離れる
頭を冷やしたいんだ、と告げた。
少年は唇を噛んで小さく頷いた。
「強く言い過ぎちゃったから」
「だから彼に、謝ってたって言っておいて」
少女はそう言うと背を向けて歩き出した。
もうその腕を引き止める手はない。
少年はただその姿を追っていた。
少女は泣きたかった。だけど弱いところを見せるのは嫌いだった。
誰より大人に返した少女も、本当は怒鳴り散らしてしまいたいくらいに怒っていた。
きっと"彼"には伝わらない。それが分かってるから、情けなかった。
どうしてこうなってしまったんだろう。すれ違えるほどの距離感じゃなかったことを、改めて知った。
少年も泣きたかった。だけど弱いところを見せることは絶対にしなかった。
誰よりも子供でいた少年は、その実一番大人だった。
それでも、すべて抱え込んで飲み込んで笑っていられるほど大人ではなかった。
どうすればよかったんだろう。すれ違ってきたはずの距離感が、もう掴めない。
「ウソだよ」
そう言って何度も偽ってきてたら、全てが真実になって。全てが嘘になった。
少女は自分の気持ちに嘘をついた。
少年は周りの人に偽りを見せた。
それが本当なんだって、言い聞かせた。
だから誰かに真実を伝えたくても、それが本当か嘘かなんて分からない。
少女は手を掴むことをやめた。
少年は手を伸ばすことをやめた。
少年は何もなかったかのように笑う。
「彼女が謝ってたって言っておいてって」
重い空気に胸が詰まりそうになりながら笑った。
「僕ら……」
どうすればいいのだろう。
少年は"彼"を見た。"彼"は決して少年の手を掴むことはなかった。
冷たい空気が少年の気持ちを少しずつ蝕んでいく。
やっぱり無理だ。心の中でそう叫んで、少年は飛び出した。
"彼"の腕が伸びてくることもなかった。
周りの呼び声喧騒だけが少年にまとわりついていた。
「ごめん」
少年は泣きそうな声で呟く。
「大丈夫」
少女はしっかりした声で返事をする。
「大丈夫だよ」
もう一度少女は言った。
いつものように優しい笑みを湛えて、そして眼差しは強く。
少年は手を伸ばしてみた。
今度はちゃんと、その手を掴まれた。
その手を掴むのは、私の役目だ。
大丈夫だから、一度手を伸ばしてみるといい。




