合言葉は「黒い薔薇」
髭面のバーテンダーはグラスを磨いていた
店の隅には小さなステージがあり
今宵はZZトップのカバーバンドが
マーシャルのアンプを爆音で震わせている
そんな騒がしい店内を
さらにかき乱す大きな音が近づいてきた
空冷二気筒、改造バイクの排気音
常連気取りの悪ガキが来やがった
「へいへい、マスター聞いたぜ」
ライダースジャケットに長髪の悪ガキは
馴れ馴れしく髭面のマスターに声をかける
「……何を聞いたっていうんだ」
マスターは素っ気なく返事した
悪ガキは周りを見渡して
カウンターに身を乗り出し耳打ちする
「合言葉を言えば、特別メニューが出るんだって」
「……何処で聞いた」
「どこだって良いじゃねえか、俺は常連だぜ」
「……チッ、じゃあ言いな」
「合い言葉は、黒い薔薇、だろ?」
「……ちょっと待ちな」
悪ガキは周囲を威嚇するように
ライダースを脱いでタトゥーを見せびらかしながら
特別メニューを待つ
その内容は聞かされておらず
期待と興奮で胸を膨らませていた
「……待たせたな、特別メニューだ」
カウンターに置かれたグラスには
黒い液体が入っていた
「マスター、こりゃなんだい?」
グラスに手を伸ばす悪ガキ
だがマスターはその手を掴む
「……おっと、うかつに触れるんじゃねえよ」
「なんだ?」
「……こいつはウラン235、放射性の核物質だ」
「え?」
「……特別メニューってやつさ、うちの店がそういうモノを取り扱ってるって聞いたんだろ? お前も相当なワルってやつだな、ククク」
「ええ?」
「……マフィアやギャングなんて目じゃねえ、FBIやCIA、国防省からも目を付けられる代物だ、危ねえ国との取引も斡旋してやるぜ」
「えええ?」
「……今さら逃げたり、しねえよな?」
悪ガキは逃げた
走って店を飛び出して
バイクの排気音は遠ざかっていった
「……ふん、ああいう迷惑な客には、合い言葉の噂をそれとなく聞かせるのさ」
カウンターに置かれた黒い液体
バーテンダーはクイッと飲み干した
「……くうぅ、ブラック・ローズはたまんねえな」
ブラック・ローズはアイスコーヒーとラム酒のカクテル
甘さと苦味が香り立つ大人のカクテル
ガキが飲むには、まだ早い




