眠れない夜
彼女は眠れなくなっていた。
それというのも、深夜に夫がベッドからこっそり抜け出し、どこかへ出かけているからだった。一時間ほどで戻ってくるが、夫がどこへ行って、なにをしているのか、彼女にはまったくわからなかった。
その夜も夫は、深夜になるとむっくり起き上がり、彼女の様子をうかがうと、どこかへと出かけて行く。そしていつも通り一時間ほどで戻ってくると、ベッドに横たわり、穏やかな寝息をたて始めた。
一度だけ彼女は夫に尋ねた。が、夫は、朝刊を広げたまま、おかしな夢でも見たんじゃないのかいと微笑むだけだった。
次の夜も夫はどこかへと出かけた。そして次の夜も。
もしかしたら夫は、夢遊病という病なのかもしれないと彼女は思った。
眠れない夜がつづき、とうとうある夜、彼女は思い切って夫のあとをつけてみることにした。夫が出かけ、そのあとをひそかに追う。月明かりの道、夫は近くにある雑木林の中へ引き込まれるようにして入っていった。おそるおそる、彼女も足を踏み入れた。
そして、月の光を浴びながら、夫が穴を掘っているのを木々の間から見た。夫は、まるでとり憑かれたようにして穴を掘りつづけていく。湿った土と朽ちた葉の匂いが鼻をつき、あたりは夢の世界の出来事のように彼女の目には映った。
いったいなぜ、夜毎に夫がこんなことをしているのか、彼女には皆目見当がつかなかった。この先もずっと眠れない夜がつづきそうだった。が、それはたんなる杞憂に終わった。
次の夜、彼女は十分すぎるほどの安らかな眠りにつくことができた。