抱擁
付き合ってるのか、いないのか。
分からなくなるくらいに溶けて、同化して。
とく、とく、とく。
一定のリズムで刻む鼓動。
温かくて眠ってしまいそうな体温に寄り添って考える。
どうして私は彼の腕の中にいるんだろう、って。
付き合ってなんかいなかった。
「好き」なんて、聞いたことも言ったこともなかった。
恋愛をしている錯覚はたまにあった。
それは互いに、だと思うけど。
キスはした。それ以上はしなかった。
だからセフレって立場でもなくて。
慰め合い、寂しさを埋め合う、ただそれだけの関係。
それが少し恋愛に似ていただけなんだろう。
居心地は良かった。
干渉されないけど、人肌恋しいときは傍にいる。
抱かないのか、と思ったときも多々あった。
だけどいつも、こうして抱き締めて寝るだけ。
彼はきっと本命なのか遊びなのか何なのか分からないけど、居るんだろう。
私はまだ少し、恋と混同してるのかもしれない。
もぞもぞと頭を動かす。
もっと顔を近付ける。
彼の匂いがした。一緒に居て慣れた、落ち着く匂い。
彼は腕の力を強めた。
ずっとこうしていたいと思った。中途半端な立ち位置でいいから。
「おはよ」
寝起き特有の掠れ声。
私も少し甘えた声で返す。
くすぐったくなるような、甘い情景。
彼はまだ覚醒していない様子で、ゆっくりとキスを落とした。
軽く一瞬触れるだけのキス。それが心地良くて。
私は離れかけた唇を追いかけて、掠めるようにキスをした。
クスクス、と笑い合う。
「日曜日だし、もう少し寝ていようか」
なんて、どこの恋愛小説だろう。
でも私はまた彼の腕の中に収まる。
寝落ちる前に彼は呟いた。
「好き」の言葉を、聞こえなかったフリをした。
まだこの温もりを手放したくなかった。
何が正解か分からないけど。
一緒に居る理由なんて分からなくなるくらいに溶けて、同化して。




