怪物が差し伸べた手
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(冒頭ナレーション風)
正義と悪――それは常に表裏一体。
人々が描くヒーローは、派手で艶やかに輝く存在。
人々が恐れる悪は、暗く醜く、忌むべき存在。
だが、それは本当に真実なのだろうか?
華やかに微笑むヒーロー、その内心は誰にも解らない。
醜悪と呼ばれた存在、その心に宿るのは何か。
彼は黒き醜悪なる者――
だが、その魂は誰よりも“正義”を信じていた。
…。
ざわめく商店街に、突如として悲鳴が走った。
暴走車が歩道に突っ込み、子供がその場に取り残される。
「危ないっ!!」
誰かが叫ぶよりも早く、黒き影が飛び込んだ。
裂けた外套が宙を舞い、継ぎはぎだらけの腕が子供を抱き寄せる。
ガシャァァンッ!!
車体が電柱に激突し、辺りに破片が散った。
子供は泣きじゃくりながらも、確かに生きていた。
その腕の中――まるで父のように、優しく抱きしめられて。
だが、群衆は凍りつく。
「な、なにあれ……化け物……!」
「子供を、怪物がさらったぞ!」
恐怖と混乱が広がり、誰も彼の行動を理解しようとしない。
彼はただ、静かに子供を母親のもとへ差し出した。
「……大事にしてやってくれ。」
その声は低く掠れていたが、不思議なほど優しかった。
母親は涙を流しながら子供を抱き締める。
しかし周囲の人々は一斉に石を手に取り、黒き影を指さした。
「怪物を追い出せ!!」
「悪の象徴だ!!」
非難の声、投げつけられる石。
彼は無言で受け止め、背を向けた。
その瞳には――怒りも憎しみもなく、ただ静かな哀しみと、確かな正義の光が宿っていた。