第参話 弐日目-その1
クソ。全く眠れなかった。そりゃそうだよな。一昨日まで平凡な一生を送るつもりが、一昨晩デスゲームに巻き込まれ、昨日初めて殺人罪やら銃刀法違反やらを犯し、悲鳴と銃声を聞きながら眠るって・・・そんなのできるわけがない。あーあ、睡眠不足だよ。顔洗って目ぇ覚まそ。・・・あれ?手が痺れる。あ、あの昨日の暗殺者、ナイフに毒塗ってやがったな。あー、クッソ。洗い流せばなんとかなるか・・・?
そう思って俺は顔を洗いにテントを出て川に向かうことにした。近くには昨日のカレーの匂いと完全に消えていない火があった。悲しいことにテントとカレーでどうやらこれが夢ではないということを確認することとなった。
川の水はやけに冷たかった。顔を突っ込むと一瞬だけ眠気が飛ぶが、胃の奥に沈んだ気分は取れない。
ふと気づく。流れの下流に、赤黒い筋が溶け込んでいる。昨日の死体の血だろう。
「死体遺棄罪……いや、この島じゃ条文なんざ意味ねぇな」
自嘲気味に呟いたところで、右から枯れ枝を踏む音がした。反射的にリボルバーを抜く。
「……動くな」
見ると、頭をボサボサに掻きながら何かを凝視している少年がいた。俺より少し年下くらいか。
「ははぁ、やっぱりな。昨日この辺で煙が上がっていた。昨日は雷は落ちていないし、発火する原因となるものは少ない。だから人がいると思ったんだ。ほんと、戦闘狂とかじゃあなくて助かったよ。」
少年は怯えるでもなく、むしろ実験観察のレポートでも取るような顔で笑った。
「長谷川修次郎。帝大の准教授だ。君は?」
……こいつ、面倒な臭いがする。合理的に考えれば今の戦力低下中の俺には、面倒な仲間も悪くはない。だが——
「菊池蒼。法科の大学院生だ。君はここで何をやっている?」
「水質調査だ。見てわかるだろう。お前がここに拠点をおいてるってことは、お前も上流の惨状を見たってことだな。あの惨状じゃあ最悪、死体が腐敗してここの水は飲めなくなる。そうなると、プレイヤー全員の飲用水がなくなり、水不足でお陀仏だ。」
たしかに、赤と青の紙とか温度計とか、学校の理科室でしか見たことのないような実験器具などを持っている。
「で?飲めるのか?この水は。」
彼は頭を掻いたあと、
「ph的にも問題ないが、温度的に細菌が定着しやすい。ウイルスや細菌が紛れ込んでいる可能性がある。まあ、煮沸消毒すればギリいける程度だな。まさかお前、水質調査すらせずにカレーなんて作ったのか?論理的に考えてありえない。馬鹿なのかな君は。」
と言った。少しイラッとした。が、この俺にはない思考力は力になる。おそらくギフトも化学系だろう。最初の配布以外の方法で化学兵器を手に入れられるのは、おそらくこの島で修次郎ただ1人だけだろう。このカードは絶対に手に入れたい。
「いや、普通に考えて君くらいの科学力を持つ人、大抵いないから。でさ、ギフト何?」
「そう言われて素直に言うとでも?」
だろうな。
「思っちゃいない。」
「フッ・・・面白いな、君。良いよ。俺のギフト、話してやろう。」
え、意外と簡単。もうちょっと駆け引きとかあると思ったんだが・・・
「俺のギフト名は”インヴィテーション”、能力としては・・・いや、読んだほうが早いな。見せてやろう。」
そう言って修次郎は腕輪を操作し、文字を出現させた。
ギフト名
インヴィテーション
内容
掌から現在発見されている化学物質を自由に作り出せる。
しかし、作り出す際の原理が空気を原子レベルまで分解してそれを再結合させるというものだが、空気中に必要な原子が存在しない場合は自分の体内から必要な原子を出す。
そして自分の体内にもなかった場合には空気中の原子を電子と原子核レベルまで分解してそれを再結合させ、新しい原子を作り出すというものだ。
そしてそれを再結合させるため、自分の寿命が減る。
「なるほど。つまり君のギフトは”化学物質を生産できるが場合によっては寿命が縮む”、そういうものだな?」
「御名答。」
そう言って修次郎は頭を掻いた。
なるほど。これがヤツの”考えるときのクセ”か。こいつが自分からギフトを紹介してくれたんだ。俺も紹介しなければな。いや、俺がギフトを紹介しなければいけない、そんな雰囲気にしたこいつはすごいな。尊敬する。
「君が自分のギフトを紹介してくれたんだ。俺も紹介しなければな。俺のギフトはこんなんだ。」
そう言って俺は腕輪を操作し、ギフトを紹介した。
ギフト名
JUDGMENT
内容
相手が日本の法に触れる行為をした場合、強制的に刑罰を下す。ただし、自分が”有罪”の決定的な証拠を掴まなければ”有罪”にはできない。冤罪だった場合は自分が判決の3分の1を受けることになる。さらに、対象から半径20mにいないと発動できない。
「へぇ。”JUDGMENT”・・・君らしいギフトだな。」
「ありがとう。で、こんだけ腹を割って話したんだ。協力しないか?」
雰囲気を作られたなら、それを利用し返す。交渉術の第一歩だ。これが修次郎の狙いのような気もするがな。
「ああ。良いよ。というか君、寝不足だろ。目の下にくまがある。どうやら俺と組みたかったもう一つの理由はそれらしいな。」
バレたか。俺の”睡眠不足だからさっさと仲間を組んで休みたい”って目論見。
「そのとおりだ。そういや、君は拠点を持っているのか?持っていたら案内してほしい。」
「持ってるぜ。ここからそう遠くないし、というか徒歩10分だ。ついてきな。」
そう言われて彼の案内に従い森を抜けると、崖にぽっかりと開いた洞窟が姿を現した。
出入口には簡易的なトラップが仕掛けられ、内部には乾燥させた木材、拾い集めた金属片、そして俺には用途の見当もつかない試験管やガラス片が整然と並んでいた。
「すげぇな……理科室をまんま森に持ってきたのか?」
「はは、当然だろ。ここで二十日生き残ろうと思えば、基盤はまず科学だろ。論理的に考えて。」
修次郎は自慢げに、だがどこか無邪気に肩をすくめた。
俺はその洞窟の奥に据えられた青白い炎を眺める。
明らかに自然にある燃料だけではこんな色は出ないだろう。
「なあ、どうやったらこんな炎の色になるんだ?やっぱりギフトか?」
ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。
「いや、ギフトはこの拠点設営には1回も使っていない。片っ端から説明すると、お前が聞いたこの炎の作り方は簡単だ。箱の中に消毒液あったろ?そっからアルコール抽出してそれ燃料にした。あとはひたっすら空気送り込んで高熱にする。そうすりゃ不完全燃焼じゃあなくなる。んでガラスはこの洞窟にあった珪砂と貝殻を砕いて作った石灰を混ぜて鍋に入れてさっき言った炎で溶かして作った。できればソーダ灰も欲しかったがな。」
よくガラスの原料とか知ってんな。というかこいつ、もしかしてそれ系全部覚えてんのか。
「いや、普通そんなの知らねぇよ。つーかお前、ギフト使わずにこれってすげぇな。なんでギフト使おうと思わなかったんだ?」
「いや、ギフトを使おうと思わなかったんじゃあなくて、この程度ならギフトを使う必要がなかったんだよ。ギフトを使う必要があるってんなら・・・いや、このゲームでギフトを使うことはないかな。毒ガスとかは合成すればなんとかなるし、火薬は山にあるやつとかでなんとかなるから。」
うわー、すご。
「というかお前、手が痺れないか?」
「・・・ああ。昨日の戦闘で毒食らってな。まあなんとかなるだろ。」
「いや、その症状は神経毒の可能性が高い。ちょっと毒消し作るから待ってろ。」
すっご。あ、だけどギフト使うから簡単か。っつーっか、これは流石にギフト使うでしょ・・・
「できたぞー。ほら、この薬使え。」
そう言われて明らかに毒々しい色をした液体を渡された。
「これをどうしろと?」
「傷口にかけろ。」
まじでか。
覚悟を決めて傷口に毒消しをかけると、段々としびれが引いていった。
「お前本当にすごいな。」
そう俺が感嘆している時、ズガァァァンという轟音が洞窟に鳴り響いた。
「何が起こった!?」
「トラップが発動したんだ。つまりそれが意味することは・・・」
「ああ。侵入者がいる。そういうことだな、修次郎。」
修次郎は頷き、入り口方向に足音を立てずに歩いていった。入口のトラップにかかっていたのは、狼だった。
「なあ・・・修次郎・・・日本に狼って・・・いなかったよな?」
「ああ。ここが絶海の孤島ならなおさらだ。アナウンスの情報が正しいなら、ここは日本海にある。近くに陸地はないし、水平線の向こうにあったとしても泳いでいける距離じゃあない。それに狼の見た目が全て、毛並みや光沢に至るまでコピーでもしたかのように同じだ。ということは・・・」
俺はつばを飲み込んだ。
「敵襲だ。」
そう修次郎が言った直後、ドドドドドと遠くから足音が聞こえてきた。音のなる方向を見ると、木々の間に赤く光る目が20~40ほど見えた。その数十秒後、10体、いや20体ほどの狼の群れがこちらに近づいてきていることが分かった。
「蒼、このゲームでギフトを使うことはないとさっき言ったが、訂正する。論理的に考えて今くたばるよりか、寿命削ったほうがマシという結論に至った。今からギフトを使うことになりそうだ。」
18 days left…




