嫌と言えない君へ
隠れて見ている影に伝わるように、強く私は言い放った。
「嫌です」
一言なのに、言うのを躊躇われる言葉。
だけど私は断らなきゃいけないから。断れる立場だから。
彼に「嫌」と言っていいんだよと伝えたくて。
「いいのか、それでも?」
「私には関係ありませんから」
「断ったら進展しないぞ」
「いいんです、これ以上は望んでませんから」
すみません、と頭を下げる。
男は溜め息をついて苦笑すると去っていった。
好まれている自信はある。ああいう我が儘も我が儘とされないくらい、普段から良い子でいたつもりだ。
「なにしてんの?」
明るく話しかける。びっくりした様子が空気を伝ってくる。
「気付いてたんだ」
「うん」
陰から出てきた少年は、恥ずかしいといったように笑った。
「さっきのは……?」
「私ね、捨てることも拾うこともないの。守るような夢はないけど、棄てられないプライドはあるから」
「……?」
抽象的すぎた。
でもこう遠回しな言い方しか出来ないんだ。少年にはまだ、早いかな。
「皆と居たい、それだけってこと」
ポンと頭に手を乗せる。
数センチだけ大きい少年は、目をくりくりとさせてこちらを見ていた。
何度か、瞬きをする。
「難しいんだよ、言ってること」
少しぶっきらぼうに、悲しそうな目をしながら彼は笑った。
でもきっと理解してる。
少年は見た目の幼さと明るさに反して、とても冷静で大人の考えをするから。
他の人だったら分からないことも、多分分かる。そして分からないフリをするんだ。彼はそういう子。
元気なフリをして、周りに人を集めて自分を守る。でも集まってくれる人たちが大好きで、自己を省みない一面もある。
だから守りたくなっちゃうんだよね。お姉さんの自己満だけど。
「出来るなら皆、夢ごと守ってやりたいけどね、そればっかりは無理だ。それは自分でやることだから」
「知ってるよ」
「でもあんたが全部背負う必要はないんだよ」
「知ってるよ」
少し先に歩き出した少年は振り返る。
もう一度、笑いながらゆっくり告げた。どこか冷めた、普段より低めの声で。
「知ってる」
私には、その笑顔から孤独しか感じられなかった。
君の夢は、君たちの夢は、孤独より深いの?
「ほら行こうよ、集合時間に遅れる」
数歩の距離を戻ってきて、高い声で元気良く私の手をとる。
私より温かいその手をずっと握っていたくなった。