五話 夕方と入れ替わる立場
たどり着いた場所にいたのは、太陽のように破天荒な姉と。
月のように物静かだが、どこか凛とした気配を纏った少女。
二度と、本当の太陽を拝むことができなくなった俺は―――
太陽に憧れて...。
...月に、救われた...。
愛莉が眠っているだろう部屋の扉を軽くノックして、扉越しに呼びかける。
「愛莉、朝だぞ起きろ~」
「............」
この家に居候して俺が愛利を起こすのを日課するようになってから、愛莉がまともに起きたのは最初の三日間だけだった。
最初のころは、それこそノックの音だけで目を覚まし扉の向こうから「...ひ、ひゃい」などといった可愛い返事をくれたのだが...。
くれたのだが...、はっきり言おう。
愛莉は朝が滅茶苦茶弱い、俺に起こされるのも今では慣れてしまったのか、扉のノックと呼びかけ程度では寝ぼけた返事すらない。
まあ、可愛い寝顔が見れるのだから役得だが。
「はいるぞ~」
と、部屋の主に断ってから扉を開けると。カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、昨日俺が運んだ時の服装ではなく―――あの時は、普通の部屋着だった―――ちゃんと寝巻きに着替えた愛莉が、猫の様に小さな可愛らしい引き出しなどがついた箱型のベットの上で丸まっていた。
その着ている寝巻きを見て、やっぱりあの時の音で起こしてしまったかと少し後悔する。
起きていなければ、寝巻きに着替えようとも思うことは無かっただろうに、手間をかけさせてしまった。
むー、でも、まあ普段着で寝てしまって服が皺になるよりはいいか...。
と、自分を納得させてから、丸まって寝ている愛莉の肩に手をおいて優しくゆする。
「愛莉、朝だぞ~、起きろ~」
なんとも間抜けで間延びしたような声を薄暗い部屋に響かせながら、ベットの中でいつもの無表情ではなく、どこか安心し切ったような幼い寝顔を見せる少女を揺り起こす。
と、流石に目が醒めたのか、愛莉が薄らとその目を開けて。
「う、...ん~...あと300秒...」
寝言を言った...。
...せめて五分と言ってくれ...、と自分も起こされたとき同じような事を言っていたのを棚にあげて文句をいって見た。心の中の文句に返事などあるはずも無いが。
まあ、後五分と言っても時刻はまだ六時過ぎ、太陽が苦手な俺には既にきつい時間ではあるが、起きても学校に行くだけの学生にはまだまだ速い時間である。
普通は...。
愛莉はさっきもいった通り、尋常じゃないほど朝が弱い。
本人に聞いた話だが、朝の記憶は学校の教室から始まるというのだから相当なことだ...。
いつも自分で着替え朝ごはんをもそもそと食べて、ふらふらとした足取りだが自分の足で学校に向かっていくというのに。
まったく記憶が無いらしい...コレも一種の夢遊病なんだろうか...。
とか何とかどうでもいい気がする事を考えて300秒をつぶしてから、もう一度愛莉を起こしにかかる。
「お~き~ろ~...」
今度は返事を待たずに、問答無用で寝ている愛莉の首元に腕を差し込んで体勢を起こすと、そのままベットに座らせた。
「んぉ......」
「おはよう、愛莉」
眠たげで生気を感じられない半眼と、普段とは違いどこか子供っぽく頬を膨らませた愛莉に精一杯の笑顔で朝の挨拶をしてから、ベットについている小さな引き出しの一つから小さな櫛を取り出して、ベットに横向きで座っている愛莉の隣に腰を降ろした。
「ほら、髪梳いてあげるから、あんまりむくれた顔をするな」
そう言って櫛をもっていないほうの手で、愛莉の頭を軽くポンポンと撫でてやる。
少し機嫌が戻ったのか、戻ってないのか...、表情がいつもの無表情に近い物になった愛莉の髪を返事を待たずに梳き始める。
といっても、しっとりと艶のある柔らかい髪は痛んでるわけでも寝癖になっている訳でもないので、櫛で梳かす意味は余り無い、完全に俺が愛莉の髪をいじりたいだけなのだ。
流れるような髪に櫛は抵抗を一切感じることなく愛莉の髪を梳いていく。
一本一本上等な糸のような手触りの髪の毛を堪能しながら、愛莉の意識がご飯を食べようと考えるまで待つ。
その時間、大体三十分。
その間、永遠と俺は愛莉の髪に櫛を通し続けた...。
「おいしい...」
リビングにおかれた小さめのテーブルと三脚の椅子、その椅子の一つ、俺の対面の席に行儀よく座って朝ごはんを食べている愛莉。
その姿は、既に寝巻きから学校の制服へとジョブチェンジを果たしていた。
相変わらず、目には生気を感じられないが...。
まあ、いつものことだ。
半分寝ぼけている状態でも、きちんとご飯味噌汁おかずの三角食べを実践している愛莉を傍目に、俺は先ほど流し読みした新聞にもう一度目を通していた。
内戦により原油価格の高騰、地方都市病院へ医師の派遣、天傘の今日の占い―――
やはり、たいして面白い記事は無かった。落胆するほどでもない事実をもう一度確認してから時計を見ると、時刻は既に七時半を回ろうとしていた。
「愛莉、学校に行く時間じゃないのか?」
手に持っていた新聞を四つにたたんでからラックに投げ込んで、対面に座っている愛莉を見ると、既に綺麗に中身を平らげた食器を重ねられており。
その向こうではこっくりこっくりと船を漕いでいる愛莉の姿が見えた......。
「...、マジかよ」
その後の展開を言うならば、二度寝に入った愛莉はかなり手ごわかったとだけ言っておこう。