梔子
ふんわりと絶妙な香り。くんくんと匂いを嗅ぐ。
「雨のにおいだ」
数時間前にはそれなりに強く降っていた雨も、しとしととしたものに変わり、そして今は上がったようだった。
外を見るとやけに明るくて、まるでまだ早い時刻なのかと錯覚してしまう。
視線をずらせば月が見え隠れしていた。周りの雲が虹色に染まっている。
悪くない、そう思って少し笑った。
はぁー、と溜め息を吐く。もう一度椅子に腰掛け、キーボードに手をかける。
数文字書き足して、一先ず考察はやめにする。もう夜も遅い、寝よう。
腕を伸ばして、背中を僅かに反らす。首を曲げれば、心地よい音でポキリと鳴った。
やるべき仕事を終えたはいいものの、何故かこの匂いの中大人しく寝る気にはなれなくて。ふと昔に思いを馳せる。
やたらと懐かしい匂いで、思い出すのは学生時代。学習旅行で朝早く起きたときの匂いに似てると思った。山奥の空気の澄んだ、朝露混じる匂い。
それだけじゃない、夢見たあの日の夜の匂いにだって似ている。
網戸越しに匂いを嗅ぐ。今日は外がいつもより静かで。何か心の奥で何かが擦れてくすりと笑ってしまうような、こそばゆい雰囲気。
今日は良い夢が見れそうだ。
窓を大きめに開けて、支度をして布団に潜る。
7月にしては涼しさの感じる夜、風に乗ったその匂いは瞼をゆっくりと落とさせた。
「これも幸せって言うんだろうな」
いや、幸せそのものだ。
梔子=『喜びを運ぶ』『私は幸せです』




