星彩の少女は偽りの夜を裁く
こちらの作品を見つけていただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
星々が輝く、ノクティス王国。今夜は年に一度、夜空を舞台にした幻想的なお祭り『星彩祭』が開催される。
星の光を結晶に封じた星彩が様々な形となって、王都全体を美しく彩るのだ。特に今年は、次期光の織手を選ぶ儀式があるため、王都以外からも多くの人々が集まって来ていた。
けれど私には、その華やかさが遠い世界のものに感じて仕方がない。窓の外からでも見える、澄んだ夜空も、色とりどりの屋台も、人々の笑顔でさえも。今の私にとっては憂鬱なだけ。
ため息を吐きたくなるけれど、同じ部屋にいる金髪の女性を見て、グッと堪えた。
「あぁ、嫌だわ。せっかくの私の晴れ舞台なのに、従姉妹ってだけで、ミレイユなんかと一緒に立つなんて、ありえない」
金髪を手で払い、忌々し気に赤い瞳でロゼッタが吐き捨てる。語気が強いロゼッタだが、それを裏づけるだけの自信と派手さが彼女には備わっていた。その証拠に、自身の瞳と同じ、赤いドレスがよく似合っている。逆に私は……。
「地味な水色のドレスかと思っていたけど、デザインも古いのね。もしかして、伯母様の? ううん。使用人からお情けで借りたのかしら?」
「まさか。私も星彩師なのよ」
ロゼッタと同じ、光の織手候補として舞台に立つのに、いくらなんでも失礼でしょう。
「これは、光の織手様から頂いたものなの」
「へぇ~。でも、『元』でしょう? 今年の星彩祭は、新たな光の織手を選ぶのだから」
「そうよ。儀式を終えていない以上、敬意を――……」
「うるさいわね!」
傍にあったテーブルを叩き、ロゼッタが勢いよく立ち上がった。
「ブリンモア伯爵家のお荷物のクセに、私に指図しないで! それとも何? 星彩師として私に敵わないからって、分家であるレイスフォード子爵家を盾に、下に見ているってわけ?」
「違うわ。逆にそれだけの才能があるのだから、光の織手様に敬意を称するべきだと思うの」
「相変わらずお堅いのね、ミレイユ。たったの数時間で、ただの人間に成り代わるのに、敬意ですって? むしろ次期光の織手となる私に、敬意を示しなさい!」
確かにロゼッタの実力ならば、あり得ない話ではない。その赤いドレスだって、まさに今日の主人公だと謂わんばかりである。胸元の星型のペンダントも、自信の表れなのだろう。
けれど、私には不敬に思えてならなかった。
「ふん! 今はできなくても、私がなったら従わざるを得ないんだからね、ミレイユ。覚悟しておきなさい」
「キャッ!」
ロゼッタはそういうと、私の横を通り、ワザと肩をぶつけてきた。その反動で、私は床に倒れる。
絨毯に広がる黒髪。ロゼッタはそこに向かって、遠慮なく足を振り上げた。
「っ!」
唇を噛みしめて、悲鳴を押し殺す。けれど痛みまでは消せなかった。
「ロゼッタ様。ミレイユ様。そろそろ舞台の方にお願いいたします」
扉越しから聞こえてくる使用人の声に、ロゼッタが一瞬、舌打ちをした。だが、私には両方とも安堵の音に聞こえてならなかった。
「せいぜいその汚いドレスで、私を引き立てなさい。地味で無能なミレイユには、それくらいしかできないんだから」
ロゼッタは吐き捨てるようにして、部屋を出て行った。残された私は、鏡の前に立ち、髪とドレスを整える。黒髪の奥に見える、青い瞳から薄っすらと出る涙を気にしないようにして。
***
今宵、『星彩祭』のメインである、星彩師によるパフォーマンス。それが行われる舞台袖には、すでにロゼッタの姿があった。両脇にいる取り巻きがコソコソと話し、頭の天辺から足の爪先まで、私を見てはクスクスと笑っている。
「よしなさい。ミレイユは今日、光の織手様から贈られたドレスを着ているのだから」
「まぁ、道理で素敵なドレスだと思いましたわ」
「えぇ。さすがは光の織手様。ロゼッタ様に相応しい舞台を、わざわざ整えてくださったのね」
「次期光の織手として」
本当は違う、と言いたかった。光の織手様は、ブリンモア伯爵家での私の立場を理解してくださったから、このドレスを渡してくれたのだ。
分家であるレイスフォード子爵家のロゼッタよりも劣る私を、恥だと言うお父様に刃向かってまで、ドレスを新調してくれる者など、ブリンモア伯爵家にはいないからだ。
『晴れ舞台なのに、普段着で出るのはおよしなさい』
そう優しくおっしゃってくれた光の織手様。けして、そんな意図があって貸してくださったとは思わない。
「ミレイユ様。舞台の方に。心の準備はいいですか?」
「はい」
そうよ。今日はロゼッタとその取り巻きに構ってなどいられないんだから。この舞台で、私は変わるの。変わるんだから……!
薄暗い中、私は誘導に従い、階段を一段一段ゆっくりと上がっていった。
初めて立つ『星彩祭』の舞台。ずっと見ている側だった舞台は、意外なほどにシンプルだった。装飾は舞台外にいる者たちへ向けたもので、そこに立つ者からは見えない。おそらく、花や蔦が飾られているのだろう。去年がそうだったように。お祭り用の演出だった。
舞台に立つ星彩師には必要のない装飾である。なぜなら、今から星彩師の私が舞台を彩らせるからだ。
「大丈夫。大丈夫」
私は舞台の真ん中に立ち、胸に手を当てた。そこには水色のドレスに付いている、私の瞳と同じ青い宝石があった。黒い髪は夜空と一体になり、星々から輝きを受け取る。その光を指で糸のように操り、空中に星型の結晶を織り上げる。私はそれを、再び夜空へと返した。
その結晶こそが星彩であり、夜空に浮かんだその姿で、私たち星彩師は光の意思を読み取り、予言や結界などを張ることができるのだ。そう、本来は。
「え? 何?」
予想外のことが起きた。いくら私がロゼッタよりも劣る落ちこぼれであっても、星彩を夜空へ返すことはできるのに。
「どうして?」
青い星型の星彩が、私のいる舞台に降り注いだ。その瞬間、全く知らない記憶が脳裏を過る。
黒い枠にはまった、黄色い丸型の星彩のような形をしたものが、今のと同じように、私を目がけて倒れてくる光景だった。
あれは、スポットライト……そうだ。照明の設営をしていた時にミスをして……私はそのまま。ということは、これは前世の記憶?
いや、今はそれどころではない。ここから逃げないと、また! 私は二度も死ぬわけにはいかないの!
咄嗟に舞台から降りたお陰で、危機からは脱したけれど、星彩師としては致命的だった。
「やってくれたわね、ミレイユ」
後ろを振り向くと、赤いドレスを身に纏った金髪の美女が不敵に笑いかけてきた。あれは確か……。
「ロゼッタ……」
そうだ。私こと、ミレイユ・ブリンモアの従姉妹、ロゼッタ・レイスフォード子爵令嬢。舞台に上がる前から私をバカにしていたから、さぞかし面白いのでしょうね。私の失敗が。
前世でもそうだった。照明デザイナーとして成功すればするほど、やっかみを受け、最後は……。
コードでスタンドが倒れるにしても、私に向かって一斉に来ることはあり得ない。おそらく、私を妬んだ誰かの仕業だったのだろう。悔しいけれど、それ以外考えられなかった。
「でもお陰で、台無しになった舞台をより輝かせられるわ。ふふふっ。せいぜいそこで、私が光の織手に選ばれる様を見ているといいわ」
私の横を通り過ぎ、自信満々に舞台へ向かうロゼッタ。そして彼女は、さっき私がしたように、星の輝きを集め、赤い花型の星彩へと織り上げる。
まるでその名前に相応しい、薔薇のような星彩を、夜空に浮かべ光が放たれる。
「綺麗……」
近くにいた者が、そう呟いた。だけど……何かがおかしい。ミレイユの記憶では、まさに星のような煌めきなのに、あれは……。
「まるで花火のようだわ」
そう。儚い命のような光に感じる。どうして……という疑問は、大きな歓声と共に掻き消えた。だから私はすぐに気づかなかったのだ。
ロゼッタの晴れ舞台なのに、取り巻きの二人が舞台の近くにいなかった、ということに。
***
『星彩祭』は、ロゼッタが新たな光の織手に選ばれたことを告げて、終演した。今宵、星彩を一番多く夜空に輝かせたのが、ロゼッタだったからだ。逆に私は、前世の記憶を取り戻したとはいえ、一つも星彩を夜空に帰すことができなかった。
結果。今、私はお父様の執務室に呼び出されていた。ミレイユの記憶から、何を言われるのかは容易に想像がつく。
「光の織手に選ばれることはないと思っていたが、まさか失敗など……ブリンモア家に泥を塗りおって」
「申し訳ありません」
「謝って済む問題ではない! 光の織手にロゼッタが選ばれるなど。これではレイスフォード家が、ますます力を持ってしまうではないか!」
分家が力を持つことは、本家であるブリンモア伯爵家にとって、けして悪い話ではない。レイスフォード子爵家が、ブリンモア伯爵家をバカにさえしなければの話である。
それを増長させたのは、おそらくミレイユが原因だろう。今回のことでも分かるように、星彩師としての実力はロゼッタの方が上。
力があるのに、本家と分家という自分ではどうしようもない問題を前に、苛立ちを覚えるのは当たり前のこと。落ちこぼれのミレイユに八つ当たりをするのも、逆の立場なら理解できた。
「聞いているのか、ミレイユ!」
「はい」
といっても、『星彩祭』で披露していたのも、ロゼッタにバカにされていたのも、私だけど私ではない。前世の記憶を取り戻す前のミレイユだ。
一応、怒られているものの、実感が湧かなかった。
「お前はこれから、ロゼッタの侍女として、神殿に行ってもらう」
「え? なぜですか?」
「光の織手になる以上、侍女を付ける必要があるからだ」
「ですが、ロゼッタはレイスフォード子爵家で、ブリンモア伯爵家ではありません。ここに私を置いておけないというのなら、領地でひっそりと暮らします」
星彩師としての才能がなくても、これまでブリンモア伯爵家にいさせてもらったのは、世間体のためだ。光の織手は謂わば、前世の知識でいうところの聖女に値する役職。
その候補であったため、最低限の衣食住は面倒を見てもらっていたのだ。けれど今の私にはもう、その資格も、面倒を見てもらう理由もない。
だったら、ブリンモア伯爵家を早々に出る算段をした方がマシだった。前世の記憶を取り戻した今では、こんな家に執着はない。
「ロゼッタを養女として迎え入れ、ブリンモア伯爵家の名で神殿に送り出すからだ。お前は逆にレイスフォード子爵家の星彩師として、ロゼッタに付いて行ってもらう」
「っ!」
じょ、冗談じゃない! あんな高飛車お嬢様に仕えろ、ですって!
「お前に拒否権があると思っているのか? これまで、育ててやったのだ。それくらいしてこい」
「……はい」
すでにお父様の中では、決定事項なのだ。私とロゼッタの取り換えの有無を、レイスフォード子爵家にしているのかも怪しいところだが、向こうからすれば、悪い話ではない。
ここでお父様に交渉を持ちかけても無駄。なら、神殿に行かなくても済む算段を考えた方がいい。
私は大人しく引き下がり、お父様の執務室を後にした。
***
「上手くいきましたわね、ロゼッタ様」
廊下を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。
レイスフォード子爵家は王都にタウンハウスを持っていないため、ロゼッタはブリンモア伯爵家に滞在している。その部屋が近くにあるのだろう。
辺りを見渡すと、幸いにも使用人の姿がなかった。私はいけない、と思いつつも声のする方へと近づいた。
「言葉には気をつけなさい。ここは神殿ではないのよ。誰かに聞かれでもしたら――……」
「あっ、申し訳ありません。けれど知らない者からしたら、光の織手に選ばれた祝いの言葉だと、勘違いしてくれますわ」
確かに、そんな風に聞こえる。しかし、取り巻きがそんな言い方をするのだ。おそらく別の意味があるのだろう。
私は扉に耳を当てて、さらにその続きを聞いた。
「それに、さきほど朗報が届きました。ロゼッタ様をブリンモア伯爵家の養女に、とのことです」
「……ミレイユは?」
「レイスフォード子爵家へ。さらにロゼッタ様の侍女として、神殿に行くことも決まったとか」
「ふふふっ。計画通りね」
え? どういうこと?
「ですが、この星型のペンダントの威力は、少しだけ危険ですね。まさか、あれほど力を吸い取られるとは思ってもみませんでしたから」
「えぇ。危うく気を失うところでしたわ」
そういえば、ロゼッタが舞台に立っていた時、取り巻きの二人を見かけた、かな? 派手なパフォーマンスにと観客の歓声で、気にも止めなかったけれど……それに星型のペンダントって?
あっ、ロゼッタがしていたのは覚えているけど、取り巻きたちもしていたかしら。舞台袖は暗かったから、よく覚えていないわ。そもそもあの時のミレイユは、取り巻きたちの言葉で俯いていたから、見ていなかった可能性の方が高い。
「でもお陰で、あれだけ多くの星彩を織り上げられたのよ。ペンダントの効果は凄いわ」
「私も見ました。夜空に舞う、ロゼッタ様の星彩を」
「えぇ。本来、星彩は夜空に『輝く』と表現しますが、我々が使う花型の星彩に相応しい『舞い』でしたわ」
「……たったそれだけの表現で、花型の星彩師が肩身の狭い想いをさせられるなんてね」
「ロゼッタ様が光の織手になれば、もう誰もそのようなことは言いません。いいえ、けして言わせません!」
そうか。ミレイユの星彩は星型だから、花型の星彩を織り上げる星彩師の気持ちを、汲むことができなかったのね。星型は謂わば、正統派だから。
光の織手様が、このドレスをくれた意味も理解していなかったのが、いい証拠。憐れみの他に、期待があったのかもしれない。
だけど結果は……無残なものだった。
私は唇を噛みしめて、この場を去ろうとした。けれど次の言葉を耳にした途端、体が動けなくなった。
「そのためには、もっと力が必要だわ」
「勿論です。私たちはロゼッタ様のためならば――……」
「貴女たちはダメ。今後も私を助けてくれないと困るの。だから代わりに、ミレイユにやってもらおうかと思っているんだけど、どうかしら」
「素晴らしいですわ、ロゼッタ様!」
「私たちを気遣ってくださるばかりか、あのお荷物を活用するなんて!」
「まぁ、活用だなんて、再利用の間違いでしょう? ねぇ、ロゼッタ様?」
「そうね。ミレイユがいなくなれば、私はずっとブリンモア伯爵令嬢でいられるわ。この星型のペンダントも、不正と一緒にミレイユに押しつけられる。一石二鳥ってわけ」
すると再び、取り巻きたちの称賛が、部屋の外にまで響いた。
***
その後のことは、よく覚えていない。ロゼッタたちの会話から逃げるように、私は自室へと足を向けた。
ミレイユの記憶を頼りに、ブリンモア伯爵邸の廊下を歩いていたことまでは覚えているのだが……。
「ここは、どこ?」
明らかに外だと分かる、土の壁。手で触ると、少し湿っていた。これは外というより、洞窟のような気がした。湾曲した天井。それにこのジメッとした感覚も。
だけど、どうして?
『僕が呼んだんだよ』
「だ、誰?」
突然、近くから聞こえてきた。子どものような無邪気な声に驚いたけれど、自然と怖くは感じなかった。
『僕? 僕はエレモ。君は星彩師、だよね。ちょっと変なエネルギーを感じたから呼んだんだ』
そう名乗った彼、彼女? いや僕と言ったから彼か。エレモはふわりとした銀髪が綺麗な、小さな妖精さんのような姿をしていた。
私は思わず、目を擦って現実なのか、何度も確かめた。
だって、この場所といい、魔法のような感覚についていけなかったんだもの。
「ほ、本物?」
『何が? あぁ、もしかして、僕の存在のことかな?』
「うん、そう。貴方は誰なの? 名前とかじゃなくて」
『エレモはエレモなんだけど。そうだなぁ~。君は星彩師だから、星のかけらに宿っている者っていったら分かる?』
星のかけら? 星彩師のことを持ち出してくるくらいだから、それに関連したことかしら?
必死にミレイユの過去から探していると、ある一点に行きついた。
「星の……精霊?」
『当たり!』
エレモは余程嬉しかったのか、私の目の前で宙返りをしてみせた。銀髪から零れる光が舞い、キラキラとしていて美しい。
「えっ、星の精霊だって!?」
飛び交うエレモに見惚れていると、今度は横から低い声が聞こえてきた。私が振り向く間もなく、その声の主はずかずかと近づき、銀色に光輝くエレモに顔を寄せる。
思わず「あっ」と顔を後ろに引いた瞬間、壁に肩が当たり、バランスを崩した。すると、目の前に迫っていた男性と思わしき人物に抱き止められて、倒れることだけは逃れた。けれどホッとするのも束の間、突然ガシャンという大きな音に、私は目を瞑った。
スポットライトが落ちてきた時の音。星彩が降り注いだ記憶。失敗、怒涛と嘲笑う声。
聞こえてきた音は一瞬だったのに、次々へと映像が脳裏に浮かぶ。
『大丈夫?』
エレモが心配そうに声をかけてくれるけれど、息を吸うことができず、声を出すのもままならない。代わりに顔を上げると、栗色の髪をした男性と目が合った。エレモと同じように、心配そうに覗き込む深緑色の瞳に、私は思わず彼に向かって手を伸ばした。
助けて――!
「あっ、えっと……」
戸惑いつつも、抱きしめてくれる男性。ぎこちなく回された手が、優しく私の背中を撫でてくれた。
「俺が言うのもおかしいけど、何も怖くないから。ゆっくり、ゆっくりで大丈夫。大丈夫だから」
荒くなる息を落ち着かせようとしてくれているのか。リズムよく背中を摩ってくれるお陰で、段々と上手く息を吸うことができるようになった。
すると今度は、涙が溢れてきた。他の人の体温を感じたからなのか。それとも、何度も「怖くない」「大丈夫」と言われ、張り詰めていた心の箍が外れてしまった。
初対面だということも忘れ、私は泣き続けた。
***
「どうぞ。熱いから気をつけて」
気が済むまで泣いた私に対して、彼、リオネルは何も言及しなかった。ただ黙々と、周りに散らばった荷物を片付けた後、その中からマグカップを取り出して、お茶を注いでくれたのだ。
「ありがとう。それからごめんなさい」
「それはこっちのセリフだから、気にしないでくれ」
「だけど――……」
「そもそも俺が、星の精霊に気を取られたのが原因なんだから」
改めてリオネルから自己紹介を受けた時にも、同じことを言われた。ここが洞窟ではなく、祠だということも。
「星のかけらがここに安置されていることを知ってから、星の精霊に会いたくて通い続けていたんだ。そしたら今日は、奥の方から声が聞こえてきて。行ってみたら君が、ミレイユがいた」
「気を遣わないで。正直に、私よりもエレモ、星の精霊がいたって言っていいんだから」
リオネルには恥ずかしい姿まで見られたのだ。気を遣われる方がいたたまれない。
「いや、始めは星の精霊には気づかなかったんだ。灯りかな、程度にしか思えなくて」
『あ、灯り……!』
私の肩に乗っているエレモがショックを受けていた。しかし、リオネルにはその声が聞こえていないのか、言葉を続ける。
「それで咄嗟に、スケッチブックを取り出して……ごめん。勝手に描かせてもらった」
「見せてもらってもいい?」
「うん。本当に、ごめん」
確かに、許可もなく描かれるのは不愉快だけど、リオネルから渡されたスケッチブックを前に、そんな感情は無粋だった。
細身の体をカバーするような、ふわっとしたシンプルなデザインのドレス。長いストレートな髪が、さらに清楚な雰囲気を醸し出している。顔の正面に光があるお陰で、目鼻立ちもしっかりと描かれており、私はここで初めて自分の顔をまじまじと見た。
『星彩祭』の後は慌ただしかったし、ブリンモア伯爵邸に戻ったら、着替える間もなくお父様に呼び出されたんだもの。ゆっくりと鏡を見ている暇なんてなかったわ。
廊下で窓に映る姿は見たけれど、高が知れている。だから、ロゼッタたちの言葉を鵜呑みにしてしまったが、ミレイユがこんなに美人だったなんて……驚きだわ。
「その光が星の精霊だと知ったら、居ても立っても居られなくなってね。急いで向かったら、その拍子に鞄からパレットとかが落ちて……」
「ううん。リオネルは事情を知らなかったんだから、謝らないで」
私も自己紹介をした時に、身分を証明するため、星彩師であることを話した。今宵開かれた、『星彩祭』で失敗したこと。お父様に叱咤されたこと。従姉妹のロゼッタが光の織手に選ばれたことも含めて。
本当なら、過呼吸になった原因の出来事や泣いたキッカケを話せればよかったのだが、さすがに転生者です、とは言えなかった。
「それに、こんな素敵な絵を見せてもらったんだもの。怒ったら罰が当たってしまうわ」
「ありがとう。でもそれは、モデルが良かったからだよ」
「えっ?」
『うんうん。僕が選んだんだから、当然だよ』
「選んだ? 変なエネルギーを感じたからって言わなかったっけ?」
変な空気になりかけた瞬間、エレモの発言に助けられた、と安堵していたのに、聞き捨てならなかった。
そもそも、変なエネルギーって何?
『言ったよ。でも、重要なのはそれだけじゃ――……』
「えっ、ミレイユ。星の精霊の言葉が分かるの!?」
リオネルが身を乗り出し、驚いたエレモが私の後ろに隠れた。さらにリオネルが追おうと、顔を近づける。好奇心に満ちた深緑色の瞳に見つめられ、私は顔が熱くなるのを感じた。
「星の精霊はなんて言っているの? それにさっき、エレモって言っていたけど、星の精霊の名前?」
「待って待って。とりあえず落ち着いて、リオネル。その……顔が、近い、から」
彼の息がかかるほどの距離に、私は戸惑った。リオネルもそれに気づいたらしく、慌てて離れていく。
「ごめん。星の精霊を見たのも初めてだし、言葉が通じるとは思わなかったから。でも、俺には聞こえないみたいだ。やっぱり、これはミレイユが星彩師だからなのかな」
「多分。エレモが言うには、私に変なエネルギーを感じたから、ここに呼んだらしいの」
「それがなんなのかは分からないけど、よっぽどのことだよ。ここに祀られている星のかけらはさ、本来、神殿にあるべきものなんだ」
「あっ、思い出したわ。確か、何十年か前に神殿から盗み出されたのよね」
ミレイユの記憶によれば、星彩師は神殿で祀られている光の精霊と星の精霊から、それぞれ力を与えられ、星彩を織れる者だけがなれるのだ。
しかし、星の精霊が宿っている星のかけらが奪われてしまったため、今はその役割を光の精霊だけが担っている。お陰で、急激に星彩師が減ってしまったそうだ。
『光の織手の力が弱まって、代替わりをしようとしている時に、真の星彩師がいない。このままだと、光の織手によって守られてきたこの国が滅んじゃうよ』
「えー! そ、それは困るわ! この国が滅ぶだなんて」
『だから君を呼んだんだよ。変なって言ったけど、感じたその強いエネルギーは魂だから。君になら、僕の力を受け止められると思うんだ。真の星彩師になって、あの不快なエネルギーをどうにかして? 嫌な予感がするんだよ』
「今度は不快なエネルギー? どういうこと?」
私に感じた魂のエネルギーは、おそらく転生者としてのものだろう。キッカケは星彩が降り注ぐという事故だったけれど、前世の記憶を取り戻すのは、相当なエネルギーが発生すると思うからだ。
「もしかしたら、俺の聞いた噂が、それに該当するかもしれない」
「リオネル?」
「星彩師って、貴族だけがなれるだろう? だけど、誰もがなれるわけじゃない。輩出できない貴族の家だってあるんだ。その劣等感を悪用して、金をふんだくっているらしい」
「詐欺を働いているってことね」
どこの世界でも、あの手この手をよく考えるものだわ。
「それで具体的に、何をしているの?」
「誰でも星彩師になれるっていう謳い文句で、星型のペンダントを売りつけているらしい」
「星型のペンダント……っ!」
もしかして、ロゼッタと取り巻きたちがしていたペンダントのことかしら。
「ミレイユも、思い当たるようだね」
「従姉妹がしていたの。『星彩祭』でその力を使って、光の織手に選ばれたわ」
『た、大変だ! 今すぐにでも、君を真の星彩師にして、止めなくちゃ!』
「落ち着いて、エレモ。そういうけれど、私にそんな資格はないわ」
なんたって、『星彩祭』で見事に失敗をするくらいの落ちこぼれ。真の星彩師になれたとしても、高が知れている。
『そんなことはないよ。君は僕の力がなくても、星彩を織り上げられるだけの実力を持っているんだから』
「え?」
『元々素質を持っている君なら大丈夫。僕の力を受け止められるよ』
エレモの言葉で腑に落ちた。どうして光の織手様は、ミレイユを目にかけてくれたのか。彼女はミレイユたちとは違う、真の星彩師。何か感じるものがあったのだろう。そう、今のエレモのように。
「分かったわ。それで、どうすればいいの?」
『神殿で、光の精霊から力を授けられた時と同じでいいんだよ』
私はミレイユの記憶を掘り下げた。彼女が神殿で星彩師となったのは、十五歳の時。その後の三年間、ミレイユはお父様の期待に応えるために、必死に努力を重ねたけれど、実を結ぶことはできなかった。
まさか、星の精霊からの力を得ていなったからなんて、皮肉よね。
私が立ち上がったのを合図に、エレモが上に向かって飛んでいく。さらに奥へと進んでいくので、私もその後を追った。
見えてきたのは、祭壇だった。その中央に、野球のボールほどの大きさの石が安置されている。
「あれが星のかけらだよ」
後ろからリオネルが説明してくれた。神殿から盗まれた後、ここに隠されたこと。犯人が誰なのか、なぜここに隠したのかは分からない。
けれど、捕まることも、神殿に返されることもなく、ずっとこの洞窟に置かれていたらしい。近隣の住民が星のかけらに気づき、神殿に返せば良かったのだが、その石が星のかけらだということは知らなかったのだ。時々、その石の周りが光ることで、ただの石ではない、くらいの認識だったらしい。だから祟られないために、祀ったのが始まりだったという。
「それでも、こうやって大事にされていたのね」
「だから、星のかけらだと知っていても、神殿に持って行くことができなかったんだ」
「犯人だと思われるから?」
「盗まれたのは数十年前なんだぞ。犯人はとっくに死んでるよ。できなかったのは、ここら辺の住民に恨まれたくなかったんだ」
「今度はリオネルが盗人になってしまうものね」
ふふふっ、と笑うと、リオネルは照れくさそうにしていた。
『おーい! 早くしないと大変なことになるんだよ! 呑気に話してないで、早く早く!』
祭壇の前で、パタパタとエレモが私を急かす。
『星彩祭』で新たな光の織手が選ばれると、その一週間後に任命式が神殿で行われるのだ。ここがどこだかは分からないけれど、ロゼッタたちが持っていた星形のペンダントを、これ以上使わせてはならない。
エレモがいうように、一分一秒も私たちは無駄にできなかった。リオネルとの会話が楽しくて、ついゆっくりと歩いてしまったけれど……。
私は隣にいるリオネルに顔を向ける。彼はエレモの言葉が分からないが、私の表情でも察してくれたのだろう。優しく、背中に触れてくれた。
「大丈夫。星の精霊と自分を信じて」
「……うん!」
リオネルの言葉に、胸が熱くなった。こんな温かい言葉を、ミレイユもまたかけてほしかったのだろう。こんな気持ちになるのだから。
うん。彼女の分まで、頑張らなくちゃ!
***
『ここにいるのは僕と君、そして向こうにいる彼しかいないけれど、これもまた儀式だからね。光の精霊から力をもらった時のやり方は覚えている?』
「うん。じゃなくて、はい」
エレモの口調が気さくだから、ついつい忘れてしまう。彼は星の精霊。ミレイユの記憶にある、光の精霊と同等の存在だ。
私はエレモの前で跪き、胸の前で両手を組み、金色の輝く光の精霊と対面した時の記憶を元に、言葉を繋いだ。
「星の精霊、エレモよ。我はミレイユ・ブリンモア。星彩師を目指す者なり。ノクティス王国を守り、導くために、その御身の力を授け給え」
『いいよ。代わりに真の星彩師となり、不快なエネルギーを出す者たちを排除してノクティス王国を救ってほしい』
「御身の願い、しかと承りました」
私の願い。エレモの願い。双方の同意がなされて、初めて成立する。エレモは私の承諾に満足すると、ゆっくりと近づき、頭に触れた。小さい手なのに、なぜか感触が伝わってくる。その瞬間、私の体は銀色の光に包まれた。
「これで真の星彩師になったのね」
内側から力が漲ってくる。これまで、いかに中途半端だったのかが分かるくらい。
星が自ら光を発する時のように、私の中にあるエネルギーが爆発しそうだった。
『さぁ、その力で星彩を織るんだ』
どうやって? そんな疑問が浮かんだ途端、体から力が溢れ出した。これを外に出さなければ、体が壊れてしまいそうなほどに。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
私の叫び声に反応して、青い星型の星彩がいくつも現れる。けれど今の私には、それを見ている余裕がなかった。
溢れる力を本能のままに放出し、私とエレモ、リオネルを包み込む。その光はさらに洞窟内を満たし、外へと流れていった。
***
静寂な夜の王都。一週間前の『星彩祭』が、まるで嘘だったかのように閑散としている。しかし、ある一点の場所には、人が行列を帯びていた。そこは、白く聳え立つ……。
「神殿……」
「緊張している?」
白いフードを深く被っているのにもかかわらず、隣にいるリオネルが私の心境を読む。
「うん。神殿の中に入ることもそうだけど、今の私の立ち位置がどこにあるのか分からないから」
一応、王都に戻ってきてから、ブリンモア伯爵邸の様子を探った。
私自身が行って様子を見られたらよかったんだけど、お父様の味方である使用人たちが、ロゼッタに付くことなど、容易に想像がつく。
だからリオネルに頼んで、探りを入れてもらったのだ。
結果は案の定、ロゼッタが我が物顔で使用人を顎で使い、私というよりミレイユなど、元々いなかったかのように振る舞っているという。これもまた、ブリンモア伯爵家を乗っ取るためだろう。
私自身、未練もないし、戻る気のない家だから、ロゼッタの傍若無人な態度を聞いても腹は立たなかった。逆に今までミレイユにキツイ当たりをしていたお父様と使用人たちが、ロゼッタの振る舞いに頭を抱えていると思うと、気分がスッキリしたくらいだ。
むしろ問題は神殿の方だった。そちらにも探りを入れてほしかったのだが、さすがにセキュリティが厳重で、無理だと断られた。
「エレモのお陰で力を得たけれど、神殿に認められなければ意味がないでしょう? それに今日は、新たな光の織手の任命式」
その姿を一目見ようと、このように行列ができているのだ。敵陣に乗り込むような心境である。
「大丈夫。ミレイユはミレイユの好きに動けばいい。俺がサポートするから」
「……うん。ここに来てしまったんだもの。気休めでもありがとう、リオネル」
そもそも、逃げることも許されないのだ。エレモの願いを叶えるために、力を得たのだ。
「さぁ、行きましょう」
私はリオネルの手を取って、神殿へと歩みを進めた。彼が強く握り返してくれた瞬間、温かな鼓動が伝わってきた。
***
神殿の内部は、光に満ち溢れていた。それは普段、神殿の奥に安置されている黄金の杯が、礼拝堂にあるからだ。星のかけらにエレモが宿っているように、黄金の杯には光の精霊が宿っている。
その傍には光の守人がおり、中央には大司教が、共にロゼッタが現れるのを待っていた。
「今宵、新たな光の織手が誕生する。ロゼッタ・ブリンモアよ、皆の前へ」
大司教の呼びかけに、アイボリーのドレスを着たロゼッタが控えの間から現れた。さすがに『星彩祭』の時のような赤いドレスは無理だったのだろう。
私は参列席で、ロゼッタが大司教の前で跪く姿を見守った。
「光の精霊、プラティアよ。新たな光の織手に祝福を与え給え」
『いいでしょう。新たな光の織手と、我が友、星の精霊の帰還に祝福を』
「ぷ、プラティア、何を言っているのだ!?」
黄金の杯から現れた金髪の女性、プラティアの声に驚く大司教。けれどエレモの時と同じように、その声は参列席にいる者たちには聞こえていないようだった。
「大司教様はどうしたのかしら。凄く慌てているわ」
「何かトラブルでも起こったのか?」
騒然となる礼拝堂。プラティアが参列席に近づき、さらに聴衆の声が大きくなった。しかし次の瞬間、温かな光が降り注ぎ、その神々しさを前に、人々は息を呑んだ。
「光の精霊、プラティアよ。祝福に感謝いたします。けれど私は新たな光の織手ではありません」
私はフードを取り、無礼だと分かりつつも立ち上がった。
「み、ミレイユ……! なんであんたがここに。逃げたんじゃなかったの?」
案の定、ロゼッタが反応したが、プラティアの視線は私に向いたままだった。
『光の織手は星彩師にしかなれない。私と星の精霊、エレモに祝福された星彩師でなければ』
『そうだよ。良かった。プラティアが間違えたら、どうしようかと思ったよ』
私の髪から出てきた、銀色の光を纏うエレモが現れ、プラティアへと飛んでいく。
何十年か振りに再会するエレモとプラティア。互いに喜ぶ姿を見て、私だけでなく聴衆も、その神々しさに歓喜の声をあげた。けれどロゼッタだけは違う。
この場の主役は自分だとばかりに、赤い花型の星彩を礼拝堂に放ったのだ。
「危ないっ!」
参列席に飛んできた花型の星彩を、私は青い星型の星彩で相殺した。おそらくこちらに向けてきたのだから、私も遠慮をしない。
「ロゼッタ! 怪我人が出たら、どうするのよ!」
「落ちこぼれのミレイユが偉そうに。私に恥をかかせた上に、指図までしないで!」
頭に血がのぼっているのか、凄い形相で私を睨んできた。邸宅で傍若無人な振る舞いをずっとしてきたからか、猫を被ることも忘れてしまったらしい。
「恥をかいたのは自業自得でしょう。この星彩だって、不正をして織り上げたものじゃない」
「っ! な、何を根拠に言っているの!? この星彩は正真正銘、私の力で織り上げたものよ! 私は星彩師。新たな光の織手になるのは、私なんだから!」
『それはどうかな?』
ロゼッタの返答が、よほど気に食わなかったのか、エレモが私たちの間に割って入った。
「だ、誰よ、アンタ」
『僕を知らないなんて、随分、教育がなっていないようだね』
エレモは大司教に向かって叱咤する。さすがの大司教もバツの悪そうな顔をした。
先ほどのプラティアとの再会を見れば、エレモがこの神殿にとって、いや、星彩師にとって重要な存在であることは分かるはずだ。
ミレイユの記憶だと、ロゼッタは座学の成績もいいはずなのに、エレモを知らないなんて。
「まさか、星彩だけでなく、星彩師の成績も不正していたの?」
「不正なんてしていないって言っているでしょう。なんでそんな話にまで発展するのよ」
「ロゼッタ。今、貴女の前にいるのは、星の精霊、エレモよ。私たちは、光の精霊と星の精霊から力を得ることで、星彩師になれることを忘れたの?」
「星の精霊……!」
これが!? とでも言いたそうなロゼッタの顔。だけど驚いたのはロゼッタだけではなかった。礼拝堂にいる者たちは勿論、侮辱されたエレモだった。
『まったく、こんな者を光の織手に任命しようとしていたの!? 不快なエネルギーを持っているだけでも嫌なのに、こんな仕打ちはないよ!』
『えぇ、そうね。私の力を使いこなせないばかりか、エレモを侮辱するなんて』
「っ! 分かったわ。だから私ではなく、腹いせにミレイユを祝福したっていうのね」
『違う。エレモが言ったように、貴女からは不快なエネルギーを感じたから、しなかっただけ』
「……不快な、エネルギー?」
ロゼッタが首を傾げると、プラティアは彼女の胸元にある星型のペンダントを指差した。彼女の手が震え、ペンダントを握る指先が白くなった。
『そのペンダントから不快な、いや命のエネルギーを感じる。我が守人よ』
すると、ずっと静観していた光の守人は、プラティアの意図を察し、ロゼッタから星型のペンダントを奪おうとした。が、ロゼッタは赤い花型の星彩で、光の守人を近づけさせなかった。
『抵抗する気なら、こっちだって僕の守人を使うよ。リオネル!』
「えっ?」
横を振り向く暇もなく、リオネルがロゼッタに向かっていく。
エレモの守人ってどういうこと? 確かに彼は、星のかけらの傍にずっといたけど……。
「離しなさい! 私は新たな光の織手になる者よ!」
「こんな不正をしておいて、よく言えたものだな」
気がつくと、すでにリオネルがロゼッタを取り押さえていた。けれど次の瞬間、再びロゼッタが赤い星彩を放ち、リオネルに襲い掛かる。私も星彩を放とうと手を伸ばした。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
突然、礼拝堂の控えの間から、悲鳴があがった。
「何があった!」
「だ、大司教様! 星彩師の二人がずっと苦しそうにしていたので、奥で休ませていたら……突然、彼女たちが床に倒れ、悲鳴を……」
『当然だよ。あのペンダントはその二人の命を吸って、彼女に力を与えていたんだから』
「な、なんとおぞましい……」
『それをお前が言うのか、大司教。ずっと見ぬ振りをしてきたではないか。あの者の不正を知りながら、黙認していたのを、私が知らないとでも?』
プラティアの指摘に、大司教が顔を青ざめ、慌てて控えの間へ逃げようとした。途端、光の守人が素早く動き、大司教の腕を掴んで捕えた。
皆の視線が光の守人に注がれる中、ロゼッタが立ち上がり、鋭い目で私を睨みつける。彼女の手は震え、額に汗が滲んでいるにもかかわらず、声だけは力強かった。
「まだよ! 私は負けない! ミレイユなんかに、光の織手の座を渡すものですか!」
ロゼッタが再び赤い星彩を、礼拝堂に放った。不気味な赤い光が広がり、彼女の星型のペンダントも不穏な輝きを放ち始める。
「落ちこぼれのミレイユなんかに、私が負けるはずがない! 光の織手は私だけでいいのよ!」
その叫び声と光景に、参列席から恐怖の声が上がった。
「やめなさい、ロゼッタ! そのペンダントは危険よ!」
「うるさい! 私は負けるわけにはいかないの! 光の織手も、伯爵令嬢の座も、私のものなんだから! こんなところで終わるわけにはいかないのよ!」
ロゼッタの赤い星彩が、まるで生きているかのようにうねりながら、私に向かって襲い掛かってきた。リオネルが咄嗟に前に出て、私を庇う。
「ミレイユ、気をつけろ!」
「リオネル、ありがとう。でも、私が終わらせるわ」
私は深く息を吸い、青い星型の星彩を織り上げる。エレモが私の肩に乗り、小さく頷く。プラティアも静かに私の傍に降り立った。
なんて心強いのだろう。
織り上げた星彩が礼拝堂を満たし、青い光となって降り注いだ。まさに星のように。
「ロゼッタ、あなたの偽りの星彩はもう終わりよ」
青い星彩がロゼッタの赤い星彩とぶつかり合い、激しい光の衝突が繰り広げられる。私の肩にそっと触れるプラティア。エレモにも視線を向けると、力強く笑って見せた。
大丈夫。ロゼッタに取り巻き二人の命の力が宿っていても、負けやしない。
その祈りが通じたのか、青い星彩が赤い星彩を飲み込み、ロゼッタの星型のペンダントが砕けた。
「いやぁっ! 私の力が……!」
次の瞬間、赤い星彩が消え去り、ロゼッタもまた、力尽きて床に倒れ込んだ。礼拝堂に静寂が満ちる。
ふと、控えの間から神殿の関係者たちが出てきたのが見えた。遠目でも、彼らがロゼッタに冷たい視線を向けているのが分かる。まるで神殿の名誉を穢した彼女を、見放しているかのように感じた。
エレモが私の肩から飛び立ち、そんなロゼッタの上に降り立つ。
『偽りの力に頼った報いだよ。このペンダントは、命を吸い尽くす禁忌の品だ。そんな愚かな力に手を出すなんて……』
プラティアもまた、ロゼッタに近づいて厳かな声で続ける。
『このペンダントをどこで手に入れた? 正直に答えなさい』
ロゼッタは床に額をつけたまま、震える声で呟いた。
「……取り巻きたちからよ。光の織手になるためなら、どんな手段でもいいって言ったら……彼女たちが、私に渡してきたの。だから入手先は知らないわ」
聴衆が再びざわめき、驚きの声が上がる中、さらにプラティアが冷たく言い放った。
『そうか。ならば彼女たちも同罪だ。我が守人よ』
「はい」
プラティアに呼ばれた光の守人は、大司教を抑えたままロゼッタを見つめ、静かに告げる。
「ロゼッタ・ブリンモア、大司教と共にその罪を償い、神殿の裁きを受けよ」
大司教が顔を青ざめ、力なく項垂れた。ロゼッタも床に倒れたまま、動く気力すら失っている。その光景を見ながら、私は静かに呟いた。
「ようやく、エレモの願いを叶えることができたのね」
『うん。ありがとう、ミレイユ』
エレモが近づき、私は思わず手を伸ばした。その上に降り立ったエレモと互いに微笑み合う。
「おいおい。これで終わりにしないでくれ」
「え?」
『そうだった。さすがは僕の守人だね』
いや、それよりも、リオネルが守人ってどういうこと? と聞きたかったのだが、エレモはプラティアの元へ飛んで行く。
「ミレイユ。新たな光の織手の任命が残っている。光の精霊からの祝福は済んでいるから、今度は星の精霊から祝福を受けるんだ」
「ほ、本物の守人みたい」
「長い間、神殿から離れていたから、貫禄はないけどね」
リオネルはそういうと、私の背中に触れて、黄金の杯のところへ行くように促した。そこにはすでに、プラティアとエレモの姿があった。
「大司教に代わり、星の守人、リオネル・ストーンヴェルが、光の織手の任命式を執り行います」
聴衆は静まり返り、リオネルに視線を注ぐ。突然、現れた星の守人に興味津々なのが伝わってきた。
「本日、このめでたい日にお目汚しをしたことを、まずお詫び申し上げます。それとともに、皆様に神殿がこれまで秘密にしていた事実を報告できたことは、大変喜ばしいと思っている所存です」
リオネルが頭を下げると、光の守人も目を伏せて謝罪の気持ちを伝えた。
「ことの発端は数十年前。こちらにおります星の精霊が宿る星のかけらが、何者かにより盗まれたことが原因です」
黄金の杯の隣に、いつの間にか台座が用意されていた。そこにリオネルが星のかけらを置いた途端、聴衆が一気にざわめき出す。
無理もないわ。ただでさえ、不正が明るみになった後で、さらに盗難を隠蔽されていた事実を知ったんだから。大司教が捕まっても、すぐに信用されないでしょうね。
リオネルの背中に向けられた視線は、どれも厳しいものだった。
「それにより星彩師の誕生が望めず、ずっと光の織手様がお一人で頑張っていらっしゃいました。けれどこの度、引退を表明したのを機に、神殿も重い腰を上げ、星の守人に任じられた私が、星のかけらを探す旅に出たのです」
見つけた時にはすでに、祠の中で祀られていたこと。近くの村民たちから大事にされていたため、すぐに持ち帰れなかった出来事などを説明した。
「私はただ再び行方知れずとならないよう、星のかけらの傍で見守ることしかできませんでした。そんな折、祠の中が突然、光ったのです。私が駆けつけると、こちらにいるミレイユ嬢が星の精霊と共にいました」
リオネルが近づいてきて、私の手を取る。星のかけらと黄金の杯が置かれている祭壇へと導いて、私を表舞台へと静かに押し上げた。彼にとってはただのエスコートなのかもしれないが、腰に手を当てられ、心臓が激しく高鳴る。
幸い、聴衆の前に立たされていても、緊張しているように見えるのが救いだった。
「彼女は不正が蔓延る神殿の中で、唯一、光の精霊の力だけで星彩を織り上げていた星彩師です。星の精霊はミレイユ嬢を自らの元に呼び出し、偽りの星彩師が光の織手になることを嘆き、憂いました」
間違ったことは言っていないのに、なぜだろう。
この持ち上げられたような感覚に、私はリオネルに視線を向ける。すると体を引き寄せられ、「正当性を示すためには仕方がないんだ。大丈夫、ここは俺に任せて」とそっと囁かれた。
リオネルは再び聴衆へと呼びかける。これまでミレイユが、落ちこぼれと揶揄されながらも、星彩師として努力し続けたこと。
「ミレイユ嬢は星の精霊の願いを叶えるために、この神殿に星のかけらを持ち帰り、見事、彼らの不正を裁いたのです」
私が成し遂げたすべてを、リオネルは肯定してくれたのだ。
静まり返る礼拝堂。否定的な声は、どこからもあがらなかった。目を閉じると、涙が頬を濡らす。
これはミレイユの涙かしら。胸が熱くなるのも、込み上げてくる、この想いも……。
『まだ泣くには早いわよ、ミレイユ』
『そうだよ。さぁ、僕の守人。僕たちに何を願う?』
リオネルは私の前に立ち、厳かな声で答えた。
「新たな光の織手に祝福を。星の精霊、エレモ。そして光の精霊、プラティアよ。再びかの者に与え給え」
エレモとプラティアが交差するように舞い上がり、それぞれ銀と金の光が、私だけでなく礼拝堂の中へと降り注がれた。この幻想的な光景に、聴衆から感嘆の声が湧きあがる。
「ミレイユ・ブリンモア。そなたを新たな光の織手として任命します」
リオネルの厳かな声が響き、聴衆から拍手が沸き起こった。私は胸に手を当て、深く息を吐く。様々な感情が渦巻く中、ようやく星彩師として、ううん。私自身の未来が、この瞬間から始まるような気がした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
少しでも面白い、と思っていただけましたら、ブックマーク・評価・いいねをよろしくお願いいたします。
※補足として任命式後の話を書いたのですが、続編の執筆、連載狙いと思われるのは癪なので、削除しました。