振袖
鞠が転がる。
金の模様がくるくる。
草履を僅かに鳴らして鞠を拾いに。
手のひらより少し大きめの丸を持ち上げ、顔を上げる。
顔の見えない誰かが笑う。
私も微笑み返す。
「所作が綺麗ね」「品がある」
これまで何度も言われてきた言葉の通りに、私はいつも綺麗を心掛ける。
会釈をすれば、誰かも返す。
「寒いですね」
よそ行きの細い声。
誰かは私の声を聞いて、少しびっくりして。
何故だろう、分からないけど。
安心したように頷いた。
寒いですね。
聞いたことのあるような、ないような。
ぐちゃぐちゃに混ぜられた記憶の中の、作られた声が響く。
すり足で、数歩近付く。
けれども誰かには届かない。
困ったように笑った誰かは、首を横に振った。
「そっちにはいけませんか」
こくりと頷く。
このままで、と示されたのでそうすることにした。
冷たい風が二人を包んで、私は肩を竦めた。
真紅が似合いますね。
マーブルの声を聞いて、私は体を見る。
赤の鮮やかな振袖には、桜のはなびらが散りばめられていて。
照れ隠しに笑ったら、誰かは嬉しそうにしていた。
『ーー!』
私を呼ぶ声がする。
周りを見渡しても見つからない。
何となく仕掛けは分かっていた。
「あの、」
ほんの少しの出逢いなのに、何故か心地よく思ったこの空間を壊せなくて。
私は戸惑いながら誰かに声をかけた。
お行きなさい。
微かに混じる、ノイズ。
びりり、と音が揺れた。
だけど私は動けなかった。
行きなさい、ーー。
叱咤するような口調。
私は小さく頷いて、唇を噛んだ。
手元の、着物と同じ色合いの鞠を見る。
そして誰かを見やる。
ころり、と音もなく鞠が手から離れる。
誰かの足元に、私は越えられない壁を越えて辿り着く。
「あげます」
ありがとう。
笑った誰かはしゃがんでからそれを拾った。
それを見届けた私は、つま先をくるりと回す。
さらさらと足を運ぶ。
数歩進んで振り返ると、誰かは手をあげて。
貴女は自慢の……
風が誰かを隠していた影を、一瞬だけ攫った。
瞬きをすると、そこは元の場所で。
誰かは居なくて。
「ああ、なんてことだろう」
姿が分かった今、耳に残るのはその通りの声。
そして幸せそうに、けれど泣きそうだった顔を思い出して、私も泣きそうになるのだった。
この前、成人式の前撮りをしたので。




