目立ちたいのね!山田君!! (2)
私が山田君を気になりだしてから、一週間が過ぎた。あの日以来、山田君に目立った変化はない。マニキュアは次の日におとしてしまったらしい。あの日以降も相変わらず無口で、無表情で、何を考えているかよくわからない。変化がないからつまんない。でも、また、何かやらかすかもしれないから、ついつい目がいってしまう。どうやら、私は山田君という名の迷宮に迷いこんでしまったらしい。ラビリンス山田……、どっかのおばちゃんがやってるスナックみたいな名前ね。スナック……、行ったことないけど。
私は窓から校庭をみおろした。ちょっと前まであんなに満開だった桜が、もう散りかけていて、なんだか寂しい気持ちになった。
「早苗。」
声のする方を向くと、そこに板橋君が立っていた。板橋君は天然パがよく似合う男の子だった。しかし2、3日前から急に直毛になりだし、その似合わなさに、私は多少の不快感をもっていた。
「どうしたの?板橋君。」
「お前、エクステとか持ってない?」
板橋君が何故、私をエクステの所有者と思ったのか疑問だったが、モヤモヤしそうだからその話題には触れないようにした。
「持ってないよ。どうして?」
「いや、持ってたらさ。どこで買ったのか聞こうと思って。このへんあまり売ってるところないんだよな。」
「まさか、学校につけてくるつもりなの?」
「いや、休みの日にな。さすがに学校じゃ目立ちすぎるだろ。」
直毛め。どうやらそのストレートヘアの似合わなさだけで、十分目立っていることに本人は気づいていないらしい。話は終わったみたいで、板橋君は後頭部をかきながら、自分の席に戻っていった。
その日の帰り道も夕日がとても綺麗だった。風に揺られて草がこすれ合う音が耳に心地いい。赤く焼きついた空は、吸い込まれそうなぐらい、強く惹き付ける存在感があった。
このまま、どこまでも行けるような気がした。気の遠くなりそうな道の先へ……どこまでも……。
次の日、教室に到着すると、いつも通り先に山田君が座っていた。何かするわけでもないのにどうしてこんなに早いんだろう。やはり山田君は謎だ……。
「……あれ?」
山田君に何やら違和感を感じる。なんだか、いつもよりそわそわしているような?
何だろう?パッと見た感じでは、普段通りの無愛想な山田君だ。手を見てもマニキュアをしている様子はない。でも、山田君……、ちょっと老けた?
「おはよう、山田君。」
山田君は静かに振り向くとこくっ、と頷いた。
朝一番に老けた?と聞くのもあまりに失礼な話なので、とりあえず挨拶をして様子を探って見ることにした。
結局何も見付けることか出来ず、チャイムが鳴り、朝礼が始まってしまった。先生が教壇に立ち、いつものように当番が号令をかける。
「起立。礼」
チラッと山田君を見た。そこで気づいてしまった。礼をする瞬間。フワッと浮いた山田君のサラサラした髪の毛。その中に混じってある、4本ぐらい束になった白い毛。それってまさかエクステ?
「着席。」
私は、まさかの展開に圧倒され、ちょこんと椅子に座った。山田君も当然のごとく椅子に座る。不意を突かれた。私のイメージだと、エクステってもっとボリュームがあったはず。私の持ってる常識はきっと社会では通用しないのね。
完全に白髪と化した山田君のエクステは見れば見るほど私を惹き付ける。……抜きたい、溢れそうなこの思い。どうしてこんなにももどかしいの?
あまりにじろじろ見ていたせいか、山田君の顔がこちらを向いた。相変わらずまっすぐな目をしている。その白髪抜いていい?……なんてとても聞けない。本人にしてみれば白髪ではなくオシャレなのだから。
私は笑ってごまかした。山田君は無表情のまま、しかし怪訝そうな雰囲気を纏って前に向き直った。
しかしそんなセコいエクステ、一体どこに売ってるんだろう。そもそも、エクステ自体この辺りで売ってるお店はあまりないはず。……まさか、お手製?お父さんとか、お母さんとかの……?気付かれないように、真夜中の寝室に忍び込み。御両親が就寝の際に一本……、また一本と……、……ゾワッ。こ、これは恐い。これ以上深入りしないようにしよう。
授業が始まるまでちょっとお手洗いにいこうかな。
しかし、山田君がエクステとは。いや、ちょっと待って。あれって本当はただの地毛の可能性だってあるわ。根元もよく見えなかったし。……そうよ、きっとそうだわ。考えてみれば真面目な山田君が、エクステなんて不良の真似みたいな事をするはずないわ。あれは、地毛!夜寝てる間に四本一気にはえてきたのね。でもそこまでのストレスって一体何?
まさか、陰でいじめられてるとか。山田君の存在感の薄さでその上、陰で、なんて誰も気づけるはずない。相手が山田君っていうだけで完全犯罪が成立するわ。大変、急いで教室に戻らないと。
私は教室のドアを開けて急いで自分の席に戻った。山田君は次の授業の準備をキッチリ終え、不動のまま席に座っていた。
「山田君!」
山田君は騒々しいですよ、という雰囲気をかもしだして私を見た。けど今回ばかりは私も動じない。まっすぐに山田君を見つめ返して言った、
「何か困ったことがあるなら、いつでも相談にのるからね。」
わずかな空白の時間のあと、こくりと山田君は頷いた。
白髪があった場所には、今は四本の黒に近い色の茶髪があった。