寝顔
遠くに行ってしまった君へ。
ゆらゆらと、頭を揺らす。
目を瞑った横顔を見つめ、僕はふと笑う。
夕焼けの赤が差し込む部屋で、ただ二人切り取られた世界。
「どうか忘れないで」
そんな言葉がふと浮かんだ。
いつか消えていく、この当たり前だった日常を、一生覚えていて。
君の中に少しでも僕が居られるなら。
時計を見る。
ああ、もうこんな時間。
つん、と頬をさしてから肩を揺する。
「起きて、」
僕の静かに響く声に、君はゆっくりと顔を上げた。
「寝過ぎ」
そう言って笑えば、ぱちくりと何度か瞬きをしてから、時計を見る。
日が沈みかけている時間、それに驚いたのか、がたんと椅子を鳴らして立ち上がった。
僕はその慌てようにくすくす笑う。
「もう、早く起こしてよ!」
「ごめんごめん」
ツンデレな君は、拗ねながらも僕の手を握る。
「帰ろっか」
この一言が君を笑顔にするって知っている。
変わらない毎日。あと少しだけ、こうやっていられたら。
急に静かになったと思ったら。君の目は閉じていた。
きっと毎日の勉強や色んなことに疲れたんだろう。
僕はもう少し、起こさないでいようと思った。
いつだかと同じように、寝顔を見つめて笑う。
あどけない横顔に、思わず手が伸びる。指先が頬に触れた。
身体が動く。唇が頬に触れた。
「もうすぐ、さようならだね」
乱れない寝息に、僕は続ける。
「俺も忘れないから」
柔らかい髪を梳く。
「俺のいない世界で頑張ってね」
不意に泣きそうになった。
「起きて」
肩を揺らす。君は目を開けた。
「おはよう」
前にもあったね、って君は笑った。
そうだね、って僕も笑った。
僕の居ない街で、君は笑っているかな。
僕は君の居ない街で、君じゃない人に笑いかける。