偽りのヒーロー
少女は黒き男の背にしがみつき、強張った小さな手で外套を掴んでいた。
偽りのヒーローはその背後から伸ばした腕を、更に力を込めて引き寄せようとする。
「こら——!こいつを渡しなさい!」
だが少女の声は揺るがない。硬い決意が、その声に宿っていた。
「私はこのおじちゃんを信じる!」
その一言を聞いた瞬間、広場が一瞬、凍りついた。群衆のざわめきが波のように広がる。賛同の声も、反発の声も混ざり合い、誰もが言葉を失った。
偽りのヒーローは、呆れたように大げさにため息を吐いた。
「はぁ……あーぁ! めんどくせぇなぁ!」
その口元が歪み、笑いが凍りつく。次に零れた言葉は、場の空気を凍らせるには十分すぎた。
「まっ、お前ら全員始末すればいいだけだしな!」
誰かが叫び声を上げる前に、広場の照明が一斉に落ちる。歓声は悲鳴へと変わり、足音が交錯してパニックが始まった。人々は右往左往し、押し合いながら逃げ惑う。
そのとき――偽りのヒーローの背後で、うっすらと不穏な機械音が鳴り始めた。暗がりの中、金属の影が次々と姿を現す。小型のドローンか、何かの装置だ。
「始末」――その一言の重みは、ただの脅しではなかった。
黒き男は少女をぎゅっと抱き寄せ、身体を盾のようにして立ちはだかる。継ぎはぎの腕は震えていたが、その瞳は以前にも増して澄んでいた。
(……ここで、誰かを傷つけさせるわけにはいかない)
彼は冷静に周囲を見渡し、逃げ惑う人々の顔を一つ一つ確かめる。恐怖に駆られた群衆を守ること――それが今、自分がなすべき正義だと、身体の芯が告げていた。
偽りのヒーローはゆっくりと手を広げ、掌に微かな光を集め始める。光は次第に集積し、やがて鋭い閃光となって周囲を照らした。低い唸りが広場を震わせ、逃げ遅れた人影が凍りつく。
少女は黒き男の胸に顔を埋め、震えながらも囁く。
「お願い……この人達を、助けて」
黒き男は短く頷いた。握りこぶしが静かに硬くなる。
(来るなら来い。俺は――守る)
その瞬間、彼の体からわずかながら熱のような、そして鋭い力のようなものが滲み出した。外見は怪物でも、その手は確かに人を救うためにあるのだと、誰よりも強く証明してみせるつもりだった。
だが、光が炸裂するのは次の瞬間だった——。




