三話 闇に巣くうもの
その街の名は、無堂市、
陽と陰が治める街。
闇と影が巣くう街。
鬼と魔が殺しあう街。
雨はらう天の傘が時を語り。
盛られた塩が地を守り影を阻む。
――――今宵も影が巣くう地を、一匹の鬼がふらりと歩く、影を喰うためふらりと歩く。
水のように流動し時に霧のように無散、はたまた、人の影の中からすっと現れ、害をなそうとする。
それは、影と呼ばれるもの。
太古からこの地に存在し臨在し偏在し続けたもの。
時代によっては神と呼ばれたかもしれないモノども。
俺達はそれを影と呼び、強く特出したモノを闇と呼び、多くの生あるものを取り込み存在を変質させたものを魔と呼んだ。
今俺の目の前にいるこいつも、その影の一つ。
今夜のサイレンの主役はきっとこいつだろう、と当たりとつけて、一気にかたをつけるために近づいていく。
まるで、俺の視線から逃れるように、影は路地裏から姿を消す。
影であり闇であるもの、言って見ればこいつらの世界は影そのもの、影がこいつらでありその存在こそが影...。
一見消えたように見せて、俺のすぐ傍から俺の挙動を俯瞰しているのだろう。
今俺が立っているのは、商店街のメインストリートの真ん中、周り四方には街灯。
そのおかげで、俺自身の影も四方に伸びている、逆に言えば建物などの影は街灯の光によってこちらの方向には伸びていない。
つまり、奴が仕掛けてくるなら、俺にもっとも近いその影のうちの一つ...。
誘うように、軽い挙動で手に持った牛乳の入ったコンビニ袋を街灯の下に放り投げた。
ガシャガササッ...
思ったよりも大きく音が鳴りコンビニ袋が牛乳パックと共に地面にぶつかった瞬間。
それが動いた。
俺から見てちょうど真後ろに当たる影が音も無く起き上がる。
そして、自慢げに大きな爪のようなものを三本伸ばすと俺に向かって振り下ろす。
もちろん、それは俺の死角からの攻撃であり、その存在が俺に見えるはずも無く―――――。
あっけなく、彼は影の爪に串刺しにされた。
背中から胸部にかけて三本の黒い爪が俺の身体を貫通し。
糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「ガギギャギャギャギャギャッッッ―――――――」
俺の倒れ付す姿を嘲笑するように、影が姿無き口から歓喜の声をあげる。
そして、笑いながら影は六つに別れた...。
「ガyギッ!!」
影にとっても予想外の事態だったらしく、その笑いが疑問に染まる。
そして、何故か己の身体が六つに切り裂かれている事を理解して。
なぜ、それが起こったのか考える間も無く(思考と言うものがあるのかどうはわからないが)、霧散した。
影がいつもそうしていたように、霧になって闇と同化したわけではなく、存在ごと世界に霧散した。
「残念だったな、名無し、『影渡り』を使えるのはお前達だけの特権じゃない」
霧散した影の後ろで、顔をしかめながら霧となっていく影に呼びかける。
攻撃という、直接的な干渉から相手の位置を特定、突き刺されて倒れこむように見せながら、そのまま、自分の影にもぐりこむ。
そして、いま俺の足元には、街灯の光を受けて小さくはあるが健気に起立して着地した牛乳パックが、細く長い影を伸ばしていた...丁度、さっきまで俺が立っていた後ろに当たる位置まで。
「しかし、あまりにも呆気なったな、情報屋が言うのだからもう少し骨のある奴かと思ったんだが」
不意打ち、一発で霧散か...。
まあ、今はとりあえず退治したってことで良しとしておくか。
...帰るか、と気持ちを切り替えて牛乳を拾おうとして、牛乳パックを六等分にしてしまう。
「あ~、しまった、忘れてた」
ボトボトト零れ落ちていく牛乳よって白く染まった手を眺めると、肌色ではなく黒い色が見えてくる。
『影渡り』と同じように俺が使える奇異能力『無闇鋭爪』手の平に闇を纏うことで一時的に攻撃手段ととする能力だ。
あの忌々しき事件の後から俺が使えるようになった力の一つ。
忌々しくも時に頼もしくもある、だがいま牛乳パックを六等分してしまった今としては、かなり忌々力でしかなかった。
「買いなおさなきゃな、愛莉に怒られる」
目元一ミリの怒気を想像して、振り払うように身震いしてから。
俺は、もう一度コンビニ目指して元来た道をたどるのだった。
「いらっしゃいませ~」
今度は、店員が特に話しかけこないのを確認してから、今日二度目の飲み物コーナーを目指す。
牛乳パックを鷲づかみにしてレジに向かうと、虚ろな瞳で嫌な笑いを口元に貼り付けた店員がこちらを見ていた。
「苦戦なさったんで~?」
その言葉を無視して、金を払うと店員に背をむけて歩き出す。
「あら、無視ですか~?毎度ありがとうございました~」
自動ドアの、閉まる音と共にその声も途切れる。
ま・た・の・ご・ひ・い・き・に
聞かなくてもわかる、俺の背中の向こうでは奴の口元はきっとそう動いていただろう...。
青年が去った後、レジカウンターの後ろに気だるげにたっている店員元に、一匹のハエが止まった。
「そうですか~、あんさんは気がついていなかったようですか~」
身体全体で無気力と言う言葉を体言しながら、妙なイントネーションで誰に話すとも無く言葉をはき続ける。
「今晩のは、少し厄介だと言っておいたのですがね~」
その肩の上でハエがシャカシャカしているのを気にするわけでもなく。
「まあ、アレが成虫になった所で、あっしは困りませんしね~、義務は果たしましたよあんさん~」
そして、その口元が壊れたような笑顔の形を作り。
ハエは飛び立った......。
やっぱり、戦闘描写は苦手だ...。