欲を持った精霊の乙女は殺された。神様の選択とは
「ねぇ、イレーヌ。私達のどちらかが神様に選ばれた、「精霊の乙女」なのね」
「そうね。アリア。でも、きっと貴方が精霊の乙女だわ。だって貴方、綺麗ですもの」
イレーヌとアリアは、孤児院で育った少女達だ。年は16歳。共に額に花の形をした痣を持っていた。
二人とも孤児院の前に、雪が降る寒い朝、捨てられていたのだ。
このハルド王国には言い伝えがある。
額に花の痣がある乙女が100年に一度現れる。
その乙女は豊穣の力を持ち、その乙女を大事にした王国は栄えると。
乙女はたった一人なのだ。
それが痣を持つ乙女が二人。
ただの言い伝えだと思われていた。
だが、とある日、高級な馬車が二人を迎えに来たのだ。
「精霊の乙女の可能性がある二人を迎えに来た。馬車に乗るがいい」
二人は有無も言わさず、馬車に乗せられた。
母のようにかわいがってくれた孤児院の院長や、仲間達とも別れを言う事も出来ずに。
アリアはにこにこして、
「私達、贅沢な生活が出来るわ。こんなボロボロの恰好せずに、綺麗なドレスを着て、おいしいものも食べられるわ。だって精霊の乙女ですもの」
イレーヌは、アリアに、
「でも、怖いわ。本当に私達のどちらかが精霊の乙女なの?もし、違っていたら?私達どうなるの?」
アリアはイレーヌの手を握り締めて、
「大丈夫よ。きっと私が精霊の乙女だわ。だって貴方より私の方が美人ですもの」
金髪の青い瞳のアリアは美人だ。それに比べてイレーヌは茶の髪に緑の瞳の地味な少女だ。
二人は王宮に連れてこられた。
まず風呂に入れられて、メイド達にごしごしと洗われて、綺麗なドレスに着替えさせられ、髪も整えさせられた。
そして、王宮の広間に連れて行かれたのだ。
そこで会ったのは金髪に青い瞳のそれはもう美しい王子様だった。
「私は王太子エルドだ。お前達のうちどちらかが精霊の乙女の可能性があるという。精霊の乙女は私と結婚し、いずれは王国の王妃にする。これからしっかりとマナーを学べ。私にふさわしい伴侶になるといい」
それだけ言うと、背を向けて行ってしまった。
あれがエルド王太子殿下?なんて綺麗な。高貴な方なのだろう。
アリアはうっとりした眼差しで、
「王子様と結婚出来るなんて、凄いわ。私が精霊の乙女なのだから、あの王子様と‥‥‥。
イレーヌ、貴方はどうせ精霊の乙女じゃないんだから、でも、行くところがないんなら、私のメイドとして雇ってあげていいわ」
アリアの言葉が悲しかった。
アリアとは同じ日に捨てられていたので、身内同様だと思っていた。
ずっとパンを分け合い、仲良く過ごして来た。
それなのに?上から目線で、メイドとして雇ってあげるっていうの?
「わ、私は‥‥‥私だって精霊の乙女の可能性だってあるじゃないっ」
「私の方が美人なの。イレーヌは冴えない容姿じゃない。だから、ね?貴方、マナーの勉強しなくていいんじゃない。ああ、素敵だわ。贅沢三昧の生活が出来るんだわ」
悲しかった。アリアが遠くに行ってしまったようで、イレーヌは悲しかった。
ジュテシア・アルド公爵令嬢が色々と教えてくれることになった。
ジュテシアは、エルド王太子殿下の元婚約者だ。
占い師が精霊の乙女を探して、言い伝え通りに王太子殿下と結婚させろと言ったので、婚約を解消せざる得なかった。
二人はジュテシアに色々と教わる事になったのだ。
美しい刺繍が施された水色のドレスを着た、金髪のジュテシアはそれはもう高貴で品があった。
年は17歳。自分達より1歳年上だ。
食事のマナーから始まり、色々とつきっきりで教えてくれる。
しかし、イレーヌもアリアもさっぱり解らない。
字だってやっと書けるくらいの知識しかないのだ。
フォークとナイフはどちらから使うのか?そんなの何本あって、どう使ってなんて、食事の味すら解らなくなる。
音を立てて食べるな?そんなの無理だわ。
アリアはジュテシアに文句を言った。
「私達はずっと孤児院で育ってきたの。そんなマナーなんて覚えられないわ」
「貴方達のうち一人が精霊の乙女だと、もう少ししたらどちらが精霊の乙女か解るでしょう。その時に、エルド王太子殿下との婚約が決定します。未来のハルド王国の王妃として、しっかと学ばねばなりません」
「嫌よ。無理だわ。こんなの覚えられないわ」
アリアはさっさと部屋を出て行ってしまった。
イレーヌはジュテシアに頭を下げた。
「教えて下さってとても感謝しています。でも、私達には難しいです」
「そうよね。貴方達には難しいわよね。少しずつでも覚えないと、これは国王陛下の命令だから」
「国王陛下の?」
「ハルド王国を富ませる為よ。わたくしだって、本当は‥‥‥」
「本当は?」
窓の外には庭にエルド王太子殿下がいた。アリアが走り寄って、話しかけている。
それをじっと見ているジュテシア。
イレーヌは思った。
ジュテシア様はエルド王太子殿下の事を愛しているんだわ。
それなのに、国王陛下の命令で、諦めなくてはならない。
精霊の乙女とエルド王太子殿下は結婚しなければならないのだ。
「ジュテシア様はいいのですか?私達のどちらかが精霊の乙女で、王太子殿下と結婚してしまっても」
「王国の為ですもの。わたくしは、王太子殿下の婚約者の為に、マナーを教えて‥‥‥色々と助けるように言われているわ。仕方が無いじゃない」
「本当は?本当はどうなのですっ?」
「本当はですって?」
「本当は王妃様になりたかったんじゃないですか?」
イレーヌの言葉にジュテシアは、
「ええ、なりたかったわ、その為に幼い頃から勉強してきたのよ。ハルド王国の為にわたくしは王妃になりたい。エルド王太子殿下の事を愛しているわ。ずっとずっと婚約者だったのよ。それなのに、精霊の乙女らしい少女達が見つかったから、王妃になる道を、エルド王太子殿下と結婚する道をあきらめなくてはならない。王国の為、王国を富ませる為、わたくしはわたくしはっ‥‥‥」
胸が痛む。
イレーヌは思った。
何て悲しい。何て苦しい‥‥‥ジュテシアの心が伝わって来る。
精霊の乙女なんてものは無ければいいのに。
ううん。違うの。
私達は貧しかった。
アリアも私も孤児院で、貧しい生活をしてきた。
ハルド王国全体が寒い国だからとても貧しいの。
だから、もし、私が精霊の乙女だったら、豊穣の力を使って、沢山沢山、作物を実らせるわ。
麦や果物、野菜、沢山沢山。そうしたら、皆が美味しい物が食べられて、笑顔になれる。
王妃になる必要はあるの?私はないと思う…‥王妃様にならなくたって、出来るはず。
ハルド王国の力になれるはず。
その時、アリアが部屋に飛び込んで来た。
「私、力を感じるの。大地の力を。私が精霊の乙女だわ」
額の痣が金色に輝いている。
言い伝えで精霊の乙女の力が発現した時に、痣が金色に輝くと言い伝えがあるのだ。
後ろからエルド王太子が部屋に入って来る。
「アリアが精霊の乙女だ。私はアリアと婚約をする。国王陛下の命令だ」
ジュテシアがカーテシーをして、
「おめでとうございます。エルド王太子殿下」
アリアがこれ見よがしに、
「残念ね。イレーヌ」
「おめでとう。アリア」
「メイドとしてなら雇ってあげてもいいわ」
「いいえ。私は帰ります。孤児院に」
「嬉しいわーー。沢山のドレスに宝石、うんと贅沢するんだから。私、沢山幸せになるの。沢山沢山沢山っ」
アリアはエルド王太子に腕を絡めて、「国王陛下に報告に行きましょう。王太子殿下」
二人は歩いて行ってしまった。
しかし、まさかアリアが翌日、亡くなってしまうだなんて思ってもみなかった。
イレーヌは荷物を纏めて、翌日、孤児院へ帰る予定だった。
しかし、アリアが亡くなったと聞いて青くなった。
ベッドの中で冷たくなっていたという。
精霊の乙女の印が金色に輝いて、アリアが精霊の乙女だと解った途端、殺された?
私が精霊の乙女の印が、金色に輝いたら?殺されていた?
いつの間にか、イレーヌの額の痣は消えていた。
イレーヌはジュテシアに挨拶をしてから王宮を出る事にした。
「今までお世話になりました。ジュテシア様。私は痣も消えてしまいました。精霊の乙女ではなかったみたいです」
「そうね。そのようね」
「アリアは亡くなってしまいました。毒を飲まされたとメイド達が噂していました。犯人は捕まったのですか?」
「彼女は病で亡くなったのよ。調べた結果、毒は出なかったそうよ」
「そうですか‥‥‥」
「貴方にだけは教えてあげるわ。わたくしが殺したの‥‥‥疑ってここに来たのでしょう」
「いえ、挨拶だけをしたかったのです。お世話になりましたから」
「いいのよ。貴方にはわたくしの気持ちを言ったわ。王妃になりたかったって」
ぞっとした。殺される。私も。イレーヌはそう思った。
「貴方はとても真面目に頑張ってくれたわ。二度と、王宮に現れないで。わたくしと関係ない所で生きて頂戴。わたくしは王妃になるわ」
「アリアは精霊の乙女でした。王国を富ませるよりも、王妃になることが大事だったんですか?」
「そうね。わたくしはハルド王国の為に生きたいの。アリアを殺したのは間違っていたかしら?あの女は贅沢をするって言っていたわ。贅沢をですって?宝石をドレスを?いくら豊穣の力を持っているからって許せなかった。わたくしのやった事は間違っていたのかしら。豊穣の力と、国に害をもたらす王妃と。どうすればよかったの?」
「愛しているのでしょう?エルド王太子殿下を。だから……」
「そうね。愛しているから。だからアリアを殺した。それでよろしくてよ」
イレーヌは頭を下げた。
「私は二度と、王宮には参りません。お世話になりました」
その場を後にした。
孤児院に戻ったイレーヌ。
アリアが亡くなった事を院長に報告すると、
「あの子が亡くなったなんて、でも貴方が戻ってきてくれて、顔を見る事が出来て嬉しいわ」
とアリアの事を悲しんで、そしてイレーヌの事を抱き締めてくれた。
アリアとはずっと一緒に育ってきた。
だからとても悲しい。悲しいけれども。
神様ははっきりと言ったのだ。
豊穣の力はふさわしい方に授けると。
痣は消えてしまったのではない。痣は胸の中央に金色に輝いている。
豊穣の力‥‥‥
この王国の為に、人知れず、イレーヌは使おうと決意した。
数年後、イレーヌは愛する夫、ジェフと食堂を営んでいる。
ジェフはイレーヌが働きに出た食堂を営んでいる男性だ。
働いているうちに、親しくなった。
ジェフはイレーヌに気を使ってくれて、料理を色々と教えてくれた。
美味しい賄も食べさせてくれた。
独り身で歳は10歳年上だった。そんなジェフの優しさをイレーヌは好きになった。
イレーヌが20歳、ジェフが30歳の時に結婚した。
とても気さくで優しい夫だ。
二人は朝から晩まで料理を作って、いつも美味い料理を安価で振舞って、沢山の庶民の胃袋を満たしている。
エルド王太子殿下と、ジュテシア王太子妃は仲睦まじく、子が出来て。
ハルド王国は、近年、作物の豊作に恵まれている。
イレーヌはお客さんに食事を作りながら思う。
ジュテシア王太子妃がアリアを殺した事は絶対に言ってはならない。
そして、豊穣の力を自分が持っている事も。
ハルド王国の為に、影で使う豊穣の力。
皆が幸せになる為に、これからもどんどんと使おうと思うイレーヌであった。




