぁ、私の事好きなんでしょ!」

「んな訳無い!」


俺は必死になって否定しようとした。


「否定したってダメですよ!女には男の人が自分の事を好きか嫌いかって分かるんですから!」


女の勘は鋭いと言うが、まさかこんな男みたいな夏樹にも女の勘がある事にも驚いた!


「隠したって無駄ですから!」


『隠した』が『格下』に聞こえて来るから腹立つ!


「だから、私の言うとおり、これからは『夏樹』って呼んで下さいね!」

「恋人じゃあるまいし、名前なんかで呼べるか!」

「私が恋人じゃイヤなの?」


夏樹が眉尻を上げ、潤んだ瞳で俺に訴えた。


「嫌って…。」

「私の事を助けてくれた先輩の事、本当はもっともっと前から好きだったのに!私の気持ちに気付いてないでしょ!」


夏樹は俺の前に立ちはだかって、泣きながら俺に訴えた。

俺にとって嬉しくもあるが、意外だった夏樹の告白には、どうして良いか分からなかった。


「お、おい!人前だぞ!こんなとこで泣くなよ!」


人前でもあるから泣き止むように宥めたが、


「先輩、私の事好き!嫌い!どっちなの?」

「どっちって…。」


人前でもはばからずに泣き出した夏樹に、俺はただただオロオロしてしまった。


「どっち!」

「…好き。」


恥ずかしいから、俺は小声で好きと言った。


「もっと大きな声で言ってよ!」


夏樹は俺の胸にしがみついて泣いた。


「好っきゃから、泣かんといてくれ、夏樹。」

「はいっ!」


女は怖い!

顔を上げた夏樹の瞳から涙が消えていた。


「私達、付き合っていいんですよね!」


満面の笑みを浮かべる夏樹の最高の笑顔を見ると、俺は何も出来ずにいた。

正確には夏樹の事以外に何も出来ずにいた!かな。


「ああ!」

「ありがとうございます!」


感激した夏樹は俺の右手を自分の両手で握ると、にこやかに微笑んだ。


「まぁ、俺の女にしてやらんでもないがな!」


俺は何時もの癖で夏樹に喋ったら、


「あーっ、その言い方…、出ますよ!」


また夏樹が両手で幽霊の真似をして俺を脅した。


「お、おい!止めろ!勘弁してくれ!」

「ウフフ、カワイイ!」

「チッ、カワイくねぇ!」


先輩であるはずの俺が夏樹の手の平で踊らされてるみたいで癪に障るが、今はこの関係を崩したくない!と思う自分がいた。


結局、あの時のようにもう1人の夏樹が出て来る事は無くなったが、恐らく、あの夏樹は『私を大事にして!』と俺に訴えたかった夏樹の意思だろう。

俺はこれからも夏樹を大事にして行く。

心の中でひっそりと誓った!

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[気になる点] 主人公の精神年齢が幼すぎて子供かよ!? の感情が一杯で恐怖のきの字も感じなかった。
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